◆会話不十分
作業を終えて、ボールを月詩へと受け渡す。彼女は私がじゃがいもを潰している間に具材の下ごしらえを済ませていたらしい。
狭苦しい調理台の上には、輪切りにされ軽く塩もみして水気を切ったきゅうり、茹で上げられ、いちょう切りにされた人参、少し厚めに半月切りにされた魚肉ソーセージ、スライスされ水にさらされた玉ねぎなどがところ狭しと並んでいた。そこらを潰したじゃがいもの入ったボールへと次々と投入していく。
最後にマヨネーズと砂糖を加えて、全体をよく和えてポテトサラダは完成した。彼女は出来上がったそれを一匙掬って、台所のカウンター越しに作業を見ていた私の口元へと差し出してきた。
薦められるままに私はぱくりと一口にする。思ったほど甘くはなく、嫌いな味ではなかった。
「甘くない?」
「甘めのポテトサラダって始めてだけど、ちょうどいいんじゃない?私は嫌いじゃないよ」
「それじゃ、これはこれで完成かな。カレーの方はもう出来上がってるし、あとはご飯が炊けるのを待つだけだね。あ、ご飯ちょっと固めに炊いちゃったけどなっちゃん大丈夫?」
「いつも割と固めのご飯だから」と答えた。本当は固めに炊いたご飯じゃなくて保温のし過ぎで固くなったご飯なんだけど、似たようなものだよね、たぶん。そんなことを話していると、炊飯器が炊きあがりを知らせてきた。
「今何時だろ。なっちゃん、もうご飯にする?」
「今、18時過ぎだよ。月詩は、お腹すいてる?」
「あたしは、まぁ、うん。うちの晩御飯いつも6時頃だから」
と尻すぼみに言いながら、そっとお腹をさすっていた。部屋に差し込む西日のせいもあって、彼女の顔は少し赤らんで見えた。
「じゃ、晩御飯にしよっか」
そう言って私はカウンターから離れ、台所へ行き食事の準備を進めた。カレーライスを盛るのに使えそうな皿を食器棚から選び取り、月詩へと渡す。あとはサラダを入れるための皿を2つ出して、私はそちらを盛りつけた。
それぞれ盛りつけたものを座卓へと運び、コップと牛乳も一緒に並べた。準備が整い、座布団の上へと腰を下ろす。
対面に腰を下ろした月詩が手を合わせているのに倣い、私も「いただきます」と両手を合わせた。そしてまずは一口とカレーを口へと運ぶ。
さっき甘めのポテトサラダを先に口にしていたためか、思ったよりもぴりりと辛く舌が痺れた。それを誤魔化すようにポテトサラダや牛乳を口の中へと放り込んだ。
ちらりと月詩を見ると、ぱくぱくと中々に速いペースで食事を進めていた。学校でいつもお昼を一緒にするときもそうだけど、私はまだ半分も食べ終えていないうちに彼女の皿は空っぽになっていた。
彼女は空になった食器を手にシンクへと運び、使った食器類を片付け始めた。きゅっと蛇口が閉められる音が響いた頃になってようやく私も食べ終えた。
月詩は私の使い終わった食器も洗おうとしたので、さすがに申し訳ないので断った。残ったポテトサラダを冷蔵庫にしまいながら彼女は「お風呂の用意してこようか?」と言ってきた。
それも断ろうとしたが、最終的に押し切られてしまった。余りにも至れり尽くせりで本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
礼を言うと、彼女は「いつもやってることだから、やらないと逆に落ち着かなくって」と恥ずかしげに頬をかいた。
そんな彼女を先にお風呂へと入らせ、その間に私は二人寝るスペースを確保するために部屋を片付けた。
お風呂から上がった彼女と入れ替わるようにして、入浴をいつもの様に烏の行水で済ませる。
普段通りに下着姿のまま脱衣所を出ようとして、今日は一人じゃない事を思い出して部屋着代わりのTシャツに袖を通した。
部屋に戻ると月詩は静かに読書にふけっていた。私がお風呂から戻ってきたのに気付いた彼女は、目を落としていた本をぱたりと閉じてローテーブルの上に置いた。
何を読んでいたんだろうかとそちらに目をやるが、布製のブックカバーがかけられていて何の本だかわからなかった。
いつもなら何でもない話でもして場を繋いでいられるのだけれど、今日はどうにも話題が出てこない。
こんなことで今晩一緒に過ごせるのだろうか、なんて不安に駆られていると月詩の方から話題を振ってきた。
「そういえばなっちゃんは宿題終わった? まだ終わってないんなら、手伝うよ」
「大丈夫、私もちゃんと宿題終わらせてるからさ」
そこでまたしても会話が途切れてしまった。どうにも会話を展開しづらいので無難に「それ、何読んでたの?」と尋ねた。
「昨日見た映画の原作本だよ」と、またしても反応に困る返答の内容に頭を抱えた。
「何でまたそれを読もうなんて思ったの? 聞いた限りだと、受け付けないタイプの話だったみたいなのに」
「あー、うん。あんまり好みの話運びじゃないんだけど、なんて言ったらいいのかな。映画では描かれてなかったけど、もしかしたら別媒体ではちゃんと描かれてたんじゃないかって思ってさ。なかった事にされたことも全部、ね」
そう答えながら彼女はローテーブルに置いていた本を再び手に取り、ぱらぱらと雑にページを繰った。




