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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【3】『ひとりきりの迷夢』
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◆記憶の在処

月詩をうちに招くことになったけれど、と部屋を見回す。散らかってこそ居ないものの、雑然としていた。


「彼女が来るまでに綺麗にしとくか。」と、1階から掃除機を運び込んでスイッチを入れたものの、今ひとつ吸引力が弱かった。


「もしかして?」と思い、中の紙パックを確認すると、案の定ぱんぱんに詰まっていた。


「予備の紙パックはどこにあったっけ?」と、掃除機を持ち出してきた階段下の収納を探る。10分近く探してみたが見つからなかった。


掃除機を使うのは諦め、代わりにモップを手にして部屋へと戻った。


ひと通り掃除を終えて、リビングで麦茶を飲んでいると、呼び鈴がなった。掛け時計を見ると、15時を回っていた。


スマホが鳴っていないので油断していたが、掃除をしていて単純に気付かなかっただけなのかもしれない。


慌てて玄関を開けると、運動部が使っていそうなドラムバックを肩にかけた月詩が立っていた。


彼女はいつものガーリーな格好ではなく、スポーティーな服を着込んで髪を結い上げていた。「いらっしゃい、早かったね。」そう言って彼女を招き入れた。


一度リビングに通そうかとも思ったが、そのまま私の部屋へと連れて行った。


彼女は落ち着きなく私の部屋を見回して、部屋の隅へとバックを下ろした。


この日差しの中を歩いてきた彼女は、「ふーっ」と息を吐きながら、手のひらで火照った身体を扇いでいた。


私は彼女にクッションを薦めて、1階からコップを2つと麦茶を容器ごと持ってきた。


お茶請けに煎餅でもあればよかったのだけれど、台所には何もなかった。


月詩は喉の渇きを潤すように、コップに注いだ麦茶を一気に呷った。


これまで彼女に抱いていたイメージとは違う仕草にちょっと驚きつつ、その姿を見ていた。


すると彼女は、「ふふっ」とイタズラっぽい笑みをこぼして、「変かな?」と問いかけてきた。


「ううん、何ていうのかな。月詩のそういう格好、初めて見たけど、今の方がしっくりしてるかも」


「そっかぁ、やっぱり一年程度じゃ人の内面なんて早々変わるものじゃないね」


じみじみとそう言うと、彼女は両腕を上げてぱたりと床の上に仰向けに転がった。これが元々の彼女の姿なのだろう。猫を被っていたって言うのとはちょっと違うような気がする。


「なっちゃん、あたしさ、本当は清森館に行きたかったんだ」


「清森館って私立の?」


「うん、その清森館だよ」


「受けなかったの?月詩の学力なら余裕だと思うんだけど、うちの学校と偏差値変わんないしさ」


その言葉に対して彼女は、くしゃっと表情を曇らせて「そうなんだけどね」と、今にも消え入りそうな声で答えた。


若干気まずい空気になり、話は途切れてしまった。静まり返った部屋には、外から染み込んでくる蝉の鳴き声だけがよく響いた。


数分ほどそんな状態が続き、月詩はごろんと身体を横にした。目線の先に何かを見つけたのか、彼女は「あっと」と声をもらした。


かと思うと、匍匐前進で目線の先に見つけたものの元へと近付き、それに腕を伸ばして指をかけたところで動きを止めた。そして確認するように「見てもいい?」と言ってきたので、「どうぞ」と手で示した。


彼女が手に取ったのは、卒業アルバムだった。寝転んだまま両手で掲げるようにしてそれを持ち上げ、ぱらぱらと捲っていく。さすがにその状態で読むのはきつかったのか、腕をおろして起き上がると、ローテーブルの上にそれを広げた。


彼女が眺めていたのは、部活紹介のページだった。部活に所属していなかった私には無縁のページだった。


「なっちゃんは部活やってなかったんだね」


「は、ってことは月詩はなにかやってたの?」


「私はバスケ部だったよ」


それを聞いて、今の月詩の格好がしっくりと来る理由がわかったような気がした。そんな彼女も今は私と同じ帰宅部だった。もうバスケはやらないのだろうか?


なんて考えていると、彼女の瞳がじっと私を見据えていた。短時間で目はそらされ、ぱたりとアルバムは閉じられた。


「ねぇ、なっちゃん。昨日の映画でさ、ヒロインが事故で記憶が消されちゃったじゃない。 なっちゃんは、どう思った?」


要領を得ない問いに、私は首を捻った。だから漠然と「何の前触れもなくいきなりだったから、展開として唐突すぎるかなとは思ったけど……」と答えた。


「だよね、唐突過ぎたよね。じゃあさ、映画の中でも唐突なのに現実でそうなったらどう思う?」


「私自身がってこと?」


「それが一番聞きたいところだけど、イメージし難いなら親しい知り合いとかでもいいよ」


「うーん、どうだろう。やっぱり唐突過ぎるって思っちゃうのかなぁ」


私の曖昧な解答に彼女は苦笑いを浮かべた。


「ごめん、変なコト聞いちゃって。そんなのそのときになってみなきゃわかんないよね」


「ねぇ、月詩。月詩だったらどう思う?」


問いを投げ返すと、彼女は困ったように渋い顔を見せたが、深呼吸をして気持ちを整え直していた。


「半端に失うくらいなら、全部失ってしまいたいと思うかな。中途半端に希望が見えてしまうのが一番残酷だよ」


彼女の答えを聞いて、私は晴桜の図書館で見たパンドラの匣についての記述が脳裏によぎった。

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