◆別れの言葉
それからすぐに天野は何処かへと行ってしまった。彼女と顔を合わせてからの月詩は、妙に元気がなかった。どうしたのかと尋ねても「何でもないよ」と答えるばかりで上の空だった。
2時間ほど色々なショップを回った頃、月詩が帰ろうと切り出した。特に断る理由もなかったので私もそれに同意した。静森の駅へと向かおうとすると、月詩は控えめに私のシャツの裾を引いた。
「帰りは歩かない? 疲れたら途中でバスに乗ればいいし……ダメ、かな?」
静森から青峰までは約7キロ程度で、歩いて帰れない距離ではない。のんびり歩いても2時間くらいで帰り着けるだろう。額に手をかざし空を見上げる。日差しは強いものの昨日に比べ雲も多く、幾分かはマシに感じられた。昨日の今日でふくらはぎが張っていることもあり、若干辛くもあったがなんとかなるだろう。
歩き出す前に、一度彼女の靴を見たが、長時間歩くには適さないパンプスを履いていた。私の視線に気付いた彼女は、困ったように笑って「大丈夫だよ」と言った。そうして真夏の太陽の下、私たちは歩き出した。
紫枝ヶ崎の傷んだ農道よりもこちらの歩道は綺麗に舗装され、思ったよりも歩きやすく足への負担は軽かった。隣を歩く月詩はというと、俯き加減で路面とにらめっこをしていた。ショッピングモールを出て30分近く経っていたが、彼女とは一切言葉を交わしていなかった。私は適当な話題を切り出すでもなく黙って隣を歩き続けた。
それから15分、静森と青峰の町境に流れる青根川にまで至ると、ようやく月詩は口を開き「ちょっと涼もっか」と提案してきた。それに相槌を打ち、私たちは青根川の河川敷へと続く階段を降りた。まだまだ日差しが強いので、どうせ涼むのならと静森と青峰を繋ぐ橋の下へと行くことにした。
河川敷にはまばらに人の姿があり、釣りをする人やフリスビーを子どもと楽しむ父親などが見受けられた。日差しを避けた私たちの間には再び沈黙が横たわり、ゆらめく川面を並んで見つめていた。しばらくすると月詩は、スカートの裾を汚さぬように引き寄せてその場にしゃがみこんだ。手持ち無沙汰な私は、石ころをひとつ拾い上げ川面へと向かって放り投げた。
石ころは、水面を二度三度と跳ねてぽちゃりと川の中へと没した。そんなことを何度か繰り返していると、縋るような目で月詩が見上げてきた。待ちに徹するのは間違いだったらしい。
「天野と何かあったのか?」
そう聞くと、彼女は落ち着きなく瞳を泳がせた。いい加減立ったままでいることに疲れた私は、口ごもる彼女の隣に服が汚れるのも構わず腰を下ろした。すると重たげに口を閉ざしていた彼女は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。
「別にね、天野さんと何かあったわけじゃないよ。まともに話したこともないしね」
そう切り出したものの話は一向に進まず、言い訳がましいように天野は関係ないと予防線を張るように彼女は繰り返す。途切れ途切れになる彼女の話に先を促すでもなく、私はじっと彼女の言葉に耳を傾け続けた。
「ただね、聞いちゃったんだ天野さんの噂。あくまでも噂だから本当かどうかはわからないんだけど……」
校内で彼女に関する噂は色々と聞いたが、月詩が気に病むような話があったとは思えなかった。それが顔に出ていたのだろう、彼女は取り繕うように言葉を足した。
「うちの学校の生徒じゃなくて、晴桜に行ってる友達から聞いた話なんだ。友達は天野さんと直接の知り合いじゃないから、あくまでも噂なんだけどね」
そこで彼女は一旦言葉を切って、深く息を吸った。
「なっちゃんって、かなり昔から天野さんと面識あったりするんじゃない?」
唐突な話の飛び方に困惑したものの、私はそれを否定した。
「なんでそう思ったんだ?」
「根拠なんてないよ、ただ何となくそう思っただけなんだ」
仮にそれが事実だったとしても彼女が気落ちする理由にはならないだろう。それに前後の話が噛み合っていない。彼女は本当に言いたいことを誤魔化すために、適当なことを言ったとしか思えなかった。
それを訴えるようにじっと彼女の横顔を見つめていると、気まずげに顔をそらされた。ここは追求すべきだろうかと迷っていると、彼女は意を決したように真剣な目つきで私の瞳を見据えてきた。
「ねぇ、なっちゃん。今日の映画、どう思った?」
またしても話が急に飛んだが、彼女の目つきと声音からこれは誤魔化しで切り出した話題とは思えなかった。返答に困ったが、無難にCMで見慣れたフレーズを並べて感想とした。
しばしの沈黙の後、彼女は立ち上がり「帰ろっか」と話を終わらせてしまった。結局、彼女が何を言いたかったのかわからなかった。
河川敷を離れる頃には、ひぐらしが鳴き始めていた。もう歩いて帰るには遅すぎると判断した私たちは、橋のすぐ側にあったバス停から青峰駅前行きのバスへと乗り込んだ。それから駅前に到着するまで言葉が交わされることはなかった。
再び言葉を交わしたのは、駅へと降り立ってすぐに月詩から発せられた「ばいばい」という別れの言葉だけだった。




