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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【2】『約束は一方通行』
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◆電話と約束

悔いて 嗤って この指 切って

いつでも ボクは 君のいいなり

日が沈みきり、色白かった半欠けの月が淡く輝きを増す。夜の訪れ。蝉は鳴くのをやめ、街は日中とは打って変わって静まり返っている。


車のヘッドライトに目を細めながら、まだ熱を帯びたアスファルトの上を自転車を押して歩く。海辺での通り雨で濡れた服は半乾きで、蒸し暑さを強調している。のろのろ歩いて帰る理由もないのに、何故か私はとぼとぼと歩いていた。無駄にたっぷりと20分ほどかけて家に帰り着く。


自転車の籠に突っ込んでいた肩掛けカバンをぞんざいに引っ張り出し、玄関へと向かう。玄関ポーチに置かれたプランターを持ち上げ、家の鍵を手に取り握り込む。郵便受けを確認し、うち宛の郵便物はなくポスティングされたチラシだけだった。雑にそれらをまとめてグシャリと引っ張り出した。


家の鍵を開け、玄関ホールに設えられたゴミ箱へとチラシを投げ込んだ。爪先を外へと向けて靴をきっちりと揃えて、家へ上がる。ぱちりと玄関先の電灯のスイッチを入れ、リビングへ行って鞄をソファへと放り出した。その鞄を覆い隠すように脱ぎ捨てたパーカーを被せた。


喉の渇きを覚え台所へと足を運んだ。シンクには使用済みの食器類が置きっぱなしになっていた。それらに蛇口を捻って水道水を浴びせかける。玄関先の明かりだけでは手元がきちんと見えなかったので、目の前にぶら下がっていた紐を引いて電灯を点ける。薄暗い中で手早く洗い、かちゃかちゃと水切り棚へ並べていく。


洗い終える頃、かちかちと蛍光灯が瞬く。寿命が近いらしい。目に痛い点滅をする蛍光灯を消してシンクを離れた。冷蔵庫を開け、中を確認する。いつも専用の容器になみなみと入っている麦茶は切れていた。


仕方ないかと諦め、洗ったばかりのコップを手に取り、水道水を注いで一気に呷った。また洗うのは面倒だと感じた私は、軽く濯いでシンクにぽつんと置いた。


脱ぎ捨てていたパーカを回収し、一旦部屋へと戻り、下着類を手にして脱衣所へ。湿ったパーカを洗濯機へ入れ、続いて着ていた衣類を次々と投げ込んだ。温めの湯でさっとシャワーを済ませ、下着姿でリビングへと戻る。帰宅してから点けずにいた部屋の電気を点ける。


リビングは相変わらず雑然としていた。カーペットの上に鎮座する座卓の周囲には、開きっぱなしの雑誌が放りっぱなしだった。座卓には置き鏡と、籐製の籠にごっちゃりと放り込まれた化粧品と使われたメイク道具一式が片付けられずにあった。ため息をつきつつ、座卓の上を綺麗に片付け、ソファに放り出していた鞄からスマホを取り出した。


受信したメッセージは3件。1件目は月詩からで【今日はどこかにお出かけ中?】、2件目は母からの【晩御飯のお刺身は冷蔵庫に入ってるから、それ食べて】というメッセージだった。そういえば、さっき冷蔵庫を開けた時、ラップをかけられた赤身の刺身があったような気がする。続く3件目は、また月詩からで【帰ったら電話してね】とあった。


時刻を見ると、もう19時を過ぎて、間もなく21時を迎えようとしていた。この時間に電話しても大丈夫だろうかと判断に困り、先に【今、電話大丈夫?】とメッセージを送ることにした。


返事を待つ間に夕飯の準備をする。炊飯器で保温され過ぎて少し固くなったご飯を茶碗によそい、冷蔵庫から刺し身の盛られた皿を取り出した。これだけではちょっと物足りないと思い、何か汁物でも用意しようかとガスコンロへと目を向けると、フタをされた鍋がひとつあった。


一応中を確認すると、作ってから時間が経ってしまったためか、ワカメが茶色く変色した味噌汁があった。いちいち作り直す気にはなれなかったので、それを程々に温めてからお椀によそった。具はワカメのみだった。


座卓にそれらを並べ、食事に取りかかる。手始めに薄く味気ない味噌汁を啜っていると、スマホが鳴った。画面には【こっちから電話するよ】の文字。それからほとんど間を置かずにスマホが鳴った。私は一旦箸を置き、スマホを操作してスピーカー通話で繋げた。


『なっちゃん、こんばんは。終業式以来だよね。夏休みになってからなかなか連絡取れなくて寂しかったよ』


スマホの向こうから矢継ぎ早に声が飛んでくる。控えめに「久しぶり」と応じた。


『なっちゃん、今日はどこかに行ってたの?』


「ちょっと紫枝ヶ崎まで海を見に」


事実をぼかして伝え、天野と一緒だったことは伏せた。理由は単純に彼女が天野をあまり快く思っていないからだった。


『誘ってくれればよかったのに』


「急な思いつきだったから、付き合わせるのは悪いかなって」


『大丈夫だよ、宿題も終わって暇だから』


相変わらず真面目だなと思わずくすりと笑みがこぼれた。寂しいというわりに私に連絡をしてこなかったのも偏に彼女の意志によるものだ。彼女は終業式の日「宿題終わるまでなっちゃんには連絡しないから」と宣言していた。8月になるまで連絡がなかったのもそのためだ。


『なっちゃん笑ってる?』


ちょっと不機嫌そうに言う彼女に「気のせいだよ」と返す。そんななんてことのない雑談を30分程してから、明日の約束の待ち合わせ場所の確認を済ませて通話を切った。


中途半端だった食事を再開すると、味噌汁は完全に冷め切っていた。


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