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こうしてボクは今に至る  作者: 朱本来未
【1】『悪夢は憂色透明』
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◇茜色の家路

天野が麦藁帽を回収してくるのを待って、結城の部屋を後にした。制服はクリーニングして返すと言ったが、彼女は手間が増えるから必要ないとそれを突っぱねた。彼女とはそこで別れ、学院を離れるべく校門を目指す。その最中、遠雷が響く。視線を高く持ってくると、西の空はいつのまにやら分厚い雲が垂れ込め始めていた。遠く、海上では既に雨が降っているのか、霞がかったように景色が白んで見えた。急いだほうがいいのかもしれない。


校門を抜けたときには、遠雷は順調に近付きつつあった。時折、空が瞬く。天野を急かし、私は彼女の手を引いて駅へとショートカットするように田畑の間に張り巡らされた暗く陰った畦道を足早に進む。舗装されていない畦道は歩きにくく、天野は幾度となくバランスを崩した。その度に腕に必要以上に負荷がかかる。選択を誤ったと後悔しても遅い。


無駄に時間のかかったショートカットを抜け、舗装された海岸線の道へと出る。あとはもう一直線に駅を目指すだけだった。それだけだったが、アスファルトの路面にはぽつぽつと小さな染みが出来始めていた。あと少し、というところで、ざーっと大粒の雨が次々と身体に打ち付ける。ふたりして大雨の中を駆けて、どうにか待ち合わせに使った朽ちたバス停跡にまでたどり着いた。


通り雨であることを祈りながら、天野を日に焼けて白っぽくなった青いベンチに腰を下ろさせる。私は肩掛けカバンからタオルを取り出し、彼女の頭へと載せた。


そして、雑に水気を取るように彼女の髪をガシガシと拭いた。雷鳴はかなり近くで響きだした。それに続く眩いばかりの閃光に目を細める。近くに落ちなければいいけれど、と眉根を寄せる。天野は拭き取った雨で湿ったタオルを頭に載せたまま項垂れている。彼女は何か呟いたようだけれど、路面へと打ち付ける雨の音で掻き消されて聞き取ることはできなかった。


タオルは天野に使った一枚きりで、予備はない。彼女と違って髪の短い私は、放っておいてもすぐに乾くだろう。ぽたりぽたりと頬を伝った水滴が顎から滴り落ちて足元に小さな水たまりを作っている。それを爪先で突いて輪郭を崩した。湿ったTシャツが肌にぺたりと張り付き、気持ち悪い。ちらりと天野の方を窺い見る。彼女は項垂れるのをやめ、薄く口を開けてぼんやりと降り頻る雨の景色を眺めていた。


それから雨が弱まるまでの数十分近く、お互いに無言を貫き続けた。雨が上がり、ベンチから腰を上げる。海風が吹き付け、肌寒さから思わずくしゃみがこぼれる。早くお風呂にでも入って温まりたいところだ。程なく駅へと着き、帰りの電車はそれから10分と待たずにホームへと入ってきた。


結局、麦藁帽は返すことができないまま持ってきてしまっていた。また来ることになるだろうから、今度来たときに返すことにして、私たちは上りの電車へと乗り込んだ。二両編成の電車は相変わらずの空き具合で、乗客は私たちふたりだけだった。遠からず本数を減らされ、ゆくゆくは廃線になってしまうんじゃないだろうかと余計な心配をした。


晴桜女学院のある紫枝ヶ崎から私の住む青峰までの40分足らずの道程をガタゴト揺られる。天野は座席に腰を下ろし、私は思った以上に濡れていたため座席には腰を下ろさず吊り革につかまっていた。目の前の天野が、なぜ立っているのかと不思議そうな目で見上げてくる。それに対して苦笑いを返した。


「何も聞かないのか?」


不意に天野はそう言った。当然といえば当然、今更といえば今更な疑問だった。特にそれに対する答えを持ち合わせていなかった私は、肩をすくめて「気にするだけ無駄だろ」と応じた。そんなことを気にするくらいなら最初から関わらなければいいだけの話だ。関わってしまった以上、知るべきなのかもしれないが、知ったところで結果は一緒。私には関係のないことだという事実は何も変わらない。


「随分と付き合いがいいものだな」


「そんな時もあるさ。今回はたまたま気が向いただけだよ。次も付き合うとは限らないさ」


彼女の表情に変化はなく、どう思っているのか全く窺い知れないが、会話はそこで途切れた。トンネルに入り、車内が暗くなる。そのトンネルを抜ける頃には天野は眠たげな目を一層眠たげに細め、電車に合わせて頭を揺らしていた。それから程なくして彼女はまどろみの中へと旅立っていた。思った以上に疲れていたらしい。乗車前に聞いた彼女の降車駅へと停車する直前に肩を揺すって起こした。


眠たげに目をこする彼女を座席から立たせ、手を引く。電車からホームへと降り立つ。たった山ひとつ抜けただけだというのに、こちらは嫌というほどに晴れ渡っていた。暮れなずむ景色の中で蝉が鳴いている。私は彼女に付き添い駅を出て、端的に「それじゃ」と別れを告げた。駅から遠ざかっていく彼女の足取りがしっかりしているのを確認し、見送ると私は再び駅へと戻った。私の降りるべき駅はもうひとつ先なのだ。次の電車が来るのはいつ頃になるのだろうかと考えると憂鬱になり、はーっと深く息を吐いて肩を落とした。


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