第九十四話 ワイツの再会
「おい、エトワーレ! おまえが説明してやれよ。いつも口だけは達者だから、そういうの得意だろ?」
「やだよ! なんで俺なんだよ!? これ全部、ランディが言い出して始めたことじゃねえか! 最後まで責任もってやれよ!」
「うるせえ!! おまえだって喜んで戦ってたじゃねえか!」
「どちらでも構わないから、早く説明してくれないか? ……とは言っても、ある程度状況の予想はつくが」
長かりし"女神の使徒"討伐の旅を終え、ニブ・ヒムルダの都に帰還した私たちは、誰よりも先に意外な者らと引き合わされた。久方ぶりに目にする年下の傭兵……ランディとエトワーレは、最後に会ったときと変わらず賑やかに騒ぎ、私への説明責任を押し付け合う。
彼らは先の戦争の功労者だ。私との繋がりは顔見知り以上はあり、積もる話も多いが……このような再会では懐かしさより気まずさの方が濃い。
「さっきから何もたついてんだガキども!! 早くしねえってならぶっ殺すぞ。どうせてめえら程度の安い命、今すぐこの俺が買い取って……」
「しっ! 馬鹿者、おぬしは空気も読めんのか」
怒りの枷が外れたのか、メイガンは元気そうに苛立ちを怒鳴る。隣のライナスから窘められようと、暗布で腕を引かれようと構わず、攻勢を崩さない。
現状は無意味に事を荒立てず、彼らの話を聞くことが優先される。テティスですら理解した上で不快な口を閉じているのに、兄貴分は敵意を露わに噛み付く。
最終的に彼は、カイザの咳払いと肘鉄を受けてやっと大人しくなった。
同時に若者たちも罵り合いを終えた。一応、ランディが説明役ということで決まったらしい。彼は疲れたように白金の髪を搔き、代表者として私に正対した。
「ちっ、仕方ねえ。まったく、どいつもこいつも世話が焼けるぜ…………あのさ、ワイツ団長。俺たちって傭兵団だろ? 見返り次第で誰とでも手を組み、どんな戦いにも加勢する尻軽家業をやってる」
「ああ。もちろん知っている。エレフェルドとの戦いでは非常によく働いてくれた。君たちの助けがあったからこそ勝てた戦役だ。私個人としては、名高き傭兵団"柊の枝"と共闘できたことを誉れに思っている」
「そうやって褒められたら、ますます言いづらいんだけどよ……今、俺たちニブ・ヒムルダの民に雇われてるんだ。こいつらから王家を倒してくれって頼まれてるんだよ」
都を遠目に見てから薄々感づいてはいた。またしても王家が無策な出兵を決め、軍勢を集めているとも考えたが、人々の闘志は国外ではなく自国の支配者へ向けられていた。
この光景が示すのは一つの事項しかない。実際に彼らは私たちを大軍で囲み、敵として一人残らず縛り上げた。現在は指導者の前に引き出して、処遇を仰いでいる。
以前に私の幼馴染、ネリーも語っていたことを思い出す。
民の心は王家から離れつつある。我が国、ニブ・ヒムルダは変革の時だと……
「見りゃわかるとおり、王城は完全に包囲した。めぼしい軍も残らず寝返った。北部だけは呼びかけても音沙汰なしだったが、他の都市はここと似たような有様だぜ? 今も義勇兵がこっちに向かってる。政権打倒はもうほぼ完了って段階だ……」
若いながらも、猛々しい荒武者の風格を携え……ランディは王家の敗北を宣告する。
私を見据える灰青色の瞳に、私情や甘さは一切ない。
「悪いなワイツ団長。あんたの国、もうねえから」
なるほど、と私は肩をすくめた。そんな些細な動きさえ反乱兵は過剰に受け取り、突きつける武器に力を込める。
こちらから観察する限りでも、軍勢は急ごしらえのわりに士気が高い。戦いにも不慣れな民たちだろうが、各々役割を認識し適材適所に配置され、よく組織されている。
さすがはギラスの"星"たちだ。将才ありあまる若き傭兵、ランディとエトワーレ……私の不在中に反乱軍を率い、一国を落とす寸前まで運ばせるとは。
「そいつを殺せ! 灰髪は王家と血縁の証と聞く、その男は圧政者の一人だ!!」
「何してる? 今すぐ奴を吊るさねば……!」
「いいや、都中を引き摺り回すのが先だ!! 俺たちを虐げた罰だ!」
正体が周知されてから間をおいて、反逆の軍は処刑の要求を叫ぶ。灰髪を持つとはいえ、たかが私如きを王家の一員と認めて色めき立つくらいだ。この反応からして国王ら"曹灰の貴石"はまだ手中に入れてないらしい。
紛糾する指導者の本陣にて、さりげなく後方を見ればカイザと目が合った。彼女の唇を読めば、私に虐殺の意志はあるかと問いかけている。他の仲間も同様だ。
たとえ剣を奪われ、甲冑を剥がされたとしても、この身に宿る"力"があれば全員の命を絶てる。
万願成就の『願い』を使うまでもない。私の魔力の放出だけで見渡す限りの頭蓋を潰せる。もちろん手勢も交戦について異論はない。無尽蔵の魔力を与えれば、老魔術師は喜んで鏖殺の術式を描くだろう。メイガンにも今なら強力な"切り札"がある。
けれども、民草の殺害など望んでいない。そんな些末な命は欲しくない。
私は一刻も早く帰還を果たしたいのだ。反乱軍と城壁に囲われし、私の"星"と出会いたい。
団欒を過ごす時間も欲しい。彼らの魂から光を取り出すのに、幾年月を費やす覚悟はある。
「ちょっと待ってくれよみんな! 別にこの人を殺さなくたっていいじゃねえか!」
「エトワーレ様! 何をおっしゃるのです。この男が仇敵であるのは明らか。我々はかのような蹂躙者を打倒すべく立ち上がったのです!」
「だって俺、この人といっしょにエレフェルドと戦ったんだ! 何より……俺はワイツ団長に助けてもらったんだよ!! 向こうの将軍と知らず、喧嘩売った俺を庇ってくれた! この人がいなかったら俺なんかとっくに殺されてた」
エトワーレは明るい橙の髪を振って民らに呼び掛ける。一時的だが、刑を求める喚声が止まった。将星の一人から思いがけない情報を提示され、反逆者らの殺意が揺れる。
彼は、私がエレフェルドの将軍を討ったことを、恩として胸に刻んでいた。私にとっては認識外の事象だが、愛嬌ある声は素直な調べで、自らの誤認を広めていく。
「見た目が王子様ってだけで何だよ。確かにワイツ団長は王族の血を引いてる。でも、心は俺たちと同じ戦士じゃないか! この人はちゃんとみんなを守るために戦ってくれたんだ!」
「しかし……王族は我らを獣同然に扱った。全員の息の根を止めねば恨みは晴れない……」
「そうだ! そいつを殺すなとはどういうことだ。約束が違うぞ!」
「調子乗ってんじゃねえぞおまえら!! 戦い始めた当初は無理だ無理だって散々喚いてたくせによ、勝ち越したからっていい気になるんじゃねえ!」
再び活気づいた声らを今度はランディの一喝が襲った。相方にも私情を挟むなと警告し、浮足立つ民衆に威圧を飛ばす。
「おまえらは高貴な連中を吊るしたいから革命を始めたのか? 貴族の娘を襲いたいからこんなことをしてんのか!? そんな憂さ晴らしに付き合ったつもりは微塵もねえ。ここを平和な国にしたい、自由に生きていきたいから、大事な金と食い物持ち寄って、俺たちを雇ったんじゃねえか!!」
「しかし……! 我々には王家に対し拭い去れない怨恨がある。失望の思いを何としてでも浴びせたい」
「なら城にいる人間は皆殺しか? 王族、貴族や知識人を全員始末して、政わかる奴がいなくなって自滅した、ムーンジアリークの二の舞になりてえんだな。おまえらの考えの浅さには呆れるぜ……目先の怒りで戦う者に未来はない」
鋭い眼光に凄まれ、民衆の代表格らは項垂れる。一回り年下の傭兵相手だが、奮戦を間近で見ていたからか、彼らに熱い信頼と敬意を寄せている。
私を見たせいで民衆に宿った短気な考えは、若者らの言葉により切って捨てられた。理性的な静けさを好機と捉え、私は思い付きを実行に移す。いい加減焦れてきた手勢たちにも、そろそろ意思を示さなくてはならない。
「皆の気持ちはわかった。私からも一言、いいだろうか?」
「そうだ、ワイツ団長も俺たちの仲間になってくれよ。みんなよか城について知ってるだろ? あの壁を越える方法や秘密の抜け道とか知らねえ?」
「おまっ、黙れよエトワーレ! この人を味方につけるだと? ふざけんな。信用なんかできるかよ……あんたも口を出さないでくれ。今のところ殺すつもりはない。処遇が決まるまで隔離させてやるから、静かにしてろ」
「いいや。皆の求める声は真実だ……私には罪がある」
弁明を喚かぬ様子は物珍しく映ったらしい。若者らや民兵は意外そうにこちらを注視する。
反論して話の腰を折ることもなく、一同は続く言葉を待った。
「私は、エトワーレが言うように高潔な戦士の心を持ち、戦ってきたわけではない。ただ諾々と王家の命令を信じ、言う通りに動いてきただけだ……庶子として産まれた私には、そのような価値しかないのだと思い込んでいた」
だが、今は違う……そう強く主張する。
私が欲しいものは別にある。真の"曹灰の貴石"……その輝きが証明されてからこそ、命令に従うべきだった。
「私にも彼らに確かめたいことができた。どうしても知りたい、真実の光がある。だからどうか私に時間をくれないか? 三日でいい……それまでに私は王家を説得し、降伏を受け入れさせよう……争いを終結させる。これ以上、流れる血はないと約束する」
真っ先に口を開きかけたエトワーレを、ランディは手を挙げて制す。表情からして、彼はすぐさま賛成を叫びたかったようだ。
明るい気性の若者とは違い、その相方は冷ややかな髪色の通り、静かに思案を重ねている。
「……あんたは死ぬ気か? 気位の高い連中は、追い詰められればどんな馬鹿なことをするかわかりゃしねえ。いくらあんたが間に入っても、奴らの鬱憤をぶつける的になるだけじゃねえか?」
「存じている。彼らへの対応なら身に沁みてわかる。だからこそ長期戦を避けるべきだ。あまりに長引けば、彼らは気位の高さゆえに毒を呷りかねない」
「確かに、一理あるな。まともに攻めかかりゃ俺たちも消耗する。兵糧攻めも考えたが、勝手に死なれちゃ裁くものも裁けねえ……わかった、ワイツ団長に任せる。だが期日を過ぎたり、壁にあんたの死体が吊るされるようなことがあれば、すぐさま攻撃開始だ」
「けどよ、どうやって向こうに入るつもりなんだ? 貴族専属の兵は腰抜けばっかりだが、城壁だけはもったいねえほど立派だ。登るのも至難の技だぜ」
「それならば問題ない」
命の恩人が交渉役を買って出たことに、エトワーレは大いに喜び、次に城壁を通り抜ける方法について心配した。
そんな彼に対して気遣い無用と言い、私は縛められた手首で後方の老魔術師を指し示す。
事前に了承は得なかったが、意図するところは通じている。ライナスは意味深に笑い、頷いてみせた。