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第九十話 ワイツの狂言

 私は王のことを知らない。

 はじめにそう告げておく。魔女は私を見上げ、返事はしないものの、話の続きを待ってくれていた。


 少女の幼い顔に炎の照光が映っている。前方では火塵舞い上がり、憤怒の炎が捻り上がるも、私たちが最初に見た光景に比べればささやかな炎獄だ。

 あの時、魔法の対象は見渡す限りのすべてだったが、今回は聖女一人を燃やしている。


 ライナスが"ギラス"に代わって怨嗟の豪炎を浴びせる間、私はようやく魔女に"答え"を述べられる。その果てなく純粋な心にまで、思いは正しく届くだろうか。

 けれど、ほんの……ほんのちょっとでも、"不死の王"に似ているという私の言葉ならば、少しはまじめに聞いてくれると期待したい。



「私は王の伝承も知らない。姿も、今そこにある形でしか知り得ない。けれど、君がそうまで執着するのを見れば、恐ろしく強大な人物だということはわかる」


 心を廃してはいるが、彼こそが現存する最古の魂。

 凄まじい実力は私たちより、不死者である少女たちの方がよく理解している。


「君は千年もの間、彼の世界侵略を妨害し、真の意味での殺害を目指してきた。だが……なぜそれが許された? "神の力"継ぎし聖女と、信者を退けるほどの力を持つ彼が、どうして君を自由にさせておいたのだ?」

  

「だって、それ……王様は、あたしのことなんて、どうでもいいと思ってるから……」



「考えてもみてくれ。不死者がどうあっても殺せないとしても、行動不能にする方法はいくらでもある。君を永遠に拘束しておくなり、精神を喪失させることだってできたはず……けれど君は自由だ。何の束縛も受けず、その純心に翳り一つない」


 "どうでもいい"、"一切の関心を持たない"などと断じる前に、何かしら彼女に対し、思うところはあったはずだ。

 黒の少女は金眼を見開いた。私の予想した王の真意が、その身に沁みていく。


 王の力を一番よく知っているのは魔女だ。否定が来ない以上、彼が絶大な支配者であることは真実なのだろう。

 疎ましく感じたなら封印しておけばいい。そうしなかった理由も……彼女にはわかる。すでに何度も口にしている。



 王は優しいから。



「君の行いは正しい。その思い、歩いてきた道は間違っていない! 君が他の誰でもなく、"魔女"として在ることが何よりの証拠。君との、永劫続く生と死の輪舞を望むのは……彼も同じなのだ」


 優愛の感情は魔女にも向けられている。間違いなく彼女も、王の庇護の対象だ。

 不死の王は優しい。そして、私が思うに……相当に狂っている。



 臣民から愛される王を殺そうと思い、実行した時点で素質はあった。だが、当時の彼女は正真正銘ただの小娘だ。しでかした凶行も刹那的なもの……

 しかし、一瞬で消されるはずの彼女は世界に固定され、今も生きている。


 妄執に取り憑かれた少女に"神の力"を与えればどうなるかくらいわかっているはずだ。

 記憶が魔法として再現されるこの世界において、派手な大規模魔法を浴びせて殺す意味も。思いが"呪い"にまで昇華したというが、そうなるまで彼女を焚きつけ、野放しにしたのは不死の王ではないか。



 不死者の思惑など定命の者たちにはわからない。けれども私は思ってしまう。疑問は止められない。


 物言わぬ君主。

 布教を阻害された女神。

 王の輪廻に絡め取られた魔女。

 そして、出口を塞がれた聖堂の私たち。


 ……本当に囚われたのは誰だ?




 

「っく……あは……あははははっ! そうよね……そうだったわね!」


 どこまで彼女に伝わったかわからない。いたいけな胸にて、何を思い至ったかは、私たちに想像できる領域ではなかった。


 けれど……魔女は笑みを取り戻す。炎の再燃も終わり、笑い声は虚空に昇っていくのみ。だがそれは明るく、楽しげな響きはどこまでも広がっていった。


「あなたって本当に面白いわね、ワイツ! みんなもそうよ。生意気って思ったけど、なんでなのかわかるわ。だって、あなたたち……もうとっくの昔に狂っていたものね!」


 魔女は狂笑する。もとの彼女に戻ったのを確信し、私たちも口元を綻ばせる。これでいい。これこそが彼女だ。



 譫妄と殺意に狂って生きていく……不死者の"魔女"だ。



「さっきは随分なこと言ってくれたわね、聖女。でも、あなただって人のこと言える立場? だったらあたしに教えてよ、ねぇ女神様?」


 炎撃の被害からやっと回復した聖女に問う。白の少女は、防御の魔法が効かない疑問に悩むも、それでも他者を導こうという強靭な意志を見せた。


 魔女は赤い唇を動かす。



「あなたの"騎士"はどこにいるの?」



「……あ」


 呪いも含まず、死も招いていない声。悪意が込められているとしても、外見相応の少女が囁く戯れ言程度だ。

 無為だと切り捨てられる言葉は、あらゆる防壁をすり抜けて、聖女の心を直に凍りつかせた。


「おい、何だよその……"騎士"ってやつは?」


「その方も不死の魂を持つ一人ですわ。わたくしたちは以前、魔女様から伺いましたが……"騎士"と呼ばれる不死者は、聖女様と深い仲でいらっしゃるとか」


「ああ、私もそのように聞いている。それほど仲がいいなら、こちらにいてもおかしくないはずだ。しかし……信者の口からも、彼が近くにいるという話は出ていないが」


 突如噴出した不死者"騎士"の話題は、聖女の動揺を招いた。発言者の考えには及びもつかないが、この話は報復の突破口に直結し得る。


 片足で直立する魔女が、戦闘の意欲を沸かせるのを察知し、私たちは戦場袖へ撤収する。


「近くで守らせる意味がないことはわかるわ。あいつはあなたより弱いもの。でも、まったく姿がないのは意外ね……あなたたち、いったいどうしたっていうの?」


「それは……」


「洗礼のことを話してないの? 本来なら、真っ先に受けさせて、力を与えるべき相手じゃない」


 話す間も魔法で"メイガンの水"を集め、氷刃に変えて射出した。

 聖女はまだ"水"の仕組みを解明できていない。白鎌を顕現し、迎え撃っても弾いた途端に砕けて、追撃を喰らう。せいぜいできるのは距離をとって回避に集中することだけだ。


「ねえ! しっかり答えなさいったら! あなたは人を導く神になりたいんでしょ? 王様が囲った人たちも救いたいって言ったのに、大事な男を救済しないなんて……あっ、それとも逃げられたの? 愛想を尽かされちゃったんだ」



「違います!!」


 真っ向から否定を叫び、同時に数本の刃を受ける。それだけは譲れないと聖女は退かず、攻撃を避けようともしない。

 語調の強さに圧され、魔女は射手を中断する。



「だって……騎士様の側にいたら、私……あの方の願いだけ、叶えたくなるんですもの」



 胸から溢れた本心は、平等に愛を説く女神にあるまじき思い。

 切なく身を震わせ、祈りもやめたその姿は"聖女"ですらなく……ただ一人の恋する少女である。


「……やはり、おぬしは神にはなれぬ」


 ライナスの一言が広間を走り、彼女を打つ。

 対抗する言葉が発されず……聖女は無力に、両の拳をきゅっと握った。




 手には再び神具が現れ、破壊されると知りつつも躍進する。自身を狙う氷刃には貫かれるも、別箇所に向かう凶器は、残らず正確にはたき落した。


 "不死の王"は未だ無傷のままである。


「……なによ、もう邪魔しないで。あたしはあなたたちの事情なんてどうでもいいの! 用があるのはあの人にだけ! これ以上、王様を待たせるわけにいかない……!!」


「っ……駄目です! いくら私が女神として不完全でも、魔女様の行為が間違っていることくらいわかります! 諦めていたのではなかったのですか!? 他のやり方を考えると決めたって……!」


「関係ないっ!」


 左脚のみで身を支え、魔女は猛攻を開始する。床に撒かれたメイガンの水を魔眼で操作、加工し聖女を穿つ。そのまま思い人のもとまで攻め込むつもりだ。

 無論、相手も捨て身の戦法で行く手を阻む。


「間違ってるとしたらさっきまでのあたしよ! ほんのちょっとでも迷うんじゃなかった、疑ったなんて情けない……王様はあたしを求めてくれていた。この千年ずっとよ……あの人があたしを望んでない時なんてなかった!!」


 今だってそうでしょう、王様!? と懸命に手を伸ばす。


 永遠の舞姫は相手を待っている。世界で最も気高い魂を貫くべく、殺意を研ぎ澄ます。迸る自身に最早ためらいはない。


「あたしにはわかるの!! いつまで経っても、進めないあたしに苛立ってる。こっちを見て、あたしに触れて、笑ってみせて……そう喚いてたのを傍目に、あなたはこう思ってる……!」


 思いは同じであると彼女は信じていた。

 今もまた、高らかに歌い上げる。



「"おまえが来い"って……!!」



 聖堂にて降り注ぐ血と狂気の乱舞。黒の少女は舞踏を誘い、ただ一人の手を求め続ける。

 情緒豊かに踊る彼女は……片足で大きく跳躍して、その瞬間を迎えた。


 予備動作や翻弄をなしに、いきなり前方へ翔ぶ魔女に驚き……聖女はあくまで牽制として、大鎌を横に凪ぐ。

 いくらでも予想でき、防御できるはずの攻撃……


 けれど魔女は、その一旋を避けなかった。



「え……?」




 守護のために、背を向けていた聖女だけが気づかない。魔女も、私たちも……ただその一点を見つめ、驚愕の息を飲む。



 玉座から立ち上がる不死の王。



 はじめから狂言かと思うほど、その動作に微塵の淀みなく、隻腕なるも威厳を保ち、号令の姿勢とる。

 長い金糸で表情のすべては窺い知れない。けれど……少年の口元が凶悪に弧描いたのは見間違えようもなかった。


 魔女が言い当てた思い。歩いた旅路を肯定するように、王は彼女の身体を受け止めた。これは刹那でありながら、永遠に刻まれる不死者の劇画だ。


 私たちは、ある一つの結末を見届ける。



「なんだ……王、様ったら……もう」



 見る者の心と瞳に焼きつく、少年少女の抱擁。


 たとえ……魔女の胴が完全に断ち切られていても。王の背に回した手の、握り込んだ氷刃が二人を縫い留めるよう刺されていたとしても……

 この一幕を"美しい"と形容する以外、私には言葉が見つからなかった。



「……あたしのこと……ちゃんと、見てくれてたじゃない……」





 不死者とはいえ肉体までは不変でない。器が壊されれば、復活のための代わりが必要だ。特に魔女は、死体に魂を宿らせ、永遠を渡り歩く存在。

 首や胴が絶たれ、原型を留めぬ姿に追い込まれれば……魂は、飛び去るしかない。


 けれども悔いはないのだろう。

 彼女は、この場の誰よりも早く、本懐を遂げたのだ。



 心より幸せそうな笑みを浮かべ……


 不死者"魔女"は絶命した。

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