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第八十九話 ワイツの終局

 ともに旅をしてきた。


 ともに異教徒を蹂躙し死骸の山を築いてきた。よく遊び、よく殺す……天真爛漫な殺戮人形、不死者"魔女"。この少女がいなければ進めなかった道、決して辿り着けなかった待望の地に、私たちはいる。

 進路を得たこと。生きて先を目指そうという心も、みな彼女から授かった。


 信者と同等かそれ以上の脅威を持ち、こちらの被害も一切考慮しない性質であったが、私たちはなんとか身を守ってきた。困難に遭遇してもろくに協力せず、むしろ当人が巻き起こした災難も多い。

 その都度彼女は私たちを笑い、煽り……そして札遊びを強制してきた。





 現状、自由な印象とはかけ離れた少女の姿がある。

 繰り出される斬撃をただただ反射で躱す魔女。その表情は暗く、後先考えない動きは無意味に手傷を増すばかりだ。

 先ほどまでの饒舌さは聖女へと引き継がれた。滔々と流れる説法の調べが、より虚しさを思い知らせる。


 最大の攻撃さけびを放てど、意中の人物は反応を示さなかった。自身の思いは、存在は……"不死の王"にとって全くの無意味なのかと疑い、千年を越える妄執が揺らいでいく。


「でも、大丈夫ですよ魔女様。あなたは今からでもやり直せます。必ず、王様が尊敬するに足る淑女となれますわ」


「なによ……バカ言わないでよ……」


 魔女は悲痛に返す。死を注ぐ視線はずっと伏せられ、魔法が届かぬのも辛いのか、金の魔眼で王を見ることもない。


 無心を貫く王の姿勢は彼女の魂を容赦なく苛んだ。あと数度の否定を実感すれば、魔女の心は瓦解する。慈愛への陥落は目前だ。


「確かにあなたの罪は膨大です。ただ一人しか見なかったゆえに王様以外の万物の価値を知らなかった。常に彼との最短距離を走って、遮るものすべてをみなごろしにしてきましたね。功罪は無量大数を越え、償いにかかる年月は果てしなきものでしょう……」


 どのような言の葉を吐いても、鈴の声は清い響きを波紋する。鎌を振るう動きも流麗を極めた。広範囲に弧を描いて白刃は凪ぐ。

 白舞台に映える聖女の舞は怖気が走るまでに美しい。



「けれど安心なさって。己の過ちを認めて、悔い改めてくださればいいのですわ。少しずつ、ご自身から罪を濯ぐのです……まずは両目をくり抜くことから始めましょう」



「っ!……嫌よ!! これは、あの人があたしにくれた……大切な……」


「いいえ。それはあなたのものではありませんよね? 贈られたというのも勘違いでしょう。どのみち、魔女様には必要ないですわ。王様と同じ魔眼で世界を見たとしても、彼の気持ちに近づけなかったんですもの」


 声を詰まらせた少女の胸を、下方からの一旋が勢いつけて抉った。魔女がとっさに行った、金の魔眼を守るための動作は、視界を狭める隙に繋がる。

 しならせた大鎌は伸縮の衝動も重ね、この応酬にて最大の痛手を魔女に与えた。華奢な肢体は高々と打ち上げられる。


「ぎぁっ! ぐ……!!」


 飛べばあとは堕ちるだけ。魔力を放出し、滞空する余裕も許されない。自然落下も待ち遠しいとばかりに、聖女は救いの御手を伸ばす。その両の拳で握る大鎌を魔女の肩肉へ突き刺し、迅速なる下天を促したのだ。


 黒の少女が導かれるのは、聖女の足下。

 不死の特性を利用した魔法"絶対防御"の名のもとに……かの地は世界で最も清く、硬い。



「さあ……どうか、女神わたしを信じて」



 艶やかなる白骨の床は落下の威力を正確に表さない。 代わりに魔女は、その体一つで激突の破壊力を体現することとなった。


 噴血は赤花の乱れ散るが如く。

 いち早く白面に接触した右手、右脚は弾け飛ぶ。


 腕の方はまだ若干の原型を留めており、私たちが避難する方面へ滑り寄る。しかし、それに構ってやるゆとりはなかった。聖女の追撃は止まない。


「気を楽にして、魔女様。これはみそぎです。すぐに済みますわ」


「あ……がっ、ああぁ……! せい、じょ……!!」


 よろめき、それでもすぐに上体を起こした魔女。救いを誘う手はその後頭部を掴んで固定した。両人とも私たちから背を向けて立つ形であるが、聖女が何をするつもりかは予測できる。

 朱に染まった魔女の前にて、見せつけるよう白鎌が再度顕現する。突いて抉れぬなら直接除去とがてら、聖女はその面を白刃に擦り付けた。



 月弧を描いて顔を削り、魔眼を潰すつもりだったが……半分もいかぬうちに進行は止んだ。代わりに耳を塞ぎたくなるような異音が鳴る。魔女が刃先に喰らいつき、歯でもって切傷を防いだのだ。

 頬を裂く覚悟で振り向き、背後を睨む魔女の執念深さに、聖女は首をかしげて苦笑した。





 もう駄目だ、と思った。


 聖女は動かぬ得物の具現を解き、振りかぶった状態で再構築する。座り込む魔女に今度こそ終末を与える所存だ。


 だから私たちは走った。その時が来たのだ。


 これは誰からの命令でもなく、仲間に協力を呼びかけたゆえの行為でも、心を合わせた結果ですらない。私たちは奇遇にも進む道を同じくしたから、行動をともにするだけ。出会った時からずっとそうだ。


 いつかは分かれ道で散る。けれどそれは……今ではない。



「あら?」



 想定外の刺激を受け、聖女の鎌を繰る手が止まる。反応がそれだけとは素っ気ない。こちらは十を超える渾身の刺突を見舞ったというのに……

 私は聖女の背後をとって、カイザと交互に急所を貫いた。肩、膝、腿部の付け根といった関節と腱を断ち、最後に喉と心臓の位置に剣を咥えさせる。

 一時的に支えを失った身体は崩れ、床面に片膝をついた。


 こうまでしても聖女は死から離れたところにいる。けれど無関心のままではいられまい。私たちは彼女が纏う"守護"と"治癒"の魔法を貫通し、傷を贈ったのだ。


 意外さに驚き、異変を確かめようと巡らせた瞳に……今度は砕かれた自身の大鎌が映る。

 魔女を刎ねようとした神具はメイガンの剣によって払われ、真二つに折れて光と還っていく。困惑に揺れる緑柱石の双眸は、白い破片とともに舞う"破魔の雫"を見ただろうか。



 人体を蝕む悪意が溶け込んだ、呪われし聖泉の一滴……メイガンの水魔法は聖女の"絶対防御"を破り、"無限再生"を限りなく遅延させた。



 少女に埋めた武器も異郷に流れる青を塗ってある。最硬を誇る不死者に斬りかかる暴挙も"水"の効果を知ってのことだ。

 試し斬りには困らなかった。この地、この聖堂はすべて聖女の人骨からできている。立ち尽くしていた箇所において、試しに穿ち、陥没させた白面は今もなお回復しきっていない。



「顔を上げておくれ、魔女殿。進むときも、殺すときも……おぬしはやはり笑っているのが一番好い」


 生命に別状なくとも、筋が途絶えれば動きは鈍るもの。不可解な事象に惑う聖女をライナスの"黒茨"が受け止める。聖泉を浴びて発芽した魔幻の樹木は、少女の全身を棘で掻き抱いた。


「……おじいちゃん?」



「わしは諦めぬぞ。掲げた理想も、"あたたかな家"で盃を酌み交わし憩う、安息の日々の実現も……魔女殿とて、千年もの歳月を懸けて"かの王"を追い、殺害を諦めなかったではないか。今も思いを捨てたくないのなら……嗤っておくれ。まだ遊びは終わっておらぬよ」



 高位の魔術師なるも、普段のライナスはこれほどの枝葉を喚べない。茨の栄える理由は、魔女の血肉から精製された"魔力の塊体"を預けてあるからだ。

 球状に展開した"魔光夜の銀詠"に術式を描き、復活したばかりの左手も駆使して、黒茨の指揮をとる。漂う暗布は忙しく流動し……そのうちの一本は、魔女のもとに遣わされた。


 祖父が孫に駄賃を渡すように、静々と差し出された小包。

 中身は、先ほど魔女が落とした右腕である。



「別に立ち止まっててもいいんだぜ? むしろその方が、邪魔がなくていい」


 ったく、張り合いのねえ奴だぜ、とメイガンは剣を肩に担いで嘲った。聖泉の支流たる彼は、老魔術師の支援を受けて、聖なる青の大瀑布を発現する。

 彼の魔法こそが剛撃の決定打となる。これからの反撃に使用するため、氷塊に変えるなどして溜めておく。



「その泣き顔、見ていて清々するぜ……だがもういい。これ以上、構ってやる暇も義理もねえ。心折れたってんなら、とっとと死んで世界から退場しろ。こっちは未来さきに進ませてもらうぜ。てめえを追い越して"俺たち(メイガン)"は永遠になる」



 傷を修復しながらも、魔女は悔しげに顔を歪める。幼稚とも言えるが、彼女はこのような戯言にも対抗心を燃やし、跳ねっ返りの対応をみせる。

 姦しい罵声を浴びせようとするも破れた頬では空気が抜ける。発声は容易ではない。メイガンはそんな彼女を見限って、別の不死者に立ち向かう。



 聖女に剣を埋め込んだはいいものの、押し出そうという力は尋常ではなかった。抑えられぬと判断し、私とカイザは凶器を抜いて体勢を整える。

 メイガンのいた場所に立ったとき、やけを起こした魔女がもがくのを見た。体の均衡が取れず倒れこむのを、反射的にカイザが助ける。


「なによ……! 生意気にもほどがあるわ。あなたたち、ただの人間のくせに。身の程知らずの馬鹿なのに…………そっか……あの人から見ればあたしも同じね……」


「それでも……どんなことがあっても、あなたは王様の宝物。この世が彼の宝石箱なら、あなたはそこにて誰よりも古くから輝いてきたではありませんか」


「それ、あたしが前に言ったこと……よく覚えてたわね、カイザ」


 一生忘れようがありませんわ、と藤花の淑女は微笑んだ。重傷を負わされたことも、ともに札遊びに興じた夜も。

 彼女は片脚で立ち上がった魔女に、手出しは不要と見切って離れる。


 正解を手にしたカイザは歓喜と意欲に満ち足りて世界を生きている。当初と違う、楽しげな印象には魔女も興味を抱いた。



「世界に喜びはあります、幸福の存在は真実なのです! 魔女様はそれを高らかに歌い、他の宝石たちを踏み砕き、主の喉笛に喰らいついてまで主張しておられたのでしょう? そのような輝石は二つとありませんわ。世界で唯一無二のあなたに、関心を寄せないことがあり得ましょうか?」



「そうとも……皆の言ったとおりだ、魔女。泣くのは君らしくない。必死で叫ぶ姿は似合わない」


 魔女に思いを告げたいのは皆同じだった。それぞれ違う"星"を追ってはいるが、私たちは同一の道にあり、有象無象を切り捨てながらここまで猛進してきた。

 だからわかる。進路を疑い、今更引き返そうという同行者に言ってやれる。



 終局は目の前にある。君にはなぜそれが見えないのか、と。



 近場の者から言葉を贈り合い……ようやく私の番がくる。

 時間稼ぎを図ってライナスは黒茨を燃やし、聖女を業火に染め上げている。白の聖堂は怒り狂う朱色に照り返るも、それは"彼"の魔法によるものだけでない。


 中天にあった日輪は傾ぎ、陽光は赤みを帯びていく。

 神々の黄昏はすぐそこだ。

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