第八話 ワイツの牽制
「ここで顔を合わせるとは思ってもなかったぜ……おい、無視すんな!! おまえのことだおっさん!! "柊の"!」
"女神の使徒"討伐の道中、最初の休憩にて傭兵たちが小競り合いを始めた。メイガン率いる若い傭兵たちと熟練の老戦士。都で軍団が顔を合わせたときから、彼らは不穏な気配を漂わせていた。
後方の阿鼻叫喚に巻き込まれぬよう、進軍を急かしていなければ……都を出る前に争いを起こし、負傷者が生じるところだった。
野に腰かけて水を飲むのをやめ、年配の男は自身を囲む五人の若者とその統率者を睨む。
「……それはこっちの台詞だぜ、メイガン。まさか狂犬といっしょに行動することになるとはな……一応教えといてやるが、俺の参加はあの傭兵団と関りのないことだ。もう首領の座を譲って引退したからな」
「知ったことかよ。戦いに引退も時効もねえ。俺たちはおまえに大事な貸しがあるんだ、今ここで返してやるよ。生意気な小僧どもの分まで、たっぷりとな」
「舐められたものだな。俺の実力も知らないくせに大きな口叩くじゃねえか……いいぜ、数人減ったくらいで進行に問題はねえ。相手になってやるよ。ちっとばかし叩き潰して、年季の違いってやつを教えてやろう」
「やめてくれないか」
この展開を見るに耐えず、私は彼らの間に割って入った。まだ教主どころか信者のひとりとすら出会っていないのだ。人員を減らされるのは使徒たちへの目印を小さくするのと同じこと。こちらへの攻撃魔法が手加減されては困る。
私は死体の一片も残さず果てたいのだ。
苛立つメイガンに手をかざして牽制する。彼は天を突いた濃紺の短髪を傾けて、私の闖入を忌々しげに迎えた。
「今の君たちは私の配下だ。私闘は慎んでくれ。特にメイガン……これ以上勝手な振る舞いを続けるなら、私にも考えがある」
「ずいぶんとまじめくさった雇い主だな。王子様だけにお堅いことで。別に、俺たちも真剣に働いてやってもいいんだぜ? そうだな……ヒムルダの姫をくれるんなら考えてやるよ。あんたのなりから見れば、王家ってやつは相当の上玉揃いなんだろうな」
「……てめえっ! よくもそんなことを!!」
私が反論する前に、老戦士は激昂しメイガンへ掴みかかろうとした。彼の素早い体捌きにより掌打は届かなかったが、戦闘開始とばかりに飛びかかってきた仲間を、重い拳で残さず沈めた。
「やめろと言っている!! 王が私たちに下した命令は信者の討伐だけだ。ここで同士討ちなど見苦しくてかなわない。それに……私はあなたにも無意味に戦うなと頼んだのだが」
「っ、悪かった……ワイツ団長殿。つい頭にきてな。二度はないと誓おう」
「メイガンも、先に提示した額で了承したから契約書に署名したのだろう? 任務の間は私に従い、問題を起こさないでくれ。それでも報酬に不満があるなら私財をなげうってでも上乗せし、支払おう」
「……んだよ。そんなんで納得できるかちくしょう!! 任務なんぞどうでもいい! おまえは殺す! 絶対殺してやるからな、"柊の"……!!」
「ワイツ殿、こいつらのことは俺に任せてくれ。皆の足を引っ張らないよう目を光らせておく。任務に支障は起こさせない」
かたじけない、と私は老戦士に頭を下げる。親身に接してくれる彼に応えたいが、名前が思い出せないのでそのあとが続かない。この人物はメイガンを抑えるのに役に立つ。今のうちに信頼を勝ち取っておきたい。
視線を揺らしたさき、老戦士の肩越しにカイザと目が合った。彼女の呟きを読唇する。
「……ギラス殿。ご助力痛み入る。先の戦いから続けて世話になるな。参戦してくれるだけでもありがたいというのに……それと、もう私に対して畏まらずともいい。敬称もやめてくれ」
「ははっ! そうかそうか。ワイツ、改めてよろしくな。あんたには以前にうちの若い者が世話になった。気にすることなんてねえ、遠慮なく何でも命じてくれ」
「ああ。頼りにしている」
破滅までの短い間だが、この調子なら私の目的通り進めそうだ。
「けっ! お行儀のいい傭兵がいたもんだな。戦士ってより軍の犬みたいじゃねえか!!」
メイガンはなおもギラスに食ってかかった。これがまた扱いの難しいところだ。傭兵同士にも勢力争いや怨恨があり、相性や組み合わせも考慮して編成しないといけない。
今回はメイガンらが一方的に敵意を抱いているようだ。ギラスは若者たちの挑発を受け流し、茶髭の下にある唇を引き締め、冷静に対処する。
「なあ、一つ聞くが……おまえは"本物のメイガン"なのか?」
「はあ? てめえ、何言って……」
「俺の見てきた"メイガン"は、どいつもこいつも好戦的な馬鹿ばかりだった。常に強者を求めて戦場を彷徨う狂人……ただ実力は凄まじい。今のおまえより若い"メイガン"が、一人で一個小隊を全滅させ、無傷で帰るなんてところも見たことがある」
以前から疑問に思っていたのだろうか。ギラスの語り口は確認の意思を込めて静かで、決して相手を侮り謗るものではない。
しかし、メイガンの反応は顕著だった。紫眼を驚愕で見開いて強く歯を食いしばる。つんと尖った前髪のため、額に青筋立つのがはっきりとわかった。
「おまえからはそこまでの気迫を感じねえんだよ。なんていうか……誇りに欠けている。そうじゃなきゃ、たかが異教徒の鎮圧なんて参戦しねえよ。おまえが"メイガン"なら……なぜ来たんだ? 相手は戦いの素人だけだ。"メイガン"たちが望むような強敵なんぞ、ここにはいねえ」
「うるせえっ!! やめろ! ……黙れ!!」
兵ら全員の注目を集めるかの大声で、メイガンはギラスの言葉を断ち切った。呼吸も荒くし、常軌を逸したような様子に彼の仲間たちも戸惑いを隠せない。
「俺は……俺は、"メイガン"だ!! 本物の……神に選ばれし、聖泉の民なんだ!!」
策も武器もなくギラスに手を伸ばす彼。その姿は仲間の目にも無謀で、正気を失ったように思えた。普段は彼の号令で悪事を成す荒くれたちも、動揺を抑えるべく腕や胴を掴んで引き戻す。
「あ、兄貴っ……急に何してんだ!?」
「どうしちまったんだよ!」
「るせぇっ! テティス、おまえも黙りやがれ!!」
「えっ、僕何も喋ってな……ふぎゃっ!」
意味不明なことを喚いて後退していくメイガン。彼の言動の理由も考えるだけ無駄と割り切り、新たに生じた厄介事に目を向ける。
私の部下がこちらに駆け寄り、発言の許可を求めたのだ。
「どうした。緊急の伝令か?」
「はっ! 物見からの連絡です。東の空に黒煙を発見しました。この近くの集落の方向からです!」
休憩地周辺を警戒していた兵の発見だ。部下の言う方向に目を凝らせど、ここからは確認できない。
私たちの目指す場所は教主がいるというニブ・ヒムルダ北部の岸。だが信者たちは布教のため各地に散っている。近場で出会ってもおかしくない。女神教への改宗のため、民らへ強引な手を使うことも。
「そうか……わかった。兵を集めろ、休憩は終わりだ。集落の様子を見に行くとしよう。信者らの襲撃を受けたかもしれない」
指示通りに部下は走り、隊列は整えられる。
進路の転換に迷いはない。もとより信者は根絶やしにせよと言われている。