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第六十五話 ワイツの拒絶

「わあっ、ワイツ王子様とカイザさんもいるじゃん! そんなにくっついてどうしたんですか? というか、美形同士がぎゅっぎゅしてるって状況……いいねーいいよーまとめて串刺しにしたくなる!!」


 音の鳴る方へ体を向かせてもらったが、特徴的な緑髪以外ぼやけてよく映らなかった。肉体から剥がれかけた感覚はまだ彼岸より帰ってこない。


「だめだ。よく聞こえない……彼は何と言っている?」


「テティスさんは、私たちが仲良しでお似合いの二人だと言っております」


「そうなのか」


 取り留めもない発言を要約しつつも、カイザは警戒怠らない。この場の誰もが私たちを害す可能性があるのだ。

 後から来た増援、テティスも殺害による快楽を覚えてからは、見目好い人間を刺す悪癖がついた。戦場で槍を性器よろしく突き立てる様子は記憶に新しい。



「おっと、だめだだめだ。落ち着け僕、殺しちゃいけない。これはメイガンさんの……」


「さっきから何なんだい? もしかして、この魔女を守って代わりに戦うとでも言うのかい? だったら相手になってもいいよ。一瞬で終わらせてあげよう」


 ローアは厳かな気配もって下劣な殺意を霧散させた。加勢というには未熟すぎるテティスにも、己を否定された悪感情から、迅速なる消滅を宣告した。


 品性が欠け、まるで役に立った試しのない少年だが、今は彼のおかげで有意義な情報を得た。この聖者は自身が女神にとって第一の使徒であると誇っている。その自尊は些か繊細で、虫けらに埃をかけられるのも全力で拒絶する。


 そうと分かれば盛大に罵倒しよう。女神をこき下ろし、少年の怒りを刺激する。聖なる力の矛先を私に向けさせるのだ。もっとも、うまく動けるようになってからだが。



「そうじゃない! 君は昔の僕と同じなんだ。まだ大事なことに気づいてない。僕たちに構ってる場合じゃないんだ!! 本当に聖女さんのことを愛しているんなら、一分一秒でも多く彼女を襲わなきゃいけないんだよ」


「さすがは聖女様の敵だよ、吐く息すら汚らわしい。妄言はもうたくさんだ。早く世界から消去しなくちゃ」


「その考えがダメなんだよ。君、聖地でその子にいっぱい身体で慰めてもらったのかもしれないけど、それじゃ彼女を手に入れたってことにならない。言うこと聞いて動くだけじゃただの道具といっしょさ! 君は都合のいい従僕になれて満足なの?」


「ふざけるな! この僕がそんな不埒な行為を求めるか!侮辱にも程がある、聖女様に対してよくもそんな妄想を……!!」



「えっ!? 犯ってないの? ……ますますわからないなぁ。見返りなしでどうやって人を好きになれるのさ? せめて口か手を使ってくれるんだよね? 見抜きすら許されないなんてことないよね!?」



 相手が絶句したのをいいことに、テティスは思うさま言い募る。部位を変え手法を変え、時には道具を交え、女体の開き方について例示していく。

 カイザの、私を支える手が強まった。こちらは時間の経過とともに精神は癒え、感覚の麻痺から回復するも、今はそれが恨めしい。


 過去に受けてきた数々の無体は、今も私たちの身に色褪せない。カイザは行為の理由を強引な形だが受け止めている。私は合意した上の行いだったので、現在まで尾を引くことではない。

 しかし、少年の言葉を生々しく思い描いてしまうのも事実。警戒する三つの脅威のうち、テティスの占める割合が増していく。


「やめろ! やめろよ!! なんだってそんなこと言うんだ! あの清らかで美しい聖女様に、なんて……卑猥な……!!」


「でも君、彼女が好きならそういうことしたいって思うよね? 下半身がちゃんと機能してるんなら、捻じ込みたいって思うのも自然でしょ? ほら、今だってさぁ……」




「反応しているのか?」


「反応していますね」


 カイザは藤色の瞳を聖者に向け、観察結果を言い切った。嫌な確認をさせたが彼女しか味方がいないので仕方ない。

 女神の使徒とはいえ彼は普通の少年だった。女の肉体を求める一介の男に過ぎない。テティスがほざいた猥談に顕著な反射を見せれば、もう言い逃れは不可能だ。


「みんなが慕うくらいかわいくて優しいんなら、頼めばヤらせてくれそうなのに。それとも不死者だからって遠慮してたのかい? 強いし、死なないからって諦めてたの?」


「はっ、あ! ……ああああ、ああああ!!」


 図らずも暴かれた肉欲。聖人にあるまじき情動と本能、そしてそれを向けるのは宗主たる聖女本人。

 不都合な真実を粉砕するが如く、ローアはテティスに飛び掛かる。彼と、この場の全員を殺せば隠し通せるとでも思ったか。



「それ返事になってないわよ」


 殺戮の手は魔女によって防がれた。先の戦闘より威力の落ちた、炎の放射すら消滅できていない。


 せせら笑う少女が解答を促す。その様子を見て、私はカイザに向けゆるく首を振った。介添えの必要がないほど回復したことと……あの聖者はもう駄目だ。自らの欲望に打ちのめされ、信仰が薄れつつある。ローアの術による散華を望んでいたが、もはや期待できない。



「じゃあテティス、この子は答えられないみたいだから教えてあげて。殺せない、一瞬しかいっしょに生きられない……そんな相手にどうやって振り向いてもらうの?」


「そんなの決まってる、殺し続けるんだよ魔女さん。この思いや答えだって……全部君がやってることじゃないか!!」


 未熟だからこそローアの脅威に気づかない。戦いに恐怖を見出せないのだ。ゆえに彼は恐れなく妄執を語る。

 私たちはその合間に移動を開始した。


「でも、完全に魔女さんのようにはできない。僕も、彼だってただの人でしかないんだから! 特別な力もないし、いつか死んじゃう……けど、だからこそ君を殺したい! 殺し続けるしかないんだ!」


「あはははっ! 随分と情熱的ねテティス。あたしの気まぐれで生かされてるって身分を弁えてる? 序列第二位の不滅の厄災に手を出す意味も? まず、あたしを殺してどうしたいっていうのよ?」



「覚えていて欲しいんだよ、魔女さん。僕がいたこと、僕と遊んで、いっしょに歩いてきた時間のことを。そのためにありったけの殺意を込めて君を射貫こう! 一番強い攻撃で、その魂に僕の名前を刻みつけよう!! ……忘れないでいてくれるってことは、僕の存在ものが君のなかに挿さっているのと同じだもんね?」



 最低だ。テティスの言葉も、行動も意味も。ローアに教えるために不死者への愛情表現を話していたが、いつしか魔女への愛の告白にもとれる殺害予告に変化した。カイザとともに機を待ちながらも、心に生じた不快さに苛立つ。誰か私のテティスに関する記憶を抜き取ってほしい。


 陽動でもない。まったくの考えなし……いや、考えはあるのだろうが意味不明で共感できない。できるとしたら狂人だけだ。そこの、嬉しそうに嗤う少女のように。



「うう、あっ……はぁ。あんたら狂ってる! 醜い! 穢らわしい、気持ち悪いっ!! この僕といっしょにするなあっ! 僕は違う、僕だけは許されるんだ……だって彼女を愛しているんだから! "これ"だってそうさ! いつか夫婦になるんなら当然の営みだ!」


 足下の雪は解け、白は泥と汚れて混じる。泥濘を踏み躙ってローアは叫ぶ。しかし愛しているから、結婚するからといって先のテティスの妄言を実行すると、相手の猛反発に遭うことは言うまでもない。


「他の信者なんかいらない! 僕だけが彼女を信じていればいいんだ!! ムルナ村のみんなに馬鹿にされて、利用されるだけの可哀想な聖女様を、僕が救ってあげるんだ! ……だから、だから彼女はいつか僕を愛してくれる。今はできなくっても、僕自ら愛情を教えてあげればきっと……!」




「無理よ」


「なんだとっ……!?」



「だってあの子、もう何百年も前から不死者"騎士"と付き合ってるもの」




 私たちが自由に動くのも、背後に回ったことすらローアは気づかなかった。

 聖女との未来を信じるゆえに得た膨大な力は、魔女の一言で枯渇して絶えた。守るものがなくなったのを確信し……私は彼の心臓を貫き、カイザは首を断ち切った。


 地に堕ちるまでの寸秒……少年の唇はうそだ、とわなないた。宙に舞った顔は驚愕と失望の涙に塗れており、地面の白雪に埋もれ、さめざめと鮮血をこぼす。





「うわぁ……それ、きっついなあ。えっ、今の本当なの? 前に話してた"騎士"って人が"聖女"の恋人っていうのは……」


「別にそんなのどうでもいいじゃない。真相なんて興味ないわ。でもまあ、あの二人はそうね……それなりに仲がいいのは確かよ」

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