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第六十一話 ワイツの会見

 金の燐光が輝いたと思えば、すぐに侘しい光景に変わる。ライナスの発現した"魔光夜の銀詠"は魔女の視界と接続し、静寂を乱す不埒者たちの姿を映し出した。



 馬を急かす兵士の、真新しく豪奢な甲冑が朝日を浴びる。夜も開けたばかりだというのに、それなりの速さで行軍する様子は精励と評価できるが、彼らは皆やつれ果てた顔をしていた。


 士気の低さは絶望的だがそれでも進まねばならない理由がある。大方、私の任務に関連する事項だろう。しきりに遠方を気にする様子からは、目的地を目指すより、尋ね人の痕跡を探す風情がある。


「……で? 何なんだよ、こいつら」


「都に常駐する騎士軍だ。彼らはその中でも貴族の子弟、高官に縁ある者が属する部隊だな。王家からの信頼も厚く、普段は要人警護と儀礼的な催事に駆り出されている。これまで戦場もとより、城壁から外に出ることもなかったが……このように振る舞うとは余程の要件があるとみえる」


 ああそうかい、とメイガンは聞いたわりに興味なさげに返答し、以降は銀詠の方を向くこともなかった。秘境出身の証たる紫の瞳は細められ、手にした茶器のみを映している。

 天幕内にて温茶の配膳を行なっていたカイザは物憂げな一瞥を寄越した。彼女が同情を示す通り、あの部隊の接近は煩わしいの一言に尽きる。


「やはり不慣れな挙動だな。あんな不用心に軍を進めれば、信者に見つかるのは時間の問題。敵が沸けば彼らなど格好の的だ」


「わしらが道々敵を討っておいたからこそ生存できておるのじゃろ……王子、ここは会わずにやり過ごしましょうぞ。接触を図ってはわしらも巻き添えじゃ。せっかく警戒魔法を考案したのに意味がない」


「しかし私の立場上、会わないわけにいかない。彼らの動きからしてこちらを追っているのは明白。都によほどのことがなければ、このような行動はしない……もし、それが陛下からの命なら出向かねば」



「ったく……これだから宮仕えってやつはうぜえ。完全に時間の無駄じゃねえか。こっちはそろそろ備蓄が尽きそうだってのに……じじいが言ったようにほっときゃいいだろ。さっさと進もうぜ、聖地によ」


 日のあるうちは戦いに明け暮れ、夜は精神を摩耗したが、彼が音を上げる気配は微塵もない。古き泉の狩人は自身の遂げるべき悲願のみを見据えている。

 そんなメイガンと同等の誇りは持ち合わせないが、目的達成の意欲なら私も負けていない。


 幕上にて蠢く一隊は"曹灰の貴石"からの命を帯びている可能性が高い。ニブ・ヒムルダ王家の言葉は私の指針を決定する。内容を確かめるまでは、どんな伝書も知らずにはいられないのだ。


「わかっている、手早く済ませるつもりだ。付近に信者がいないのを確信したのち少人数で出向く。カイザ、不在時の指揮はおまえに任せた」


「……ですがワイツ団長。この状況で本隊からの分離は危険すぎます。移動中は敵を探知してもお伝えできません。もし信者に遭遇でもしたら対抗の術はありませんわ」



 いくら反論されてもこればかりは譲れない。何か献策はないのかと問いで返すも、二人は適切な接触方法を思いつかなかった。

 あるいは不死者"魔女"かギラスなら考えつくかと思いを馳せる。後者の彼は正気でないと有効な助言ができないかもしれないが。


 押し黙り、考案に時間を費やす。疲れを纏ったままでは意識が沈んでいきそうだ。

 そんな状況において、突如ライナスが勢いよく手を上げた時には、全員が何事かと目を見張った。







 自然神が治め、眠る大地に白が堆積する。明度を増した太陽は夜明けを世界に伝えるが、暗雲と突風が大気を掻き回すため、時刻の判別がつかない。


 空からは雹が吹き付け靴元の雪は舞い上がる。上下から迫る氷結に貴族の騎士たちは立往生し、吹雪の鎮静を待ちにかかる。

 私たちとの会見は、そんな悪天候の一幕にて行われた。


「……っ、何者だ!? 止まれ、動くな!」


「私だ。知らないとは言わせない……時間が惜しい。すぐに代表者を呼べ」


 前衛の兵士は警戒し、こちらへ槍を突きつけるも腰が引けている。吹雪のなか突然人影が現れれば驚くのも無理はない。しかし、王宮の常駐軍なら名乗らずとも私のことは知っていよう。

 凍風になびく灰色の髪も身分証明には充分過ぎる。ともに出現した老魔術師や私の手勢にも見覚えはあるはずだ。


「いよう、ニブ・ヒムルダ騎士軍。実に勇猛な出で立ちじゃが、武器を向けての出迎えは感心せぬなあ……仮にもこのお方は王族の一員なるぞ」


「ワイツ王子! ずっとお探ししていました。しかし……いったいどこから? これまでどの地にいらしたのです!?」


「そんなことはどうでもいい。この場の代表のみと話がしたい。どうせ王家からの命令を携えてきたのだろう?」


「……では、こちらへ」


 連れてきた部下に待機と首尾よい行動を命じ、私とライナスは兵士の後に続いて進む。この距離だと聞こえないとでも思ったか……兵は踵を返した直後、卑しい狗めと呟いた。






 部隊を率いてきたのは壮年の男性。ニブ・ヒムルダ王族の外戚でもある貴族だ。都でも高い地位にあり、主に魔法分野と祭礼進行を取り仕切っている。私の所感はその程度で止まったが、ライナスら魔術師にとっては直属の上官にあたるという。


 通された天幕にて相対する彼は、凍えてはいるが怒りに煮えたぎっていた。その顔にあるのは私たちへの激しい怒気と侮蔑だろうか。私からの形式に沿った挨拶にも無反応を貫いた。


「今まであなたが何をしでかしてきたかは問わない。いずれは命をもって償ってもらうからな……その悠長な態度はなんだ? まさか、私がなぜ来訪したかわからないのか!?」


「ああ、検討もつかない。早く要件を話してくれ。私は重要な任務の過程なのだ、この会見も迅速に済ませたい」


「我らはその"重要な任務"を止めるために来たのだ。けだものめ……あなたはこれまで信徒の方々にどれほどの狼藉を働いたとお思いか!」




「愚かな……」


 老爺はひそやかに吐き捨てた。目線だけで彼を見ると、ばつが悪いのを隠すよう呪具に顔をうずめている。

 私も最初の言い分だけで悟ってしまう。自然神"緑の王(ゲオルグ)"信仰の筆頭たる貴族が女神の使徒に屈し、彼らへ恭順を示そうというのだ。


「その物言い……都で何かあったのだな。陛下は再び変心されたのか?」


「左様。一度目に女神の使徒が来訪した折、私は陛下に進言した……信者の力は本物だと、彼らの教主は"不死者"であると! だが王は信じなかった!! 彼らが再度都へ降臨なされ、神罰を下すと宣言するまで……!」


 慄きの理由は大部分が恐怖だ。彼が怒鳴り散らし、荒い息が整う間に理解を深める。

 一度目に信者が訪れた時から貴族たちは怯え震え、遠征中のエレフェルドから兵を戻してまで都の防衛を図った。


 その時分の陛下は信者の要求を一蹴し、私に討伐の指令を下した。しかし、討ち洩らしがあったか、天空を渡られたか……信者は再び都に訪れ、大々的に恐喝を行ったのだろう。そこでついに王の心は転じ、私たちを呼び戻す決断をしたのだ。



「あなたの気質は存じている。王家……"曹灰の貴石"からの命令ならどんな内容でも従う狗。しかし、生半可な対応では動かせぬとな。だから王家の血統引く私が書簡を持ち、わざわざ探しに出向いたのだ! これ以上、使徒の怒りを煽らぬためにな! ほら、これが命令書だ。大人しく鎖に繋がれるがいい」


 言葉とともに黒塗りの木箱が卓上に放り出された。王が私に宛てた、使徒殲滅の撤回をしたためた文書……

 それの一文字目を視認したのち、紙面を彼に突き返した。



「陛下の字ではない、代筆だな。読むに値しない。この文書も、あなたからの制止も無効だ。どれも王家の意向であると完全に示してはいない。逆賊が捏造した可能性を払拭できない限り……任務は続行する」



「はあ!? 何を言っている……これは間違いなく陛下の命令だ! 偽物などと嘯くな、この私がここまで持参したのだぞ!? 王家に並ぶ血統の私が!!」


「わからないか? あなたは"曹灰の貴石"ではない。この文書も"彼ら"が書いたものではない……私が従う理由は何一つないだろう。だが、安心召されよ。私は必ず女神を討つ所存だ。そんなに乱心せずとも国防は叶えられよう」


 これでもう用事は済んだ。陛下からの命はなく、私の目的は更新されなかったが、無駄足では決してない。私は老魔術師を促して退出を図るも、男は見苦しく不可能を喚いた。


「無理だ無茶だ無謀だ! あ、相手は本当に不死者なのだぞ? 勝てるわけあるか、殺せるわけあるか……!! あなたはニブ・ヒムルダを滅ぼそうというのか!?」


「滅ぼす? "救う"の誤りだろう」


 縋りつく勢いの男を牽制して言う。思い出せばわかるはずだ。私がこれまでどのように生きてきたか、王家に近しい者なら全員が知っている。

 先の戦争で言うとエレフェルド将軍の首。つい最近では弟の寵姫二人……いずれも彼らの意のままに処理した。今もそれは変わらない。

 


「私がこれまで一度たりと、陛下からの命令を違えたことがあったか?」




「あ、ああ…………うああああ! おい、誰かこいつらを殺せ!! 我らを死にいざなう気だ! 何としてでも止めろ!!」


 男は狂乱してこちらを指さし捕縛を命じる。ライナスは私を守るよう立ち、上機嫌に呪具を振るって押し留めた。これまでないがしろにされた彼のことだ。威張り散らしてきた上官の醜態に悦を感じている。


「やれやれ。ほんに自分の身がかわいいとみえる。都の連中は年々蒙昧さに磨きがかかることよ。女神……いや、不死者"聖女"の手に委ねれば、わしらがくには終わりじゃ。草の芽一本も逃さず、身勝手な慈愛とやらに蝕まれる。"緑の王(ゲオルグ)"は枯れ、二度と同じ色には栄えない」



「黙れ! 何が森だ! 何が"緑の王(ゲオルグ)"だ、まったくもって下らん!! おまえだってそう思ってるはずだ、ご老人! 知っているぞ、私の父から素性は聞いている……やはりおまえは不吉な存在だった、聖種子め!! "災いの種"と転じた、か……っ!」



 出口に手をかけた時だった。先を急いでいるとは言い聞かせていたが、問答無用で会話を断つとは老爺らしくない。


 それほどまでに会話を厭ったか……ライナスは魔力を纏わせた暗布で男の顔を寸断した。ちょうど唇に沿って裂いている。吹き飛ばされた上半分は天幕内に転がり、口蓋を晒す角度で止まった。

 何を恐れたかは知らないが、顔面狙った攻撃は余計な言葉を防ぐのに効果的だ。咄嗟に風を起こし、返り血を浴びせないよう配慮したのも一流魔術師の成せる技。ただし今は感心している場合でない。


「何をしている。面倒事は御免だと言わなかったか?」


「……すまぬ。見苦しいものをお見せしたな。ご無礼を……ワイツ王子」


「いい。そろそろ頃合いだろう、早く行くぞ。あなたがいなければ戻れないのだ」


 深々と礼をし、老魔術師は私に付き従う。前を向いたライナスにはどことなく安堵した気配があった。

 行為を責められなかった、叱責を受けなかったことに対してではない。私の無関心な態度そのものが彼の心を楽にしたようだった。





 外部は喧騒に溢れていた。私の指示通りに事は進んでいる。

 貴族の男が兵士を呼べなかったのも、天幕外の異常に気づかなかったのも、ライナスが施した防音の魔法のためだ。おかげでここでの目的は順調に達成されつつある。


 同じニブ・ヒムルダの兵士といえど、私の手勢とこの場の騎士とでは身分、家柄の差で隔絶されている。ほとんどが貧しい平民出身の部下らは都の騎士たちから常々差別を受けていた。その鬱憤を晴らすよう彼らを拳で沈め、馬と食料を奪っていく。


「お待ちを! ワイツ王子!!」


「こっ、これはどういうことですか!? お願いです、どうかこいつらにやめるよう指示を……!!」


 軽く殺意を発し、剣に手をかければ兵士は怯えて逃げていった。身なりだけ着飾った彼らなど、激闘を潜り抜けてきた私の部下たちに敵うわけもない。

 収穫の報告に来た兵に、食料だけでなく武器、装備類も欲しい分確保しろと命じる。少しでも彼らの生存率を上げれば、聖地での私の望みも叶いやすくなるだろう。


「やめろおお!! それがないと我々は終わりだ!」


「ひっ……わかった、やる! 剣はやるから命だけは許してくれ!」



「王子!! ワイツ様、どうか彼らをやめさせて下さい! そして都へお戻りを……これは王家存続のため、国のためでもあるのです!!」


 物資を徴収され生命線を断たれた絶望の面持ち。剣を向けられ、肌着になるまで装備を剥がされる者……そういったものに囲まれて過ごす。時折、至近にまで懇願の声が鳴り響くも、雑魚散らしはライナスらに任せた。

 場にあるのは、容赦を乞う悲痛な声音。傲慢な者を蹂躙する下克上の愉悦。そのどれにも私の心は動かされない。


 どうでもいいのだ。人も、国も、兵たちも……私自身のことでさえも。


 この命すべては王家のためにある。その命令を果たす瞬間であれば、きっと私も充足できるのだろう。今はそう夢見て進むしかない。先のわからない未来だからこそ"美しいもの"に出会える可能性は少なからずある。




「陛下に伝えろ。任務は順調に進んでいると、必ずや命令を遂行させると……いずれ、女神の首を御前に送り届けよう。諸君、"補給の任"ご苦労。物資は残らず有意義に使わせてもらう」


 協力感謝する……去りゆく直前にそう述べ、残された兵らを見捨てる。指揮官も死に、馬もなく食料もなく、敵漂う真冬の大地に放り出された彼らが都に戻るのは難しいが、何事も可能性だ。


 いまだ吹き荒れる吹雪に紛れ、私たちは無慈悲の純白に身を隠す。魔法の領域内に足を踏み入れ、ライナスの詠唱を聞いた後にはもう、部隊の泣き言など届かぬ距離にいた。

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