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第六十話 ワイツの勝負

 ああもう! と少女は悔しげに両手を投げ出す。決着をつけるための一対一の勝負が惨敗に終わり、負け惜しみと運の悪さを主張する。

 勝者にぶつけられた言葉はどれも幼く、彼女の未熟な精神をよく表していた。


 この場面だけ切り取って見れば、活発な子女が遊びに負けて拗ねるという、なんとも平凡で微笑ましい光景である。

 ただしこんななりでも彼女は不死者。"魔女"と呼ばれる世界規模の殺戮者だ。日中には敵を素手でなますに変えてみせた。


 今も私たちの生殺与奪を握っており、機嫌もすこぶる悪いが……遊びで自分を負かせた相手は殺さないらしい。



「おじさまったら強すぎ! なんで急にこうなっちゃうの!? 少しは手加減しなさいよね!」


「……はっ、いいざまだな不死者"魔女"。貴様も敵に温情を求めるとはな……ちゃちな札遊びでも、撃滅の厄災に膝をつかせるってのは気分がいい」


「なんですってー!!」



「やめてくれ二人とも……魔女も諦めたらどうだ? 決着がついたのなら、私たちを解放してくれないか? 間もなく夜が明けてしまう……」


 同じ被害者のカイザとメイガンを横目に、遊びの終了を懇願する。一夜を通してのカード遊びはさすがに堪えた。


 大人数でやりたいと言い出し、よりにもよってギラスを連れてきたことも私たちの精神を削る。出会ったばかりの彼ならともかく、忌まわしい過去を取り戻した今は危険だ。

 災害によって壊れた魂では怒りを長く抑えられない。呼び覚まされた"ギラスの前身"は、常に大地の無慈悲さを発現しようと欲している。




 敵が陣に侵入するという……致命的な奇襲を受け、改めて女神の使徒への対抗策が話し合われた。追跡され、居場所を割り出される恐れがある以上、軽々しく物見は出せない。司祭の行動範囲からして上空含む全方位からの強襲を想定しなければいけない。


 ライナスに策を求めれば、とにかく警戒を強めるべきと勧められた。無名の魔術師とはいえ彼の才覚は本物だ。瞬く間に、気配を消した信者を探知する、長距離から敵の存在を掴む……そんな魔法の術式を描いてみせた。

 問題なのはどれも発現に必要な魔力が多く、不死者の協力が不可欠だということ。


「なによなによ! ここで諦めるとか冗談じゃないわ! 魔力貸してあげるかわりに、あたしが満足するまで遊ぶって約束でしょ!?」


「それにはもちろん感謝している。しかし……物事には限度があるはずだ」


 魔力の提供と引き換えに、不死者"魔女"は自身の遊び相手を要求した。最初はテティスと遊んでいたが、途中で飽きたと喚き出し、次の対戦者に私たちを指名した。


 今は忙しい、そんなことをしている場合ではない……第一、成人したいい大人がカード遊びなどやるものではない、と申し立てても一顧だにされず、三人まとめて強制参加と相成った。



「今も魔法で遠くとか見たり、みんなの姿隠したりしてる!! こんなに働いてるんだからもっと遊ばないと割に合わないわ。負けっぱなしは面白くないもの」


「メイガンさん、そろそろ殺気立つのをお止めになってはどうしょう? いくらあなたでもこれ以上は気力が持ちませんわ」


「馬鹿言うな……こいつを前にして油断なんかできるかよ」


 この場で最も複雑な心境なのは彼だ。いくら故郷で戦術を教え込まれたとしても、憎き相手と札遊びを強制された場合の対処法まで演習しまい。


 メイガンにとって今のギラスは部下を殺し、己に恥辱を加えた宿敵。隙あらば殺したいのはわかるが、たかが鬼札ジョーカーを引かされただけで斬りかかるのは"メイガン"としても、良識ある大人としても失格だ。



「なんだよ狂犬。ひ弱な牙で噛みつくか? 貴様とは既に格付けを済ませたはずだ。死合おうにも結果は見えている……それでも不服あるならかかってくるがいい。尤も、前の成果より出来が落ちるのは覚悟の上だろうな? 何せ……ここに貴様の"盾"はねえ」


「……黙れよ、ギラス」


 当初の彼ならばここで嘲りに耐え切れず、騒乱が発生していたところだ。私は一瞬だけ危惧するも、すぐに不要だと見切った。メイガンに激情の色はない。


「てめえなんぞもう殺す価値もねえ」



 勝てないことの強がりと受け取り、ギラスは鼻で笑って魔女との二戦目に挑む。これら様子を見るに……やはり今の彼は過去が濃い。


 かつて起こった災禍と裏切りの衝撃を受け、幼い心は一度死を迎えた。新たな人格を上書きしたとはいえ、術により取り戻した憎悪と復讐の念は深く、潔い老戦士をここまで堕とすに至る。



 二つの異なる性質は同じ体内にて混濁し、その時その時で配合を変えて現れる。急に遊びに強くなったのがいい例だ。

 私たちがよく知るギラスは子どもの遊びに関する記憶を持たない。



 ついに炎とは違った明るさが空にかかった。これで私たちは意味もなく一睡せず、消耗だけを得たことになる。

 不満しかない状況にも、メイガンは散らばった札の山に手を伸ばした。最後にもう一回だけみんなで遊びたいと魔女はせがみ、それで終わるのなら手早く済ませようと、私たちは気力を振り絞る。






「どうしてこんなに運が向いてこないのかしら。あたし不死者なのに……不死者なのにあたし……」


「落ち着いてください魔女様。遊びの勝率と不死になったことは関係ありませんわ」


 勝負のめぐりも芳しくなく、魔女はメイガンと泥沼の最下位争いにもつれ込んだ。直前にあがりを迎えたカイザは嘆く不死者を慰める。ここは強引でも納得させ、少女に遊びを終わらせるよう仕向けないといけない。


 先にあがり、手持ち無沙汰の私は、ただ見ているのと解放を願うことしかできない。

 後ろからメイガンの手札を覗いて、鬼札の位置を魔女に教えようかとも思ったが、その前に別方向から掠れた声が投げかけられた。



「よくわかんねえ男だな、貴様は」


「……私に言っているのか?」


 着目すれば訝し気な視線とかち合った。老獪な茶の瞳、側部に白が混じった髪も戦歴の長さを窺い知れる。見た目こそは変わりないが、この状態の彼と話をするのは初めてだ。


 あらゆる行動が怒りを伴う普段と違い、今の彼は静かに狂っている。


「なぜ王家を恨まん、なぜ黙々と従っている……ガキの時分に手酷く扱われたってのに。それともあれか? 貴様にも縋っている記憶があるのか? だから非道に走らねえ、復讐にも取り込まれねえ……なんともうざってえことだ」


「邪魔か? "ギラス"が持っている……仲間たちとの輝ける記憶が」


「ああそうだ。忌々しい……あんなもん唾棄すべき光景だ。女神を殺すのにまるで役に立たねえ……なのにあいつは後生大事に抱えている! 思い入れが強すぎて俺まで引きずられるほどに……実に腹立たしい、無意味だ!! 犠牲強いる世への復讐には、ただ怒りさえあればいい……!!」



 老戦士が育て上げ、未来を託した二人の傭兵……ランディとエトワーレ。最初の暴走もそのおかげで止められた。彼らとの絆があったからこそ、以前のギラスは闇に飲まれず形を保っていられる。


 しかし、完全なる復讐を望む"彼"には不要の感情だ。これから女神を討つ者が世界への希望を持っているわけにいかない。



「あの時余計な言葉を吹き込むからだ……ワイツ。それは貴様も同じなんだろう? 守るべきものとやらに心を囚われている……くだらん。都合のいい気まぐれを盲信しているにすぎん。ニブ・ヒムルダ王家の連中が、本当に貴様の"星"だというのか?」


「そうだ。私は畜生の子、卑しい忌み子……朽ち果てるべき狗だ。けれど、王家の面々より宝の番犬という大役を仰せつかっている。いくらあなたでも彼らへの危害は許さない。"曹灰の貴石"は決して侵し難き、私の……唯一の聖域なのだ」



「それはいったいどんな記憶だ?」





 ……虚を突かれた思いがした。当人にとっては他愛ない疑問だが、どれだけ時をかけてもその問いには答えられない。


 "曹灰の貴石"は私の存在意義の主柱と言える。彼らからの命令に従うことが生きる理由だ。しかし、それには"思い出"というものがない。皆が持つような美しい光景が付随しない。



 ライナスが得た自身の魔法による破壊の光景。

 "メイガン"たちが崇め、贄を奉じる聖泉の青。

 テティスの興奮を駆り立てる、死に際の痴態。

 魂を砕いた激しい脅威。魂を繋ぎ止める楔……


 ……どれも私にはない。心躍る美しいものに出会わないまま、人生に幕を下ろすつもりでいる。





「ん?」


「どうされました?次は魔女様の番ですわ、お引きにならないのですか?」


 魔女が動作を止めて固まったのに合わせ、会話を打ち切る。返答しないのを不審がられた兆しはない。

 異変を感じたのかと少女に問えば首を縦に振られた。警戒の魔法が功を奏したのだ。


「んん……あー、何かうるさいのがこっちに走ってくるわね」


「敵か!? 信者が襲撃に来たんだな、すぐに迎え撃ってやらあ……おい教えろ、どこの方角だ?」


「信者じゃないわ、お粗末な動きしかしないもの」



 警戒魔法の主軸はライナスが担うも、発動源は彼女の魔力だ。好奇心の赴くまま術式の感覚と同調し、来訪者の顔を覗き見る。


 相手は女神の使徒というより、ワイツの兵士たちに近い格好をしている……と魔女は金の魔眼を宙に彷徨わせ、言った。

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