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第五十五話 ワイツの鎮圧

 熱を降らす剣が、死を与える魔法が遅延ながらもこちらへ歩み来る。一歩一歩地獄を踏みしめ……その足跡に炎は生まれ、溶岩が湧く。

 剣振るだけでなく、行動すべてに魔法が付随するのかと、苦々しく思う。


 数刻前までの、頼り甲斐のある老戦士は今や、私たちの最大の敵として立ちはだかった。攻略は困難だが、迎え討つほかに手はない。私はなんとしてでも彼を制御し、女神の使徒たちにぶつけたいのだ。そのためにも双方死なずに事態を鎮めないといけない。



「すごかったわねー。おじさまの魔法」



「魔女殿!?」


「なっ……魔女! てめえ!」


 他人事のように話し、黒煙に紛れて少女が出現する。日傘を畳んでのびのび歩く不死者"魔女"は、ギラスを自由に暴れさせて満足したらしく、子守が終わったとでも言わんばかりの態度だった。夜も遅いしもう休みたいわとも述べる。


 事態を招いた元凶の一人として、魔女を責めるような目もあるが、こちら側へ戻ってきてくれたのはありがたい。彼女の"銀詠"も展開を終え、隊を分割した溶岩は発現を解いた。大地が怒り狂う噴火の背景も、夜風に流され退いていく……だが、復讐者の周囲だけは変わらない。


 この軍においてライナスの次に年経た彼は、持ち前の魔力だけでも、剣の届く範囲に地獄を再現できた。彼を追い、決してたどり着けぬほむらの腕も……剣に、手足に纏わりつく。



「ふざけんなよ魔女! てめえ、ここまで引っ掻き回しといて尻拭いもしねえだと!? 終わったんならおっさんを始末してから戻ってこいよ! まだあいつ殺る気なんだぞ!!」


「ひどいわ! あなたは傷ついた味方を見捨てるというの? おじさまはすごくかわいそうな人なのよ。仲間だったら、彼の心の傷くらい受け止めてあげるものでしょ!」


「馬鹿野郎!! 誰のせいだ!!」



 くそアマぶっ殺す!! と、メイガンは魔女に斬りかかろうとしたので、片手を掴んで止めさせる。彼女を襲っても返り討ちにされるのが関の山だ。


「どっちにしろおじさまは止まらないわよ。だって、これは本人が背負った記憶だもの。昔の人格と混じっちゃったから、どうしようもないわ。力ずくで止めるしかないわね」


「では、魔女。今度は私たちに手を貸してくれ。君ほどの魔力があれば、ギラスをおとなしくさせることが可能だろう?」



「嫌よ」



 真摯に申し出ても魔女は協力を拒否した。かよわい身から滲み出るのは強靭な決意。私を困らせ、からかっているような気配はない。金の視線は確固とした意思に基づき、こちらを圧倒する。


「……なぜだ。君は、ギラスがあのままでいいと言うのか?」


「だって、あたし"あの子"と約束したもの。ずーっと表に出られなかった、ちっちゃい頃の彼と。外に出して自由にさせてあげる、人生を楽しませてあげるって……だから今、おじさまは思いっきり世界を侵掠してる。それを止めるのは嫌なのよ」


「そんな!! 頼む……この通りじゃ魔女殿! ギラス殿を正気に戻すのに、どうか力を貸しておくれ!」



「聞こえなかった? やらないって言ったの、あたしは。……でもほら、話し合いの余地はまだあるわよ。今のおじさまは人を焼きたーい、神殺したーいって気持ちでいっぱいだから。目的はあたしたちといっしょのはずよ。どうにかすればわかってくれるんじゃない?」



 それじゃあ、がんばってねーと言い残し……魔女は姿を消した。気まぐれな彼女のことだ。この分だと朝まで戻ってこないだろう。

 軽さと凄みを織り交ぜた言動は、場の全員に当惑のみを与えた。再び茫然となったライナスを傍らに、ギラスは迫る。私たちは準備整わぬまま、決戦の舞台へせり出されてしまった。






「ライナス殿、嘆くのはもういい。わかっているだろう……? 今のギラスを放置すれば見境なく人を襲い、大地を焼く。だが、殺すのは忍びない。なんとしても生きたまま鎮圧する。彼を、この自暴から救い出すのだ」


「けどよ。"ひいらぎの"は俺たちを敵だと思ってる。全力で殺しにかかってくるぜ」


「ああ。しかし、メイガン。君の力は……」


 剣を抜き、腕や防具の隙間に布を巻いて守りを固めるメイガン。真っ先に出向くと言い放った彼は、死闘の支度に余念無い。愛刀に雫を纏わせる様子から、かつての味方を手にかけることに惑いもなかった。

 けれど私は……その刀身を伝う劇物が、老戦士を死なせやしないかと不安にかられる。


 短い付き合いとはいえ、私の迷いが察せぬ彼ではない。メイガンはこちらを見て舌打ちし、猫背気味の上体を接近させ、喚く。



「わかってんだろ、ワイツ! 本気出さねえ余裕なんかあるか。手ぇ抜いたら殺されんだぞ。仲間だったからって躊躇うな!!」


 じじいも覚悟決めやがれ! と、老魔術師にも発破をかける。どのみち、単身での制圧は難しい。メイガンは古の秘境出身、聖泉に選ばれし民ではあるが……まだ若い。


「俺はここで果てる気はねえ。徹底抗戦だ! 別に、最初からわかりきってたことだ。売った喧嘩のケリをつけねえといけねえ。あいつと俺はこうなる運命だったんだよ!!」


「ワイツ王子……わしからも頼む。メイガンを出征させておくれ。こやつの水に触れさせる以外に、止める術は皆無。じゃが、わしはギラス殿を見切るつもりは断じてない! ……必ず責任は取る。かの者に"即死"の効果が出ない限り……この叡智をもってして、必ず治癒してみせよう!!」


「……そこまで言うのならわかった。武運を、メイガン」


「ああ、見てろ」







 膨大な魔力源が離れたことも戦闘休止の理由にならない。ギラスは、決まった動作しか許されぬ人形のように他者を害し、神と名の付く偶像に敵意抱く。


 メイガンは老戦士の正面、彼がまだ踏み出していない大地を中心に攻め入り、剣を振るう。疾走の勢いもろとも巨躯に受け止められるが、長く捕まりはしなかった。踏み込んでは即、身を退かす。ギラスの得物があった場所に炎熱が来ることを、メイガンは承知している。

 直接斬れずともよい。飛沫を浴びせるだけでいい。そこでギラスに"致命の効果"以外が出れば、鎮圧は成功だ。



 剣尾を流れる真紅の奔流。その隙間を聖泉の青が舞う。破魔のほとばしりはメイガンの手の内にあるのみだが、地獄の熱で干上がるほど、彼の闘志は易くない。

 水魔法はギラスの火煙よりも発現が早く、過重な剣と溶岩の回避など造作もない。このまま押し切れば、"雫"への接触は時間の問題だ。



「狩猟に来たか紫眼の獣……! 貴様からかかってくるとはちょうどいい!! おかげで手間が省けたぜ」


「はっ! 殊勝なこったな。俺に殺される覚悟ができてるってか?」


「いいや。聞きてえことがあるだけだ」


 剣の激突。魔法発現と同時に、言葉でも精神を御し合う。互いの攻撃は一度も掠らせないが、狂った声を防ぐ術はない。

 紅蓮を帯びた切り上げの剣戟を、傭兵の若頭は放たれてなるかと抑え込む。膠着、肉薄した体勢にて、ギラスは低く呟いた。



「聖泉の場所を吐け、"メイガン"。貴様らが贄を捧げる池……勇士の血を吸った邪教の巡礼地なんざ、俺が埋め立ててやろう」



「野郎……!!」


 まずい、と思い声を出しかける。聖泉への侮辱はメイガンの逆鱗だ。天を突いた濃紺髪の下、憤怒にわななく表情がある。

 攻め手の思考は沸騰した。誘われたことにも気づけず、ギラスの間合いに深入りし、決着を急く。故郷を脅かす火種を消したいのはわかるが、怜悧を欠いた剣で鎮火などできやしない。



「なっ……」


 止めとばかりに突き出した剣は、心臓も、何も貫けやしなかった。散った珠玉もくうに漂うのみ。その場にあるべき体躯がない。

 あの遅緩な動きは罠だったか。ギラスは刹那に立ち位置を変えた……足元の地面を噴火させ、自らを推進させたのだ。



「メイガン! 駄目だ、退け!!」



 見ていられず叫ぶ。地を起爆させ噴き出した溶岩、相手のいる場を半周する足取り、死角に降った重剣……その一太刀が防がれたとしても構わない。ギラスを追う灼熱は、完全にメイガンを包囲した。


 詰みだ。一連の動線はこれから生まれる魔法の形を示す。一呼吸後、逃れられぬ炎撃の檻が発現する。

 失策を自覚し、見開いた紫瞳に……死に至る赤が映えた。






「メイガンさん!!」



「兄貴!!」



 片方はテティスの悲鳴。もう一つには聞き覚えがなかった。

 無意識に前に出た緑髪の少年……それより反応よく飛び出した男は、メイガンを突き飛ばし……彼が浴びるはずの熱波を身体で受けた。


「っ、てめえ!! なんで……!?」


「ぐあああああ!! ……つ、ああ……兄貴……!!」


「この馬鹿が。余計なことしやがって……!」


 背と下半身が焦げ、苦痛に悶える男は傭兵の一人。メイガンを兄貴と呼ぶが、手入れを怠った無精髭のせいか、彼よりずっと年上に見えた。

 炎熱を残らず受けた男は、死の運命を肩代わりし、驚愕から醒めぬ兄貴分へ顔を向けた。苦悶に負けじと口角上げ、最期の息つく。




「……っ、楽しかった……ぜ…………あんた……との、旅は……」

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