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第四十八話 ワイツの仲裁

 激しい争闘を繰り広げたばかりにも関わらず、補給場所に並ぶ列はなく、配膳の皿も減らなかった。想定より大幅に進行できた今日、追加の信者がないことを見計らい、早めの休息をとる。


 此度の戦闘は兵の肉体的損傷は少ないが、精神の疲労が著しい。負傷程度ならライナスの魔法でいくらでも癒せる。重傷から復帰したカイザがいい例だ。さらに不死者を説得し、その膨大な魔力を一時借りることができれば、理論上治せぬ外傷はない。喪失した四肢すら復元しようと、老魔術師は豪語した。


 ただ、人の心までは魔法の慰撫も届かない。部下たちは刺激の強い現場ばかり見せられ、すっかり意気消沈し、自身の世話すら億劫となっている。

 食事の希望を聞けば全員が、血や肉を連想しない料理を、と答えた。



「おっさん!! おい、"ひいらぎの"!! 勝手なことしやがって……テティスのあれは、てめえの仕業だろ!?」



 話し声すら乏しい陣地に怒号が轟く。不機嫌ここに極まれりといったメイガンの発声を浴びても、ギラスは警戒せず返り見る。呼び止められた理由に心当たりがあるのか、彼は詰め寄る尖髪からそっと視線を外した。


「あいつに限って、急にいっぱしの攻撃ができるようになるのはありえねえ。他人に戦法の入れ知恵する物好きはてめえくらいだ……なんで教えた? あのガキがどんだけ下劣な性根を持ってるか知らなかったってのか!? あれじゃ見苦しくってかなわねえ。力を手にすりゃああなるなんざ、わかりきったことじゃねえか」


「……俺も、教えたのは間違いだったと反省してる。だが、あんときテティスは真摯になって頼んできたんだ……自分も戦いたい、兄貴たちのように強くなりたいってな」


 私は部下に手ずから食料を渡すのを中断し、傭兵二人の会話に耳を傾ける。あの少年の変貌ぶりにはギラスの指導が一枚噛んでいたらしい。


 彼が傭兵団の首領として活動していた頃は、若い兵士を幾人も抱え、精鋭となるまで育て上げていた。今回のも発展途上なテティスの腕を見て教習の虫が疼いてしまったのだろうか。乞われるがままに技を教え、蛮行の手助けをしてしまった。


 ギラスもまた、テティスが敵を貪り屠る様子を目撃している。結果的に彼は、醜怪な欲望を抱く少年に実行手段を与えてしまったのだ。

 悔悟に染まりきった老戦士を眺め、メイガンはせせら笑う。いつもこの年長者にはやりくめられてばかりなので、優位に立てたのが嬉しいようだ。

 


「そりゃあ真剣になるのも当たり前だ。力がなきゃ欲望を満たせねえからな。傭兵団"ひいらぎの枝"の若造たちだってそうじゃねえか。あいつらも、あんたから"人を殺す術"を学びたくて集まったんだろ?」


「違う!! あいつらには戦いにかける大義があった!! メイガン、貴様……!! 彼らの覚悟を愚弄する気か!?」



 事実だろ、とメイガンは肩をすくめる。迷いで乱れた怒声に怯むべき要素はない。ギラス当人の心にも疑いが生じている。自らのもとに集まった仲間たちが、本当は何を望み、どんな目的で戦士の道を歩いているか……完全に理解しているとは言い難い。


 一時は信じた若者の気性や心根も、ずっと不変とは限らない。いつか信義に反する存在に堕ちたとき、利用されるのはかつて教えた技術なのだ。



「よかったな"ひいらぎの"。てめえが手ほどきしたおかげで、また一人優秀な戦士ができたぜ。今度のは相当熱心なガキだ。言われずとも鍛錬に明け暮れるだろう。なにせ、性欲と闘争心が強く結びついてるからな」


 俯きがちの茶髪を、メイガンは詰るように覗き込む。これ以上、意地の悪い発言を続ける気なら乱闘に進展しかねない。そろそろ仲裁に入ろうかと思い、私は二人のもとへ歩を進めた。



「合戦が本番なら修練は自慰だ。運動だけなら疲れて投げ出す日も来るだろうが、快楽が絡めば癖になる。あんたはご丁寧にもヤり方を教えてやったんだよ。今のテティスは、快感に繋がるんならいくらでも槍を弄り続けるだろう。あいつはそういう男に育っちまったんだから」






 ギラスは返答せず去った。携えていた食器類を返さず、持ったまま距離を置いたことからして、メイガンの物言いがよほど不快だったとみえる。手を出さなかっただけまだ理性的だ。


 給仕の真似事が済んだ私は、いまだにやにや笑う彼に近寄り会話を図る。先のやり取りを受けて、こちらにも疑問が生じた。



「メイガン。ひとつ聞くが、君こそなぜあの少年を仲間にしたんだ? 何か理由があるから今まで連れ歩いていたんだろう?」


「んだよ、またテティスの話か? おまえにゃ関係ねえことだが……まあいい。なあワイツ、ちょっと考えてみろよ。俺が普通に"水"使って料理したら人が死ぬだろ?」


「ああ」



 普通ならもちろん家事程度で人は殺せない。しかし、この異郷出身の戦士は別だ。

 魔法とは過去に経験した出来事の再現。身に受けた刺激を、歳の数だけ持つ魔力の限り具象化できる。水に触れたことがない者はおらず、少量の水魔法なら必要となる魔力も微細だ。


 メイガンが喚べるのは、幼少から慣れ親しんだという聖泉の水。彼が讃える泉にはどうしてだか人を滅ぼす呪いがかかっており、一族以外の者が触れるだけで多彩な症状を引き起こし、死ぬ。

 そんなものを発現して調理などされたらたまったものではない……が、彼の作った食事を口にしても、私やカイザは生存している。



「仮にも傭兵団やってんのに手駒を殺すわけにいかねえだろ。だから俺は料理するとき他の奴が出したのを使ってんだよ。水なんか生きてりゃ必ず魔法で発現できる。けどな、俺の仲間になるのは、どいつもこいつも泥水啜って生きてきたようなのばかりだった」


 確かに育った環境が悪いと、できる魔法にも反映される。水魔法においては私も似たようなものだ。


 やはり彼は能力的に戦士より暗殺者の方が向いているのではないかと浮かんだが……言わずに飲み込み、黙って頷く。

 夜を明かして語り合った経験から、彼も以前より気安くなったかと感じた。今も自然に饒舌を振るう。


「その点、テティスは格別だ。出会ったのは豊かで小綺麗な村でさ、奪った食料や水も良質だった。そこでちょうどあいつがついていきたいって言うから認めてやったんだ。とんだ変態野郎だったけどな」


「では、君が作ったあの魚料理は……」


「あれだけじゃねえぞ。おまえらに出した料理に使ってんの全部……あいつの水だぜ?」



 これは意外な事実だった。彼の作るものが美味と思った理由の一部に、テティスという上質な水源からの提供があったのだ。

 あの品性の欠片もなく、実に軽率で不埒な言動をとる若者にも、美しい場所で育ったという背景がある。



 ……私にはない。この人生顧みても、心に残っているのは醜悪な記憶ばかりだ。メイガンやテティスのように、美麗な光景など一片たりと再現できない。



「性癖はともかく……あんな彼でも役に立つことがあるのだな。適材適所とは言ったものだ。また次回も頼む」


 話してくれたことに礼を言い、次の料理も期待していると伝える。他愛もない世間話のつもりだったが、これは聞いておいて損はない話だ。おかげで、テティスを処分する優先順位がやや下がった。



 称賛の意を表しても、変わらずメイガンは素直に受け取らない。戦士として在りたい彼にとって、料理の腕を褒められるのは微妙なことなのか。


 そればかりか彼は、引き攣った顔で……おまえ、普段何食べてんだ? と尋ねてきた。

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