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第四十六話 テティスの初夜

 冬というのは非常に冷酷な季節だ。村での生活で一番嫌だったのもこの時期かもしれない。僕たち家族だけ薪の支給がなくて、毎日凍えていたってのもある。

 最も問題なのは村の女の子たちがみんな厚着になるってこと。身体の線が見えないし、恋人たちの外での性交渉の目撃も見込めない。やはり夏こそ至高だ。


 でも彼女だけは違うんだろうな、と思う。僕と同じ火を囲む少女の、冬の寒さや戦いに行くっていう状況をまるまる無視した服装……実にいい! 

 寒さを感じないんだろうか。喪服みたいな薄い黒色のドレスに身を包み、露出した二の腕と足が色香を醸し出す。なまめかしい腿に乗ったレースが僕を誘うように揺れていた。



 世にも稀少な不死なる乙女、"魔女"。全体的な雰囲気は、今みたいな凍える夜とも似ている。この空と寒気も、弱い生き物や貧しい人の命をいくつ吸ったかわからない。それは厄災と呼ばれてる彼女にも共通していることだ。


「独りよがりって……僕はちゃんと女の子たちを満足させたいと思ってるよ? まあ技術面では未熟かもしれないけど、交わってる間くらいは大切に扱うつもりだし……」


「違うわよ。これは気持ちの問題なの。あなたが本当に女の肉体が好きってことはわかったけど、相手への思いが伴ってないわ。それが一番重要なのに理解できてないなんて惜しいわね」


「"思い"? 僕にはよくわからないなあ。それって……僕を気持ちよくしてくれる?」


「ええ、もちろん」


 僕はちょっと肩をすくめて応対する。彼女は金の瞳を輝かせ、自信たっぷりに笑っているけど、どうせ愛情とか恋慕の思いとか言い出すんだろう。


 そういった感情に興味はない。ひとりだけに入れ込んだら、他のかわいい子を逃しちゃうかもしれない。何より僕の願望はたくさんの女の子たちを弄って楽しむことなんだ。

 特別な思いなんていらない。快感さえあればいい。そしてそれは肉体がある限り失うことはない。子孫を残すことに色恋が不可欠だったら、人なんてとっくの昔に滅びている。


「ねえ……テティス。この世で"最も強い思い"って何だと思う?」


「突然何なの魔女さん? 一番強い、思いって……そんなのわかんないよ」


 所詮、彼女も女の子だったか。"王様"っていう男に首ったけの恋愛至上主義者。好きだから殺したいっていう同行の理由も、男の関心を買うための極論に過ぎない。そんなの正直ありがちすぎる。


 僕の薄まった反応も意に介せず、夢見る少女は笑顔で言う。



「あたしはね、それは"殺意"だと思うの」






 魔女さんの意見はちょっと予想とは違っていた。


「……え、殺意!? それが、人が持てるもっとも強い思いだっていうの?」


「そうよ。誰だって"あなたを殺す"と言われたら、その人のことを意識しないといけないじゃない。頭はその人のことでいっぱいになる。無関心なんかじゃいられなくなるわ」


「そっ、そうだね……」


 とでも言うしかない。やっぱり彼女は普通じゃなかった。厄災なりの狂った論理で生きていた。

 確かにそんなことを言われたら、その相手への対処が最優先になる。視線が離せなくなり、心臓も早鐘を打つ。他に気を回す余裕もない、だって命がかかってるんだから……



 それはもう、恋や愛なんかよりもずっと……刺激的な感情だ。魔女さんはその思いを表そうと生き定め、千年にもわたる月日を"不死の王"殺害のために捧げてきた。

 二人の関係を考えていくと、なぜだか僕は寂しくなった。村中から無視されたときの気持ちとも近い。彼女は僕の隣にいるのに、心はすごく遠くにいる。


 ともすれば激烈な閃光となって、虐殺対象に躍りかかろうとする彼女を、この場につなぎ留めたい。その金の魔眼に今だけ僕を映してほしい。あと、好きなように触らせてほしい。

 でも、弱い僕はそんな方法思いつかないから……結局、妄想に逃げ込むしかできないんだけど……



「いくじなし」



「……えっ?」


「そういうテティスはどうなの? あの"メイガン"が憧れだって言うけど、あなた自身は何も行動してこなかったじゃない。戦闘だって奥の方で小さくなってるだけ。第一、女が欲しいって散々喚くわりに、仲間が喰い散らかした後のおこぼれでいいわけ? 本当に欲しいんなら自分でなんとかしなさいよ」


「い、いや……だって僕は、まだ……弱くて……」


「体の大きい小さいも、技能のあるなしも関係ないわ。言ったでしょ? 大事なのは"思い"だって。途中で萎えない、中折れしない立派な意志……そういうのがないから、あなたはいつまでたっても童貞なのよ」


 戸惑って視線は揺れ、明るい火を避け暗闇に逃れる。でも、半身に伝わる衝撃に、意識を傾けずにいられない。

 魔女さんは僕にもたれかかった。耳のすぐそばに吐息を感じる。続けて実感する、女の子特有のやわらかい感触、甘い匂い……鼓動が跳ねる。正直たまらない。こればかりは誤解じゃないみたいだ。彼女は僕を誘っている……



「ね、テティス。あなたはこのまま妄想の中で生きていくの? 自分の右手だけで満足?」


「う、やだ……欲しい。本物の……女の子が、欲しい。ちょうだい……もう、我慢できない」


「うふふ、素直ね。じゃあ協力してあげるわ。これまであたしの遊びに付き合ってくれたお礼よ。あなたの筆おろしくらいしてあげてもいいわ」


 言葉尻をも飲み込むが如く、衝動の赴くままに彼女を抱き寄せる。滑らかな黒髪が僕の顔に掠るほど近づく。ちょうど今はメイガンさんたちも不在だ。ワイツ王子様が夜襲に連れて行ったから、朝まで帰らない。僕らを止める人はいない。


 恐る恐る寄せようとした唇の先……魔女さんは愛らしく、ふわりと笑った。



「ねえ、テティス。あたしと戦ってみない?」



 思考は急転する。幸福の極みから絶体絶命の死地へ至る。驚きが強すぎて動けず、元凶の少女から身を離すこともできない。



 僕が……彼女と戦うって?

 この世を脅かす七人の厄災がひとり……不死者"魔女"と!?



 冗談だよね、とおどける余裕も許してくれない。僕は、彼女からの強い"思い"に撃たれる。いわゆる、渾身の殺意に魂が穿たれる。



「……やだ! ……いやだっ、死にたくない!!」


「あら。やあね、これでも抑えてるほうよ。本気で殺そうと思ったら、あなたの心なんか一瞬で蒸発しちゃうんだから。でもまあ、正気を失って一生壁を舐め続ける人生も、テティスなんかにはお似合いだけど」


 石のように硬直した身体を魔女さんは難なく押し倒す。着衣をゆっくりと解かれ、上着の袖が抜かれた。僕は軽装に剥かれていく。残されたのは薄い服のみ。けれど……恐怖と寒さに震える手に触れるものがあった。思わず握り込む。


 それは僕の持つ唯一の凶器。昔、戦場で拾った手頃な槍だ。



「お願い……やめてえっ!! 僕を、殺さないで……!」


「大丈夫よ、緊張しないで。誰だってはじめては怖いもの。ほら……あなたには立派な槍がついてるじゃない。ちゃんとそれ持って、構えて」


「あ、う……でも、これじゃ君を……」


 傷つけることなんてできない。ありとあらゆる武器を振りかざしても、強大な魔法を発現されれば無意味だ。ましてや僕は槍兵としても未完成なんだ。戦い方もギラスおじさんにちょっとだけ教わったきり。それも、この非常事態じゃ構え方すら思い出せない。


「落ち着いて、力を抜いて……最初からうまくやろうなんて思っちゃダメよ」


「でもっ……! できない!! 僕には、できないよ……」



「ちょっと! いつまでぐだぐだ言ってるのよ! あなた、まだ若いんだから多少技術が足りないくらい体力で補いなさいよ。いいじゃない笑われたって。初夜のしくじりなんて、こっちから見たらかわいいものよ」


 目を白黒させ、馬乗りになった彼女を見上げる。その頬が赤いのは焚き火のせいだろうか。混乱していてよくわからない。

 僕はおかしくなってしまったんだろうか。魔女さんから目が離せない。息が苦しい。動悸も止まらない。ああ……彼女に殺されそうだ。



「さあ……いい加減覚悟を決めて。焦らしてないで、早く来て……あたしをその気にさせたんだから、最後まで責任持ちなさいよ」



 僕の胸を這う白い手のひら。布一枚挟んだだけの彼女の熱は、それだけで燃えるかと思うくらい心に浸透する。

 この瞬間、僕の理性は限界を迎えた。



「うわああああああああ!! ああああああ!!」


 覆いかぶさる魔性を跳ね除け、今度は彼女の背を地につける。どうせ無駄だろうけど、左手で細い首を押さえつけ、動けないようにする。少女からの抵抗はなかったけど、まだ笑みは止まない。殺意は止まない。

 怖い。とても怖い……だから、こうせざる得ない。子どもを作る方法と同じく、恐怖に反抗する術だって、人は本能的に持っていた。



 身を脅かす根源を絶つため……僕は握っていた槍で、彼女の胸を刺し貫く。



「はあっ……はあっ……う、あっ!」


 ダメだダメだ。こんなんじゃ足りない。もっと、もっとと……凶器の出し入れを繰り返す。

 突き刺すごとに血飛沫が舞う。ぐっちゃぐっちゃ肉を掻き回す音と、勢い余った刃先が地面を抉る振動が手に伝わってくる。


「あははは! ははははっ!! ふふっ、あはははは!! やだもう、テティスったら余裕なさすぎ!」


「やめてよ! そんな、こと、言わないで魔女さんっ……僕は、怖いんだ……! ……どうしよう!? なにこれ、止まらない……突くのが止まらないよ!!」



「やめなくていいの。もっと! ……もっと強くよ! これじゃ何にも感じないわ。もっと……激しくあたしを貫いて……!!」



 そんなこと言われるまでもない。身体は本能のまま動くしかないんだ。魔女さんの胸やお腹を穴だらけにし、僕の槍でいっぱいにする。抜けば、名残惜しげに血肉がひくついた。彼女は生存を続けている。僕に向けられた殺意はなくならない。

 通常の人間ならもう死んでるはずだ。力尽き、僕を見ない死体となるはず……村のみんなのように。


 そうだ。これは……あの時の宴と同じだ。


 楽しかったメイガンさんたちの蹂躙。彼らにとっては縁のない集落からの略奪に過ぎないけど、あれは僕の住んでいた世界だった。

 同級生が助けを求める目。村人からの縋るような注目を浴びたとき……僕は、とてもとても"気持ちがよかった"。



「……あはっ! ああっ、はん……あははっ、あは……魔女、さん……」



 揺らぎなき極上の殺意。刺す僕と刺される彼女。血と悦楽に酔いしれ、生と死の狭間で心が揺蕩う。

 恍惚となった頭で思う。性の交わりなんかより絶対こっちの方が気持ちいい。恥部包む肉の感触より強く、僕を満たす充足感。すべての快楽がここにある!



「どう……? 気持ちよくなった?」


「すごい……すごいよ、魔女さん。ああ……あたたかい、やわらかい…………気持ちが、いい」


 なんで自分から動かなかったんだろう。どうしてこんな愉しいことを、人に譲ってしまったんだろう。

 次からはうまくやる。ぜんぶぜんぶ僕のものにする。みんなのはじめてから最期までを奪おう。息の絶える刹那なら、全員がこんな瞳で僕を見てくれるはずだ。



「かわいい……! 血塗れの君、すごくかわいいよ!! ねえ! ねえ……お願い。次は心臓を抉らせて。君の鼓動をじかに感じたいんだ」



 頼んではみたけど身体は正直に動く。血でぬめる槍を引き抜き、興奮のまま振りかぶった。狙うは美しい心の臓器。気高く奮う紅色を、僕の矛で壊してしまいたい。この突貫は絶頂を迎えるに足る、刺激になる。


 ただし、その一撃は彼女の片手に阻まれた。



「だめよ。それだけはあげられない……あたしのここはね、"王様"のものなの」



 合わせた目線に笑みはない。殺意は儚く溶けていった。切ない声音はそれが真実だと語っていて、僕の欲望が叶わないことを痛感させた。

 魔女さんは不死者。僕の手では終わらない。決して、僕のものにならない。それができるのも、彼女が本当に求めるのも……"不死の王"だけなんだ。


 ここで泣き出さなかった自分を偉いと思う。その分、僕は大人になれたのだろうか。

 先約のいる心臓を悲しく見つめ、僕の"はじめて"を捧げた夜は終わりを告げた。





 行為が終わってからは睦言を嗜む力もなく。僕は彼女の愛液に濡れ、至福のなかで微睡む。幼い日、母さんがしてくれたみたいに髪をそっと撫でられた。あのかわいい顔が、今も僕を見てくれているのを感じた。

 寝顔に注がれる視線をくすぐったく思うけど……心はあの村に舞い戻る。



 僕の、大好きだったあの子。


 本当に好きだったんだ。けど、彼女はもういない。メイガンさんが奪ってしまったから。彼に見つかるもっと前。僕を見て笑ってくれたあの日のうちに、手に入れておきかった。

 その笑顔が消えるより早く……あの子を殺しておけばよかったんだ。

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