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第四十五話 テティスの哀願

 見知らぬ容姿の若い男は、倒れた僕を素通りして校舎の奥へと進んでいった。

 殴打の影響で僕の眼中は点滅していたけれど、彼の濃い紺色の髪がいつまでも目に残る。つんと立った毛髪の揺れさえ、脳髄は鮮明に記憶していく。


 身体は痺れているけど、意識ははっきりしていた。ずぶの素人がこれを受けたら昏倒だけじゃすまないだろう。でも、そこは僕殴られることに関しては達人だから。日常の特訓の賜物か、とっさに急所を避けることもできるんだ。

 動けるようになっても外に出る気はさらさらなかった。ただ一つの思いにかられて走る。


 もっとあの人を見ていたい。




 彼を追いかけるなんて簡単だ。悲鳴と断末魔を辿ればいい。ご親切なことに、同級生の死体も道標として転がっている。

 試し斬りでもしていたのかな。彼は目についた人をかたっぱしから切断していたんだ。部下には捕虜を攻撃するなと言っていたけど、この人はたとえ小さな命でも散らさずにはいられなかったみたい。


 壁の影から見た、彼の殺戮の剣舞……一振りごとに僕の知り合いが倒れていく。見たこともなかった、彼らの中身が暴かれていく。

 あの人は強い。僕の生きてきたさえない世界を、一瞬で塗り替えてしまった。その動作があまりにも流麗で、研ぎ澄まされていて……心は強く惹きつけられる。

 ああ、素敵だ。なんてかっこいいんだ。僕は光に向かって飛ぶ羽虫みたいに、ふらふらと後を追う。




「……テティス……助け、て……くれよ」


「うわっ、みんな!」


 ふと、倒れていた男子生徒が呼びかけてきた。両手で抱えられないくらいの傷を抱き、僕を見上げる。いつもの嘲り声とうって変わって、息も絶え絶えとなりよく聞こえない。


 彼らは無事そうな僕の姿を見て名を呼び、助けを求めた。確かにこの場で動けるのは僕くらいだ。みんなにとっては唯一の光明。これまでの酷い扱いも謝りはじめる。いくらいきがっていても、大怪我させれば案外素直になれるんだと、またひとつあの人から学んだ。


「お願いだ……今までの、ことは……ごめん……だから、たすけ……」



「なんだよ君たち! ちゃんと僕の名前を言えるじゃないか!!」



「テティス……たの、む……から」


「えーなに? 聞こえなーい。ぜんっぜん聞こえないなあ。もっとはっきりしゃべりなよ。僕にどうしてほしいって?」


 こっちへ伸ばしてくる手を避けながら言う。血まみれの指で触られるなんてばっちいし、何よりみんなの哀願するような表情がとても滑稽で、僕は思わず手を叩いて笑った。


「ははっ! すごい、これが本当の"必死の顔"ってやつだね。おっもしろい! ねえ、普段から僕のこと気持ち悪いって言ってたけど、今の君たちのほうが相当だよ。腸とかずるずる出しちゃって、汚いったらないよ!」


「おね、がいだ……テ、ティス……たすけ、ろよ……なあ、おいっ……!」


「ねえ、今どんな気持ち? すっごく痛い? 苦しいの? ねえねえ僕に教えてよ!」


 ひとりひとり指さして、死にかけのみんなを思うさま囃し立てる。無様に転がるみっともない様子を盛大に笑い、からかって楽しんだ。一部は怒って唸り声をあげたけど瀕死の状態じゃ威勢がない。返事の代わりに靴先を傷口にねじ込めば、すぐ甲高い悲鳴に変わった。


 せっかくの機会だから、同級生たちの手足を使って人文字を作る。形作るのは僕の名前。最近全然言ってくれなかったから、身をもって体現させてやる。

 そんなことをしているうちに、だいたいの生徒の息が絶えていた。


「……あれれ、もう死んじゃった? それとも、また僕のことを無視してるのかな」



 まだ遊び足りなかったけど、この格好で最期を迎えるのもそれはそれで可笑しい。





 再び男の追跡に戻れば、彼といっしょに信じられない声も知覚してしまった。

 ……あの子だ。僕がずっとずっと好きだった。けど、まったく話しかけられなかった村一番の美少女。

 彼女は殺人者と二人っきりで教室にいた。周りを確認すれば、生きている人の気配はほとんどない。いたとしても、あと数秒でこの世から去るだろう。


 何より僕の視線を奪ったのは、あの子のあられもない姿と声。


 最初から目をつけていたのか……男は手加減して少女の表層だけを裂き、白い胸と下半身を露出させていた。あの子はもちろん抵抗していたけど、数々の人間を屠ってきた彼にとっては子猫に叩かれる程度だ。両手首を捻じり抑え、あっという間に身を繋げてみせる。



 数えてたったの三十秒。

 僕が長年、夢見てやまなかった妄執を……彼はいともたやすく実現してみせた。



「あああ! い、やああ…!! ……っ、いやああ……っんあ、んぐ……うぁ」


 死に物狂いの反発はやがて鳴りを潜め、あの子は男に揺さぶられるがままの"女"になる。彼の腰の動きに応じて熱が股間に集まった。あの子の喘ぎが漏れるごとに、自分の腕がそこへ伸びる。手指を激しく動かすようになるまで時は掛からなかった。


 いいなあ! いいなあ、あの人!!

 生徒たちの中から彼女を選ぶなんてお目が高い! と思ったけど、やっぱりすごい。とっても羨ましい……! 強いから、力があるからあんなことができる! 満足するまであの子をむさぼれる!



「……は」


 声にも満たない吐息が生じた。事を終え、あの人は彼女を押さえつけるのをやめた。ぐったりした少女を放置し、手際よく下衣と身なりを整える。

 そうして、着衣に括りつけるよう装備していた短刀を抜き、彼女の頭上に掲げ……



「えっ……ちょっと待って! 待ってよお兄さん! 何しようとしてるの!?」



 突然の展開に僕は驚き、命の危険も忘れて飛び出した。それだけはだめだ、という思いが身体を支配する。どうかやめてほしい。頼むから思い留まって……!


「やめて! お願い……! その子を殺さないで!!」


 実際、それは一瞬の出来事だったろう。僕は流れる時より多くのことを感じた。目まぐるしい感情の荒波に押されて喚く。涙声で絶叫する。



「次は僕に犯らせてよ!!」






「ひどい。なんてもったいないことを……」


「いや、おまえ……なんで死んでないんだよ。それにさっきからなんなんだ」


 躯となった彼女の前で、僕は膝をつきぽろぽろと涙を流した。綺麗だった顔が、舐めまわしたいほど豊かだった姿態が、見るも無残に変わってしまった。


 男はそんな僕を薄気味悪そうに見つめ、それでも最初の打撃で死ななかったのに興味を抱いていた。疑問が解決したらすぐに殺ろうかと、喉元に刃物を突き付ける。あの子の内側が付着した短刀は、生暖かい雫を垂らした。


「うわっ、すいません! やめて! まだ死にたくない! まだ町長のとこの三人娘にお触りもしてない! 近所の後妻さんに抱きついてもない!! 人妻集団の誰一人とも逢引きしてないのに……というか童貞を捨てるまで死ぬわけには……!」


「本当に気持ち悪いなおまえ……ってか、なんだ? この村にそれだけ女どもがいたのか?」


「あっ、はい! 実に高水準な女性たちが揃っています! お兄さん、人妻とかもいけるんでしたらすっごく楽しめるかと……」


 この言葉に利益を見出したか知らないけど、彼はやや考えてから短刀をしまった。僕の襟首をつかみ、どこかに連行していく。


「何言ってんのか全然わかんねえが……てめえ、ちょっと面貸せ」


「えっ、ええ!?」





 連れて行かれたのは町長の家。集会所も兼ねる広いつくりに、村人たちがみっちりと詰まっている。何人かの武装した男が剣を手に威嚇するなか、あの人は僕を片手に押し入った。


「あ、兄貴!! 俺たち言いつけ通り、見張りやってたからよ! もういいだろ好きにしても!!」


 唾を飛ばして許可を求める屈強な男。校舎で仲間とした会話からして、襲撃者を率いるのはこの人なんだ。わりかし若く、猫背なのもあって小柄に見えるけど、きっとすごい実力者だ。

 仲間が剣で示したのは、ひいい……! と仰け反る人妻。あれに欲情するとは、彼はよっぽど飢えているんだと察した。彼女は僕が採点した村の人妻番付でも中の下。実に凡庸な容姿だ。


「まったく堪え性の無いやつらだぜ。捕虜はちゃんと一人も欠かしてねえな? ごまかすんじゃねえぞ。死体隠したってすぐにわかるんだからな」


「あ、あんたたちいい加減にしろ! その外套……隣国から支給を受けたものだろ。なんで傭兵がこの村を襲うんだ!? 戦場じゃないうえ、ここは不干渉地帯だぞ!! 約定違反だ!!」


「うるせえぞクソが。今てめえらは俺の雇い主の国と戦争してんだぞ。安全地帯なんかあるかよ。俺にとっちゃてめえらも立派な敵兵だ。蹂躙して何が悪い」


 抗議をしたのは町長。けれど、すぐに男の威圧に当てられ話せなくなった。しんと静まりかえった集会において、彼は僕の背を突き出し、みんなが良く見える位置に立たせた。


「おい小僧」


「うわっ、はい! な、な、なんです……?」


「言え。この場にてめえの知ってる女はいるか?」


 急に凄まじい注目を浴びた僕は、あわあわと口ごもるも、早く返答しないと命はない。男の意図を測りかねるなか、そういえばいつも視姦していた姿が足りないのに気づく。


「……ううん。おっかしいなあ、ほんのちょっとしかいないよ? ……あ、もしかしてあっちかな。何かあったときの避難場所。村のはしっこに備蓄庫があったでしょ? あそこの床、二重になってて、下に隠し部屋があるんだ。ほとんどの女子供はそこに隠れてるんじゃないかな?」


 自信たっぷりに意見を述べると、村人たちから激しい罵声が返ってきた。なぜ喋った、この裏切り者、食わせてやった恩を仇で返しやがって……なんて言うけど、彼らからはとくに暴力しかもらったことがない。


「聞いたかクズども! 俺は村人を全員捕まえて連れて来いと言った。今日のはそのための演習だ。それなのにてめえら、目についた奴しかしょっぴけねえのか!? 隅から隅まで探すことを覚えろ、この能無しが!!」


「あ、兄貴。そんな……俺たちだってそれなりに働いたんだぜ……」


「ほら! 張った罠だってちゃんと機能してたろ!?」


「……ふん。まあ、ここまで誰も殺さず保ってられたんなら、まだましな方だな……よし、もういいぞてめえら! 必要なもんだけ確保して、日没前にずらかるぞ」


「それじゃ、兄貴……こいつらは? 隠れてるっていう女たちは……?」



「ああ? んなもん、好きにすればいいだろ」



 その一言を聞き、ずっと堪えていた破壊欲が爆発した。村人たちに斬りかかる者、手ごろな女に襲いかかる者、と自由な行動を取り始める。兄貴分の彼はひとり冷静で、仲間の殺し漏らしがないよう攻撃の監督をしていた。


 欲望の枷が外れたのは彼らだけじゃない。さっき見た学校での饗宴が、より大規模に行われている。僕はもっと近くで感じたくて村中を走り回った。率先して襲撃者たちを女子供の避難場所へ案内し、ついでに町長や裕福な村人の財産も暴いていった。


 僕たち家族を苦しめたみんなが、泣き顔を晒すのは見ていて気持ちがいい。あちこちから響くのは女たちの喘ぎ声。身をうねらせ、捩る痴態を観覧するのに忙しい。


 この熱狂はまるでお祭りのようだった。こんな楽しいことはない! 素敵なことなんてない!!





「お願いします!! この通りです、お兄さんたち。僕を仲間にして! いっしょに連れて行って!!」


 村での襲撃が済み、欲しいものも奪い尽くした彼らに頭を下げる。一部の人からは、おや? と首を傾げられた。あまりに協力的だったから、先に潜入させておいた仲間だと思われたらしい。

 無論、そんなことはない。代表者である濃紺髪の男は様子見を続けていた。役に立つ間は生かされていたけど、終了後どうされるかわからない。


「……小僧」


 彼は、その深い紫色の瞳で僕を裁定する。



「てめえのせいで荷物が増えた。さっさと食料の箱持ってついてこい」


「あ……あ、ありがとうございます!!」




 それから僕は傭兵の一団に加わり、旅をしてきたんだ。いくつかの戦場に足を向け、彼の戦っている姿を追い続けた。

 目的はただ一つ……あの人みたいになりたい! 彼の背中についていけば、必ずおこぼれにあずかれる。一皮剥けた、強い男に生まれ変われるんだ!


 僕の好きだったあの子。話しかけることも、触れることもできなかった遠い存在を……ぐちゃぐちゃに壊せるような力が手に入る!!






「……これでもうわかったかな? 僕がメイガンさんについていく理由。あの人を追って、強くなって……たくさん女の子たちが手に入るって思うと、今から楽しくてしょうがないんだ」


 深夜からずっと遊び通しで……疲れた頭を休めるがてら、僕の昔話と憧れを話した。聞き手を努めてくれた"魔女"さんは、黒髪を焚火の熱風でふわふわさせ、呆れ顔で微笑む。



「でも、テティス。結局それってあなたの独りよがりじゃない」

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