表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/100

第三十八話 テティスの羞恥

 基本的に僕は日々を楽しく生きている方だと思う。メイガンさんと出会ってから未来への希望は尽きない。だからちょっとの苦労でもへこたれず、前向きに歩いていけるんだ。


 今日もやっぱりいいことがあった。流れに流れ、偶然が重なってやってきたこの集落で、祭日を祝う行事があるなんて。しかも、"緑の王(ゲオルグ)"っていう神様に舞を奉じるって名目で、女の子たちと手をつなぐことができるとか、運がいいとしか思えないよね。



 ニブ・ヒムルダの兵たちの次に、傭兵である僕たちも踊りの相手役として声が掛かった。僕の緑髪が珍しいと褒められるなんて初めてだったよ。女の子の方から誘われるのも人生初。やっぱりこの国いいところだ!


 いっしょに踊った子たちに名残惜しくも手を振り、去ってしまった楽しい時を惜しむ。本当は彼女たちともっと遊びたかったけど、たくさんの人が見ている前で続きを頼むんじゃ分が悪い。



 メイガンさんは自由行動を許してくれたから、お言葉に甘えてぶらぶら散策する。たぶんそれくらいの時間はあるんじゃないかな。

 あわよくばこの集落の女の子と仲良くなって、もっと別の……激しい踊りをしたい。




「これだけあれば、あるいは……いや、慢心はよそう。絶対という確証はどこにもないのじゃ……」


 そんなわけで周囲を見渡していたけど、真っ先に見つけたのは同じ軍にいるライナスおじいさんの姿だった。なにやら難しい表情で独り言を放っている。ひとりじゃ持てない量の荷物を見下ろし、じっとそこから動かない。


「魔術師のおじいさん、どうしたの。もしかして困ってる? ……あの、僕でよかったら手伝うよ。宿まで運べばいいのかな?」


「……ややっ。おぬし、メイガンの仲間の……テティスと言ったな。察しのとおりじゃわい。魔法で運んでもよかったのじゃが、手を貸してくれるなら有難い」


 お安い御用だと僕は笑い、両手で箱を抱え上げる。これくらいの力仕事はメイガンさんたちの使いっ走りで慣れている。それくらいしか役に立たないというのが現状だけど。

 普段と違うことといえば、実行にあたりお礼を言われるのと、終わったらお小遣いをあげようという申し出があること。前金として貰った飴玉を口内で転がしつつ、宿場となる建物へ入る。



「さて助かったわい。これで、すぐにでも実験が行えよう……ほれ、駄賃をやるぞ。屋台で好きな物を買うといい」


「そんなのいいって! 荷物運びくらいでお金をもらったことなんてないし……それより僕、おじいさんに教えて欲しいことがあるんだ!」


「ほう……? 最近の若者にしては殊勝じゃな。知りたいことがあるならば、このわしに遠慮なく聞くがよい」


 おじいさんはどこからともなく財布を取り出したけど、僕の話を聞いてから動きが止まった。一連の動作はみんな彼の服(?)である暗い色の布によって行われている。


 金銭でのお礼はいらない。そう僕は、その魔法ができるようになりたいんだ。



「それそれ! おじいさんの布を手みたいに動かす魔法いいですよね! いったいどうやるのか教えてもらえますか? あと……別に布じゃなくてもできますか? なんかこう植物の蔓みたいな感じで、うねうね動かしたりとか。僕はそれを女の子に巻きつけたいんですよ!」



「……は?」


 うまく伝わらなかったと思い、僕は手ぶりも交えて詳しく説明することにした。

 まずは親指と人差し指で大きく円を作って示す。若干見栄張ってるけど……だいたいこれくらいの太さの触手を何本か発現して、魔術師の意のままに動くようにする。女の子を捕まえて締め上げたり、吊るしたり……最終的にそれを秘部へ出し入れしようというのが僕の思いつき。


 斬新な使用例の提案に、優しげだったおじいさんは一瞬で真顔になった。真剣にそういう魔法を考案しだしたかと思いきや、みるみる怒気で満ちていく。


「お、おぬし……正気で、そんなことを問うておるのか? わしの、この魔法で女体を……?」


「そうだよ! おじいさんほどの知識ならできるんじゃないかな? なんなら僕も手伝うから、いっしょに楽しもうよ!」


「ふざけおってこの畜生が! ここまで虚仮にされたのは初めてじゃわい! そこへ直れ、小僧。腐った性根が砕けるまで罰を受けよ!!」


 突然激高したおじいさんは、背にしょっていた杖を構え、僕を打とうと振りかぶった。今の発言がけっこう衝撃的だったのか、魔力を布に流すのも忘れ、単純な攻撃を繰り出す。

 魔法によらない動作は老人そのものだから避けられる。けど、杖の先端にある墨色のぎょくは尖ったつくりになっていて、当たったら流血沙汰だ。



「うわわっ、危なっ! ちょっ……なんでですか? 触手は男の浪漫じゃないですか! そんなすごい魔法ができるんなら、もっといやらしいことに使わないと人生損ですよ! これは僕にとってなにより重要な問題なんです。おじいさんみたいな歳になるとわからないかもしれないけど!」


「もういい、もう喋るでないテティスよ! その声、金輪際聞きとうない!」


 落ち着かせようとなだめるも効果なく、狭い室内を逃げ回る。そのうち向こうも冷静になったのか、何やら術を唱えだした。身につけた布を宙に浮かべる。その一端一端は軽く結わえられ、人の拳みたいな形をとった。


「ええい、この……わしの! 魔法を! 馬鹿にしおって!!」


「ふぎゅっ!! ぐえ! ちょっ、やめ……!」


 今度のは避けられない。吐き出す言葉の文節ごとに魔法の拳が降ってくる。実体は柔らかい布なのに、おじいさんの魔力を纏って放てば何という堅さ。傭兵の兄貴たちにどやされるくらいの威力だ。


 ひたすら連打されて動けなくなった頃……おじいさんは肩を怒らせ、自分の部屋に向かった。

 扉を閉めるときの音がまた荒々しいのなんの。





「やれやれ、ひどい目にあったなあ。あんなに怒らなくてもいいのに……」


 全身まんべんなく叩かれた僕は下ごしらえの終わったお肉みたいな気分だった。外の寒風を浴びることで、解れた身が締まっていく。ある程度殴られ慣れてるから痛みが引くのもあっという間だ。

 動けるようになったあとは、無理しない範疇で歩く。こうやって体の具合を確認するんだ。


 宿となる建物を出てまっすぐ通りを歩く。家財、日用品、装飾、食べ物……色々な商品が売られている屋台を一通り見て、また同じ道を折り返す。

 気になった店だけ寄ろうかと思ったけど、人のいない村はずれに来たことだし……そこの茂みをお借りして、一発抜いておくか。



 そういやこういうことはご無沙汰だった。メイガンさんが女神の使徒討伐に参加を決めてから、僕は行軍の支度に走り回ってて、全然触る暇もなかった。あの人、わりと神経質だから下準備にはうるさいんだ。おかげで何度殴られたことか。


 だからこそ、この小休止の時間をふいにするわけにいかない。広場でいっしょに踊った女の子の感触を思い返しつつ、茂みの奥へと進んでいく。

 村の隣に小さな池があるって聞いてるし、終わったあと手を洗いたいから、そこをひとり遊びの場所に設定する。



 水場に出てからは待ちきれず、下衣を脱ごうとし…………あることに気づいて、全身を急停止させる。

 驚愕と危機感で心臓まで硬直したかと思った。この泉には先客がいたんだ。



「……君か。こんなところで何をしている?」



 寸止めを強いられ羞恥で赤くなる僕を、めちゃくちゃ整った白皙が見つめる。こんな状況でよりによってワイツ王子様と出会うなんて……!!


「いやっ! ナニって、そんな……! 違うんです!! その……僕はっ! み、道に……迷っただけです!! 信じてください!!」


 必死の言い訳に対し、僕らの軍の美しすぎる団長は、そうかとただ一言述べた。こっちに関心を失ったかのように、手元の釣竿へ視線を戻す。深く覗き込まれなくて本当によかった。正面から見られたらいろんな意味でまずい。


 ワイツ王子様は祭りに参加しないで釣りを始めていたらしい。切り株を椅子にし、釣り糸を仄暗い泉に垂らしている。よっぽど集中しているのか、興味が皆無なのか……股間の昂りが治まらず七転八倒を繰り広げる僕を、ちらりとも見なかった。



「あの……釣れますか?」


 気まずさをかき消そうと世間話を試みる。釣り人に対する万国共通の質問を投げかけると、ワイツ王子様は首だけ振って、そばに置いてある桶を示した。中には五匹の魚たち。元気そうにちゃぷんと水を跳ねる。


 小さな泉のわりに結構な釣果だ。やはり美形だから魚の食いつきがいいのかと、妙に納得する。魚類も女の子たちだってきっと、見目麗しい人に釣られたいに決まってる。ああ、僕の竿を振るえる漁場はどこにあるんだろう。


 

 王子様は持ち前の冷静沈着さをこんなところでも発揮していた。口を挟む隙が全くないので、僕は早々に会話を諦めた。彼が怒ったり殴りかかったりしないのをいいことに、思う存分凝視して目の保養をする。


 無彩色のなか、瞳の澄んだ青が映える。光沢艶めく灰髪は派手さのない色なのに上品で、長い睫毛も貴婦人のような慎み深さを演出する……男なのに。

 麗しい見た目だけじゃなくて普通に強いし、指揮官任されてるし、前線立って戦ってるから人望もあるし、なんてったって王子様だ。うわあ、何だよこの人。完璧すぎる。


 きっと夜の方でも大人気だと思うと、心が一気に弾み出す。ここでなんとか親密度を上げれば、おこぼれに美女をくれるかも!



「ねえねえ、やっぱりワイツ王子様は大層おモテになるんですよね? 都にいるときは貴族のお嬢様たちと楽しんでるんでしょ? 初体験も早そうだなあ。詳しく教えてくださいよ」


「"初体験"とは何のことだ」


「やだなあ。初めての性行為ですよ、せーこーい! たっくさんヤったことあるんでしょう?」


「……ああ」


 鼻息荒く尋ねてみれば、心当たりを見つけたみたいだ。彼は猥談を楽しむ性格ではないだろうけど、何事にも真面目だから律儀に答えてくれる。食い気味で聞き入る僕に、これまた美声が大気を振動させた。



「七歳の時、母の友人の貴族たちに……」







「うおおおおえええええええ!!」


 耐え切れず話の途中で逃げ出し、倒れ込んで嘔吐する。違う……僕が聞きたかったのはそういう話じゃない。そっち方面の趣向じゃ断じてない。何の感慨もなく淡々と語る様子がまた想像を掻き立てる。僕は殴られるのは平気だけど、こういう精神にくるのは免疫がない。


「き、聞くんじゃ……なかった……」


 頭を抱えて後悔しても、聞いてしまったあっち側の世界がぬぐい取れない。いや、確かにモテモテではあったけど……あれは嫌だ。僕の初めてはかわいい女の子がいい。


 まさかワイツ王子様がそういった過去をお持ちだとは……美形っていいことばかりじゃないんだね。



 不快感で動けない状態で、聞き知った声が近づいた。よく僕を叱り、僕を怒鳴る憧れの戦士の呼び声……メイガンさんが、ざっざと雪や草をかき分けやってくる。


「おい、ワイツとカイザ。そこにいんのか……? ったく、急に魚料理作れって意味わかんね……え?」


 王子様たちに用事があるみたいだけど、僕は喉も詰まらせ否定ができず……せめて挨拶だけはしようと顔を向ける。

 メイガンさんと目が合った瞬間、彼は臨戦時さながらの動きで後方に退しりぞいた。


「うおっ、テティス……汚ねぇっ! 何してんだてめえ!!」


「うぷ……メイ、ガンさん」


「なんだ? どうした……まさか伝染病なのか? 動くんじゃねえ、じっとしてろ。すぐ楽にしてやるから……」


「ちょっとメイガンさん、やめて! 剣をしまってください!! 決して病気とかではないんです!」


 流行らされる前に殺ると意気込む彼に、僕は手を振り回して弁明する。こんな時だけ僕をなだめるような口調なのがより恐ろしい。愛剣を手に、頼むから安らかに眠ってくれと言われたって聞けない話だ。



「……違うんです! 僕は、その……あることを知ってしまったんです! あまりに、衝撃が大きくて……」


 そうやって訴えかける途中、メイガンさんの肩越しに当事者の姿が見えた。ワイツ王子様は釣りを止めて集落に戻ることにしたのだ。今度は隣に美女のカイザさんを連れている。

 僕はメイガンさんに彼方の美男美女の存在を伝え、がくがく震える腕で指差し、驚異の事実を口にする。



「処女じゃなかったんです!!」



「は? てめ、何言って……」


「だから! ワイツ王子様が……!」



「……ああ。やっぱそうか」



 美形男女はここから遠くを歩き、僕たちの存在に気づかなかった。だからこそ、今のメイガンさんの言葉に集中できる。


「えっ?」


「ああ?」


 ……正直、これが今日一番の問題発言だったかもしれない。メイガンさんの意図を分析し、僕の頭の中で幾通りもの解釈が浮かんでは消えていく。脳内会議は紛糾を極めるばかりだった。



 僕の報告を"やっぱり"と言ったメイガンさんは、なんだか少し残念そうで……

 村の方へ歩き出す男女を、切ない表情で見送っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ