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第二十八話 ワイツの問答

「ささ、皆様。どうかそんなに堅くならないで。私がしたいのは対話なのです。武力では何も解決などできやしません。女神様はおっしゃられました。互いを知り、心を交えた先に真理があると……」


 糸目の信者はそうのたまった。私たちの動きを止め、一瞬で片がつくのに殺さないのは、この行軍の真意を問うため。信仰心が強いだけあって、他の信者より無駄な殺生を好まない。


 彼の目的はこちらにとっても都合がいい。武器も拾えず、対抗できる力を奪われても、声さえ発せられれば相手を変えられる。私たちに憐れみと救いをもたらそうという心を、怒りと憎悪に染め上げるのだ。

 私たちを迷える子羊から抹殺すべき魔物と認識を改めさせたそのとき、女神の力は途絶える。



「一部の信者はたった一つの教えを頑なに変えず、他者に押しやることを"導き"と考えておりました。しかし、私はそうは思いません。むしろ……女神様の教えはまだまだ不完全であると考えます。より広く、より人を救う術が必ずある。だからこそ対話が必要なのです」


「私たちを仲間にしたいというのか? 見ての通り、他の信者をここまで残虐に殺したんだぞ。そんな者が女神の言葉を信じると思っているのか?」


「ええ、もちろん。皆様はまだ女神様の御心に触れられていないゆえに、世に絶望し暴挙に走るのです。不毛な戦いを生み出さぬためにも……話してください。心の有り様をつまびらかにするのです。皆さまが聖地に向かわれる理由。そして女神様の前に立ち、何を求めるかを……」


 彼は清き燐光を放ち、滑空して高みから話す。純白の聖衣をひらめかし、こちらへ語る様子は高潔な司祭そのものだ。見開かぬ糸目は常時祈りを捧げるよう。

 この態度は実力差による余裕からなるものでない。心底私たちを案じ、愚かな生き方を諭そうという信念の現れだ。


 意志弱き者なら彼に懺悔し、女神の教えを受け入れるだろう。だが、どんなに聖なる姿を見せられようとも中身は知れている。彼らは討つべき獲物。今に空から引きずり下ろして、本心ではなく心臓を抉り出し外気に晒してやろう。



 それが命令だ。女神の言葉など聞くに値しない。

 私が従うのは王家……ニブ・ヒムルダが誇る"曹灰の貴石"だけなのだから。



「では、わしから話そうか」



 この軍一番の知恵者は前に出、語り始める。世界中に信者を持つ女神教と、この周辺国のみの信仰、自然神"緑の王(ゲオルグ)"の違いと共存の擦り合わせについて談義する。


 当然ながら、これは時間稼ぎに過ぎない。信者はライナスの杖のみ弾き飛ばしたが、彼が身に纏う暗布もまぎれもなく魔術師の武器である。

 自然な流れで的確に位置取り、風に流されたと見せかけ呪具を操作し、メイガンの方向へ遣わした。短気ながらも戦略の機敏に聡い彼は、老魔術師の意図を理解し、後ろ手で暗布を握る。



 触れた箇所から暗褐色が濃くなっていく。"水"を含ませているのだ。

 時至らば強力な反撃として利用できる。そんな策謀が進む様子は、二人が共闘の握手をしているかのようにも見えた。



「……とまあ、信仰の教えについては互いに干渉せずが一番、という結論になろう」


「しかし、それはあくまで一般論。私が聞きたいのは、なぜ貴方が聖地に赴くかということです。それもこんな武器と、兵まで連れて……」


「……では、わしの個人的な理由について話そうか。なに、単純なこと。おぬしらが女神と仰ぐ不死者"聖女"に謁見し、その力を見極めるためじゃ。わしには人として叡智を極めたという自負がある。さらに聖女の魔法や神の力に触れ……知識をより高みまで昇らせたいのじゃ」


「それなら貴方も女神様の洗礼を受けてはどうですか? これまで話した通り、教えとは心の有り様です。根本の思いが同じなら、表す方法が違えど女神様は許されます。あのお方がくださる魔力に限りなどありません。長年の研究の成果を、もっと人々のために役立ててみては?」



 その一瞬。ライナスは策のことも忘れ、素の魔術師の顔を見せた。


「くくっ……はははは!! おぬし、今……"どのような表現"でも構わぬと言ったな。そうかそうか……ならば遠慮なく試させてもらおうか。わしは様々な分野を修めたが、一番の専門は"破壊の魔法"に他ならない!!」


 狂ったようにライナスは嘲笑する。いつだって彼が求めたのは、自身への正当な報酬だった。憐れみから施されたものでは、決して満足しない。


 頭の巻き布が乱れるのも構わず、欲望を叫ぶ。


「聖地へ赴き……女神に攻撃魔法を浴びせ、わしの理論を実証しよう!! 果たして、人の重ねた技法が"神の力"に通じるかどうか……わしは知りたい。何を犠牲にしてでも知りたいのじゃ!!」


「……そんな! 貴方は……自分の魔法で、女神様が傷つくところが見たいと言うのですかっ!? 代表者の方!! このような部下の望みを許されるのですか?」



 若い信者は敵意の言葉に怯えたが、まだ滞空したままだ。清浄な輝きは絶えていない。

 彼は、次の語り手に私を求めた。周囲もまたこちらへ確認するかのように目くばせを送るも……やるべきことはわかっている。


 純粋のみが取り柄の若者に、穢れを生じさせねばならない。心を乱し、畏怖させ、信仰の弱体化を仕向ける……とはいえ、虚偽を告げても響かないだろう。


 ここは誇張なく率直に言おうと決めた時、魔女は進行役ぶって話を急かした。


「じゃ、次ワイツの番ね。なんで"あの子"に会いたいか教えてあげなさいよ」


「ニブ・ヒムルダが王家、第四王子のワイツだ。君を、今まで出会った暴徒ではなく、女神教の正式な司祭であると見込んで告げる……道を開けろ。この国は女神を歓迎しない」


 殺意を露わにしても、若者は動じなかった。肝が据わっているのは戦闘経験の賜物か。


「進軍する理由? 言わずと知れたこと……国王が私にそう命じたからだ。君の仲間は許可も得ず領土を占拠したうえ、都で要人を脅迫した。ヒムルダ王家の面々……"曹灰の貴石"を愚弄した罪。もはや極刑をもってしても贖いきれない。ゆえに私はここにいる。命を懸け、王の勅命を実行しに来た」


「要するに家庭の事情なのよね」


 そこは簡単にまとめないで欲しかった。渾身の喧嘩文句が形無しだ。



「しかし……貴方の意志は? 貴方自身の意向は……関係ないのですか?」


「くどい。君だって聖女によって遣わされたのではないか。私とどこが違う? こちらが間違っているというのなら、私のすべてを否定すればいい……存在を消せ。痕跡をも消滅しろ。高位の魔法で塵芥ちりあくたも残さず焼き払ってみせろ……さあ、やれ。どうした? そんなに強大な力を持ちながら、人を殺めたこともないのか?」


「そ、そんな……」


 にじり寄れば後ろに退かれた。清い光は飛び散る粒子の量を減らす。

 じきに私たちと同じどす黒い大地を踏ませよう。信仰強かろうと可能だ。まだ彼は正気の枠内にいる。




「はい次! 美人のおねいさん、カイザ!!」


わたくしが参戦した理由ですか……」


 上機嫌にぴょんぴょん跳ね、不死者は麗しい女戦士にまとわりつく。彼女は主要な面子全員に理由を言わせたいらしい。

 カイザは適切な語句に思いを馳せ、数秒考えた。口を開き、沈黙を破る直前……咲き誇る藤花の瞳で私を見、答える。



「なんとなくですわ」



「……それだけ?」


 がくんと信者は下降した。

 若者は意外な返事に驚いたが、あれは実に彼女らしい答えだ。




「すいません! 質問いいですか!?」


「はいテティス君!」


 突然の挙手。ここは学び舎かと思わせる対応……完全にれている。暗い苔色の髪の下では、こちらもある意味純朴な表情が覗いた。相手からの反応も無視して、魔女は少年の発言を許可する。


「あのっ……実際見たことないんですけど、女神様ってとってもお美しいんですか? それともかわいい系? あっ、やっぱりすごく優しいのかな!?」


「ええ、もちろん心優しいお方で……」



「ふふん、ふひひっ……やったあ! じゃあ、頼んだら犯らせてくれないかな? だって女神様って優しいんでしょ? 分け隔てなくみんな平等に"愛して"くれるんだよね。"聖地"って言うからには、そりゃあもう毎晩激しいことしてそうだなあ。君はもう経験済み? だったら僕も混ぜてよ!」



 下劣な笑顔を浮かべてから、テティスは早口で妄想を吐き出していく。老年二人組には聞き取れず、互いに顔を見合わせていたが……これは聞かないで正解だ。


 真面目に聞いて耳が汚れると思う内容。信者と、彼の上官であるメイガンが青筋立っていく。彼は好戦的で略奪の経験もあるらしいが、意外に繊細だ。こういう性的な冗談は嫌いとみえる。


「……貴方もか」


 味方の精神も削ったと同時に、信者は堕ちていく。私たちと同じ目線まであとわずかだ。




「おじさまは? どうして聖地に行くの?」


「はあ? え……俺も言わなくちゃならんのか? あー、その……俺は金銭面の都合で、だな。ちょっと家を買う資金を、貯めようかと思って……」


 ギラスは話を振られた戸惑いで茶白の髪を震わせ、視線を泳がせながら語った。やはり老後の住処を得るためとの返答。

 私たちのと比べれば印象薄く、信者の様子も変動ない。


「何その普通な理由! 全然おもしろくないじゃない!!」


「そうだよギラスのおじさん! もっとボケて!!」



「いや、なんだよこの会話……」


 立ち位置と明度は変わらずだが、改善することはなかった。信者は浮上できないまま、額に手をやり、力なく呻いて頭を振る。




「俺には、女神に会わなくちゃならねえ都合があんだよ」


「どのような願いでしょうか?」


 最後を飾るのは異郷の狩人、メイガン。いい働きを期待している。


「馬鹿か。女神に願掛けなんざしねえ。俺は"聖女"の首が欲しいだけなんだよ……故郷への手土産するんだ。知ってるか? 俺たち"メイガン"の目的が何なのか」


 彼はろくに動けないながらも、信者に回り込むよう移動し話す。意地でも攻撃を仕掛けるつもり……と見せかけている。


 これは囮だ。本命の攻撃はライナスの背後に靡く、暗い布の一端。先ほどライナスの呪具に含ませた"水"は、老魔術師の魔法で氷の刃に変えられ、死角に隠された。私たちへの布教を諦め、地に足をつけるのと同時に切り裂く予定だ。


「俺たちが技を極めたのは、外界にて強敵を狩り、聖泉の末永き繁栄を祈って奉じるためだ。一人の"メイガン"が供物を捧げられるのはたったの一度だけ。ゆえに人生の集大成に相応しい、偉大な獲物を探している……そして俺は、聖女の首を泉に投じたいんだ」


「あ、貴方は……その獲物に、女神様を……?」



「ああ、そうだ。だからとっとと退けよ雑魚。てめえを斬っても"メイガン"の名が廃れるだけだ」





 苛立ち紛れの声のあと……土を踏む音が聞こえた。続けてぐしゃりと膝が落ち、焼けて湿った大地に聖衣が擦れる。


 屈した。彼は、私たちへの祈りを諦めたのだ。


 光は天に昇って散り、遠くに星を残すだけ。慈愛に守られた純白も、地に触れた先から灰を浴び、闇に侵されていく。女神の力は去った。ここから真の戦いを始めよう。


「貴方は……皆様は、なんということをおっしゃるのです……!? さっきからよくも、そんな非道な行いを……女神様に向かって……!!」


「あらあら、変な顔しちゃってどうしたの? もしかして、内心でこう思ってる?」


 これが最終問答だ。

 祈らぬ司祭に変わり、漆黒の少女が結論づける。



「あたしたち、"本当に救いようがない"って」

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