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第二十七話 ワイツの挑発

 旗頭たるメイガンの凱旋に傭兵たちは色めき立った。彼の特異な水魔法を恐れる様子はなく、歓声でもって出迎える。強さを至上と考える荒くれたちは、自らの統率者が偉大な能力を持つことに対し、純粋に尊敬の念を抱く。


 集団の中で苔色の頭髪が見え隠れする。メイガンの周囲を跳ねまわって喜ぶテティス。あのじゃれつきようはまるで子犬だ。強く兄貴分を慕う少年は、そのうち当人から鬱陶しいと怒鳴られ、殴られていた。



「どうした、ライナス殿。さっきからずっとメイガンばっか見て…………まあ、俺たちは奴の恨みも買った。報復してくる可能性はなきにしもあらずだが……」


 そわそわ動く暗布を見かねて、ギラスは声をかけた。老魔術師は異郷の傭兵の帰還からすっと落ち着かない様子で何事か考え続けている。呪具はよく感情を代弁し、ライナスの心のあり様を私たちに伝える。


「案じなくていい。彼の、聖地に行きたいという言葉に嘘はない。目的が同じなら、ここであなた方への仕返しなど考えないだろう」


「……そうではないのじゃ、ワイツ王子。わしは別にメイガンを恐れておらぬし、襲いかかられようとも返り討ちにしてくれるわ。ギラス殿もそれくらいの実力はあるじゃろ」


「まあ、仕掛けがわかれば対処もできる。俺だってうかうかやられたりしねえ。では、あなたはいったい何を悩んでんだ?」



「悩んでおるのではない。わしはただ悔しいのじゃ……ああ、なぜおぬしら"戦士"なぞやっておる! その魔法をもっと大成させれば、強力な"魔術師"となれたものを……!!」



 よほど口惜しいのか、ライナスは地団駄を踏んで喚く。確かにこの行軍で魔術師は彼ひとり。魔女は軍の枠組みには決して当てはまらないし、ネリ―はあのざまだ。やはり専門を同じくする者がいないと心細いのだろう。


「今からでも遅くはない! ギラス殿、おぬし魔術師にならぬか?」


「は? 俺が、魔法使いに? ……ないない。この歳で魔法習ったって覚えられるわけねえだろ」


「何を言う。その歳だからこそなれるのじゃ! 魔力とは生き抜いた年月……メイガンも稀有な能力を持つが、まだまだ若い。おぬしの"火山の魔法"は、練り上げれば必ず戦いの助けとなろう。わしにはおぬしが不思議でならん……あんな高精度な噴煙を発現するほど鮮明な経験を持ちながら、なぜ剣なんか振り回しておるのじゃ!?」


「……仕方ねえだろ。頭が悪かったんだから」


 ギラスは辟易したように手を振り、押し付けられるライナスの熱意から身を逸らす。もう少し学がありゃ、商人などして安全に暮らしたかった……と、遠い目で語った。


 彼は傭兵団を率いて長きにわたり戦場を歩いたが、好きでそう生きたわけではない。以前、彼の仲間たちと火を囲った際に話した……家が欲しい、との一言が蘇る。今回従軍したのも、"安らぎの住処"を得るための資金集めと聞いている。



 残念ながら、その願いは叶いそうにない。私の軍に参加した時点で彼の命運は尽きたも同然だ。







「おい、てめえら……何やら俺のことを馬鹿にしなかったか。"返り討ちにする"とか聞こえた気がしたぜ」


 自意識が過剰となったメイガンは、年長者二人にも畏怖を植え付けようと図る。この軍の中で一番の強者と認められないと気が済まないらしい。

 彼のすぐ後を魔女が続く。愛らしい顔は他方に向けられ、何かを気にしているようなそぶりで、私たちの元へ近づいた。


「……っとに、自己顕示欲の強い奴だな。だが、さっきのでわかった。メイガン……おまえ、あの時"水"を使ってランディを殺そうとしていたんだな」


 尖った紺の短髪が傾く。メイガンはやや猫背でギラスを覗き込み、不敵な笑みを深めた。

 彼らには団を巻き込み、一戦交えたほどの因縁があるようだ。ランディとはギラス率いた傭兵団の若き戦士。過去に、この異郷の狩人と死闘を演じたらしい。


 メイガンは挑発的な態度をもって、ギラスの考えを正しいと認めた。


「戦いの最中、おまえは素手でランディに触れた。"水"を纏った剣で切りつけなくとも、触れさせるだけで効果が発動するってわけか?」


「その通りだ。ただし、何の効果が出るかはお楽しみ。信者にとっては強酸になったが、他にも麻痺、毒……即死の効果も確認された。あんときゃいろいろあって、あのガキには効かなかったが、今なら余裕で殺れる。どうだ? これでも俺の凄さがわからねえなら、手っ取り早く叩きのめして教えてやらあ」



「なによ。強がっちゃって……そんなことより、ワイツ。ちょっといい?」


 一瞬即発の空気も読まず、魔女はちょいちょいと私の袖を引いて注目を集める。


「魔女、どうした? 気になることでもあるのか?」


「聞き捨てならねえな……そんなことよりってなんだ? 舐めてんのか? ……ちょうどよかった。不死者が"聖泉の水"を浴びたらどうなるか、試したかったところだ」


「あなた急に生意気言うようになったわね。それだけ自信があるんなら、まずはあの人倒してみてよ」


 そう言った魔女は、華奢な手で彼方を指差し……





「こんばんは。いい夜ですね、ニブ・ヒムルダの皆様方」



 突如、旋風が巻き起こる。崩されないよう場に踏みとどまり、剣に手を伸ばすが握ることもできなかった。武器の方から弾かれたように落ちる。


「っ……!!」


 先手を取られた。術の効果か……体が弛緩する。武器が使えないのはもちろん、徒手での戦闘も叶わない。立つのがやっとの状態に貶められ、私たちはなす術なく聖衣の人物を見つめる。


 その信者の降臨について、魔女が指摘するまで全く認識できなかった。魔女の火炎は燻る程度となりささやかな光源の役目を果たしている。それに照らされる髪は他の信者と同じ金。糸目と、のっぺりとした表情は幼くとも言え、私より年下の青年との印象を受けるが、年齢から魔力量を推し量ることはとうに止めている。


「わしの杖が……そうか、これは武装解除の、魔法……! 常人には発現不可能じゃぞ! まあ、今更の事じゃが……」


 手元から離れた杖を眺め、ライナスは相手の非常識な力を指摘する。だが、彼はじめ皆の意識は、信者に対して自前の先入観を捨てつつあった。不可解な力を使ってくるのは当たり前。重要なのは、どう対処するかということ。


「……んだよ、このっ!! いつから、そこに!?」


「あら、わりとさっきからいたわよ。あなたたちがいつ気づくか待ってたけど遅かったわね」


「魔女。できれば、次からはもっと早く教えてくれないか」


 報告の怠りをたしなめると、魔女はてへへと笑って頭をかいた。仕草が可憐であればあるほど、メイガンの怒りは増していく。罵声は燃え残った枝木を揺らすほどだった。

 怒鳴りたくなるのも無理はない。対峙するこの信者は、間違いなく今までで最大の敵だろう。なぜなら彼は……



「日中はご挨拶ができなくて申し訳ありませんでした。何しろ視界が悪く……私たちの距離も、天と地ほどの差がありましたもので」


「ああ。君はあの時"空を歩いて"いたからな」



 昼間の進軍を妨げ、軍を二手に分けることになった原因。魔力の放出だけで空中を闊歩できるほどの信仰の持ち主だ。力の使い方といい、戦いの心得は多少あるようだ。軽い従軍経験だけでも、強い信仰心が伴えば、何乗にも強化された魔法となる。


「さて……他の信者の姿が見えないのはどういうことでしょう?」


「んなの簡単な話だ。てめえの仲間は俺が始末した。跡形なくどろどろになったのは意図したところじゃねえが、安心しろ。おまえもそうなりゃ混ざり合える。二度と離れられなくしてやるぜ?」



「……っ! メイガン! 軽率な振る舞いはやめろ! こいつは相当の使い手だぞ。いくら特異な術があるとはいえ挑発とは……!」


 ギラスは慌ててメイガンの暴言を注意する。抵抗できぬ今、策もなく敵を煽るのはやめろと。

 だが、私はこの応酬で一計を講じた。ライナスも同じ考えに至ったようで、合わせた目には不屈の意志が宿っていた。



「いや、これでいい。私たちへ悪感情を抱いた分、信仰は削がれる。女神から与えられる魔力は減退するのだ」



 ちょうど相手は仕掛けてこない。攻撃されれば私たちなどひとたまりもないうえ、魔女の大げさな反撃も避けられないだろう。しかし、何を言われようと、どんな妨げに遭おうと私の進路は変わらない。今や、その思いを持つのも私だけでない。


 ただ思い知らせてやればいい。私たちに布教は無意味だと。女神……不死者"聖女"とは祈りの対象ではなく、倒すべき標的でしかないということを。

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