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第二十六話 ワイツの観戦

 燃え盛る景色に青の流線が翻る。狩人の舞だ。

 命屠る者こそ生命の輝きに敬意を払う。メイガンの一族もまた他者を糧とする術を確立させていた。無意味に力を使わず、技を洗練させ一連の動作を型として修めるのだ。切れ切れに聞こえる彼の声は、どこか遠くの清き流れを謡っていた。



「……たまげた」


 異郷の民の戦いを見つめ、老魔術師はあんぐりと口を開けたまま首を振った。私を冷えさせぬようにと魔法で温風を送っていたが、そろそろ不要だと示して止めさせる。

 そのまま私たちは言葉も発さず、猛々しい戦士の影絵を見守った。


 炎の領域にてメイガンは剣振るう。その一振りに付随するは青の水脈だ。剣の反りに沿って流れる。珠玉の雫となって振り散らされる。


 あれこそが"メイガン"たちの扱う特異な魔法。剣握る手で常時水魔法を発現させ、敵に触れさせる。ただ水を出す程度なら誰にだってできるが、具象化する水質は育った環境により千差万別だ。



 彼が出すのは故郷にあるという聖泉の水。

 どういうわけか、かの雫は強い酸性を現すらしい。信者は切られた端から溶解していく。



 大仰な動作を伴っての一閃。平常心の信者なら余裕で防げるにもかかわらず、いとも簡単に両断される。どこの流儀とも異なる、曲芸や剣舞に通じた戦法は冗長で隙が多く、実戦で不利となった経験も多かろう。

 速さも極めず、威力も求めない。だが、あの魔法を使うことに関して、優れた利点がある。


 あれは……発現した"水"を敵に触れされるのに最適だ。



「メイガンさん……」


「これ、テティスとやら。近寄るでない……あちらは紫眼狼の縄張りじゃ。おぬしも噛み殺されるぞ」


 狩猟の場にふらふらと近づきかけた少年を、ライナスは杖を使って止めた。テティスは、わかってますと小さく言い足を止めたが、陶酔したように観戦している。それは、彼の仲間たちも同様だった。メイガンの戦いぶりに魅せられている。




 失神から目覚めたメイガンは、これまでとは何かが違っていた。私を仰いだ紫の瞳には揺るぎない志の光があった。彼の内心でどのような葛藤があったかは知らないが、特異な術を使う覚悟がついたのだろう……毎回あのような儀式が必要なのかは謎だが。


 どうあれ都合のいいように転がったのだから良しとしよう。水中から引き揚げたことにも多少は恩義を感じ、最後まで叛意なく従ってくれたらいい。




 やはりあのとき、彼を渓流に突き落としたのは正解だったようだ。





「よくも……よくもまあ、そんなものがこの世に……」


「あれが、メイガンの力だってのか……しかしあの魔法は、どういった仕組みで……?」


 思考の渦から脱した熟練の魔術師は、得心したように杖で地面を打ち鳴らす。メイガンの力の要因に思い至ったのだ。

 ギラスが考えを尋ねたのと同時に、ライナスの感情を帯びて暗布がざわめく。



「まったくふざけておる。何が"聖なる泉"じゃ! 盛大に呪われておるではないか!! それも"人"のみを排撃する呪い。あの効果、あの攻撃性……間違いない。メイガンが発現する"水"は、強い呪術が施されている泉に触れた記憶から得たもの。あやつらが讃える泉の中に、どんな邪悪が潜んでいるというのか……?」


 論は完全とは言えず、確認のしようがない。聖泉の場所も知らないが、メイガンの言動からして実在することは確か。その効果は人を死に至らしめるということも。


 炎に照らされし黒の劇画に、メイガンが最後の敵を斬る様子が映された。生きながら溶かされる経験は、本来ならば現実にあり得ず、信仰強い信者たちを恐怖で染め上げた。彼がもたらす終焉も、道理から逸脱し見る者を恐れさせてやまない。



「……そうだろうとも。その地に産まれたが最後、ああして生きる他ない」


 そのような光景を見、ライナスはしみじみと告げる。老人の目から若輩者への侮りは消えた。メイガンの生き様に対し、敬意のような思いを抱いている。


「故郷の位置を徹底的に秘匿。一族は同じ名を冠し、外界にて力を宣伝。その脅威を世界に轟かす……そうせねばならなかった。せざるを得なかったというべきか」


「なぜあいつらはそんな道を選んだ? わざわざ戦いの矢面に出て、力を誇示するなんざ敵を増やすだけだ。ライナス殿はなぜ納得できる?」



「あの思想は、生き抜くために編み出された指針といえよう。呪われた水を力とし、戦いに生きなければ……やつら一族はとうに滅ぼされておったはずじゃ。"メイガン"とは外界への威嚇の象徴。見る者に恐怖を与え、決して故郷に近づかせないためのな。それだけでなく、あの"水"はおそろしく応用が効く。人を害そうと思えばいくらでも……考えれば考えるほど手を出すべき相手ではない」


 獲物の消滅とともに、狩場の炎は勢いを弱めた。一人残った演者は剣を舞わせて血を払い、納める。振り溢れた水の数滴が死体に当たり、じゅうじゅうと音を立て煙を上げた。



「さすがと言うべきは、泉の呪いに耐えきった"メイガン"たちの適応力というか、魂の強さというか……」





「よお」



 渦中の人物の到来に全員が体を強張らせた。歴戦の魔術師と傭兵も足を退きかける。ここまで力を見せつけられれば、認識も大きく変わらざるを得ない。それまでとうってかわった年長者たちの対応に、彼は紫眼を嘲りで細め、満足気に嗤う。


 からかうように猫背気味の上体を突き出せば、ギラスとライナスは最大限の警戒に徹した。


「どうしたよ、じじいに"ひいらぎの"。そんなにびびらなくたって、取って食いはしねえぜ?」


「ぐぬぬ……」


「……んだよ。る気か?」


 武勇ある経歴と年上としての矜持からか、双方の顔に恐怖はない。ただ二人ともメイガンを若造と侮ることは永久になくなった。

 彼らの警戒心は強まるばかり。これまでいいように詰られてきたメイガンのことだ。報復したいと思うのは当然。水を用いられれば彼らと言えど死線を覚悟するしかない。


「……メイガン」


「はっ! 俺はもうてめえらみたいな小者になんぞ興味ねえんだよ。今の狙いは別にある……もっと大物を狩るんだ。今の俺ならできる」


 たしなめるように名を呼べば、彼は私に向け正対する。老年二人への怒りはあるが、今の彼にとっては愚にもつかないことらしい。歩行中呟かれた、いつでも殺れるからなという言葉が彼の余裕を物語る。


 これでもある程度の制御は可能だろう。メイガンは私に恩らしきものを感じている、こちらに見入る真摯な瞳からして間違いない。


「終わったぜ。敵はもういねえ……水の効果の都合上、人の形を留めているのもな。じゃあ、さっさと次に進もうぜ……ワイツ。俺は聖地に用事ができたんだ。途中で泣いて嫌がったって無駄だぞ。力づくでも引き摺っていくからな」


「その点は心配しなくていい。私は進軍をやめるつもりなど微塵もない。それに……言ったはずだ。君の勇姿を最後まで見届けると」


 


「気に食わないわね」


 ぱさりと落ち葉に降り立った漆黒。不死者"魔女"は忌々し気に、尖った濃紺の髪を見上げる。先の遊びの闖入者に思うところがあったようで、水の影響の恐れなく、ずかずかと詰め寄り腕を組む。


「何のことだよ、魔女。おまえも、俺たちの聖泉の威光に恐れをなしたか?」


「馬鹿言わないでちょーだい。あなたとは趣味が合いそうだし、生かしておけばいろいろと便利だけど……この世界に長く居座られるのは迷惑だわ、"メイガン"」


 異郷の民は意味も分からず、ああ? と凄んで少女を睨む。彼は知らないだろうが、魔女の行動目的は一貫して"不死の王"の独占である。本人を真の意味で抹殺できないのなら、他の生命を無くし、二人だけの世界を創ろうと画策している。強大な力を持つがゆえに、追い求める理想も大規模だ。



「永遠を生きるのはあたしと"王様"だけでいい。それなのに他にも不死者が五人も増えたり、冒険者やあなたたちまで現れて……未来は騒がしくてしょうがないわ。ま、いつかは全員に眠ってもらわないとね」



「……やれるものならやってみろよ、"不死者"」


 メイガンは不敵に構え、魔女の隣を通り過ぎて後ろ手を振る。


「いつか、おまえも過去にしてやる」



 これは何かの宣戦布告か。不死の魂と人が受け継いでいく理念……どちらがより先へ進めるかという、壮大な見栄の張り合いが始まった。

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