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第二十話 ワイツの分断

 敵からの攻撃魔法を見て、いつも最初に考えるのは破壊力と被害の規模。


 あれを身に受ければどうなるか。あの光は、熱は……私の存在を抹消するに十分だろうか。穢れに満ちた私を、せめて最期くらいは華やかに処理してやろう。そういった慈悲が含まれているか、今回も想いを馳せる。


 私の判断を察し、カイザは艶やかな唇を引き結ぶ。馬を止め、肩をすくめるような様子で率いてきた兵を振り向き、止まれの号令を示した。彼女の勘のよさにも舌を巻いてばかりだ。またしても心を読んだかと感心し、馬を返して大きく息吸う。



「全軍に伝達!! 広範囲攻撃を確認! 静止して防御に備えよ!!」



 兵を集め、歩兵には盾を重ねさせる。命令を待つ部下の顔に、一刻も早くライナスに対策を仰げと指示を飛ばした。もともと暴徒相手に揃えた軍だ。正式な魔術師はライナスただ一人。対魔術戦には彼しか対処できない。


 "火矢"の魔法は戦場でも頻繁に用いられる。大勢の魔術師が力を集約させ発現するものだ。これはまた味方側の障壁により防ぐのが定型となっている。しかし、目の前に敵軍はなく、誰がどこから射出したのかも不明。何より、量が段違いだ。

 通常の軍なら防ぎきれずに乱れ撃ちを受け、燃え尽きる。現状、何もせずとも私の本願は果たされる。王家からの任務は達成だ。だが、これではまだ満足できない。



 不死者"魔女"のおかげで極大規模の魔法も見慣れてしまった。余裕ができれば欲が出る。急いて死なずとも、次に出会う敵は今のより最良かもしれない。これよりもっと強く、もっと激しい魔撃が発現できるかもしれない。

 信心強い使徒ならば、高潔な司祭ならば、"聖女"ならば……きっと。



 人の身において、"死"というのはたったの一度しか得られぬ経験。せっかくの晴れ舞台を華々しくしつらえたいと思うのは当然のこと。


 少なくとも今、あれしきの火矢で死にたくはない。






 投擲された炎の攻撃魔法……炎撃は、個々で見れば薔薇の花程度の大きさ。花弁を散らしながら、全員に分け隔てなく配られる。

 戦慣れた者たちは魔術師を中心に密集し始めた。無意味に範囲を広げて、障壁魔法発現の負担をかけたくないという配慮だ。私もまた同様に後退し、馬車の隣まで寄る。



「着弾まであと三十秒。風と寒気の影響もあるが……七割は命中じゃな。何もせねばわしらは全滅か」


 老いた目を眩しげに細め、ライナスは馬車の窓から空を覗いた。周囲から守護の魔法を乞い願われ、求められ……満足そうに微笑む。


「だが、私たちの軍にはあなたがいる。この国、ニブ・ヒムルダが誇る魔術の権威だ。"矢避け"の腕は鈍っていまい」


「ほほっ! ワイツ王子、年寄りをおだてるのがうまいのう。では、まずは小手調べじゃ」


 老魔術師は上機嫌に杖を取り出す。支えるのは自らの萎びた腕ではなく呪具の暗布だ。鋭利に削られた薄墨のぎょくがかざされ、無造作に振るわれる。


 同時に、蒼穹飛び交う火矢が直線を描いて消えた。今しがた、振った杖の軌道をなぞるようにして。





 杖に嵌め込まれた玉を使うことによって、遠距離から魔法を当てられる。ライナスの取った手段は、細かく言えば火矢の行く手に氷のつぶてを発現させ、相殺するというもの。老魔術師にとっては慣れきった魔法で、詠唱も術式も必要ない。


 一本一本を最低限の威力で防ぎ、被害の元凶を消滅させる。対処の必要なしと判断された火矢は、私の左方で地面を穿ち、消えた。補足速度も老人と思えぬほど素早く、見過ごしはない。激戦を高齢たるまで生き抜いた魔法使いは、その手腕を遺憾なく発揮していく。



 ただ歓声はあがらない。至近で黒ずみを残す攻撃に、悲鳴と安堵の声が交互に発せられる。

炎撃は破壊力よりも範囲を重視して飛ばされる。いくら凌ごうとも埒があかない。早く敵の全貌を暴かねば撃破など不可能。


 私は不死者に力を借りるべく、馬車の戸を叩く。開けて中を見れば少年少女がカード遊びに興じていた。奇怪な状況にガタガタ震える少年をよそに、魔女は手札を扇に使い、悠々と次手を待つ。


「ぬ、布の塊がおじいさんになった! 荷物だと思ってたのに……ってか、まずいんじゃないのこれ!? 君、不死者なんだよね? なんとかしてくれるんだよね? ねぇ!?」


「ちょっと。そんなことよりあなたの番よ、早くしなさいよ」


「それどころじゃないってば!! 僕たち攻撃されてるんだよ!?」


「だから何よ! こっちだって真剣勝負してるのよ。黙ってあたしの手札取りなさいよ、テティス! 今度こそ鬼札ジョーカーひかせてやるわ!」



「取り込み中すまないが、魔女。ライナス殿に魔力を貸してほしい。戦いは私たちがやる。だからどうか"魔光夜の銀詠"を発現してくれないか」


 あくまで遊戯の邪魔はしないよう、慎重に頼む。下手に協力を仰げば、彼女は味方ごと敵を破壊しかねない。ここはライナスに常識の通じる魔法を求めるのが得策だ。なにより本人もそれを望んでいる。


「んもう! ワイツったら、しょうがないわね。魔力さえあればいいんでしょ?」


「ああ。おそらくは」


「……王子様、そこは保障してくれないんだ」


 泣き言を吐く少年は魔女の金眼に睨まれ、青ざめながら札に手を伸ばす。この行軍、絶対何かおかしいと嘆くが、そんなこと今更にもほどがある。


「わかったわ。"銀詠"出せばいいんでしょ出せば……はいほら。じゃあがんばってね、おじいちゃんたち」


 あっちに行けとばかりに手を振り、魔女は光を出現させた。その色は金。戦場で魔術師たちが展開するのと違った色彩だが、まぎれもなく魔力の光幕だ。


「おお、魔女殿。かたじけない!」


 蜆蝶ほどの大きさをした幕はライナスに向け飛び立ち、彼の銀詠と接続した。そこを起点に暗褐色の布が帯光する。溶け落ちるように浸透し、金糸が織り込まれてゆく。呪具である暗布は先端を長く伸ばし揺れ動く。


 これは幻影か。それとも本当に物質が量を増したのか。ライナスは誰の手も借りず馬車を抜け、杖を抱いて上部へ飛び乗り屋根に座す。全兵士の視線を浴びるなか、渾身の魔法を描き始めた。



「さ、続けるわよ」


「えっ!? 今のだけでいいの? こんなの君が手伝えば一瞬で済む話なんじゃ……」



「甘ったれんじゃないわよ。魔力貸してあげてるだけ感謝しなさい。それとも、あたしだけ戦わせて自分たちは休むっていうの? そんな不愉快ほざくなら、先にあなたたちから引き裂いてあげる。だいたい、このくらい自分たちでどうにかできなきゃ聖地になんてたどりつけないわ」



 もうこちらに用はないと、私は踵を返し兵の指揮に戻る。その刹那、愕然とする少年を見た。今にも泣き出しそうな幼い表情。

 一瞬だけ見えた彼の指は……確かに鬼札を引き当てていた。





 止むことなき炎の一輪は、私たちを真紅に飾るまで降り注ぐらしい。こちらを滅しようとする気持ちは有り難いが、どうも私は信者たちと趣味が合わない。


 ライナスは火矢を凪ぎ消すのを中断し、術式の編纂に知力を費やした。炎撃が迫ることに対して皆から恐怖の声が漏れるも、私は障壁発動の方が早いと見切っている。



「……我が神。我が"緑の王(ゲオルグ)"よ。貴方の躰幹成す、つたの格子を氷結で摸すことを許されよ。"氷籠、天蓋を囲え"」



 ライナスが吟じ終わるやいなや……赤い染みの散る空に、紋章が打ち上げられた。蔦が絡まるような複雑な編み込み。そのまま青く固結し、氷の障壁と化す。

 冷気に当てられ、魔撃の薔薇は一本残らず消滅した。天は青さを取り戻す。


「お師匠様……すごい」


「さすがだな、ライナス殿……だが、やはりエレフェルドとの戦いでは手を抜いていたのか」


 師の補佐をせんと寄り集まったネリー。隣には茶白髪の老戦士がいる、かつて傭兵団を率いた男……ギラスだ。二人は顔見知りだったのか、親し気に言葉を交わし合う。


 そんな様子を眺め、私はギラスに意見を求めようと歩み出す。カイザが近くで兵らに聞き込むのと同じく、迅速に敵の位置情報がほしい。この攻撃はどこからなのか、どのような方法を用いて姿を隠しているのか、彼の考えを知りたい。


「ギラス! すまないが知恵を借りたい。どこから攻撃しているのか予測は立てられないか……」


「なっ!? ……だめだ!! ワイツ、来るな! 避けろ!!」



 彼が報じたのは位置の予想でなく、急襲への警告。踏み出した足を慌てて逆の方向に飛び退かす。


 火矢が効かぬとわかったのか、敵は手法を変えた。新たに降ってきたのは……炎からなる大矛。

 傭兵に命中し、二、三人の兵を巻き添えにして爆ぜた。激しい熱量と爆風が辺りを震撼させる。障壁下でまとまっていた分、兵たちは折り重なって倒れ、もがく。私も立っていられず、膝をついてやり過ごすしかなかった。


「そんなっ、障壁が!」


 ネリーの悲痛な叫びが鼓膜を叩く。どよめきと衝撃が混乱を生じさせるなか、私は損傷した氷の障壁を仰ぐ。魔法はそこから垂直に落下した。 


 伏せるように攻撃を耐えたが目は逸らさなかった。私は立ち上がり、同じ箇所を見る蒼銀の女戦士に確認を呼びかける。


「カイザ、今の見たか」


「ええ。ワイツ団長」


「あんたら大事ないか、おい……二人していつまで上を見ている? そこに何かあるのか?」


 カイザの同意を得て確信し、不安気なギラスの髭面に向き直る。もう彼に予想を尋ねる必要はない。代わりにこちらが疑問に答えてやる。


 私は正確な位置を指差し、日輪の眩しさに負けじと刮目する。



「頭上に人影があった。敵は空にいる」





 いくら経験多かれど……こんな戦法、体感したことは確実にない。どの戦場を渡ったとしても、空から攻撃する敵に会ったことはないだろう。

 言葉を失う老戦士に、しわがれた声が解説する。


「……可能ですぞ、ギラス殿。相手はもう条理を超えた先におる。この敵は相当の信仰心を持つ信者と見受けられよう。いわゆる不可視の力……"魔力の放出"だけで、虚空を闊歩できるほどのな」


 またしても一本の大矛が豪速で降りてくる。ライナスは内壁側にも小型の障壁を顕現させ、防御に徹する。しかし、それも軌道をずらす程度の効果しかない。

 時間稼ぎにしかならないことはわかっている。攻撃は量を減らしたが、一点突破の威力を込めて舞い降りる。


「無論、敵も一人ではないじゃろう。こっちは障壁の維持で手いっぱいだというのに、この状況で横から襲われればひとたまりもない。このままでは一歩も進めん。ああ……もっと魔術師の仲間がおればのう……さて、いかがいたそうワイツ王子?」



「止むを得ないな……軍を二つに分けよう」



 私は簡潔に考えを話し、ライナスに発現が可能か問いかけた。

 数秒の考察後、老魔術師は不敵に笑った。







 カイザと協力し声を張り上げ、兵を分ける。この場に残す七割の戦力と、森林を抜ける人員を広報し隊列を整えさせる。


 被害を最小限に食い止めようと、ライナスは氷の魔法攻撃を開始した。大矛を止められはしないが、撃ち出す敵の集中を散らそうと図る。

 敵の居場所がわかれば反撃するのみ。たとえそれが上空であっても変わりない。障壁を保ったまま、網目の隙間にて氷柱を形成。広げた紋章の範囲で氷撃を放つ。


「ギラス殿! 視界を塞ぐのはおぬしの役目じゃ。どうかここで煙幕の魔法を発現してくれい!!」


「はっ、俺の!? いやしかし、俺は術式なんぞ扱えねえ! この距離じゃ目くらましも届くかよ」



「案ずるな、魔女殿の"銀詠"をおぬしに繋ぐ! その状態で噴煙を放つのじゃ!! "火山の魔法"はおぬしの得意じゃろ!?」



 金の魔力はライナスを経由しギラスにまとわりつく。自然神への祈りを省略した詠唱は、老戦士に力を分け与えるものだった。

 光の幕に包まれた彼は、大変居心地悪そうに風向きを確認し、手を掲げて言い放つ。



「"大噴煙"――灰よ、火を潰せ! 天を闇で閉ざせ!!」



 目の粗い氷の格子を通り抜け、拳が天に昇るが如く噴煙が湧き立つ。その規模……名のある霊山が怒り狂ったかと思わせるほど。


 だが私たちも、発現者本人も、驚いている時間はない。



「術を映す容量が足りぬ……ネリー! 迷彩魔法を唱えよ! 常時発動の魔法じゃ。魔力を回すから、兵たちを最低一時間は隠せ!」


 視界が悪化し敵も焦ったか大矛の回数が増した。守護と妨害に徹したライナスは、これ以上新たな魔法を紡げない。他に手段はないとばかりに、弟子のネリーに助力を求めた。しかし……


「えっ、お師匠様!? そんな高度な術……私には無理です!」


「いいから早う術式を映せ! ちゃんと教えたろうが!!」


「でもっ……でも、私は……」


 強くかぶりを振り、群青の髪を拒絶で揺らす。耳に入る言葉は己の無力を謝るものばかりだった。


 私はあまり魔法に詳しくないが、"迷彩の魔法"とは対象を周囲の景色に溶け込ませるもの。それの常時発動とは、遠くに離れようとも魔法の発現を続けることを意味する。そのために魔術師は詠唱し続ける、あるいは術式を身体に纏う必要があった。


 師弟の会話はそばで聞いていても全く実りがない。ネリ―が自信を取り戻して詠唱を開始する前に、彼女の師は癇癪を起した。


「ええい、もうよい!!」


「お師匠様!?」


 弟子に見切りをつけ、ライナスは左手に巻かれた暗布を解いた。日に焼けず生白く、枯れ枝のような肌が露わとなる。ネリ―が詠唱をさえずらぬ以上、ライナスが術式を身につけるほか術はない。

 ただ……帯布の余白を探す手間も、筆に塗料を含ます時間も惜しかった。


「ライナス殿、何を……!?」


 ゆえにライナスは小刀を己の腕に突き立て、術式を描いた。気をやらずとも魔術師の魔力を吸い、効果を継続させる文言を……


「……っ! わしに構うでない、ギラス殿……噴煙の発現を止めるな……!! これしきの手傷……全滅するより遥かに安い」




 無事、迷彩の魔法が発現したのを確認し、私は部下たちを見据えて立つ。顔に出さねど疑念と恐怖を抱く彼らに、進むべき道を告げる。


「これより軍を分断する。ニブ・ヒムルダ正規兵の大半はこの場に残れ。安全を確認次第移動し、街道果ての集落を目指せ。そこで落ち合おう」


「しかし、ワイツ王子!! ここに残っては、我らが敵の狙い撃ちに……」



「狙われるのはおまえたちではない、私だ」



 目的は信者の意識を私だけに向けさせること。囮となって大部分の兵たちから目を離させ、傭兵中心の小隊で森と渓流を抜け、聖地への近道をとる。


「多くの生を繋ぐにはこうするしかない。今、ライナス殿の魔法で皆の姿は隠されている。上空からでも見つけられまい。ここで煙幕のなか姿を消せば、敵は兵たちが森に逃げ込んだと思い込む。向こうにはすでに罠が張ってあるかもしれないが、"魔女"がいれば対処もできよう。皆は信者に見つからぬよう森林を迂回して進め。後ほど必ず合流する……欠けることなく全員生き延びて来い、いいな?」


 通常より威勢のいい応答に押され、ライナスの合図で森林へと駆け込む。私の背を兵たちの熱い視線が追うが、一瞥せず先を急ぐ。

 途中、わざと噴煙の切れ目を通り、天歩む信者の姿を求める。青空に映る僅かな黒点……森の方向へゆるやかに移動するのを見届ける。



 ああ、そうだ。それでいい。こちらへ来い。

 女神から授かったその全力をもって……私を滅ぼしに来い。

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