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第十九話 ワイツの説得

 葉を落とした樹木に漆黒が咲く。魔女が広げた日傘だ。

 不死者は鳥のように枝にとまり、昇りゆく朝日と軍列に背を向けている。出立時間は大いに遅れているが、誰も早く行こうと強く言えない。彼女は重要な戦力かつ、世界規模の脅威なのだ。


 魔女がこうなったのは昨夜からだ。戦略会議の天幕から傭兵たちが出ていった後、私たちは四人で卓を囲った。

 彼女の札遊びに付き合いつつ戦略を話していたが、見解の相違により協議は決裂。不死者は私たちを罵りながら天幕を飛び出した。


 いつ終わるとも知れない遊戯はあっさり幕を閉じた。私たちは早めに休むことができたが……魔女は以降ずっとへそを曲げ、そっぽを向いている。


「魔女よ。どうか納得してほしい」


 こちらが悪かったとは言わない。あれは仕方のないことなのだ。けれど、ここから先に進むには彼女を説得し、ある程度の妥協を受け入れてもらうしかない。私は真摯な表情で告げる。

 


「ニブ・ヒムルダでは七の札の時に順番が変わるような制約ルールはないのだ」



 同じ行為をするにしても、その土地に合ったやり方が定着するのは自然の流れだ。カード遊びもまた地方によって進行方法が異なる。


「……二を出したときの効果も?」


「ああ。二の札を出されても手札に二枚加えることはしない。同じく二を出せば回避できるということも知らない。手札が一枚になっても"残り星ひとつ"と言う習慣もない。まともに遊べないのは仕方ないだろう。昨日、急に言われてもすぐには対応できないのだ」


「おもしろくない! そんなの全然おもしろくないわ!! 私の知ってる遊び方じゃない。なんで時代と場所によってやり方が違うのよ! まったくもう……王様も、世界の言語だけじゃなくてカード遊びも統一してくれたらよかったのに!」


 日傘から顔を出した魔女は、薔薇色の頬を膨らませ文句を言う。困って振り向けば部下の不安そうな顔が見えた。

 誰にも任せられない。ライナスに押し付けようにも、彼はまだ体力が回復できていない。この場を対処できるのは私だけだ。


 ネリ―といい、魔女といい……彼女たちはどうして私を煩わせるのだろう。


「私たちもそちらに合わせるよう努力する。それか……メイガンら傭兵たちも誘ってはどうだ? 彼らは他国の出身だ。君の言うやり方を知っているかもしれない。ギラスだってまだ見捨てるには早い。全く知らない者こそ教えがいがあるのではないか? ちゃんと指導して君のやり方に染めたらいい」


「……ふん、いいわ。あたしはあなたたちよりずーっと大人だから許してあげる。やったことない人にもちゃんと一から教えるわ。あたし、殲滅戦や虐殺といっしょでこういうことにも仲間はずれをつくらないようにしてるの。生き残りは寂しいものね」


「そうだな。わかってくれて嬉しい。では、そろそろ出発しないか? 君の"王様"を長く待たせては悪い」


 魔女は小さくわかったわと言い、木から降りた。素直に軍の集まる位置へ歩いていくが、ふっくりとした唇をいまだ尖らせている。

 天幕にてライナスは、彼女を強く信奉するとともに、その扱いもなんとなくわかってきたと話した。助言されたとおり"不死の王"の存在を示唆したが……これでうまく制御できるかはわからない。


 本当に彼女は自由気ままで手のかかる猫のようだ。

 "王"とやらは普段どのようにして彼女をあやしているのか。






「でもどうしてみんな、あたしを避けるのかしら」


 魔女は意外な一言を放った。馬車の窓を開け放ち、隣を進む私に疑問をこぼす。真顔で頬杖をついて遠くの薄雲を目に写す様子に、冗談を言っている気配はない。恐れられ、距離を置かれているのに気がつかないのか。


「……避けているわけではない。不死者である君に敬意を払っているのだ」


 私は嘘をついた。

 正直に話して彼女の怒りに巻き込まれ、嫌な死に方をしたくない。とりあえず今は兵からの行き過ぎた謙譲とでも受け取ってほしい。


「君は重要な賓客……この国の命運を担っているといっても過言ではない。軽々しく口を利ける立場でないことは理解しているつもりだ。それでも待遇に不満があるなら遠慮せず言ってくれ。部下が失礼をすればその場で手討ちにして構わない」



「やーね。別にあたしは積極的に戦士を殺したりはしないわ。そりゃあ常日頃、この世界からあたしと王様以外の生命は残らず死に絶えたらいいと思ってるし、実際人口を減らそうとがんばってるんだけど、軍隊の人はその対象じゃないわ。あたしが何もしなくたって勝手に戦争おこして数を減らしてくれるじゃない。あなたたち便利ね」



 こういう事を平然と言い、実行しているから厄災などと呼ばれるのだ。


 馬車はゆるゆると最後尾を走行し、車輪の駆動音や秋風の音が被さり列に会話は聞こえまい。今の発言で士気を下げ、混乱を招くようなことにはならない。


「ここにいるみんなだってそう。近いうちにどうせ全員いなくなるんだから、それまで仲良くしてあげるつもりなのよ。旅は楽しく進まなきゃ損。だからもっと気楽に接してくれないかしら」


「まあ確かに私たちの全滅の時は近い。それまでの道のりで退屈しないよう、兵にも君との交流を勧めよう。極度に特別扱いしなくていいと、私から伝えておく。もちろん死ぬ前に一人でも多くを殺せとも言い聞かせるつもりだ」


「あら、ワイツ気がきくわね。協力してくれてありがと」


「礼には及ばない」


 用事が済むまで魔女の目的に便乗しようと決め、先を進む隊列を眺める。道中、兵らがどのように消費されるかは私の気にするところではない。

 特に大軍で赴かぬとも、聖地に着けば不死者二人が私の望みを叶えてくれそうだ。





「さっそく彼を誘うのはどうだ?」


 前方から、ちらちらと視線が来るので声に出して示してみる。


「君と遊びたそうにこちらを見ている」


 手綱を持ったまま腕を上げ、正面を歩く少年を指差す。あれは異国の傭兵メイガンの仲間だ。

 黒に近い緑髪は若い外見にもかかわらず、初々しいという印象がまったくない。陽を避ける暗い緑色。日陰を覆う苔に似ている。

 彼は肩に槍を担いで歩き、時々振り向いては漆黒の少女に熱い視線を送る。しまりのない笑顔は絶えることを知らない。


 恐れ知らずなことに、彼は魔女に興味があるのだ。外見だけとれば同年代にも見える。まだ戦士と呼ぶには技量不足だろうし、いなくなっても惜しくはない。遊び相手という名の人身御供にちょうどいい。



「少しいいか?」


「えっ……あっ! 団長!? いえ……ワイツ王子様。ぼ、僕なんかに何の御用でしょうか……?」


 馬を進めて背後に声をかける。彼は気の弱い性格なのか、突然話しかけられただけであからさまに萎縮し、周りの仲間たちへ首を巡らせ助けを求める。


「構えなくていい。頼みたいことがあるんだ。無理強いさせるつもりはないが……よかったら、魔女の遊び相手になってくれないか?」


 彼は呆然として立ち止まる。さては死刑宣告と受け取ったかと思うも……幼い顔はみるみる喜色に満ちていく。


「僕が? 本当にあの子と遊んでいいんですか!? あんなかわいい女の子と!? いやぁ、まいったなぁ。でも団長がそこまで言うんなら仕方ない。いっしょに遊んであげようかな」


「嫌ならいい。代わりに他の者を……」


「そっ、そんなことないです! すっごく嬉しいです!! 身に余る光栄ってやつ? すぐ行ってきます。どうも!!」


 武器も放り出す勢いで、少年は魔女の乗る馬車へと走った。窓から彼女と会話し、許可が出たのかいそいそと内部へ乗り込む。これなら不死者も退屈しないだろう。戦闘がない間はずっと二人で遊んでくれたらいい。私の負担が軽減される。



 それにしてもあの少年は上官に伺いも立てなかった。自らの兄貴分だという……メイガンの許しは必要ないのか。


 私は尖った濃紺の短髪を探す。今のやり取りを見た傭兵たちは、口々にあいつすげえ、なかなかやるじゃねえか、まさしく勇者だ……などと褒め称える。馬車に向かって敬礼する者も現れた。


「なあ、メイガンの兄貴。あいつ行ってよかったんですかい?」


「俺の知ったことかよ。テティスもとうとう焼きが回ったな。ついに不死者に手を出すとは……もうあいつ女ならなんだっていいのか」


 今のメイガンは戦場で見せる荒々しさもなく、気のせいか憐れみまで込めて話した。

 会話に加わる気はないが、私も彼の態度に同調する。テティスという名の……彼は知らないだろうが、魔女は他人の抜け殻を器にして永遠を生きる存在。


 要は死体なのだ。






 方向を確認しようと先頭付近へ馬を動かす。麗しい女戦士の姿を求める。


 カイザには私が魔女の相手をする間、代わりに指揮を任せていた。ネリ―や魔女といった自己主張の強い者たちと違い、彼女は気品ある仕草だけで思いを伝える。立て続けに接しただけに、特有の淑やかさをより顕著に感じた。


 河川を迂回する道を選び、大森林の隣を駆ける。落ち葉と枯草色のなか、まばらにそびえる常緑樹が鮮やかだ。森を抜け渓流を渡るのが一番の近道だが、この人員と装備では難しい。ゆえに整備された街道をゆく。


 遠くに見える山脈を目印に、カイザと地図を確認しながら現状を話し合う。穏やかに死出の道を行く中、彼女の涼やかな瞳がふっと伏せられた。



「物足りませんか。信者たちの底が知れて」


「……おまえに隠し事はできないな」



 不満を感づかれ、すぐさま本心を認める。彼女は本当に私の思考を読むのが得意だ。


「ライナス殿が女神の使徒討伐に強い意欲をもっている。対処法が見つかった今、兵士たちも後れを取るまい。多少、信仰心の強い信者と遭遇しても……こちらには"魔女"がいる」


 もう信者には期待できない。確実に、私の理想の形で"仕留められる"には……やはり聖地に行くしかない。女神教に染まった北部の港町。二人の不死者がいる聖堂で、私は散ろう。


 旅路の過程で信者と出会っても、昨日のように地表ごと消し炭にすればいい。老魔術師ライナスも、強敵に立ち向かうべく魔法の仕込みに余念がない。今までの不遇を吹き飛ばす勢いで戦うのだろう。私の、短期間でのすみやかな消滅は望めそうにない。



 消し炭、焼け焦げた大地……そういえば昨日の天幕群よりも先に、私たちは似たような光景を見ている。しかし、あれはライナスでも発現できない魔法の結果。あの惨状は不死者が昨夜見せたのと、さほど違わない。


「カイザ。魔女を拾った村のことを覚えているか?」


「……最初の集落のことでしょうか」



「彼女の証言では……あの村を襲った信者は、たったの"二人"だけだという」



「信者にそれほどの力があるとは思えません。昨日のように魔女が放った魔法のせいでは?」


「いいや……おまえも私と共に見ただろう? 不死者は焼け跡の中心にいた。わざわざ自分を巻き添えにするとは考えられない。彼女は攻撃を防ぐために障壁を張り、そこで眠っていた……村を焼いたのは信者の魔法だ」





 ふと、動くものを感じて上空を仰ぐ。


 幾百もの赤い火矢が、蒼穹を走っていた。

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