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第十八話 ネリーの提案

 深夜の寒さに凍えつつ、そっと移動する。こんな遅くまで起きて外に出ているところは誰にも見つかりたくない。


 昼間はニブ・ヒムルダ正規兵の人たちが守ってくれるから安心だけど、今は別だ。軍に女性なんて珍しい。傭兵たちにバレたら必ず声をかけてくるだろうし、運悪けば寝床に連れ込まれてしまう。

 けれど……それ以上に恐ろしいのは"彼女"に遭遇することだ。


 不死者"魔女"。この世に振り撒かれた七つの厄災が一人……


 先の初戦で彼女は、夕日より激しい光を撃ち、信者の天幕群もろとも大地を灼き尽くした。丘にて控えの兵たちと見た景色が忘れられない。ふとした瞬間に思い出せば、怖くて目も閉じられない。


 怖い。何もかもが怖い。向かう先も休止する今も、恐ろしい存在が近くにいる。私を脅かしている。



 だけど……今は進まないといけない。勇気を振り絞って夜に踏み出す。一番怖いのは希望を失うこと。いつか夢見た景色を実現できるなら、私はどんなことがあっても前を向く。




「ワイツ……やっぱり、起きてたのね」


「……ネリー」


 決意を込めて手をかけた扉の先。私の"希望"はひとり静かに晩酌していた。灰髪を揺らし、儚い薄青の瞳でこちらを見る。


 私の素早い入室で小さな蝋燭の火が揺れた。正直、彼がまだ起きていたのは驚いた。分厚い指揮官の天幕では、中で灯火が点いてるかすらわからない。眠っていてもこっそり起こすつもりではあった。乏しい休みの時間を奪うことになるけど……彼に、どうしても伝えたいことがある。


 来訪の目的を問う声を押しのけ、私の思いをぶつける。これは王都でできなかった話の続きだ。


「ねえ、ワイツは本当にこれでいいの?」


「急に来て何の話だ。しかも、こんな夜中に……」



「このまま、陛下の"命令"で死んでもいいの?」



 またその話かと言わんばかりに目を逸らされる。美麗な容姿の彼だけあって、冷淡な態度はより鋭利に私の心を切る。邪険にされてるのはわかってる。でも、私の思いは変わらない。どんなにつれなくされても何度だって訴えかけてやる。



 失いたくない。ただ、ひたすらそう思う。ワイツは……私にとって一番大事な人だから。



「ワイツは何もわかってない! 私は、不死者がどれほど恐ろしい存在か知ってるの。この任務が絶対成功しないってことも……! あなたは勝ち目のない戦いで命を落とすの? 味方に魔女がいたって無駄よ、聖地には二人の不死者がいる。"聖女"と"不死の王"……私たちの敵う相手じゃないわ。それどころか今も、"魔女"の気まぐれでいつ殺されてもおかしくないのよ!」


「……魔女はこちらに協力すると言った。彼女にとって私たちは都合のいい移動手段だ。不用になったとしても、こんな雑兵わざわざ殺す価値もないだろう」



「そんなこと言ってないでお願い、こんな遠征やめてよ……ワイツ、今ならまだ間に合うわ。私といっしょに逃げましょう!!」



 ワイツは眉をひそめ、今度はまっすぐ私を見た。その瞳は鏡のよう。他の王族にはない蒼氷色は、私の弱く怯えた姿を示す。


 これでも彼はわかってくれない。かつてない危機が迫っているというのに、それすら受け入れている。

 私は身をよじり、あふれそうになる涙をこらえて立つ。取り外しがあったのか、群青の髪に付けた飾りがしゃらんと鳴った。



「引き返すのは君の方だ。そんなに任務が嫌なら帰ればいい。逃げたいのならできる限りの支援をしよう。明朝、荷物をまとめて都に戻れ。私は魔女を連れて進む。王の命令を実行しないといけない」


「そうじゃない! 私一人で帰ったって意味がないの。それに……私は自ら望んでここに来たの。志願したの。ワイツを止めるために!! ……私、これ以上死に向かうあなたを見ていられないの!!」




 そこまで言い切ると……空気が急に険を増した。強い視線に当てられ、呼吸が止まる。

 今まで誰からも向けられたことのない気持ちだった。音なき激情。それが、ほとんど表情も変わらないワイツから流れてくる。


 気圧されるなと自分に命じる。彼が感情を見せるなんてこと、滅多にない。たとえ、瞳の奥にあるのが私への反感だけだとしても、今なら本心をこじ開けられる。真剣に私の考えを聞いてくれる。



「……王の命令は理不尽よ! 毎回必死で願いを叶えてきたのに、王族はあなたを虐げるだけ。私も太鼓持ち貴族の娘だと笑われて、人扱いなんてまともにされなかったわ!! 逆らえない、何も抵抗できない……ずっと、こういう毎日が続くと思ってた」


 拳を握りしめて言い放つ。語調の強さに応じて、涙が降りこぼれる。

 私を見て揺れる瞳……初めて彼の顔に動揺が生まれた気がした。


「でも違うわ! 私たちはちゃんとした人間なの。それは、あなたもそう。王家からの命令が大事だっていうのは、幼少からの刷り込みに過ぎないわ。彼らが私たちを従える正当な理由なんてない!! 私たちは"人"で……"自由な心"を持ってる。自分の意志で生きるべきよ! どうか、お願い……子どものころの洗脳なんて打ち破って! 目を覚ましてよワイツ!!」



「私は起きている」





 完全に興味を失った声。関心を断ち切った視線。

 私の懇願の嗚咽と涙は地へと流れた。こちらの意見に心を寄せたと思ったのは気のせいだったか。ワイツは額に手をやり、疲れたように溜息つく。


 何も伝わらなかった。何も変えられなかった。目の前で泣いて頼んでも、真心から語ってもダメ。どうして、なんで……こうまで彼の心に追いつけない?



 あなたは今までどんな闇に触れてきたの? その心は、どこまで遠い深淵にいるの?



「いい加減にしてくれ、ネリ―。君とは知り合って長いが、ここまで私に構う理由がわからない。いったい私に、この任務を捨ててどうしろと言うのだ?」



「仲間を集めるの」



 兵たちが寝静まった真夜中。聞き手がワイツ以外いないことを信じ、意を決して具体策を提示する。反論も許さずまくし立てるように話す。


「あなたの名前で兵を集めるのよ。民の心は王家を離れつつある。ヒムルダの軍隊だって、無意味な出兵の連続で陛下に愛想を尽かしたはずよ。私たちは"女神の使徒"を追うと見せかけ、国中を回りましょう。傭兵団に声をかけるのもいいわ。幸いここにはメイガンとギラスさんがいる。傭兵の集まりでは顔が効きそうだから協力してもらうの…………そして、都に戻りましょう」


「……ネリー、それは」



「反逆じゃないわ。れっきとした"革命"よ」




 予想外の考えを聞いて、ワイツの目がわずかに見開かれた。ふざけていると思われないように、私は座る彼に乗り上げる勢いで告げる。


「ニブ・ヒムルダは変革の時よ。ワイツ、あなたも変わらないといけない。いいえ……私が変えてみせる。今まで一度も王族を呪ったことはないの? 本当に恨みはないの? 運命さえ微笑めば、今と違った生活ができたのに…………あなたのお母様だって、あんな酷い死に方をしなかったはずだわ!!」


 自らの発言に焦り、慌てて身を離す。止まらない思いに駆られ言うべきでないことも口走ってしまった。

 謝る私に、ワイツは怒りを見せず返答する。やめてくれ、という……か細い声で。


「本当にごめんなさい。嫌なこと思い出させて……でも、私。あなたに死んでほしくないの。その気持ちは何があっても変わらない。だって、私は……あなたの事を……」


「いや、少し意外だっただけだ。他ならぬ君からこのようなことを言われるとは……しかし、何か感違いをしていないか? なんと言われようと私の行くべき道は変わらない」




 ワイツは椅子から立ち上がり、じっと私を見据える。

 この場ではっきりさせておこうと言う彼に……私は不穏な内容を察し、心の準備を整える。


「私は王家の番犬だ。彼らの命令で生かされている畜生に過ぎない。薄汚れて醜い私が存在しているのは、ヒムルダ王家の"曹灰の貴石"を守るためだ。宝を宝として扱うことに不都合があるか?」


 番犬……人ですらない。酷い言い分になると覚悟を決めていたけど、自身をここまで卑下するなんて。


「王族の命令を実行する以外の選択肢はない。だから私は、ネリーの言ったような行動はとれない。わかってくれ……これでも引かないなら、遂行のために君を排除しないといけなくなる」


「違う! 違うの!! ワイツだって王族と同じよ……犬なんかじゃない。あなたは彼らと同じ人間なのよ!! そう思えないのも彼らのせいじゃない! だってあなたは、小さい頃……」


 幼馴染だったから知る彼の過去。心抉る体験、凄惨な虐待を受ける光景……思い出してしまいそうになり、口元を手で覆う。

 純真な子どものころにはわからなかった。彼が強いられた行為の意味も、そのおぞましさも……今なら理解できる。あのような仕打ちを受けたなら、正しい感情を持てないのもわかる。魂が砕けたって仕方ない……



「過去など関係ない」



「……え?」


「私は王族に心を歪まされたわけでも、恐怖や弱みで支配されているわけでもない。洗脳、呪縛……どれも見当違いだ。私は自分からこの生き方を選んだ。そして、これからも貫いていく」


 合わせた瞳に迷いはない。ワイツは形良い唇で狂った信念を吐く。それが世界の、当然の摂理であるかのように……


「明日もまた命令を遂行しよう。兵を率いて聖地に向かう。女神に剣向け、私一人でも戦おう。それで塵も残さず死ねるなど……私にしては随分上等な結末だ」



 かける言葉が思いつかず、ただはくはくと息をする。

 全然わからない。全く理解できない。ワイツは何を言ってるの?


 今の彼が完成されたのは間違いなくヒムルダ王家の"躾"のせいだ。意思も心も奪われて、変わりに身勝手な定理を詰め込まれた。王家の命令に忠実であれという……誤った倫理を。


「もういいだろう? ネリーも自分の天幕に行け。私は休む、明日も早いからな」


「……わかったわ。今夜は戻る……でもね、私は本気なのよ」



 顔を伏せ、そっと出口に手をかける。黙って見送る今のワイツに声は届かない。でも、決してあきらめたりしない。私にはどうしても彼が必要。きっといつか、彼だってそうなるはず。


 そのときは私が、ワイツを……



「さっきの提案、覚えておいてね」




 必ず救い上げる。

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