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第十七話 メイガンの望郷

 手下どもに夕飯の準備を言いつけ、簡易に建てた厨房を見張る。すぐに動かなかった奴らには拳を振り上げて急かし、率先して食糧を仕分け献立を怒鳴った。こういうのはいつも俺の役目だ。


 山賊や盗っ人崩れの連中は、他者から奪うほかに飯のありつき方を知らず、今までよく生きていたなと思うほど生活能力がない。当然ながら甘味を作れるのも俺以外いない。



 料理が煮立つのを待つ間。薪の火を見つめながら、さっきの突発的な行動を省みる。

 うまいこと魔女の誘いを断れたと内心ほくそ笑んでいたが、さすがに不死者も命までは取らないだろうし、よくよく考えたらあのじじいは軍医だ。治癒術が使えるんなら多少の罰くらい治せる。だから他の奴らは冷静に振る舞っていたのだ。


 じゃあ、抜け出した俺はただの臆病そのものじゃねえか。



「くそっ! なんだよ! なんだよ……これ」



 苛立ちが収まらない。どんなにもやもやしていても、戦いの高揚があれば一掃できるのに、このままだとそれも叶わない。


 ただの兵士と言われた。取るに足らぬ存在だと侮られた。


 魔術師じじいからの言葉は、過去に故郷の村長むらおさから投げかけられたものと同じだ。あの時の記憶がつきまとって離れない。それこそ……魂に亀裂を残したと思えるほど、俺の自信を打ち砕いた。



――郷を出ることは許さん


――なぜなら、おまえは泉に愛されなかった。



――ほんに、移ろいやすい心よ。ここまで聖泉の恩恵を浴びながら、どうしておまえは"雨"しか発現できない?



「違う! 俺にだって……あの魔法が使えるはずなんだ……!!」



 故郷さえ出れば証明できると思っていた。

 俺は、皆が讃えるに値する強者であると。


 この世界では記憶が魔法となる。過去、身に受けた出来事や体験が魔力量に応じて具現化するのだ。発現のコツを掴むのに個人差はあるが、強い印象を受けたものか長年慣れ親しんだ現象ならだいたい魔法にできる。



 俺が発現したいのは故郷の"水"。聖泉と祭られる清らかな青には、外敵を討ち滅ぼす力がある。



 以前、じじいに例示されたのと同じく、俺のさとには"狩人"の慣習がある。外界へ出るとき、それまでの名と引き換えに祈りの言葉を得る。それからは"メイガン"と名乗り、泉から得た力で獲物を仕留めるのだ。

 俺だってすぐにでも獲物を狩り、聖なる泉に捧げるつもりだった。外の連中など楽勝に殺れる、そう信じて疑わなかった。



 だが、予想は裏切られた。

 今の俺の力では、弱小傭兵団のガキ一匹狩猟できなかった!!


 剣を交えたあの時、確かに"水"を触れさせたのに……



 郷にいるときはずっと外の世界のことばかり考えていたのに、出たら出たで故郷を思い返して止まらない。

 外界の景色はどれも俺にとっては目新しく、容赦無く故郷の記憶を押し流した。戦場を巡る旅の間、否応にでも触れてしまう霧雨、河川、大海原……そんなもの興味ない。何の価値もないくせに、俺の記憶を上書きしていく。


 日毎薄らむ聖泉の輝き。今の俺はその残滓に縋り付いて生きている。失ってしまえば、俺はもう"メイガン"ではいられない。だがそれは、すでに時間の問題だ。


 戻りたくとも戻れるわけがない。長の言いつけを守らず出奔した俺には、最高の獲物を狩るほかに帰る手段がない。



 望郷の思いに浸る俺に、砂利踏む音が近づいた。

 顔を上げれば忘れもしない……憎き傭兵団"ひいらぎの枝"の首領がいる。







「"柊の"……あんた、もう解放されたのか?」


「……いや。何度説明されても遊び方が理解できないもんで追い出された」


 ざまあねえ! おまえももう歳だな、と罵倒しても自覚があるのか噛み付いてこない。

 私闘は禁じられているが向こうからかかってくれば正当防衛だ。もうこいつが相手でもいい。思う存分戦いたい。小さくとも勝利を積み重ねればきっと、あの輝きへの道が開ける。


 しかし、挑発を繰り返しても、ガキだなと一蹴されるだけだった。



「おまえと戦っても意味ねえだろ。本当は会話をする気もなかったが、状況が状況だ。聖地に魔女を放り込むまでは、お互い協力した方が身のためってもんだ」


「……けっ! 何を言おうと俺の意志は変わらねえぜ。"柊の"……あんたは殺す!! これは絶対だ。けど……魔女がいる間は別だ。肉壁は多いに越したことはないからな」


「さっきの行動みたいにか。しかし、あれはなんだ? なっさけねえ。"メイガン"ともあろう者が、小さくも戦いから背を向けるなんて初めて見たぜ。まあ俺も、おまえらの目的や誇りなんてものは詳しく知らないがな」


 歳だけに俺より戦いの年季があることは認める。こいつが戦場で見たという"メイガン"も、語り口から察するに俺の同胞だ。

 歴戦の猛者も敬服したという戦いぶり……間違いなく彼らはあの雫を発現できるのだろう。俺だって聖泉のほとりで産まれた。幼少から親しんで触れ、感謝を捧げてきた。発現する条件は満たしているはずなのに。


 いったい何が足りない? 思い当たるもの、それは……



「……"誇り"って何なんだよ。おっさんにはあるってのか?」



「ああ。あるぜ」


 口を次いで出たのは、怒りや戦いを求める声でなく……乱れきった心からの問いかけ。


 自分でも許せないほどに、吐いた言葉は弱々しく震えていた。幸いなことにおっさんからの返事に同情の色はない。あったら自害も考える。

 揺るがぬ自信があるのか、奴は寸分の迷いなく答えた。



「よく知ってるはずだ。つい先日おまえらを蹴散らした、うちの若い戦士。ランディとエトワーレ……あの若造たちが俺の誇りだよ」



「あんたの誇りが、あのガキどもだと? ……ふざけたことを」


「わからねえか、メイガン。あいつらはただの小僧じゃねえ。いつか必ず英雄と讃えられる男だ。俺にはわかる。この命を賭けて言える。俺は、彼らと出会えて本当によかった。微力だが進むべき道を示せたことを、誇りに思っている」


「ちっ……なんだよそれ。わけわかんねえ。今の質問は忘れろ、誰にも言うんじゃねえぞ」


 まさにさっきまで憎らしく思っていた若造の名を出され苛立ちが増す。そこらじゃあまり見かけない白金と橙の髪は珍しく、敗北の悔しさも相まって記憶の中に巣食っている。

 あれが英雄になるだと? 世界中から讃えられるだと? ……冗談じゃない。


 永遠に賛辞されるのは俺の方だ。故郷に伝わるいにしえの狩人たちのように、俺もまた聖なる泉に贄を捧ぐ。武勇を永久に語り継がせるのだ。



「おまえこそなんで戦うんだ? 単純に戦闘が好きっていう性質にも見えねえ。本当に略奪だけが目的なのか?」


「……違う! 略奪はついでに過ぎねえ。俺は……俺の、目的は……」






「メイガンさん! 夕食できました!」


 唯一の望みを語る直前、若い手下が椀を持って駆け込んだ。まだ高い、耳触りな少年声……俺が率いる傭兵の中で一番の若手、テティスだ。座ったまま睨んだ暗緑の髪は夜間だからか黒にも見えた。

 同色の目を細めて自信たっぷりに笑い、こちらへ椀と匙を差し出す。


 出来上がった料理の味見も俺の務めだ。監督なしで作れるようになるまでは、逐一確認しないといけない。面倒だが食材を謎の物体にされるよりましだ。



 柊のおっさんが興味深そうに眺めるなか、料理の仕上がりを見る。

 匂いの時点で及第点はやれない。あとで殴るのは決定だが、それでも食えるかどうか器を傾けると、鮮明な緑が目に入った。



「……おまえ、これ……誰が作った?」


「え? 僕です」


「あー……思いっきり毒草入ってるな」


 覗き込んだおっさんもこりゃ無理だと首を振る。本来なら一瞬で気づくほどわかりやすい、毒々しい緑。戦えないなら採集でもしろと言いつけていたが、むしる草すら区別できねえほどとは。


「てめえっ、俺たちを殺す気か!? なんでこのくらいの見分けもつかねえんだくそが! 食糧を無駄にしやがって!!」


「ふぎゃあああああ!! ……ちょっ、ごめんなさいメイガンさん! もうしませ……あだっ!!」


「このっ! てめえは、なんだっていつもこう……この、このやろ!!」



 器を投げ捨て顎を殴る。重量のない貧弱な体は綺麗に飛んで、地面に打ち付けられる。足蹴にするたびにふざけた悲鳴があがった。


「おいメイガン、もういいだろ。これだけやりゃ充分わかったはずだ。小僧、うずくまってないでさっさと皆に警告しに行け。んなわかりやすい毒草、食べた奴はいないだろうが……一応ライナス殿に治癒魔法を要請しろ」


「はっ、はい!」


 テティスは慌てふためき途中で転びつつ、鍋の元まで走っていった。あとで目を離した手下もろとも半殺しにしようと思ったが、魔女のいるところで不始末を報告するなら必要ないかと思い直す。不死者の怒りはあいつに向く。


 それにしても、王子らはまだ天幕内で遊んでいるのだろうか。


「まだまだ素人だな。戦いでも使い物になるまい。たしか前にも見たな……おまえらが俺たちを襲った時、一人だけ縮こまって無傷だった」


「あんなやつ仲間とも思ってねえ。荷物持ちにもならねえガキだ……あいつのことは俺でも知らねえ。本当によくわかんねえし……とにかく気持ちの悪い奴なのは確かだ」


 あいつの話などしたくない。連れ歩くのも鬱陶しいと悪感情も露わに話したが、おっさんはあれに自身の仲間を重ねているのか、ずっと後ろ姿を見つめている。

 若い傭兵を抱え、自分が育てた戦士を"誇り"などと謳うこいつには、指導しがいのある少年に見えるのだろう。だが、親身に関わられるのはおもしろくない。その関心を打ち消そうと、俺は不本意ながらガキの出自を語る。



「テティスはな、俺たちが襲った村の生き残りだ」



「てめえ、またそんな蛮行を……」


「おいおい。こんなことで目くじら立ててたらきりがねえぜ。傭兵が敵の領民をどうしようと何の問題もねえだろ。支払いは現地調達だっていう雇い主なんてごまんといる。おっさんもこの稼業が長いんだからわかるよな?」


 そんなこと、どこの戦場でもありふれた行いだ。やけに行儀正しい"柊の枝"のほうがどう考えても異質。長であった老戦士も綺麗事言えるような立場じゃあるまい。


「抵抗する奴は殺したし、目の前で女だって奪ってやった。テティスにとっちゃ一族や知り合いだ。そんな光景を見せつけてやったのに……あいつは俺たちの仲間になりたいと言ったんだ」


 それはもう必死な様子だった。罠か、悪だくみをしている風でもなく、地に額を擦り付けひたすら頼み込まれた。



 許可を出したときの笑顔を見せたかったぜ、と一文付け加え肩をすくめる。あの時の俺のように、柊のおっさんもまた、腑に落ちない表情をしていた。

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