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第十五話 ライナスの演舞

 攻撃対象を正しく認識しなければ、力は発動しない……わしが出向く前、ワイツ王子はそう忠告した。彼もわしらと同じく司祭とやらの魔法を見た。目の前で部下を燃やされ、女神の力を見せつけられても、怯まず立ち向かった。

 威力の変化に気づいたのはその時。与えられた魔力も、急な反撃を御しきれなかった。


 今は試しに、わし一人で気を引き魔法で背後をつかせたが……申し分のない効果だ。策が功を奏したことを笑う。




 "黒茨"……術式の構想だけは何十年も前からあった。発現できれば一株で軍勢を葬り去ることのできる魔幻の樹木。わしが一番気に入っていた魔法だった。

 戦場で使えば常勝は必然。しかし、どんなに年を経ても常人の魔力では枝の二、三本出すのがやっとのため、王家から不用とみなされ資金は断絶。研究は打ち切られた。今はわしが呪具に同様の性質を付加させているのみ。



 そして今、念願の魔法は理想の形を伴い召喚された。

 "黒茨"は不死者の魔力を吸って大きく躍進する。天に、地に……黒色の枝を伸ばし、雄大に生い立つ。その姿は闇を抱くかのよう。


 近寄る信者の最後尾。まだこちらの存在も朧げな男を、生い茂る茨は鋭く凪いで四肢を切断した。高速で棘を振るう枝はやいばと変わりない。切り刻むだけでなく、胴体に巻きつくことで枝葉の密集地点へと引き摺り込む。



「ぎゃああああ!!」


「ああああ!! 貴様、よくも兄さんを!!」



「やめて! どうか私たちの話を聞いてください!」


 男の叫びを上書きするように、残りの信者らも喚き出す。口から溢れるのは女神を讃える聖句から、嘆きと怒号に変わった。

 



 不死者の"銀詠"はわしの周囲を包む。夜の景色に燐光放つ文字を映し、円状に術式を展開する。

 呪具である暗布は魔力を流せば手足同然。三対のうち一本は、腕に代わって杖を持ち、残りは休みなく黒茨の術式を編んでいく。


 あとは杖に嵌められし宝玉で、術の照準を合わせるのみ。これもまた、わしが優位に立てる要素の一つ。

 杖は魔術師の必須道具。そして、最低でもこぶし大のぎょくを備え付ける。本来魔法は実行者の手元でしか発現できないが、わしらは杖の玉を通して見た箇所を起点に術を行使できる。黒茨の芽も、そうやって後方に発現させた。



 すでに信者の位置は把握した。今度は茨の芽を左右に撒く。新芽は荒れ狂う茨の凶刃を伸ばし、彼らの行動範囲を狭めた。杖で逃げ回る者を覗き込み、近場から茨の枝で包んでいく。

 退路を断たれた者らは、口々に叫んでわしの元へと殺到した。



「好い……好いぞ。これぞわしが長年夢見た魔光の狂宴! 高らかに歌え。もっと激しく舞おうではないか!!」



 ニブ・ヒムルダでの魔法は、"緑の王(ゲオルグ)"へ舞を捧げる儀式から発展したものであるらしい。輝かしい現象と豊穣の実りは自然神がもたらしたもの。まさに今、この全身で実感している。

 しがない奏者のわしだが、先駆者たちの思いに畏敬を込め、美しい舞台を指揮していく。


「このっ、くそじじい!! 魔法を止めろ!」


 信者の一人は茨の旋風を運よく浴びず、わしの近くまで辿り着いた。演奏中止を声高に怒鳴る。崇高な演舞に水を差す不届き者へ、わしは帯布を翻し、手ずから引導を渡す。


「ぶち殺してや、ひっ……ひぎいいいいいい!!!」


 身体に付けた暗布は茨と同じ性質を宿す。しかも、至近の錦は向こうよりも高性能。式を紡ぐ動作を止め、目にも止まらぬ一瞬で骨肉を断ち、内腑を掻き回した。

 最期に落とした首はぶつ切りになった体躯を見ただろうか。問い詰めようもない疑問を残し、暴挙を叱る。



やかましい……前に出張るな死体役。悲鳴以外の台詞は許さぬ」




 茨は繁茂しやがては森となる。夜の大地に繁栄し、朝焼けとともに消えることになっている。

 栄えたあとは朽ちるのみ。自然神信仰は生と死の均衡を根幹として成り立っている。ニブ・ヒムルダの魔法理論もまた同様に発展した。



 ならば信者の魔法はどうか? 女神は魔力の他にどのような知識を与えたのか。



 茨の攻撃に対し、不可視の力だけでここまで防御できるものかと感心していたが……それも最初だけ。正直、樹木が信者を囲む前こそ最も歯ごたえがあった。

 弱体の理由を知るために……わしは殺戮の意志を沈め、彼らが窮地にどう対処するか見定める。




「来るな! や、止め……ごああああ!! 腕が……!」


「どこかに逃げ場は……? ちくしょう……ああ、女神様!! 助けを、我らに……救いを!」


 ……さっきからずっとこの調子じゃ。いくら観察していても収穫がない。こちらへ女神の教えを呼びかけるのも忘れ、逆に助けを求めるばかり。力も発揮せず逃げ惑う。

 魔法らしい魔法と言えば高威力の炎撃程度。まあ確かに発現は難しいが、芸に欠ける。単純すぎる。



「あのじじい……よくもこんなに仲間を……許せねえ! 殺す! 必ず、殺ってやる!!」


「はて、おぬしらはこの国を救いに来たと言っておらんかったか?」


 この力の変化、信者の言動……不審なことばかりじゃ。聖女はどのようにして力を分け与えたのか不思議でたまらない。わしと同じように不死者と銀詠で繋がっていない以上は、"あれ"しか方法がないのじゃが……それならどんな場だろうと威力は一定のはず。


 状況から導き出される"強化"の真相。膨大な魔力の源泉とは、つまり……



「まさか……"信仰心"か」



 わしに語りかけるのをやめた時から、彼らの力は弱まるばかり。女神を信じて誓いを守り、他者に説くことでしか高威力の魔法を発現できない。まるで、真剣に話を聞いてもらうために授かったような力じゃ。


 信者がわしらを救う気持ちを持つ限り。女神の愛を囁き続ける限り、彼らは力によって守られる。


 だが、一度でも恐怖に飲み込まれれば最後、神の力は途切れ、死を迎えるほかない。

 憎悪、恐怖、焦燥……心を昂らせる激情で力は引き出せない。たとえそれが、自らの死に瀕した時であっても……




「宜しい……ならば、おそれよ。おそれよ! おそれよ!!」



「じじい、ぶっ殺……!!」


 新たに近づいた信者を今度は殺さず、暗布で両手を切り飛ばすに留める。そのまま後ろを向かせ、仲間の元へ押し返した。


「安心せい。ただでは殺さん」


 言語と思えぬ奇声を発し、男は仲間の元へ逃げ帰る。無惨な身体を哀れむ信者たちの前に立ってから、体内に仕込んだ茨の種子を発芽させた。

 目の前で仲間の上半身が爆ぜ、肉片に塗れた草葉がのたうつのを見、残り全員が恐慌をきたした。もはや祈りを捧ぐ正気は残っていまい。

 


「はっは、ははは! はははは!!」



 純真たる信仰心を恐怖で上書きしていく。信者は顔を滂沱の涙で汚し、黒茨から身を捩る。地に伏して情けを乞い始めるのも現れた。いまや誰も、わしの知識を侮る者はいない。わしの魔法を恐れぬ者はいない!


 ああ、そうか。わしは……ずっとこの光景を求めておったのじゃ。



「はははははは!! ふふっ、はははははは!! 魔法とは……かくも素晴らしきものであったか!!」





 暗く、夜露に濡れた森が完成した。

 叫びは絶え、木々の合間を通る風が侘しく虚空を震わす。わずかに鳴る水音が美しい。先ほどまで信者だったものから湧き出る調べ……

 この景色に出会えたことを自然神に感謝し、幾度も礼をし祝詞をあげる。


 嗚呼、我が神よ。世界よ……夜明けと同時に御覧じろ。わしは確かにやり遂げた。大願を果たしたのじゃ。



「やるわね、おじいちゃん」


 薔薇そうびの蜜でも吸いに来たのか、漆黒の蝶はふわりと訪れる。彼女の魔力からなる金の糸は、わしが銀詠を解くのと同時にはじけて消えた。淡く溶けゆく残滓を見つめ、再び感謝を伝えようと膝を折る。


「魔女殿。やったぞ、わしは……」


「でも残念。惜しかったわね、もう一人だけ残ってるわ」


「なに……!?」




「それでも私は赦しましょう」



 ばっと振り返れば、女がいた。最初に接触した中年ほどの女信者。豊満な体は仲間の血で黒く汚れ、眼からは哀切の滴を垂らす。されど心に淀みはない。わしへの憎しみ、恨みはない。これでもまだ勧誘の余地があると信じたからこそ、力は"黒茨"から彼女を守った。


「なぜならあなたは目も開かぬ赤子。世を覆う闇が怖いのでしょう。でも、生まれ出るのを恐れないで。あなたを抱くのは女神の腕だと気づくはず」


「なんじゃ馬鹿らしい」


 悪態をつくも状況は悪い。力に溺れ、弱きを蹂躙する一団の中にも"本物の信者"がいたのだ。動きが滑らかな以上、あの渾身の魔法を耐えきったと察せられる。

 次は必ず殺しきる。信仰を絶望で消し去ろうと術式を編み、魔力を借りるべく魔女に目を向ければ……明るく微笑まれた。



「じゃあ今度はあたしの番ね」


 少女はわしの一歩前に立ち、花の咲く笑みを女信者に見せた……と思った瞬間、



 世界が白く塗りつぶされた。





「ぐあ……っ。なん、と……!」


 慌てて閉じた瞼に魔女の残像が映る。何も唱えた様子はなかった。何も前兆の動作はなかった。しかし、魔法はそれだけで発現した。

 最後の信者を屈折した稲妻が穿ち貫くのを見た。上空から光の柱が降り、茨の森を押し潰すのも……嘘だと言うなら、この轟音を何と説明すればいい?


 長年の経験は、致死の危機を悟って瞬時に対応した。身に纏う呪具に全身全霊の魔力を傾け、防御の姿勢を取る。岩のように身を丸め、死の風が止むまで一心に治癒を唱える。

 ……やがて死神の舞は終わり、自身の生存を確信してから暗布の守護を解く。萎えた足に舌打ちし、呪具を支えに身を起こす。



「……ね? 今の見てた? いいでしょ、綺麗だったでしょう? あれ」



 少女が跳ねる大地に生命の痕跡はない。衝撃で返事すらままならなくとも、魔女は気にしなかった。ただ同意を頷く人形であればいい。

 距離あれど、彼女の手元から魔法が放たれた気配はなかった。杖も使わず、信者のいた景色から世界が死に絶える。


「見たことないはずよ。絶対できないわよね。いいえ、誰にもまねなんかさせないわ。だって、だってこれ……"王様があたしを殺したとき"の魔法だもの! 王様があたしのためにしてくれたのよ!? あたしだけを殺すために、わざわざ考えてくれたの! いいわよ。もっともっと見せてあげる!!」




「これが……"不死の王"の魔法……」


 不死者"魔女"は恍惚の表情で光を喚ぶ。参観者を前に興が乗ったのか、かつて己が果てた情景をまざまざと再現してみせる。

 恐ろしい。おぞましい……が、美しい。これが不死者。世界の創造と破滅も、彼らの手の中にある。


 "王"もまた、とうに人を超越した身。魔法を撃つのに杖も、ぎょくを覗く必要もない。宝具は身の内で精製される。



「……ははは。おぬしの、その目…………"魔眼"、か」



 その目で見つめるだけでかたきは燃え、魂は滅す。王の死体から剥ぎ取ったといえども精度に支障はあるまい。金のまなこは殺意の衝動に煌めく。魔女が自慢気に放つ魔撃は、闇を強引にねじ伏せ閃光で満たした。


 無邪気に、純粋に……夢見る如くの少女の瞳は、映るすべてに"死せよ"と命じる。




「……これだから魔法は面白い。わしもまだまだ精進が足りぬな」


 乾いた笑いで驕りを絶つ。わしの魔法研鑽はまだまだ始まったばかりじゃ。天に許される限り知識を高めよう。せめて人の至る最高色、紫の輝きを手にするまでは。



 殲滅し終わり、軽やかに走る魔女へ……そろそろ帰ろうかと暗布を振った。

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