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第十二話 ワイツの会談

 黒い気配が降りてきた。進軍速度は歩兵が走る程度でも、馬なしに後ろから追いあげるのは難しい。だが不死者にとっては問題にならないらしい。


「……魔女。私に何か用でもあるのか?」


 ライナスとの同車に飽きたのか、不死者は馬車から出、私のすぐ後ろに現れた。駒の後ろに居座られたが、まるで重さを感じない。何の魔法を使ったのか、本当に羽が舞い降りたほどの影響しかなかった。彼女は飛ばされないよう私の外套を握る。


「ワイツに用事なんてないわ。あるのは彼女の方よ。あたしは彼女を見に来たの」


 魔女は日傘を使って、近くの騎士を指し示す。細身を蒼銀でよろった女戦士……進行方向からなかなか目を離さない彼女に、不死者は大きく手を振り、気を引こうとした。

 なぜそんなに気にするのか。出発前、天幕のなかで顔合わせをしたばかりではないか。


 やがて努力が実り、彼女は不死者の呼びかけに気づき寄ってきた。


「カイザと申します、魔女様」


「どうもね、美人のおねいさん。名前なんてなんでもいいわ。あなたとは村に着く前に会いたかったわ。なんでもっと早く来てくれなかったのよ! 本当にこっちにすればよかった!! 惜しいことしたわー」


「何を悔しがっているんだ?」


 カイザを見てしきりに悔しい、こっちがよかったを連呼する魔女。互いに顔を見合わせたが、カイザも意味を知っている風ではない。

 騒がれるのは煩わしいが馬から投げ捨てるわけにいかず、仕方なく理由を問う。



「聞いてよ! あのね、あたしたち不死者はね……"不死"とは言うけど身体は傷つくわけ。いっぱい攻撃されたら肉体を保ってられなくなる。ワイツたち普通の人間ならそこで死んで終わりね」


「ああ。杯の例えで言えば、器が壊れて魔力がこぼれる……魂が飛び去った状態だな」


「あたしたちはそれからでも復活できるの。特性と言ってもいいわ。やり方はそれぞれだけど、一番わかりやすいのは王様かしら。あの人はね、任意の姿で"転生"するの。毎回違う形よ、自由自在なんだって言ってた。他にも自分で造った人形を器にする、火炎や氷雪みたいな物質エレメント依代よりしろにして動くのもいる……」



「聖女は?」


 不死者"聖女"の特性……任務に必要な情報かと思いすかさず尋ねたが、魔女は話の腰を折られたとして、不機嫌そうな顔をした。


「今はあたしの話をしてるの! ちゃんと聞いてよ。まったくもう……聖女なら単純よ。無限に再生するの。神の力を剥がすには、あの子の細胞を残らず擦り潰すしかないわ……普通の人間じゃ絶対できないけど」


 聖女は無限再生の特性を持つ。壊せど壊せど再生する器だとは……まさに不死者だ。それが聞けてよかった。私たちは順調に、正しい目的に向かって進んでいる。


 魔女という大いなる戦力を得ても、私の希望は変わらない。聖女らに討たれて死ぬ。圧倒的な魔法で、私という存在を蒸発させてもらう。女神の教義で殺人が禁止されていても、大勢の信者を殺して恨みを買えば、聖女も心を変えてくれるだろう。


 背後にて、それでねあたしは……と外套を引いて聴講を促す魔女。もっとも話したかったのはそのことだ。私たちへ自慢するように、自らの特性を語る。



「あたしは死体に宿ることにしたの」



 相も変わらず、少女は明るい声を発する。だが、この言葉は私の楽観を打ち消すような……どこか不穏な響きがあった。


「これとかもそうよ。さっきの村にいた少女。信者の攻撃に巻き込まれ、死んでたところを拾ったの。あたしはね、首とか胴が切れてたり原型を留めないのは無理だけど、死にたての肉体ならだいたい器にできるのよ」


 でも、可愛い姿じゃなきゃ嫌だけど……と補足し、改めてカイザを羨ましく見つめる。


「ちょっと好みの年頃を過ぎちゃってるけど……綺麗な藤色の髪じゃない! この肉体を拾う前だったら、絶対あなたを器にしていたわ。ねえ、カイザ。あなたはあたしの第一希望よ。今の器が壊れたら、あたし……あなたを殺してその体を着るわ」



「構いませんわ。そうぞお召しになって。こんな貧相な身体でよろしければ……」



 わずかな逡巡を経て、カイザは肉体の明け渡しを了承した。

 家が没落し、誇りと家族を奪われてなお失うものがあったとは……


 けれども、魔女の同行は必要だ。私の人生の終着点……聖地。"聖女"と"不死の王"のもとまで行くためには彼女の参戦が鍵となる。たとえ少女の肉体が壊れ、カイザを次の器としても……



「あ、そうそう。ワイツは第二希望ね。ここまで綺麗な顔立ちなのに戦士やってる人、あんまりいないわ」



 ……そこは、ネリーではないのか?


 抗議の意思を込めて振り向けば、初対面の時にはなかった金色の瞳と目が合った。逃れられないという直感が喉を鳴らす。私の身体もまた、狙いをつけられている。



「……私は男だぞ」


 くすくす笑う少女のおぞましさに総毛立ち、喘ぐよう反論する。

 装備越しに背を撫でる手にも寒気がした。



「ふふふっ。あたしね……"男物の服"も着るのよ」









「あれか」


 日没の陽のなか、長く影を伸ばした使徒一団の天幕群がある。秘匿の配慮も一切せず、女神教の象徴シンボルが赤々と照らされていた。

 少数の共を連れて向かいかけたとき、魔女から不平の声が上がった。


「信者なんか相手にするだけ無駄よ。きりがないったらないわ! それより聖女を叩きましょうよ! あの子を倒せば"神の力"は散るわ。信者もただの人に戻るから」


「私たちはまだ一人の信者とも接触していない。彼らの戦法も強化された力についても、情報を持たないのだ。実際に会って見極める必要がある」


 確認した後は残らず殲滅するから、という言葉を追加しても少女の機嫌は優れない。事実、私とともに接近するのは手勢のなかでも腕のたつ兵士ばかり。ライナスとギラスも含まれている。


 距離を置いてカイザを置き、合図を出せば包囲して全滅させるよう言ってある。なお、信者が強化されていることは正規兵全員、メイガンたち傭兵の末端に至るまでに伝達した。死闘の準備は怠りない。




「まあまあまあ、いらっしゃいな」


 最初に発見した信者はふくよかな体型の女性だった。夕餉の支度でもしていたのか、食材を入れた籠を抱いている。

 急な軍勢の到来にも慌てずに、地に膝をつき礼の姿勢をとった。彼女をはじめ、仲間たちも声掛けして集い、同様に頭を下げる。


「ようこそ、ニブ・ヒムルダの皆様方。遠方からわざわざいらしてくださるなんて、喜ばしい限りです」


「私たちは都から来た騎士の一軍。団長を務めるワイツだ。君たちは"女神の使徒"か?」


 開口一番に怒鳴ろうとする部下を抑え、私は静かに問いただす。高圧的に接せばすぐに紛糾し、戦闘が始まりかねない。

 信者はこれから残らず血祭りにあげるが、その前までにできるだけ情報を集めておきたい。



 最初に会ったふくよかな女性が、この場には十五人の仲間がいることと女神の教えを語った。私たちへも、聖地への巡礼を勧めてくる。そこに行き教主から祝福を受けろとも。


 私は黙って聞き流し、彼らの様子を探る。ろくに戦いも知らないような体つきだが、兵士に囲まれても物怖じしない余裕がある。やはり聖女の力で強化されたからか。


「女神のいる聖地とは、君たちがこの国で勝手に打ち立てたものではないか。ヒムルダの領土を不当に占拠するのはどういう了見だ。場合によっては、君たちの行為を侵攻と受け取り、武力を行使してでも立ち退かせる」


「そんな! あなた方は誤解をしております。私たちにこの国を傷つける意思はありません! どうか、ここは司祭様と会談を……話し合えば必ず分かり合えます。女神さまは争いを好まれません」


「……まずはこの場の代表者を出してくれ。私に説明してもらおう」








「なるほど……あなたさまは王族の方でしたか」


「ニブ・ヒムルダの第四王子だ。今はこの軍を預かっている」


 本営とみられる天幕に部下二人と共に案内された。対するは司祭と呼ばれる壮年の男が一人。人の良さそうな笑顔を浮かべ、私たちを生暖かい目で見つめている。


 一応、話し合いという名目なので、ここに入る際武器は預けてきた。もちろん着衣の下に数本の短剣を隠し持ち、部下も徒手での戦闘の心得がある。素手で縊り殺すくらいわけない。


 この場に信者は一人だけ。まずは彼を使って実験しよう。



「先日、都に使者を遣わしたそうだな。ひどく、強引な手法で謁見したとか……」


「ええ。王家の方々に、女神様からの挨拶の言葉を伝えようと思いまして……我々はこの国に降り立って間も無く、正式な作法もわきまえておりませんでした。使者が失礼を致したのなら、この場で謝罪します」


「率直に言おう。国王は君たちにお怒りだ。即刻、ヒムルダでの布教を中止し、元いた北方の大陸へ帰ってくれ。今から教主を連れて去るのなら……私たちは攻撃をしない」



「私どもはあくまで人々を救済しに来たのです。近頃、この国は戦続きで……民衆は飢えております。女神さまはひどく悲しんで、物資とともに私どもを遣わされたのです」


 敵意を隠さず睨んで言えば、男はあからさまにうろたえ始めた。

 立ち上がって女神教の教えを説く。他者と共感し、己の為すべきを実行せよ……と。それが女神の……不死者"聖女"の言葉らしい。そんな思想を携え、信者はこの国にやってきた。


「人々の救援をさせてくださいませ! 布教など我らにとっては二の次。ここに来たのは女神の教えを広めるためでなく、ただただ隣人を助けるため! それだけなのです!!」




「君たちがもたらすのは救いではない……破壊だ」


 その単語は部下への合図。彼らは隙を見せずに立ち上がった。私の左右から攻めかかる算段だ。こちらもいつ刺殺できるよう、短剣を抜く準備はできている。



「ここに来る途中、私たちは壊滅した村を見つけた。唯一の生存者は、村を襲ったのは女神教の信者だと言っている。もはや弁論の余地はない、ニブ・ヒムルダにとって君たちは害悪だ」




 言葉が終わるのと同時に、部下が動いた。

 ただし、前ではなく……大きく後ろに。


 見えない何かに弾かれたような挙動。彼らは地面に転がり、投げ出された意外さと衝撃で呻く。


「……何のつもりだ?」


 不審な行為は見えなかった。この場のやり取りは外にもわからないはず。仲間からの支援はありえない。

 魔法を撃つにしても、部下たちは範囲外を位置どっていた。



「女神は戦いを好まないのではなかったか? 戦士の真似事などよした方がいい。私は、君たちの倍以上の兵を連れている」



「くくっ……ははははは!」


 どうやら向こうの思惑も同じ。会談に応じるふりをして、敵の油断を誘おうとしたのだ。

 先を越された。十分に警戒をしていたが、それすら捩じ伏せるだけの力を持つとは。



「女神が何だというのだ。そんなもん知ったことか! 頭がお花畑で腐ったような娘の言うことなど、誰が信じるというのだ!? 信じられるのはこの力のみ。だが、そうだな……唯一感謝しているのは、俺たちに魔力を与えてくださったことくらいか」



 司祭と呼ばれていたにも関わらず、男の態度に女神への信仰心はない。信者というのは偽りだったか。果敢に飛びかかる部下たちに彼は、今度は色のついた魔法を放つ。


 "神炎よ"という文言……急に発したために上擦った声で詠唱された。


「やめろ!」


 両手から発された火炎の魔法。一瞬で部下たちの身体を包んだそれは、発現に高い魔力が必須となる。ライナスほど高齢の魔術師ならわかるが、男の年代で持ちうる量ではない。



 火消しのためにのたうつ彼らが動きを止めた。死体となっても炎はたけるが、灰と焼き尽くすには時間がかかることだろう。


 男の両手は私にかざされず、敵意を無くして下ろされた。私はそれを名残惜し気に見、思わず制止を叫んだ。


「なぜだ! なぜ……部下ばかり攻撃する」



「おまえは生かしておいてやるよ、王子様」



 どうも解せない。聖女は、人々を救うために女神となりたいのではなかったか。その教えとやらは客集めの欺瞞か。

 なぜこのような男にも"神の力"を分け与えたのか……



「その容姿……男だが上玉と呼ぶに値する。血統もいい。奴隷として他国に売っぱらってやろう。男娼にでもすりゃ客がつきそうだ」

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