三人との出会い・その二
二人目です。
二人目は篠倉永生である。
余談だが、初めて彼の名前を知った時はよほど親御さんは彼に長生きして欲しかったと思える、と感想をもった。まあ、あくまで勝手な想像ではあるが。
あれはもうすぐ中学校へ上がろうかという小学六年の冬の終わりのことだった。
私は映画館から家への帰り道、非常に浮かれた気分で歩ていた。きっと、傍から見た様子では能面のような無表情であっただろうことは想像に難くないが。
その時見た映画は、『志良以唯人シリーズ』の新作であった。
彼のセリフやよく描きあげられていたストーリーを反芻しながら、私は映画鑑賞後のお楽しみを味わっていたのである。
映画には一人で行った。
もちろん『志良以唯人シリーズ』ファンの同志でありコバンザメのような小原もついてきたがったがお断りした。
映画の余韻に浸るのは、独りが一番だ。
ただ感想の意見交換も嫌いではないので、二度目の鑑賞には同行させると約束したけれど。
え? 好きな映画は三度見は普通ですが何か?
そんなこんなで一度目の独りお楽しみ映画鑑賞の帰宅の最中だったわけである。
篠倉永生との出会いは。
私が帰宅途中公園の横を通りかかった時、この世の絶望をすべて背負ったかのような様子でベンチに腰かける篠倉を見かけた。
薄暮れ時の視界が悪くなってきた時間帯で、周囲には人は誰もいなかった。
私はというと、もちろんスルーした。
だって当たり前でしょう。
悩み事抱えてそうな人間に片っ端から声をかけていくような、そんな暑苦しい人間はうちの兄だけで十分です。
ならなぜ私が篠倉と知り合ったかというと、これには事情がある。
何の気なしに、もう一度絶望少年へと振り返った私の目に飛び込んできたのは……。
ベンチから離れ、木の枝にロープをかける篠倉の姿だったのである。
脳裏に浮かぶのは新聞の見出し。
『少年は何故自ら死を選んだのか。いじめかはたまた家庭問題か』
「何やってんじゃいこのアホんだらああああ――――――!」
私は思わずそう叫びながら篠倉へと猛ダッシュした。
だって考えてもみてください。自殺を見て見ぬ振りしたなんぞ寝覚めの悪いどころの話では……ん? この件以前にあったような気がするが、まあそうだ。
勢い余って篠倉をどつき倒して止めた私は、篠倉にその理由を問いただした。
彼は私の剣幕にあっさりゲロッた。
真相は以下の通りである。
彼は最高難関の中学校に入るため、ずっとその受験勉強に励んできた。
しかし、その中学校に入ることは叶わなくなった。
試験に落ちたからではない。
試験当日に高熱を出して受験にすら行くことが出来なかったから、の理由である。
もとは受験さえすればほぼ間違いなく合格できるだろうと言われていたとのこと。
周囲は彼を責めることはなかったが、燃え尽き症候群になってしまったかのように、何の気力もわかなくなってしまった。
そしてとうとう今日に至ってはこのまま生きていくのも嫌になって、つい衝動的に……。
……メンタルもろっ!
もろ過ぎる!
そりゃ合格間違いないとまで言われてた進学先を体調不良で諦めざる得なくなったのは同情するが、それでここまで落ちるって……。
こんなんでこいつ、世間の荒波渡っていけるのか。
社会に出れば思い通りにいかんことも納得できんことも腐るほど湧いて出てくるだろうに……。
もちろんまだ小学生な私も社会の荒波にまだ揉まれてはいませんがね、昨今のメディアはそれを予想させるに十分な情報を下さるのですよ。
「人生には岐路がつきものだ。岐路があるだけ幸せだと思わなければならない。選択肢のない人生など終わりのない悪夢のようなものだ。たとえもし己が望んだ道に進めなかったからといって別の道が何故嘆き悲しむものだと決めつける? もしかしたら最初に進もうとした道よりも素晴らしい未来が待っているかもしれない。なのに駄目だと思うのは誰だ? それを決めつけるのは誰でもない自分自身に他ならない(by志良以唯人)」
そんな彼に私の志良以唯人語録からささやかな助言を試みよう。
……ちょ、ちょっと気障だったかしら。
ぽかんとした顔の篠倉を見て、私も少し恥ずかしさを覚えた。
「と唐突過ぎたかな。これは私の好きな志良以唯人シリーズの中で主人公の志良以が絶望した少女に向けて話したセリフなんだけど」
「志良以、唯人? シリーズ? って何?」
ぷつっ。
その瞬間私の中の切れてはいけない何かが切れた。
志良以唯人を知らない、だと!?
それは人生の半分の楽しみを知らないのと一緒ではないか。
「そこになおれ」
そう私は指示すると、指示もしていない正座をした篠倉に、志良以唯人の素晴らしさをとくと語ってみせた。
気がついた時には真っ暗になっており、放心したような状態になった篠倉に今後は馬鹿なことはしないと約束させたあと、そのままその日は別れた。
再会は中学校での入学式の日のこと。
別々の小学校だった私達は同じ中学校に進むことになっていたのだ。
私の姿を見止めた篠倉は、満面の笑みで寄ってきて、「中学受験が駄目になったのはこの時の為だったんですね」といきなりわけのわからないことを興奮気味に言ってきた。
正直目がイッてる気がして気持ち悪かった。
その後、私と一緒にいた小原とお互いの紹介をしあった後妙に意気投合し、小原に感化された篠倉までが私を「兄貴」と呼び出した。
これが、私と篠倉の出会いである。
…………何故に。
次回は三人目、池上君との出会い編。