ツルツル頭の私が言います。なんでも綺麗にすればいいってもんじゃない。
私がこの世の中に生を受けたとき、大声で泣き叫んだそうだ。
オンぎゃー〜ーと。
そりゃそうだ。
目が覚めて、視界に入ってきたのがツルッツルの頭の人間たちだったのだから。
別に禿げの人を批判しているのではない。
髪がないのが似合う人もいるし、そもそも男の人が禿げてしまうのは男性ホルモンのせいであって、仕方のないことなのだ。
それをとやかく言うつもりはない。
しかし、だ。
目が覚めて、髪がない見知らぬ外国人数人に囲まれてみろ。
恐怖でトラウマになる。
しかも女性も含まれていた。
なにかの宗教か、モンスターか、恐ろしい研究が行われているのか、と勘ぐっても仕方が無い。
ちなみに私はなにかの宗教だと思っていた。
ついこの間まで。
私、ローズ・メアリー・ペプラムといいます。
サファイアのような瞳の父。(ツルツル)
ガーネットのような瞳の母。(ツルツル)
どうやら生まれたときに私を覗き込んでいたのもこの二人のようです。
最初は恐怖で泣きわめく毎日だった私ですが(その辺の子供と変わりない)、何年も経つにつれて、だんだんと状況が読めてきました。
前世の記憶、というほど、もはや残っていないのですが、男女とも髪があるのが一般であったことだけは強く覚えています。
少なくとも、屋敷の中全員がツルツルなんてことはなかったはずです。
そして、一番私によく近づく二人が、どうやら父と母らしい、ということにも気づきました。
髪がないこと以外は普通、というかむしろだいぶ美しく優しい二人を、両親として懐くことに時間はさほどかかりませんでした。
ただ、若くて可愛いメイドさんたち(ツルツル)に囲まれることは時々恐ろしくなってしまうのですが...。
そんなこんなで、16年間過ごしてきました。
幼少期は勝手に髪を剃られてツルツルにされていた私ですが、二年前、反旗を翻しました。
私は、16年間、姉と比べられて生きてきました。
そうだ、髪を伸ばそう。
これをテーマにして日々、頭剃りから逃れてきました。
が、実際はとても大変な話でした。
そもそも、この国で男女問わず髪を剃るようになったのは手触りの問題からだそうです。
この国は、海も近く、潮風が流れてくることもあり、髪質的にもとてつもなく痛みやすい髪だったのです。
そこで、ガサガサとした触り心地になり、それを嫌った当時の王妃が一気に髪を剃ってしまい、それに倣って王、貴族、そして庶民へと広まったそうです。
まあ、私が独自で調べたところによると、王妃が髪を剃ったのは、王が美しい髪の女に浮気をしたことからの反抗心からだった、とも言われてるのですが。
そこで、私は考えたのです。
ツヤツヤの髪の触り心地を知ってもらおう!と。
髪をツヤツヤに保てることを知れば、だんだん伸ばす人もでてくるのではないかと。
そう考えたのです。
そこで、私は全神経を集中させ思い出した記憶を頼りに、髪に良いものを集めることにしました。
誰も髪を伸ばさないこの国では、もちろんそんな研究がされているはずもなく、独自で歩き回り、探す羽目になりました。
14歳になり突然髪を剃ることを拒否した娘を、両親はとても心配しました。
この国では、端的にいってしまえば、髪もムダ毛の一種なのです。
あんなに太くて濃いムダ毛を放置し始めた娘。
ムダ毛伸び放題の娘。
そう考えると、両親には少し悪いことをした気になります。
ショートカットの状態を維持したまま、一年。
この国では、食べ物として扱われていなかった海藻。そして椿の花によく似た、デリアの花の油が髪に潤いを与えることが分かりました。
今ではツヤツヤを保っています。
それをみて、両親もだんだん私の髪を受け入れてくれるようになってきました。
初めて触ってもらえたときの喜びは忘れられません。
ツルツルの両親を私が受け入れたように、ツヤツヤの私も両親に受け入れられたのです。
とても嬉しいことでした。
なにより、鏡をみて驚くことがなくなったことが一番の幸せです。
ちょうど15歳に社交界デビューするこの国で、私も両親に連れられパーティーに出ました。
その時は、同い年のご令嬢も何人か同時にデビュタントだったのですが、一人だけ髪のある私はとても目立っていました。
貴族のご婦人たちからは、非難の目を向けられることもありましたが、他は思ったような反応ではありませんでした。
意外なことに、貴族のおじさま方は、私のツヤツヤな髪を褒めてくれました。
やっぱり女性には美しい髪がある方が良い、と本能的に感じていたのでしょう。
考えの凝り固まっていないご子息方は、より私の髪を褒めてくれました。
髪は女の命。
というのは本当のようです。
他国では髪を剃らない、特に女性は髪を大切にするということを噂で耳にしていたのでしょう。
髪のある私に女性らしさを感じ、一躍人気者となってしまいました。
もちろん、ご令嬢がそこに目をつけないはずもなく、あれよあれよという間にほとんどのご令嬢が髪を伸ばし始めました。
ただ、伸ばしかけの髪は難しいものです。
ずっとツルツルだったご令嬢は、どう手入れして良いか分からず、使用人たちも同様にさじを投げていました。
伸ばしかけの髪はあっちこっちにはね、髪への栄養が足りていないご令嬢たちは、私のようにツヤツヤにならない髪に手を焼いていました。
そこでご令嬢たちは伸ばしかけの髪を人に見せたくないと感じ、社交界に出てこなくなりました。
それが一年前の話です。
それに困ったご子息方は、新たな手段に出ました。
出会いの場を失ってしまった彼らは、直接ご令嬢の家に訪問するようになったのです。
特に私の屋敷にはたくさんの手紙が届くようになり、そのどれもが会いたいといえ内容でした。
ご令嬢方がパーティーに参加しないのを良いことに、家でデリア油を精製していた私は、「そろそろ娘も相手を見つけてくれるのでは....!」という母の期待に背けず、人と会うことになりました。
ただ、面倒だったので、お見合いパーティーのようなものを開いてもらうことにしたのです。
私に手紙を出していたご子息方はもちろん、そのご子息方を狙うご令嬢も沢山来ていました。
どうやら、私に会ってツヤツヤの秘訣を探ろうともしているようです。
教えても良いのですが、果たしてご令嬢方は海藻を食べられるでしょうか?
お見合いパーティー当日となりました。
といっても、会場はただの広場です。
噴水とベンチがあり、木々に囲まれています。
普段貴族の方はこんな場所にはこないのでしょうが、私はこういう場所が落ちつきます。
お屋敷でパーティーをするより、恋が芽生えそうな予感がするのは私だけでしょうか?
参加者には身分の分からない格好をして、仮面をつけてもらうことにしました。
蝶々のモチーフのものや、薔薇をあしらったデザインのものがあり、顔の上半分を隠します。
これは私が提案したことです。
一年たち、髪の生えそろってきたご令嬢方が、髪だけで勝負しようと集まってきます。
皆少しだけ髪が生えてきっておらず、なんだが不思議な光景です。
ご子息方には、髪を伸ばすことは流行らなかったようで、皆一様にツルツルです。
これも、髪を女性らしさの象徴だと感じている証拠でしょうか?
大勢の男が私の元へ近寄ってきます。
「初めまして、ローズさん。パトリックといいます。」
「初めまして、ローズ姫。ロメオと申します。」
と順番にそこらにいる男たちが私の手を取っていく。
今日は身分関係なく、色々な男の人に参加してもらったのだ。
しかし、私の周りにいる男も、会場にいる男も皆一様にツルツル....
一人も髪のある男性がいないのです。
特に私に近づく男は、ツルツルを通り越してツルピカの男です。
私はうんざりしていました。
実は今日のパーティーを開いたのは、ツルツルでない男の人を探すためだったのです。
仮面をつけていても、頭部は隠せません。
皆ツルツルの頭を見せて男らしさと美しさをアピールしているようですが、私には全く理解できないのです。
私はいつになれば幸せな恋ができるのでしょうか。
途中...