獣王戦闘 下
「糞ッ!動き回るな鬱陶しい………!!!」
徐々に言葉の発音が怪しくなってきている獣の、苛立った声が響く。
その原因は口から生えて生きている乱杭歯のせいだろう。人間らしい歯はあの姿に変容した時点ですでに消滅していたが、ここに来てさらに奇妙な形へと変わり果てている。あそこまでいくと最早、麻薬中毒者のものだ。
柱の裏に回り、それを一周すると再び獣の前に。
多関節となった腕の打撃を躱して足元に潜り込むと、一瞬で指を切り裂いて獣の背後へ。
「ぐ、ぉぁああああああ!!!」
「継ぎ目は弱いな。当然か」
アルマジロは背中に鱗甲板を背負っており、四足歩行の造形であるからこそ全身を覆えるのだ。人間の身体のように、上下左右どちらの方向にも動かさなければならない関節は、いくら覆っていてもある程度柔軟性を確保するために強度は落ちる。
元々分厚かった首などに比べれば、足の指は裂きやすい。
後ろの回った俺は、そのままナイフを滑らせてアキレス腱から膝裏までを一筆で切り裂いていった。
「クソオオオオオ!!!!」
獣の肩が膨れ上がり、右腕が真上から振り下ろされた―――当たるか、そんなもの。
一歩身をずらしてそれを避けると、無駄に長い異形の腕の関節を裂く。
今度は完全に斬りおとすため、念入りに数回切り刻んでおいた。血飛沫が舞い、無駄に重い音を立てて肩先から先が落下した。
「―――ッッッァァァァァ!!!!」
獣がこちらを振り返ったため、再び柱の奥へと消える。柱といっても、今度は別の柱だが。
「潰してやるッ―――!!」
「あはぁ、私のこと忘れてません?」
「ぐ、ぅぅぅぅぅ??!!!」
俺が引っ込んだ瞬間、衛利が抜き身の小刀を構えて獣へと突っ込む。
曲げられた膝が爆発的な瞬発力を発揮し、獣の胴体へと突撃し、蹴りつける………そのまま、驚くべきことに衛利の、俺ほどではないが女性であるが故の小柄な体で獣を大きくのけぞらせた。
「あはははは!!!」
さらに追撃。
小刀を獣の左肩に突き刺すと、それを起点にして指先とけりの反発力を利用して獣の頭上へとさらに跳躍。
既に体勢を崩している獣の後頭部を鋭く膝蹴りした。
打撃が主なのは、皮膚にある鱗甲板を無視するためのものだろう。中世ヨーロッパにおいて鎧対策にメイスなどの重い打撃武器が用いられたように、頑丈なものには打撃での攻撃が最も適している。
ましてや今回蹴りつけられたのは脳のある頭蓋だ、如何に頑丈な骨をしていても、皮膚を持っていても脳が揺れるということに対策は出来ない。
「ハシン~!!」
「やれやれ」
とはいえ、再生能力の高さが体内にも働いている獣だ。脳震盪からの立ち直りは普通よりも早く、衛利が地面に足を付けるその前に身体を動かすことを可能としていた。
………助けを求められたが、別にいらないだろう。お前ひとりでも十分に対処可能なはずだが、まあいい。仕掛けのついでだ。
身を潜めていた柱から飛び出し、衛利の手を掴むと自身の身体を回転、その遠心力で放り投げる。
再生途中の右腕をこちらに放ってきた獣の攻撃を見切り、ぎりぎりのところで躱すとやつの伸び切った腕に足をかけ、身体を登っていく。
「………キヒ、アヒャヒャアアア!!!」
「む」
獣が嗤いながら口を開ける。
ナイフで目を抉ろうとしたのだが、辞めた方が良いか。奴の乱杭歯の一つに小さな穴が開いているのが確認できた。
腕で獣の腕を押し、飛び上がる。その直後、俺のいた場所に液体が噴射された。
「蛇毒、コブラ系の生物が持つ歯からの毒液噴射か」
当たっても問題はないのだが、そもそもとして蛇の毒液噴射は毒殺だけではなく、相手の視界を奪う効果もあるためなるべくは回避するに越したことは無いのである。
戦場で視界を奪われるというのは鬱陶しいことこの上ないからな。まあ、ハーサ達化け物連中には関係ないのだろうが。
「ッチぃ!!!―――ッ!!」
先程遠心力で飛んで行った衛利が真上から強襲を行う。
飛んで行った先が柱の上部だったからな。衛利ほどの身のこなしの軽さなら、真横を向いている場所でも十分に着地可能であり、さらには地面と同じような勢いでの移動すらしてみせる。
単純、高速接近戦ならこの忍者は本当に強力だ。
「あら、外しちゃいました」
首の両断を狙った衛利の目論見は若干外れ、代わりに鼻が丸ごと削ぎ落とされる。
自身の身体から噴き出している血で、獣の顔が赤く濡れた。
「失敗するな、阿呆」
「いえいえ、きちんと死角から強襲したつもりなんですが、見つかってたみたいです」
「………成程、蛇のピット器官か。完全ではないようだが」
巨大な熱源を何となく察知できる、程度のものだろう。だが、死角をある程度カバーできるようになっているという点は面倒だ。
今回のように意表を突いた一撃というのは中々に通用しにくくなる。
「お、れの、顔が………貴様ァァァァァ!!!!!!」
「え。今更顔に頓着するんですか?!あの顔で!?もう既に大分不細工になっているのに?!」
「………知るか。俺に訊くな」
というよりもともと端正でも何でもない顔立ちだった気がするが。
それよりも、あの鼻がどう変化するかの方が問題だろう。二人とも柱の陰に潜むと、その成り行きを見守った。
「あら?あは、鼻が丸くなりましたね」
「象、ではないか。嗅覚を捨て防護に進化の道を振ったようだな」
断たれたが故の構造強化だろう。
攻撃を受けた箇所を以前よりも強固にする、そういう進化が優先されるらしい。結果、恐らく嗅覚が死滅しているが。
「許さん、ゼッタイニユルさン………マトメて、ケシつぶシテヤル………」
片言になってきた獣が、己の身体を叩きはじめる。
破城槌もかくやという勢いで潰された肉体は、その度に強度を増し、筋肉も膨れ上がっていった。
「自傷して肉体強度あげてます?あれ」
「そのようだ。その手段でも進化できるとはな。まあ、便利とは言い難いが」
そもそもが歪な進化を利用した身体強化だ。いくら外側、肉体を強化したところで、結局は中身が何もない。
「今のうちに斬ります?」
「再生が終わった右腕を見てみろ。硬質化したそれが首に巻き付き始めている」
「あー、なるほど。しかも複腕化してるんですね、あれ………いやあ、普通に気持ち悪くないですか?」
………前の世界で見た漫画の中に、いたな。ああやって弱点の首回りを腕で覆っている鬼が。
「一応警戒はしてるってことですねぇ。でもどうします?流石に全身硬化したらかなり大変になりますよ。きちんとした武器を持ってきていれば別ですけど、私たち不法潜入してますからそんなものありませんし」
「………お前、俺がどうして柱を使って戦闘しているのかわかっていなかったのか」
「はい?」
額を指で押さえつつ、柱の周囲の地面を指さす。ついでに獣にも。
それをみた衛利は、指同士を合わせて笑っていた。
「おお~!えげつない!」
「そうでもない。普通だろう」
そもそも殺すと決めた相手だ。どんな手段でも結末に変わりはない。
「あは、ではちゃんと手伝いますね。まずはどうします?」
「ああ………ふむ。あいつをあの場所に釘付けにしてくれればそれでいい。手段は問わないが、あまり地形を破壊するのはやめろ」
「了解しました~、あは―――では、化け物狩り、最終戦と行きましょうか♪」