獣王戦闘 中
本音を言えば、しっかりと鍛え上げられた長い刃を持つ武器が欲しいが、まあ道具の無い状況でもきっちりと仕事をするのが暗殺者だ。
事前準備が出来る状況であれば最高の準備をしていくが、出来ないのであればその場での最善策を取り続ける。いや、これは暗殺者だからというわけでは無く、人間ならば当たり前にやることか。
「この、羽虫がァァァァァァァァ!!!!!」
巨大化した左腕が振りかぶられる。
直後、大振りに横なぎにされた腕。それが俺の身体に当たる前に跳躍し、その腕を足蹴にして飛び上がる。
「衛利!」
「はいはいっと」
俺の呼びかけによって瞬時に移動した衛利が、腕を薙いだことによって動きの止まった獣のアキレス腱を切り裂く。例によって回復―――いや、超成長によって傷は塞がるだろうが、一瞬だけ確実に獣の動きは止まるのである。
噴き出る血、力を込めても動かない足を不思議そうに見てから獣の顔が歪む。その首のすぐ近くに、ナイフの刃が迫っていた。
………この一手で既に絶望的な状態になっていることに気が付いたのだろう。
「糞、糞………寄るな、寄るなああああああ!!!???」
「む」
残った右腕を乱雑に振り回し、俺を振り払おうとしているが先程の左腕が落ちた時のことを覚えていないのか。
力も籠めず、無作為に振り回したそれでは俺を払うどころか、逆に斬りおとされるだけだというのに。
ナイフの向きを変え、首を絶つ前に腕を落とす。
空中で身を捻り、その回転力で力を生み出す。踏ん張ることが出来ない空中であるため、身体を回すことによって威力を増したのだ。
連続して切り付けられた右腕は瞬時にぶらりと垂れ下がる。完全に切り裂かなかったのはちょっとした実験だ。
回復ではなく、つまり再生ではなく成長である場合、腕が中途半端に残った場合どうなるのだろうかという疑問が沸いたのである。
使えなくなるのか、歪な形で修復されるのか。
………まあ、それが分かる前に獣の命が尽きるかもしれないが。
回転の勢いを殺さずに、最初の目的であった首に狙いをつける。さて、絶とうか。
「―――ッあああああああ!!!!!!????」
首が落ちるその前に………獣の皮膚に異常が生じる。
水膨れのように膨れた皮膚表面、そこにいくつかの硬質な鱗のような物が発生していた。
身体全体とはいかないが、首や背中、腕や太ももなど要所要所に生み出されたそれは、鋼鉄に似た質感をもち、俺の刃を不完全ながらも防いで見せた。
………単純な力比べだと分が悪い。成長修復も始まっており、筋肉の中に刃が取り残されると面倒だ。
顔を踏みつけ、後方へ跳躍した。
「あの質感、鋼のようだが………アルマジロの背中の鱗甲板に似ているか」
「どこかで遺伝子配列を取り込んだのかもしれませんねー。自動装着の鎧みたいなものでしょう」
アルマジロの背中の板は体毛が変化したものであり、個体によっては弾丸すら防ぐ。
水膨れに見えたのは恐らく、毛穴が変化した瞬間の膨張だろう。
衛利の言う通り、あれはまさに鎧である。道中に居た防具を付けた投薬兵の上位互換か。皮膚一体型であるため、通常の鎧よりも柔軟性に富む。
「あは、どうします?結構堅そうですし、鎧を剥いでもすぐに治っちゃうでしょう。撤退しますか、手伝いますよ?」
「する気もないことを言うな、阿呆」
小刀の鯉口を鳴らしている癖に何を言っているのか。
ああ、つまりは俺がいなくなった後、この獲物を貰おうというわけか。
「ですよね~。ですが、厄介なのは事実ですよ。斬れば斬るほどに頑丈になっていきますし。多分回復にも上限はありますが、かなり長丁場になるかと」
「上限到達するまで待ってやるほど俺は優しくない」
より面倒になる前に確実に殺すだけだ。
―――周囲の地形をあらためて確認する。巨大な扉の先はその扉に見合うだけの巨大空間だ。それ故に俺たちは巨体の攻撃を躱せているわけだが、如何に部屋の壁を硬質化させているといっても建築学的に巨大な空間には柱が必要になってくる。数本の巨大な、削りだされた岩石そのままの柱が部屋の各所にあり、そのため学校の体育館のように自在には動くことは出来ない。
それは獣も同じだが。理性の溶けている状態だが、それでも一応柱などにはぶつからないようにしているのが分かる。
一本二本ならともかく、全て叩き壊されれば自身も生き埋めだ。頑丈な肉体と再生能力があっても、動けなくなれば窒息し、息絶えるのを待つだけである。
崩れた本棚には、先も言った通り刀剣類が転がっているのだが、あれらは駄目だ。硝子の刃のように脆く、ああやって硬質化した肌には全く通らない。
………だが、移動を妨害する柱も使い方次第では化けるか。
思案し、殺しの方法を見つけ出す。
「ハハ、ハハハハ!!!いいぞ、オレの身体はまだまだ進化できる!!!貴様ら羽虫などすぐに消し潰せるだけの力を手に入れてくれる!!!」
「喚くな。実際に俺たちを殺してから言ってみろ」
よく言うだろう、ほら、あれだ。口ばかり達者な人間というやつ。
「喚いているのは貴様だ愚か者が!!!!………オレのこの変容薬には様々な生物の因子が入っている―――その成長パターンはまさに無限、必要に応じて必要な生物の特徴が再現される!!!」
「ほう。それで」
「なんだ、分からないのか?お前の攻撃を受ける度に、オレはお前の攻撃が効かないようになっていくということだ………これが成長の力、あの忌々しい剣将軍や堕将軍も殺せる力だ!!!!!」
「………?」
知らない名が出てきたな。まあいい。
ここではっきりしているのは、やはり長期戦になればこちら側が面倒をこうむることになるという事実のみ。寧ろそれ以外は不要だ。
「お前に落とされた腕を見ろ!この右腕は超速で成長し、多関節になった………お前をよりとらえやすくするために!!」
これ見よがしにこちらに示す獣の右腕は、先程の切断攻撃によって皮だけを残した箇所を起点とし、骨などに変化が発生して新たなる関節が生まれていた。要は可変能力の高い肘がもう一つ出来ているというわけだが、益々獣の姿は異形へと変じていることに気が付いているのだろうか。
………そもそも、全ての生物の特徴を発現できるようになったところで、お前にそれは使いこなせない。己という存在を鑑みろ。
「ハハハハハ!!!潰れろ、断末魔を上げろ、死神気取りの小娘ェェェェッッ!!」
「死神気取りか」
まあ、あながち間違っていはいないか。気取りと呼ばれるのは不快だが。
異形の腕は握力も増しているらしい。床を砕く勢いで握りしめた腕と足を使い加速した獣は、途中でその腕を床より放し、範囲の増した腕を振り回す。腕の各所には鱗甲板が発生しており、加速度も相まって相当な威力である。
衛利は持ち前の瞬発力で情報へと飛び上がり、柱を蹴って長距離移動を終えていた。俺はと言えば………その場から動かず、じっと攻撃が来るのを待っていた。
「諦めたか!?!!!!!ならば死ねエエエエエ!!!!!」
攻撃の刹那、獣の異形の腕に触れるか触れないかの距離を通り過ぎると、獣の首に手を伸ばし、そして背後へと着地した。
獣がこちらを振り返った瞬間、薄く笑って俺もまた、柱の背後へと身をひるがえす。
―――さあ、追いかけてみろ。
死神気取りと称した俺の腕は既に、お前の足を掴んでいるぞ?