薬中演技
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「見事な中毒者の演技でしたよ、アガタ♪」
「褒められている気はしないが。あとここでその名前はいらん」
売人から阿片を買い取ったあと、俺たちは教会の奥の家へと戻ってきていた。
もう外でやることはない。現在必要な情報はすべて集め終えているのだから、次にやるべきことは買い取ったこの阿片の調査だ。
「………質がいいな」
「確かに、異様な程純度が高い気がしますね。製法が違うのでしょうか」
「薬学精通していれば或いは」
最初に秘薬の王と接触したとき、あの諦念の男アッタカッラは自身の身体能力を強化する薬を服用していた。ドーピング剤を始めとして現実には身体を異常強化する薬品というのは意外にも多いが、それらを作るためにはある程度の技術と材料を手に入れるだけの土壌が必要だ。
何もないところから薬を生み出すことは不可能である。ならばこれだけの純度の高い阿片を作り出せるとなれば、相当な薬品に関する知識と設備があるという証左であろう。
事実、先程からこの薬を阿片と呼んでいるが実際これらはモルヒネに近い効果量を持っている。
本来阿片とは、芥子の果実に傷をつけ、そこから手に入れた樹液のような物を精錬して作成するものだ。だがそうして得られる公式に阿片と呼ばれる薬物は、俺の暮らしていた現代日本では麻薬としての純度は低く、中毒性はあれど他の麻薬よりは多幸感などは劣るとされていた。
そんな阿片を化学反応によって加工することで、効果の高いモルヒネやヘロインといった麻薬に変じるのだが、すでにその手法が地下組織程度で確立されているとはな。
「技術だけは本物か。………いや、技術は再利用しているだけ、か?」
元の組織と今の組織は全くの別物とみていいだろう。ならば元々の組織の時に提供された技術を独自発展させたという可能性の方が高い。
王は人間を部品として扱い、消耗品として使い潰している。あれでは次の人間が育たない上に研究効率も悪いだろう。何か仕事を行うという点に関して人間個人のモチベーション、意欲というものは上に立つものが考える以上に重要だ。それを一切考慮していないあの組織に、この麻薬を作るほどの技術力があるのはどうもチグハグに思える。
「―――というかハシン、あなた麻薬吸って大丈夫なんですか?」
「ああ。耐性がある」
と、調査のために使っていた煙管を置き、灰口の中から燃やした粉末状の阿片を捨てた。
元より俺の所属する”暗殺教団”という組織は麻薬と縁が深い組織だ。伝説上の俺たちが使っていたものは阿片ではなく大麻………ハシーシュなのだがな。
そんな組織に属する、それも一応”長老たち”の弟子である暗殺者が麻薬に対して耐性を持たないわけがないということだ。
さらに言えば俺の身体は薬品に対する耐性が付きやすいようで、弟子となったばかりの頃様々な薬を使われた。致死量に紙一重という調合であったため死ぬような気分を何度も味わったがな。
「あはは、暗殺教団は恐ろしいところですねぇ」
「ロクでなしばかりだからな」
のっぺらとした仮面を被るあいつを思い出しながら、残った阿片を包みの中へと戻す。
麻薬に耐性はあるが好んで吸うわけでは無い。調査が終わったのであれば用なしだ。
その用なしの品を何度も買わなければいけないのは困ったことだが、まあモルヒネと同等に効果量が高いのであれば寧ろ純粋な薬としての扱いもできる。悪いことばかりではないと思っておこう。
「とはいえ、算段が付いても面倒に変わりはないな」
手順が明確化したからこそ、浮かび上がる問題点も多いのだ。
麻薬を買うという点は問題ないだろう。その程度の金は用意してきた。そして選ばれるという点も演技を駆使すれば割と早い段階で到達できるはず。衛利の演技力は俺の方で補足してやればいい………色々と手を使えば相手に違和感を覚えさせない程度のことは出来る。俺の我慢は必要だがな。
では何が問題点かといえば、侵入後の話になるわけである。
当然の話として明確に武器となり得るものは持ち運べない。また多少の検査程度ならばされると推測できるためナイフなども服の下に隠すのは難しい。
武装が限られるのは中々に暗殺時には面倒だ。こればかりは少々手を考えなければならないだろう。
「ふぁ~、ハシン。もう朝方ですよ、そろそろ寝ましょう?」
「ああ」
「今日も服は脱いで寝るんですかあはは?」
「口元を緩めるな阿呆。皺になっては困るからな」
「じゃあ今日は一緒に寝ましょう!」
「断る。一人で寝ていろ」
「まあいやって言われるのは分かっていましたけれどね………ふふふ」
忍び込むつもりだろう、お前。わかりやすい思考だな。
床に並べていたナイフを掴んで衛利の顔面に投擲する。武器も使わず素手のまま、手の甲で弾かれた。
「警告だ。いいな」
「は~い」
呑気な声を聞きつつ服を脱ぎ捨てると俺は布団へと包まった。
―――直後、何かが俺の方へと一瞬で近づき、そして蜘蛛の糸のように張り巡らされた糸に絡めとられて天井につるされることとなったが、まああいつならばその格好でも寝れるだろう。
警告はしたのだ、自業自得である。
そうして、脅威もなくなったため俺はいつにもましてしっかりと眠ることが出来たのであった。
***
そんな地道な活動も早数日。
熱心な購買意欲によって比較的早く認識され、演技等も交えた見た目の良さ、そして新たな客を連れてくるという出来過ぎた話にも思える三連コンボによって俺たちは再びあの墓地に、今度は選ばれる側として訪れることになったのであった。
「私の指示通りにお願いします、マルガレア様」
「ええ、任せておいてください、アガタ………ふふふ」
俺に何度も薬を売っている売人の中毒者に連れられているのは俺と衛利、それから数人の男女であった。
王としては欲しいのは投薬兵の材料となる男性だろうが、女性でも使える人間ならば引き抜くだろう。
………それが性欲対象なのか単純な仕事を任せるためなのかは分からないが、恐らくは前者だろうな。薬中の人間の仕事効率などたかが知れている。特に集中力のいる作業を延々とさせるのは難しい。
瞬間的な力が求められるものや発想力などは別かもしれないが、そこまでは俺にはわからない。シャーロックホームズも薬中になっていたことがあるというが、それでも頭脳はそのままだと描写されていたしな。創作物とはいえ、あれはあれで最初から頭のいいタイプの人間であるため、参考にはならない。
「うーうー唸って煩いですねぇ………。私たちもそうするべきですか?」
「いえ。不要かと」
読唇術でやり取りをしつつ、墓地の真ん中で墓石を眺めつつ、周りのゾンビ人間の唸り声を聞き流す。
衛利の提案は一人で演技をするに確かにいいだろうが、今の俺たちは二人組だ。そして追うにはわからない程度に変装、演技も加えている。
ならば、より鮮明に姿を知らしめるために、そして偽りの印象を強め注目を集めるための演技をするべきなのだ。
一旦目をつぶって心の中のスイッチをさらにもう一段階入れると、服の下から煙管を取り出した。そして読唇術のまま衛利に指示を出す。
………一瞬驚愕の表情を浮かべた衛利であったが、まあこいつにとっては寧ろ褒美に類するものだろう。溜まるのは俺の心労だけだ。
煙管の口に火を点け、阿片を吸うと―――衛利の口元へと近づき、口づけをする。
当然その前に薬の煙は衛利の口に入らないように密かに吐き出しているがな。そして双方膝立ちになると、互いに互いの身体を愛撫し始めた。
「ぁ、う………ん………」
これだ、これでいい。
このために衛利に麻薬中毒者の演技をさせ、ここまで連れてきたのだ。
麻薬に溺れ、色欲に乱れるのはおかしいことではない、そして倒錯的に女性同士で愛し合うことも、麻薬という表から外れたものを使用しているからこそあり得ると錯覚させることもできる。
他から見れば俺は確実に同性愛者だ、故に俺自身は同性愛を否定しないのだが、それはともかく。こうすることで目をこちらに向けさせることが出来る………そして印象も大きく変わる。
頬は赤くなり、蕩け切った顔を作ると俺に比べて大きな衛利の胸へと顔を預けた。
まあ、自身で立案した作戦だが屈辱的ではあるのが唯一の欠点だな。結局俺は受け身になっているのもまた理由の一つだ。
そうして演技………衛利は若干本気で俺の身体をまさぐっているが、それが現実味を際立たせているので今回は許す………を続けていると、墓石がズズ、ズズっと音を立てて移動し始めた。