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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
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屍人薬売




***




「粉を持っているようですが、はて」


暗殺者である以上、俺たちは隠れて誰かを追跡することは得意である。というよりは必須スキルというべきか。

隠密が苦手だという衛利でも単純に誰かを追うだけならば当然できる。

元々が夜だ、夜目が効く暗殺者にとっては仕事の時間であり、己の時間といいかえても良い程。

その中で、衛利が仮称ゾンビ人間が手に持っている薬品を目を細めて見つめていた。


「ああ。芥子から抽出した依存性の高い薬品だろう」

「………あれ、それってもしかして阿片ですか?」

「その通りだ」


―――阿片。

芥子の実から取れる液体によって生成される麻薬物質。転ずればモルヒネなども生成することが出来るものなのだが、単純に生成しただけのものは阿片と呼ばれる。

阿片は古来から、それこそオリエント四文明の時代より扱われていた薬品だが、その最初期は医薬品として扱われていた。痛みを消すための薬として阿片はローマなどに伝わり、中東に再び伝来するとイスラム圏との交易によって、ローマ以降阿片の存在を忘れていた西洋の国々が薬品ではなく嗜好品―――違法なドラッグとして商売を開始した。

学校でも習う最も有名な麻薬によって発生した戦争、アヘン戦争はイギリスが清に売っていた阿片を、危険性に気が付いた清が輸入拒否したことがそもそもの原因だ。


「麻薬は金になる。時代が進んでも様々な手を用いて販売をしようとするほどにな」

「依存性が高いっていうのはそれだけで強力ですよね、あは。それにしてもお金になる、ですか~」


ああ、そうだ。麻薬は金になる。

………商人たちが売っていただけの阿片のせいで国同士の戦争が勃発するのだから。

まだこの世界では医薬品として扱われていることの方が多い阿片を国家規模で煙草や酒に類似する商品として売り出し始めれば、それを始めた最初の国家は莫大な利益を生み出す筈だ。

そうして手に入れた金を用いて街を拡大し、軍隊を整備し、本格的な国としての体裁を整えればあの男の独裁国家が誕生する。

己以外は部品として扱うであろうあの男の国に住む人間とは、民衆ではなく王の所有物としてしか扱われまい。どうであれ良い結末には向かわない。

また、そうして世界中に麻薬が溢れれば国家間のバランスもまた、崩れていくはずだ。

麻薬を麻薬として取り扱っているのはまだ、俺たち暗殺者だけ。………もう暫くはそれでいい。

この世界に麻薬が溢れるには、少々早すぎる。


「それに加え、中毒によって人間を廃人にすることが出来る阿片は人間を支配するのにも最適だ」

「ああ、元々の領主たちはそういうことですか」


一度麻薬に溺れれば人間は何でもする。金を差し出し、友を売り、身分もプライドも捨て去って己の幸福感を充足させるためのそれを求め続ける。

………麻薬と知らない人間に煙草の代わり、酒の代わりとして提供し中毒にさせてしまえばあとはやりたい放題だ。


「阿片なんて生成に時間かかるでしょうに、よくもまあそんなに使うものですよね」

「国を作るに際して前々から準備していたのだろう。あとは作るのに使える裏技などもあると見えるが、さて………動いた、行くぞ」

「はーい」


こうして王が麻薬をばら撒いているのは、ゾンビ人間………いや、麻薬中毒者を増やしたいからだ。

あれらはあそこまで行けば命令一つで動く便利な駒である。もちろん能力は低いがな。

だが薬品の実験台に、或いは投薬兵の材料にしてしまうのであれば本体の能力値や意志などどうでもいいのだから、ああして普段から毒を撒いているわけである。

自分でその毒をさらに拡散させるように命令すれば尚更に便利な道具になるため、重宝していることだろう。その油断、その隙を存分に狙わせてもらおうか。


「なにやっているのでしょうか、あれ。なんか売ってません?」

「ああ。金を貰ってはいないようだがな。ああして中毒者を増やしているのだ。そうすれば放っておいても確実に麻薬中毒者を増やしていける」


スラム街ではなく郊外を狙ったのは金があるからだ。

巻き上げることのできるもの、つまるところ少々であれど生活に余裕のある人間の方が娯楽には手を出しやすい。


「ねずみ講のようなものだ」

「………はい?ネズミですか?たまにハシンってよくわからないこと言いますよね」

「そうだな。………そうだな」


無限連鎖講とも呼ばれる、参加者をねずみ算式に増やすそれは、親会員から子会員、孫会員へと会員数を増やすことにより初期投資より多くの配当を得られるということを謳った商売方式だが、ただの金のやり取りにおいてすら破綻が待っているとして違法と呼ばれている。

今回のケースは金を回収しないが、代わりに親会員から子会員へと阿片を渡すという形式なのだろう。そうすれば信者、中毒者が効率的に増える。


「でも、成程ですね。増やした中で目ぼしい人間を共同墓地に連れていき、選別するわけですか。となると私たちは選ばれて共同墓地に行くことが必要なわけですね」


衛利の言葉に頷く。

そうだ、今回俺たちは忍び込むのではなく招待されてあの地下の空間へと入り込まなければならない。

一か八かなど万策尽きた後の最終手段でしかないのだ、努力と入念な事前準備によって可能性や確率ではなく確実で確定された未来を掴み取ることこそが、暗殺を行う人間が行うべき動作。

夢物語であるのは事実だが、ノーリスクハイリターンという結末に近づくため知恵を絞り、技術を用いるのが何よりも大切なことなのである。

その観点からすれば、共同墓地でのあの時、姿が見えたからと言って暗殺行為を行うのはあまりに早計過ぎるわけである。

あの護衛の戦力が例えば暗殺教団の”長老たち”と同等であった場合、どんなに気配を殺して近づいても、或いは遠距離からの鋭い一撃を浴びせかけたとしても簡単に対応されてしまうだろう。

この人生はゲームではない。やり直しなどは不可能であり、俺の身体には例えば目に見えるチート能力なども存在しない以上、生き抜くために手段を尽くすのは義務である。


「あは、そんな都合よくいけますかね~」

「行けるさ。そのための演技だ」


演技は人の核心へと入り込み、油断を誘い、決定的な隙を露呈させるためにも使われる。

ならばこそ、此度は何よりも強力な武器として演技力が使われるのだ。

目の下に追加の化粧を手早く施し、演技の用意をする。フードを被って息を吸うと心の中のスイッチを入れた。


「………恵んでは………頂けませんでしょう、か………」


足取りはふらふらと不安定に、背は丸めて不健康さを前面に押し出す。

指も同じように伸ばすことはなく、予め握って温めておいた銀貨を一枚弱々しく掲げた。

俺たちが共同墓地からずっと追いかけていた中毒者はそんな俺を見ると金をひったくり、名残惜しそうに粉の入った小さな袋をこちらに放り投げると、それを取るために屈んだ俺には目もくれずに己で阿片を服用し始めた。

銀貨を差し出したのは俺という存在の印象を植え付けるためである。元締めである王本人は金はとっていない筈だが、個人に金を渡すのであれば話は別になってくる。

………足りていないであろう金を差し出した方が、何かと覚えがいい。


「あり………とう、ござ………ます」


声や口調も弱めにし、両手に持った包みをうっとりと眺めると俺は静かにその場を去る。

さて。まずはファーストコンタクトは成功と言ったところか。






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