墓地屍人
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「アガタアガタ、ゾンビですって!」
「そうですね。共同墓地、訪れなければならないでしょう」
変な粉という時点で凡そ察しはつくというものだがな。人がいなくなったというのもまた、理由は簡単なことだろう。
”秘薬の王”には人的資源が足りていない。
これは労働者や優秀な人間の有無という話だけではなく、兵器や兵士となる人間があまりにも欠如しているという意味合いだ。
もちろん前者も足りていないだろう。あの男は己以外は信用していない様子であった、あれでは何か物事を任せられる部下など育ちようもなく、組織として国家に比肩しうる巨大さを持つことが出来ていないのも納得する。
………そうだ、あの男は国家の元首などといった役を行えるような器ではない。
国を導くのに必要なのは、方向性こそは違えど万人から注目されるカリスマ性というものに相違ない。
それは政策の優秀さであったり個人の徳であったり、戦上手というものもまたあるだろう。時には恐怖によって支配する者もいるが、そういったものたちですら必ず人を従える力を持っている。
目的を利用して組織を形作ったとしても、それは見せかけのものだ。あの坑道で秘薬の王に付き従っていたものはあくまでも亡国の再興という自身の目的に殉じていただけでしかなく、王に心から従っていたわけでは無い。
人を魅了する力の足りていない人間が国を治めた時、その末路は悲惨なものだ。あれはそれを理解しているのだろうか。
まあいい、さて。こうして優秀な人間が足りていない理由などが簡単にわかるわけだが、元よりあの男は己だけで全てを行うつもりでいる。
意志と覚悟でそれを押し通すというわけでは無く、自身にそれだけの力があると錯覚している。
だが、それ故に―――欲しがっている人的資源とはあくまでも道具でしかない後者のみ。投薬兵といった便利な兵器にするためだけのもの。
「くだらないことをしますね。投薬兵は確かに強力ですが、そもそも他の国もそれを持っている。量産が可能なだけで兵器として格段に優秀なわけではありません」
あくまで一戦力でしかない投薬兵を有効に扱うために兵士が存在し、軍師が存在する。近代戦争でも参謀室の質によって戦争の質も段違いになるのは周知の事実だ。
それだけを以て国を為せると思っているのであればあまりに甘い考えだがな。第一に国を回すための大臣といった役職はどうするつもりだ。己の意思も問われずに急に興された国には民もついてこないだろう。
国を失ったあの民族が国に納まるにしても、急造の国では何もかもが足りていない。戦争の道具だけで産業も何もなく国が在れると?
………それとも、それらも全て覆すに足る何かがあるのか。奴は研究者であったようだ、何か薬剤―――ああ、そうか。
この街にしたことを国家規模で行うつもりか。チ、それは思わず内心で舌打ちが漏れるほど不愉快だ。
「マルガレア様、秘薬の王を殺す理由が増えました。周辺国家が襤褸切れになる前にさっさと仕留めることにしましょう」
「はい?分かりました。………ふふ、ゾンビですかー殺すのが楽しみですねぇ。あ、これ私たちエクソシストみたいになってません?」
「いえ、なっていません」
「えー。そうですかー?」
「ええ、そうです」
下らない戦争を引き起こさせるわけにはいかないからな。
いざ戦争になればすぐに潰れる国だとしても、それまでに齎される被害があまりにも甚大になってしまう。
その前に殺す。無価値な者を無価値なままに殺す。その人生に意味も意義も与えるものか。
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「ハシン、まだ化粧は落とせないのですかー?」
「ああ。演技をまだ使う可能性がある以上、このままでいい」
そもそも、俺たちがいるということを一目で理解されないためにも特に、肌色を変えることは重要だ。
俺の褐色肌はこの国では少々目立つ。そして秘薬の王は一度、仮面越しにせよ俺の姿を見ている。
体格などから俺を俺と認識する危険性は高いだろう。
土竜が土に潜まれては探し出すのが面倒だ、油断して顔を覗かせているうちに片づけるに越したことはない。
「さて、共同墓地へやってきたわけだが………」
「集まってきましたねぇ、ゾンビ」
時間帯は夜。衛利と読唇術でやり取りをしつつ、墓地の周囲の木々に潜んでいると、段々と人影が増えてきているのが見えた。
微弱な月明かりに照らされているだけであるが、俺たちはもともと夜目の利く暗殺者だ、その表情が不穏なものであるのは容易に見て取れる。
苦し気に息を荒く吐き、涎を垂らしている醜い表情。男も女も関係なく集まってきているようだ。
ゾンビか、言い得て妙だな。実際あれらはゾンビのようなものだろう。
見た目から怪物や人外と錯覚することは多い。吸血鬼もまた、ポルフィリン症と呼ばれる疾患が伝説を補強した。
「さて。ここに来たということはやはり入り口は墓地にあるということか」
「秘薬の王の秘密の出入り口、ですか?」
「一々正門から入るとは思えないからな。万物融解剤があるのであれば坑道など簡単に作れる」
「下から潜り込む、ですか。なるほどなるほど、本当に土竜みたいな人間ですねぇ」
衛利と思考が一致したらしい。事実あいつの動きは土竜のようなことばかりだ。
地下に潜み、下らん悪だくみをする阿呆。現代では農作物を荒らし庭園の地面を滅茶苦茶にする害獣として扱われる土竜。やれ、本来の土竜という生物事態には何の罪はないが、人に対して害であるという点においては同じだな。
「あ、ハシン。開きましたよ」
「墓石か。横にずれた………さらに下に道が続いている」
どうやら軽量の石を道の上に置き、蓋にしているようだ。内側からストッパーをかけ、外からは開かないようにしているらしいな。
「人も出てきました………二人です」
「ほう。一人は見覚えがあるが、もう一人が分からないな」
当然見覚えがあるのは秘薬の王だ。当人が出てくるのは使える人間が少ないからに間違いないだろう。
もう一人は女だ。腰に何か武器を下げているようであり、歩き方も体感が優れていることが理解できるので、恐らくは護衛か。
金か或いはなけなしの信頼か、一人か二人くらいはカリスマ性がなくとも従う人間がいてもおかしくはない。
「どうしますか、攻めますか?」
「立ち位置が悪い。仕留め損なった時が面倒だ」
秘薬の王は女の護衛だけを外に出し、自身は地下への入り口から外に出ようとはしていない。
ゾンビ人間どもに渡している物も護衛が代わりにやっているほどだ。臆病と揶揄するのは簡単だが、護衛の実力も不明な以上、不用意にここで斬りかかって失敗すると確実に地下に逃げられるだろう。
あの男なら護衛も見捨てて逃げの一手だ、護衛が奮闘している隙に万物融解剤などを使って入り口をふさいでしまえば、こちらから追うのは難しい。
墓地を掘り返すわけにもいかないしな。第一坑道となっているであろう地下の道は全て万物融解剤で削られている。あの薬品は溶かした後の物質を硬化させているのが厄介だ。相当な馬鹿力か爆薬でも使わない限り外からの無理やりな侵入は成功の可能性が低い。
「おや?」
衛利が首を傾げる。見れば二人か、男女が地下へと連れられていた。
それなりに体格のいい男と、表情こそは苦悶の物だが見目は麗しい女性。
女性の方は恐らく、あの護衛が欲しがったのだろう。秘薬の王は溜息を吐きながら地下への招待を許可しているようであった。
成程―――あれは利用できるな。
招待された二人の男女が地下へと入ると、秘薬の王と護衛は蓋を閉じた。そして、王たちから何かを受け取っていたゾンビ人間たちは狂気と退廃に満ちた表情で手の中のそれをうっとりと見つめると、墓地を後にしていったのであった。
「あは、いっちゃいましたね」
誰もいなくなったので声に出して衛利が言う。
「ああ。だが侵入する算段は付いた」
「あの石とかは壊せないんですか?」
「墓地の周辺の硬質な足跡が聞こえなかったか?あの辺り一帯、一度溶かして固められているらしい。全部坑道の壁と同じ硬度だ」
貧困街のオルアが感じた異臭は、この周辺を溶かすときに漏れた腐った肉の匂いだろう。
「うわ、それは面倒ですね………石も同じくですか。スカスカそうなのにめんどくさいですねぇ」
細い鉄程度なら切れるが、分厚くコンクリートよりも硬度のある材料を斬るには俺にはまだ実力も技能も足りていない。
ハーサなら問答無用であれらも切り裂けるだろうがな。そうすればもっと強引な目標達成も可能であっただろう。だが、俺はハーサではない。今の俺にできる手段を以って確実に事を為すだけだ。
「行くぞ。まずはあのゾンビ人間を追わなければならないからな」
「さっき言っていた算段ですか。めんどくさいことはハシンに任せます、指示をください」
「………お前な」
まあ、いい。役割分担というやつだ。
とにかく今はゾンビ人間を追う事に集中するとしよう。俺たちが侵入するためにはあいつらが………否、あいつらが手に持っている薬品が必要なのだから。




