薬狐追狩
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「置いておく、ね」
「はい、ハシン………ん~、いいですねぇこういうのも」
衛利の隊商に加わってから数日が経過した。
いや、そろそろ一週間になるだろうか。この隊商はリマーハリシアとパライアス王国の国境近くの小さな村々を主に移動しているのだが、一つの村に滞在するのは長くてもせいぜいが二日ほどのようである。
今老女ローエングリンに言われて持ってきた………というよりは回収してきた………小さな木箱を衛利の前に置く。
中に入っているのは薬草をもとにした生薬だ。
初めて会った際に衛利も言っていたように、この隊商は主に薬の販売を生業としているため、村を訪れ薬を売り、そしてすぐに次の村へ行くといったことを繰り返しているようであった。
なお、薬品の調合は主にローエングリンが移動中に行っている。
「………なんか、変な薬………多いね?」
「そうですねぇ、最近は見ない薬が出回っているようです」
「街とか、大きなところから出回ってきている、みたい」
俺はというと、その間演技を続けながら訪れた村々から情報を集めていた。
元々そうするつもりでこの隊商に潜り込んだため、ある意味ではこれが本来の目的ともいえる。
流石にただで情報を得られるとは思っていない。俺は他人の情報を信頼しないということはないが、結局は自分で集め、取捨選択したものの方が信頼に足る。
「ふん、売り上げが少ないね。―――あんな粗末な薬で何が救えるでもないだろうに」
帳簿に売り上げなどを書き込んでいる衛利を見ながら、ローエングリンがぼそりと呟く。
「調合………分かるのですか?」
「お前のその演技は巧すぎて君が悪いね。本来と差がありすぎだ」
「………む、う。放っておいて、ください」
俺も好きで演技をしているわけではない。
己の本来の性格と大きく違うことなど、自分自身で嫌というほどに理解しているのだ。
とはいえ、演技は俺が生き抜くための術であるのも事実。嫌であろうと手段としては使うのだが。
それはともかくとして、中天の中でも日陰に覆われた荷車の中にいるローエングリンに再び、狐の仮面越しの目を向ける。
話を促すように隣に小さくなって座ると、手に持った東洋風味を思わせる湯飲みを手に取り、茶を注いだ。
ついでに自分の分も淹れる。
「………で、調合の中身かい。分かるとも、当然だ。自然のものを使っていないのであれば特にね」
「それは―――特殊な技術を使ったものが使用されてる、という?」
「そうさ。薬を扱うのであれば毒性や副作用についても理解し、それが個人の体質に合うかどうかも考えながら与える。それが出来ないようなものであれば、効果を弱める代わりに誰にでも利くようにする」
薬効量と毒作用量か。
薬と毒は元を辿れば同じモノであり、どう使うかによって薬となるか毒となるかが変わってくる。
「だが、あの丸薬類は副作用を内包したまま売られている………それを服用し続ければどうなるか、お前ならわかるだろう」
「………一か所が治っても、別の箇所にツケが来る………」
副作用とは毒性だ。
強力な薬であればあるほどに、その副作用も強力なものとなる。
抗がん剤で体毛が抜け落ちるように。
………だが、あれらはそれでも治らないよりは、死ぬよりはいいという本人の意思の上にあるものだ。いわば自分で選んでそれを服用しているわけである。
しかし、最近出回っているあの丸薬―――”秘薬の王”が資金源としてばら撒いているのであろうあれらは、単純な風邪薬等、簡単な薬にまで副作用を内包しているのだ。
あれではどこか一つを治しても、代わりにどこかで別の病が発生しよう。
何故そんなことをするのか。答えは単純である。空になった湯飲みを置いて嘆息する。
………その方が、金を毟り取れるから。
「病を治す薬で、病を生み出す………そうすれば」
「無限に病人が生まれ、無限に薬が買われる。そうなればいくらでも金など手に入るだろうねぇ」
それは特に、こんな小さな村々ではなく大きな街になればなるほど顕著になるだろう。
今はまだ大きな街に根を張るには時間が足りないため、拠点にしている街から外へと流しているだけなのだろうが、数年或いは数十年と月日を重ねれば国を蝕むほどの巨大な病巣となるだろう。
………まさに毒だ。国を、世界を侵す毒である。
しかもその毒は病に塗れた肉体を持ち、戦争までをも起こそうとしている。
「おい、ハシン~!こっち来いよ、飯の時間だぜー!」
「うん」
「衛利もな!婆さんは?」
「寄越しな」
「あいよ!」
この魔女の隊商は最近はまた売り上げが不足気味であり、村に滞在している時であっても自炊生活だ。
金がなくなれば薬の材料を集めるのに手間がかかる。売り物である薬の材料に手間がかかれば、値段をあげざるを得ない。
今の、粗悪とはいえ安い”秘薬の王”の薬が再度出回り始めているこのタイミングで隊商の薬が値上げされれば、買い手はより少なくなることは明白であるため、代わりの箇所を削らなければならないというわけだ。
………さて、ではその場合削られるのは何か。
もちろん食費である。まあ死ぬほど減るわけではないのだが、村にいるからと飯屋や市場に行ってちょっとした贅沢を、などということは出来なくなっている。
その他では、入浴も削られている。まあ、俺は気にしないし衛利も気にしないため、そちらが問題として挙がることはないのだが。
衛利は寧ろ、俺の髪に顔を埋めたりしている。汗は掻いていないにせよ、そして虱などもいないにせよ風呂に数日おきにしか入っていない人間の髪やら腹やらに顔を埋めるのは嫌じゃないのかと聞いてみたが、
「ハシンの身体は果物の香りがします。いい香りです。むしろもっと濃くなってもいいです」
などと言っていた。俺にはよく分からない。
自分の体臭は自分では自覚に乏しいからだ。まあ、衛利が変な人間であるという理由もありそうだが。
ちなみに、この近くには川などもあるため沐浴は偶にしている。一応衛生面は気を使っているつもりだ。
「ほら、食え食え。お前の手柄だぞ~ハシン」
「ありがとうございます。………あの、痛いです」
犬を撫でるように乱雑に髪をくしゃくしゃにされたので、衛利の後ろに隠れてから飯の器を受け取る。
この対応、どうにかならないものか。
最初こそ警戒されていたのだが、数日隊商を共にしただけでこの無警戒ぶりはどうかと思う。
理由がないわけではないが、だからといって一度は武器を構えた相手だ、もう少し敵サイドとして腫物に触れるように扱うべきだろう。
………いや、無理か。衛利がこの調子ではな。
「えへへ~ハシン。どうぞ。お姉ちゃんのお膝です」
「………いらない」
「いいですから~、あは。どうぞ?」
「………はあ」
姉という設定気に入りすぎではないか、衛利。
胡坐をかいて、その腕と胸の中にどうしても俺を収めたいらしい衛利は、俺を手招く。
無視してもいいが、そうするとそれはそれで煩い。
諦めて衛利のなすがままにされるとするか。
「お姉ちゃん。私は、抱き枕じゃ、ない」
「同じようなものですよ~」
「………どいて、せめて腕、はなして」
「食べさせてあげますよーあはは」
………善意なのが尚更厄介だ。
周りの男衆に助けを求めるが、一緒になってもっと食えと進めてくる。
どうやら俺の身体に肉付きがないことが不安らしい。
一応鍛えているため、無駄な肉がないだけなのだがハーサの方針によって俺は見た目からでも過度に鍛えたと分かるほどの筋肉をつけることを許されていない。
それがこんな場所で変な勘違いにつながるとはな。
衛利が箸で摘まんだ肉を俺の口に差し出す。なお、この肉は俺が獲ってきたものだ。
罠をかけ、弓を撃ち、或いは山菜を集め―――等々、削られてしまった食費を補う形で、食事に関することを全てやった結果俺の隊商内での立ち位置は様々な人間から可愛がられる子猫のようなものとなっている。
当然、個人的には不服である。誰が子猫だ。
「衛利はあまり料理が得意じゃないからなぁ」
「雑だからな。その点ハシンはいいなぁ………」
「お姉ちゃんが、雑なのは。知ってる」
隠密が苦手な理由がその雑さ故だからな。
とりあえず、衛利が差し出してきた肉を小さく回数を分けて齧りながら、この数日隊商と行動を共にしてきて知った、”秘薬の王”の丸薬の流通箇所を頭の中に描いた。
流通という名が付けられているように、物は流れるもの。
物資の移動は水のように世界に刻まれ、辿れば必ず始点と終点を理解することができるのだ。
「~~~~~!!!」
「………ん。なに?」
「いえ。食べ方が可愛いなぁと」
「ちょっと何を言っているのかわかんないかな」
頭の中で流れを整理していたというのに、変な言葉のせいで集中が乱れてしまった。
………ふむ。やはり辿れば多くがパライアス王国側へと流れているな。
当然か、投薬兵を製造する手立てがあろうと、機材や物資は必要になる。
それを全て抱えて国境越えをするのは骨が折れよう。ならば、大きな国であるパライアス王国内の別の箇所に潜むというのは最も取られる選択だ。
だが、流石に直通で薬を流しているなどということはない。幾つか、噂で聞く街の名が違うものがあるのは、中継地点として使用しているからであろう。
そこに行くか?いや、中継地点にしているからには組織の目も多いだろう、嗅ぎ回っているのが露呈する恐れがある。
―――そうして見つかり、再び拠点を移されては無駄足を踏むことになる。時間の無駄だ、それは避けた方がいい。
無駄に時間をかければかけるほど、”秘薬の王”の勢力圏は増大してしまうのだから。
「まるで、フォックスハンティング………だね」
「はい?なんですかーハシン」
「なんでもないよ、お姉ちゃん」
フォックスハンティングとは、一定範囲内に設置された無線送信機から発せられる電波を、受信機を用いて追跡、捜索し発見する技術、或いは競技である。
今回の場合、無線とは”秘薬の王”の丸薬であり、隊商として移動してその流通を確認することができる俺自身が受信機であるといえるだろう。
………ならば、しばらくはこのまま隊商として過ごすのが一番いい選択か。
現時点でも大体の場所は判別可能、あと半分程度情報がそろえば―――あの王の喉元を食い破れる。
これだけたくさんの丸薬が行き交っているのだ、それを辿り発見することなど容易い。
逸る必要など、どこにもない。冷静に、冷徹に。それだけだ。
いつもとは違う仮面を撫で、そして再び差し出された肉を齧る。
さあ、王よ。………あと少しだぞ―――?