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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
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魔女隊商




***





「ふうん。段々とではあるが売り上げが戻ってきているようだね」

「そのようですねー。あは、敵の活動圏が最近狭まっているようですから。その分私たちに売り上げが零れてきているわけです」

「放っておいても数百年後には活動圏そのものが消えていると思うがねぇ。何せ薬そのものが粗悪品だ」


そういって手に持った小瓶を放り投げつつ、手元の羊皮紙を机へと戻す老年の女性。

ランプの灯だけの薄暗い室内でもはっきりとわかる程の見事な総白髪。さらには顔や手には皺が幾つも刻まれている。一目見ただけで相当な年月を重ねているということが理解できるほどの、分かりやすい老いを経た女性であった。

………しかし、である。

老人と理解できても、その女性が本当に刻んだ年月を知れば、多くの人間は眼を見開くことになるだろう。


「普通の人間は数百年も生きられませんよ、お祖母ちゃん」

「やれやれ、人間というものは寿命が短くて仕方ないね。不便なものだよ」

「いえいえ、どう考えても魔女がおかしいだけなんですけどね、あはは」


―――この人は、私の祖母でありそして魔女であった。

長い、気の遠くなるほどの年月を生きる人とは違う不可思議な秘術を扱って見せる古の存在。

今はローエングリン、と呼ばれている。昔はまだ別の名で呼ばれていたようだが、それを知るものは今はもう数少なく、自力で調べるには各地に残るこの魔女の伝承を追いかけて正体を判別するしかない。

私は当然、そんなことに興味がないのでお祖母ちゃんとして接し、呼んでいるのだが。


「さあ、衛利。次の村へと旅立つよ、さっさと準備しな」

「はーい、分かりましたー。皆に荷物を纏めさせますねー」

「そういえば」


荷車の多い布を手で除けて降りようとしたとき、お祖母ちゃんから何のことでもないかのようにこんな言葉が発せられました。


「そこに潜んでいる髑髏面は知り合いなのかい?」


お祖母ちゃんが差す指の先は、私自身が除けた布のさらに向こう側。

幾つもの隊商の荷車を超えた先にある、このあたりの地域には普通に生えている背の高い樹木の上だった。

夜の帳が落ち、月明かりも少ない今夜において、並の人間ではそれを察知することすらできないだろう気配の薄さで髑髏面の人間はひっそりと樹の中へと紛れていた。

私たちの視線が向いたことで気が付かれたことに気が付いたのだろう、その髑髏面は猫のようなしなやかさで十メートル以上ある樹から、半円になって停車している隊商の荷車の真ん中へと一切の衝撃も受けずに着地すると、静かに足音を感じさせずに私の前へと歩き出した。

―――直後、隊商の兵士たちが槍を持ち、その髑髏面の少女(・・)へと各々が穂先を向ける。


「敵対する意思はない」


ひっそりと。少女………というよりは幼いが故の中性的な声が、その見た目の年齢にそぐわない低さで響く。

いや、それは低さというよりは冷たさを感じることの方が多いかもしれないが。


「んー、皆さん槍を下ろしてください。多分今槍を構えた六人程度じゃ軽くあしらわれると思いますよ」


一応、私も小刀を引き抜き身体に力を籠めつつ、本気でやり合うとしれば結果的に足手まといになる可能性が多い隊商付きの兵士たちに撤退を促す。

まあ、本人も言う通り敵対する意思はなさそうなので、保険でしかないのだが。

なにせ暗殺(・・)する気ならばとうにやっているだろう。お祖母ちゃんしかその気配に気が付かなかったのだから幾らでも今までに機会はあったのだ。


「久しぶりだな、衛利」

「あは、そうですね、ハシン」


―――幼い身体にエキゾチックな、そして妖艶で冷徹な気配を漂わせる暗殺者に対し、私はそう笑いかけた。







***






「一番最初に気が付いたのが貴女とはな。初めまして、ただのしがない暗殺者だ。………どちらの名で呼べばいい」

「ローエングリンで構わないよ。ふうん、お前は”暗殺教団”の人間か。あいつらは今も変わらず仮面をつけているようだね」

「他の暗殺者は仮面をつけないのか?」

「衛利を見てみればわかるだろう?」

「なるほど」


確かに戦時の暗殺者たる忍者は仮面をつけていない。仮面をつけて正体を隠すという風習は”暗殺教団”だけが持つモノだったのか。

今更ながらに知ることになった。

………さて。何故俺がこの魔女、ローエングリンの前に現れたのか。その因果関係を辿るには数週間を遡る必要がある。

あの日、拠点の山を出立した俺はすぐさまにこの地域を主な拠点として活動している隊商………それも薬や医療品を重点的に取り扱っている隊商を調べた。

幾つか街を転々をする羽目になり、その度に演技を使い分ける必要があったが、それでもようやく目的としていたこの隊商を見つけ出すことに成功したのだ。

その後俺は足取りを追い、さらに街を、そして村を超えた。リマーハリシア辺境フルグヘムにあるアプリスの街から気が付けばパライアス王国の国境地帯近くにまで俺は移動を重ねていた。

国境近く、とはいえキャラバンサライ襲撃時に通った街道の通る箇所とは全く違う場所だがな。森や荒れ地が広がり、巨大な山が連なる本当の意味での辺境地というモノだ。

リマーハリシアやパライアス王国の中心の都市には行かないことは知っていたが、それ以外の主要都市には行くことがある。此度、このような辺境地にいてくれたのは正直に言えばありがたかった。

大きな都、それもパライアス王国の方面だと敵の勢力が潜んでいる可能性があったからな。まあ、この隊商の主である女性の情報を調べるために寄り道も繰り返し、ある程度は時期を見計らったのは事実なのだが。

………では何故この隊商が必要だったのか。それはひとえにこのローエングリンという女性に会うためだ。

本名を別に持つ、古くから生きる魔女に出会う必要があったのである。


「単刀直入に言おう。秘薬の王フェアガーゼン・キングスの本拠地についてを聞きたい」

「おや」

「へぇ。………は、あいつらを殺すのかい、小娘」


老女ローエングリンが口の端を歪ませる。


「殺生は嫌うか?」

「まさか。そこまで善人ならば私は孫を透波として育てちゃいないよ」


戦時にて輝く暗殺技術。即ち戦闘に特化した忍者を育てたということは、争いごとなど日常茶飯事という認識が根底にあるわけだ。

なるほど、噂に聞く豪胆な老女に相違ないらしい。

踏んでいる場数が違う。それが人生観として如実に表れていた。


「あらら?えっと、ハシン達は秘薬の王の本拠地を見つけて叩いたのでは?」

「一時的な戦争物資貯蔵庫を滅ぼしただけだ。元凶は今も存在している。―――今、目に見える形で表れている売り上げの回復は、数年もたてば元に戻ると考えていい」

「数年ねぇ。は、あのような粗悪品はすぐ消え去るのが常だ」

「だろうな。だが、すぐ………という言葉の年月。貴女のそれは俺たち普通の人間とは異なるだろう」


長い年月を生きるという魔女。そのすぐは普通の人間からしてみれば国が一つ生まれ滅びるほどの時間という可能性すらあるのだ。

魔女の口にする”すぐ”は当てにならん。

粗悪品………薬効と共に重大な副作用を持つ現在の秘薬の王の薬品は、確かに放っておけば勝手に潰えるものだ。

しかし、その間無辜の民草が公害事件のような被害を受けるのは間違いがない。それは流石に看過は出来ない。

その被害はいずれ俺たちの暮らす地域にも影響をもたらすだろうからな。

そして何よりも、勝手に潰えればまだマシであるというのが正確な所。放置しておいた場合の最悪の状況、それだけは食い止めなければならない。


「そろそろ鎌をかけるのはよせ。わかっているだろう。あの阿呆者どもを放置しておけばどうなるのか」

「………国家の乗っ取り、多国間を巻き込んだ本格的な戦争を巻き起こすか。やれやれ、人間は未だ血なまぐささから抜け出せないものだねぇ」


あの”王”は去り際に私が国を作ったらなどと宣っていた。

パライアス王国なのか、あるいは他国なのか。もしかしたら国を名乗るだけの集団なのかもしれないがそれはともかく、何かしらの国家的な集団を形成し、世界への反旗を翻そうという意思があることだけは確実。

武力に関しては高い水準を保ちつつ量産が可能な投薬兵もある以上、甘く見ることもできないだろう。

現代でいえば戦車を数十台から数百台を持っているようなものだからな。

さらに。………その技術を仮に転売でもしようものならば世界中でテロイズムに近い、この世界が経験をしたことがないような戦争が始まることにもつながる。


「だが何故私に聞く。自力で見つけ出せばいいもんだろう?」

「業腹だが手段がない」

「はん、素直だな」


ないものはない、それだけである。

故に手伝いを求めるのだ………まあ、当然魔女であり商人であるこの老女に無償の奉仕など求めることはない。

―――さて。では交渉を始めるとしようか。いや?或いは商談、と言い換えてもいいが。

白い髪とは対照的な、衛利と同じ黒と蒼のオッドアイ。その瞳をじっと見つめた。






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