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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
72/146

投薬兵士

***





背後で轟音が聞こえる。重厚な、金属の落下音にも似た足音もついでに。

投薬兵は体重の急激な増加とともに、筋肉構成なども常人とは大きく乖離しているということは知っている。

なにせ斬りつけた側のナイフが欠けるほどだ。まあああなったのは、俺の実力不足もあったのだが。

筋肉という名の鋼鉄の鎧を身に纏った、化け物―――このセカイにはハーサ等を初めとした怪物のような人間も多いが、それは極少数のいわば希少種であり、普通の人間の力は時代による多少の誤差はあれどおおむね俺が生まれたセカイのものと変わりはない。

その中で容易に生み出され、戦場へと投下されるこれら投薬兵というものは本当に厄介だと理解した。

しかも今回はその面倒な投薬兵が複数体だ。

まともに戦いたくはないな。


「おい、あの投薬兵はどのくらいで活動を停止するんだ」

「……急造というわけではないからな。それなりだろう」

「ふむ。もっと具体的には分からないのか?」

「無理だ!―――そもそも投薬兵というのは、国家規模で作り上げる人間兵器の総称だぞ、その製法から特性、機能に至るまで各国間が独自に開発し、調整しているものだ!活動時間だって国ごとの投薬兵の作成手順、方法によって大きく異なる……!」

「成程。今回の場合は、地下へと潜り込み勝手に一組織として作り上げた投薬兵故にその特性は一切不明、ということだな?」

「ああ!投薬兵は作り上げるのが難しい、たかが一つだけの組織なんぞが作ってしまうとは思えなかったがな!頭がいいのは事実ということなのだろう」

「ほう……?」


醸造元の定められた酒と、密造酒の関係に近いかもしれないな。

尤も、密造酒が大きく西部開拓時代に流行ってしまったのは禁酒法の成立とそれを逆手に利用したアルカポネを筆頭にしたギャングたちの金策によるものなのだが。

投薬兵の場合は、その作成方法が非常に難しいため地下組織に違法投薬兵なるものが蔓延するなどという事態は防げたのだろうが。

……兵士の言う通り、確かに所詮は一組織程度が国家が作り上げることのできる投薬兵をいとも容易く作成する、というのは不思議が過ぎるな。

もしや、そういうこと(・・・・・・)か?

まあそれについては後で確認するにして、今はもう少し投薬兵についての情報を引き出すとしよう。

戦う敵のことは知っておくに越したことはない。


「薬品などの注入によって作成されたものが投薬兵、というのは分かった。だが、活動時間や能力などにそんな大きく差があるものなのか?」


鋼鉄の扉を蹴破り、絶命している拷問した兵士の脇を通り過ぎ、牢屋の間へと駆ける。

ちらりと背後を振り返ると、扉に衝突した巨体が扉を殴りつけ、金属製のそれを大きくひしゃげさせている光景が見えた。

二度、三度。殴るたびに扉が膨れる。

そして四度目で扉がはじけ飛んだ―――その奥からは、拳から血を流した投薬兵が現れ、鼻を動かすと再び俺たちを追いかけ始めた。

その時にはもう、拳の傷は治っていた……いや、完全に治っているわけではないのか。

皮膚の下には内出血の跡がある。

治りが速いのはあくまでも表皮のみで、筋繊維などは重大なダメージを負えば完全に治すことは難しいとみていいだろう。


「ああ!リマーハリシアの投薬兵は脚力が強く、非常に足が速いが、その代わり上半身……腕の力はそこまでじゃあない。我がパライアス王国の騎士ならば正面から受け止められる程度だ!」


息切れを始めた兵士が、それでも情報を開示する。

情報共有を優先にしなければ自らが死ぬと分かっているのだろう。なるほど、意外にも賢い男だ。


「アトランティアなどは肺機能がもっとも発達していて、長距離を潜水して移動することができる!」

「ふむ。―――パライアス王国は?」

「上半身強化型だ!近接による殴り合いで最も効果を発揮し、活動時間は短いが再生能力が高い!短時間においては全国家の中でも上位に位置する性能を持つ!」

「再生の範囲は。骨まで断たれれば流石に動きが止まるのでは?」

「骨まで攻撃が通ればな―――筋肉が非常に硬く、そしてその筋肉自体が再生するため骨を断つのは難しい……くそ、まだ追ってくるか……」


牢屋を壊しながら、腕を振り乱して巨躯が迫る。


「……そういえば、男しかいないな。何か関係があるのか?」

「男と女では身体の中の……なんだ、成分みたいなものが違うらしい!それが多量存在している男でないと投薬兵は作り上げられないのだ!」


男性ホルモンと女性ホルモンの違いか?

確かに筋肉や骨の活性化を齎すのは男性ホルモンだったはずだ。それの分泌上限を取っ払い、肉体が持つ成長制限をも消し去れば、短時間で寿命と引き換えに身体を爆発的に成長させることは理論的に可能だろうが……所詮は一度きりの輝き、ドーピングよりも悲惨なものだな。

兵士を爆弾にする、まさに人間兵器か。近代戦争ならば非人道的だと真っ先に研究中止の対象になっているものだろうが、それが各国で盛んに行われているというのはこのセカイの、世界そのものに対しての認識の小ささを窺わせる。

まだまだ、世界が小さいのだ。故にこそ、俺達のような暗殺者が幅を利かせることができているわけだが。


「ここからは直線か……!逃げ切れると、思うか」

「俺一人ならば」

「……はあ、……そうか。……置いて行くか、私を」


半ば諦念のこもった視線を俺に向ける兵士。


「―――お前の名は?」

「私の名前、か?……サイルだ。サイル・ナージャス」

「そうか。ではサイルよ、お前には二つ選択肢がある」


息切れが深刻になり、走り方も崩れが見えてきた兵士……サイルに対して、俺は二つの提案をした。


「一つ。このまま死ぬ。俺としてはその方が楽だがな」


指を一本立て、このあと順当に進めば訪れるであろう結末を一つ。

そして……。


「二つ。俺に(・・)殺しの依頼をする(・・・・・・・・)。あの投薬兵を殺せ、とな」

「な、なに?!」

「選べ。十数えるまでにな」

「待て、待て待て!私はお前たちの敵国の兵士だぞ?!」

「いや。俺たちはあくまで暗殺者の集まりである”暗殺教団”。国家同士で争いが起これば面倒なことになるため、先んじて戦争資源を壊しに来ただけだ。サイル、お前にも俺たちに依頼をする権利は存在している」


だが、と前置くと仮面越しに冷徹にサイルを見据え、


「当然依頼をするならば、報酬も払ってもらう―――今回は緊急事態だからな、こちらで報酬は指定させてもらおう。……では、カウントを始める」

「な……?!」


驚くサイルに、あえて分からせるようにゆっくり後ろに視線を向けると、もうすぐそこまで投薬兵が近づいていた。

口からこぼれる煩いうめき声も、一見鈍重に思える足音もすぐそこだ。

万物融解剤によって作られた坑道を、その足と振り回す腕によって削っている―――その怪力で人間が殴られれば、即死するだろうな。

いや、即死するだけ運がいいか?もしかすると全身の骨が砕け、痛みを味わったままゆっくりと死んでいくことになるかもしれない。

どちらにしても碌な結末ではないな。

俺としてはどちらでもいい。心の中でカウントを無感情に進めていく。


「ええい、お前は意味が分からないな!分かった、依頼しよう―――で、何を代償として支払えばいい!」

「情報だ。今ある情報ではなく、遠い未来の情報をな」

「ッ!スパイになれ、と……お前は私にそういっているのか……?」

「少し違うな。情報屋になれと言っているのだ。必要な時に必要な情報を提供する、いわば協力者になれと。そういうことだ」


情報屋という言葉を初めて聞いたのか、眉を顰めるサイルはしかして考え込み。

後ろを気にしながらも、きちんと質問を返した。


「それはパライアス王国を滅ぼすためか?」

「否。時には救うこともあるだろう」

「―――もし、その情報提供を私が後々拒んだのならば?」

「……?簡単な話だろう、殺すだけだ」


当たり前のこと。約束の反故には命を以って清算させるのみ。


「……ッ。ああ、分かった。いいだろう!その代償を吞み、お前にあの投薬兵の殺人を依頼する!」

「請け負った。ではお前に一つ、首輪をつける。これもまた報酬のための一環―――お前の言う所の代償だ、我慢しろ」

「―――ッ?!」


走りを止めた瞬間、サイルの頬をナイフで深く削った。

頬骨を削った鈍い感触と、薄い皮を切り裂いたが故の抵抗感の少ない刃物の入りを感じ取り、今なお突進を続けている投薬兵へと向きなおった。


「い……ッ!!?おま、何をする!!」

「血が出ているだけだ。痛みもそんなではないだろう?」

「傷は十分深いんだが?!」

「当然だ。その傷はお前に付けた首輪。逃げぬように、逃げられぬようにと刻んだ印だ」


……俺の胸に刻まれた、奴隷印のように。


「さあ、走れ。ここに留まっていてはついでに死ぬかもしれないぞ」

「本当にお前は人間か怪しくなるな、糞……ああ、確かに傷跡が残る傷だが、それだけ、か」


顔の左側に付けられた一筋の切り傷に手をやり、少しは襲う痛みに顔を歪ませると、サイルは諦めたように首を振って再び走り出す。

この先の道には投薬兵はいない。暗殺者たちはいるだろうが、ミリィやハーサならばサイルの傷は印だと気が付くだろう、これよりの道にはあの若き兵士を脅かすものはない。

つまり、あとは俺がこの目の前の投薬兵たちを殺し切れば依頼達成という事だ。

これで優秀な情報屋が手に入ったと考えれば、まあ安いものだろう―――いや、ハイリスクハイリターン、というやつかもしれないが。


「さて……」


俺が立ち止まったことで、投薬兵達も突進をやめる。巨大な腕を大猩猩(ゴリラ)のように地面へと垂らす投薬兵を見据え、ナイフを構える。

巨大な敵を相手にしているというのに、この場所の環境は狭苦しい坑道内。

なかなか面倒な戦いになるかもしれないが、どちらにせよこの戦争資源である投薬兵の始末は俺に与えられた本来の仕事でもある。おまけがついてきた、それだけのことだ。

仮面に手をやり、しっかりと嵌められていることを確認すると、全身に力を入れ始める。


「……AAAAAAAAA!!!!!!!」

「OOAAOAAAAAAA!!!!」

「喚くな、喧しい」


……やれやれ。戦闘開始といこうか。






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