秘薬之王
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「さて。ではこの先には無数の敵が溢れているわけだが……どうする。お前はついてくる気か?」
「それは当然だろう。……投薬兵を潰すのは私の意思でもある」
「そうか」
それがお前の意思であるのならば、俺にそれを閉じる権利はない。
自由にすればいいが……ふむ。
正直に言おう、暗殺者としての行動をこれから行うとすれば、少々足手まといになるな。
だがここから帰すのもそれはそれで面倒だ。連れていくしかないか。
「―――王とやらは、この先にいると思うか?」
「いるだろうな。話を聞く限りかなり承認欲求が強く、自己の為した結果を見なければ気の済まない質のようだからな」
パライアス王国の将軍を密かに殺す、という目的を持って、配下の組織を装って集めた投薬兵を解き放つのだとすれば、必ずその後を見届けるためにここに存在しているはずだ。
問題は一本道であり、なおかつ無数の配下がいるとなれば、相対する前に気づかれて逃げられてしまう可能性がある、ということか。
いや、実際はもう遅いだろう。この場はちょうど外部との中継地点だ。
何の問題がなくても通常の組織としての体を為しているのであれば、必ず特定時刻を過ぎる度に何かしらの情報のやり取りがあるはずだ。
しかしながら、俺達はその情報伝達を行う敵までをも殺している。
届くべき情報が届いていないという時点がなにかがあったということに感づくのは当然だ。
もうすでに王とやらは逃げているか、或いは戦力を固めているかのどちらかだろうな。
俺の推測では、幾人もの兵士を完全戦闘態勢で配備させている、といったところだろうが。
「ふむ。……いたな」
「ああ」
推測はビンゴ。
……ゆったりと歩いていると、前方に小瓶を携えた男たちが見張りをしていた。
ここは一本道。こちらが相手を視認したということは、あちらも俺たちを見たというわけだが―――。
「ここからは俺一人でやる。後ろから敵が来た時だけ教えろ。……それはないだろうがな」
「あ、ああ……いやしかし、危険では―――」
声を上げ、小瓶を口にいれた瞬間には俺は既に見張りの男たちの懐に入り込み、首を切り落としていた。
甘いな、見てから身体能力を増強させる薬品を服用するなどとは。
実際の戦争においては相手に武器を向けられてから悠長に戦仕度をしている暇などはない。
サーチ&デストロイというやつだ。
発見された時点で、状況に応じた対処手段を持っていないのであれば死があるのみ。
貴様らはあまりにも、戦慣れしていなさすぎる。
「―――さて」
仮面の奥の眼光を、坑道の奥へと向ける。
残りは何人だ?フードを被った男たちはそれなりの数がいるが、どれこれも今の一瞬の味方の絶命を見て呆けている。
その隙をつくのは容易い。
再び駆けだすと、まず集団の内部へと入り込む。
味方同士の輪の中に溶け込むと、ゆっくりと一人の首を落とし、さらに紛れる。
一対多の戦いでは真正面からやりあっても面倒なだけだ。こういう時は影に溶け込み、ゆっくりと一人ずつ始末していくに限る。
まあ、戦闘になれていない素人たちだ、そう気負う必要もなくすぐさま方はついたが。
「早いな。……一、二、十八人ほどか」
「もっといるだろうが、この程度の練度であれば容易が過ぎる……このままで済む予感しないがな」
所詮ここにいる者たちは一枚看板な存在ではないものがほとんどだ。
いや、恐らくこの黒幕にはそんな人間は己一人しかいないだろうが、それ故にいくらでも人間を資源や駒として使い潰してくるだろう。
ふむ。厄介というよりは面倒だ。
ただただ労力のみが嵩むからな。いっそ王そのものがここに現れてくれればいいが、そんな望みは詮無きことか。
「いたぞ、殺せ!!」
「糞共が……!!」
「はあ……後続か。面倒だな」
今度は薬品を服用しているようだが、戦闘技術が伴っていないのであれば結果は同じ―――。
早々に片づけて、さらに奥へと歩を進めたのだった。
***
「ここが最後か」
血の滴るナイフを仕舞わずに、抜き身としたまま最後の扉に足をかける。
中にいくつかの気配を感じる。当然、人間のものだ
今度は話し声などは聞こえず、どうやら扉が開くのをじっと待っているようだがな。ふん、そのままだらだらしてくれていれば仕留めるのも簡単だったのだが、そうはいかないか。
ここまでに扉はなく、それに伴い投薬兵も資材も存在しなかった―――となると、最後の扉であるこの先に黒幕である王がおり、そして資材も置かれているとみていいだろう。
「覚悟はいいな」
「待ってくれ……いま、息を整える」
「却下だ」
「ちょっと、待てって、おい!?」
そんなものを待っている時間はない。
行住坐臥常日頃から戦に身を置いていれば、わざわざ突入時に息を整える必要などないだろうに。
―――尤も、俺もその境地に身を置いているわけではない。精々は一つの仕事の最中であれば意識を逸らすことはないと、それくらいか。
……ハーサなら別だがな。あいつは普段からずば抜けて頭がおかしい。修行で本当の殺し合いをする人間だ、頭の螺子が相当数抜け落ちているのは間違いない。
ということで、扉を蹴破ると、ゆっくりと最後の部屋へと侵入する。
「こんにちは。或いはこんばんはだ。お前たちを殺しに来た」
「……女?!」
「いや、少女だ……奥には―――パライアスの兵士か」
「はは。将校の位階とみていいだろうな」
向こうも向こうで俺たちがいることを理解していたのだろう、いきなり扉を蹴破っても返ってくる反応は俺達の姿に対しての感想だった。
それよりも、だ。最後に兵士の服装を見て将校だと察した男―――布陣、いやこの人数ならば隊列か。
その中央部、最も安全な場所に立つ白髪の男……こんな状況でも悠然と立っているこいつが”王”か。
白髪は歳によるものだろう、髪全体も薄くなっているため、地肌の色も交じっているが立ち振る舞いにそれほどの老いは感じさせていない。
「軍の将校とそれに雇われた暗殺者、と言ったところか?」
「……」
外れだ、馬鹿者。
「返り血に塗れた肢体、ナイフ。腕が立つのは間違いないようだな」
とはいえ、戦力分析はそれなりか。半人前である俺程度を腕が経つと称しているのはどうかと思うが。
一流の人間を見たことがないわけではなさそうだが、実際に戦ったことはない……といった感じか。
技術技量は、それに触れなければ分かりにくいものだ。岡目八目などとは言うが、その道に通じていない人間からしてみれば外から見るだけでは何のことかわからない方が多い。
戦闘や暗殺技術もそれと同じこと。実際に戦わなければ分からない―――それが現実だ。
故にこそ、真に腕の立つものは相手の実力を見破る見分の才に秀でることになるわけだ。
「お前たち、時間を稼ぎなさい。私がなんとかしよう」
「は、分かりました!」
「王よ……頼みましたぞ!」
「ええ、もちろんです」
「……おい、暗殺者。後ろに見えるか?」
「ああ。やせ細った人間と、無数の薬品、そして注射針の数々―――あれが投薬兵の元か」
薬品によって強制的に活動させる、強力な肉人形。
それこそが投薬兵であるとは聞いていたが、成程。元となる人間が健康体である必要はないわけだ。
漂う若干の異臭から、かなり長いこと薬品漬けにさせられているのは間違いない。
餓死してもおかしくないあの体躯で生きながらえているのはそれが理由だろう。
……それよりも、だ。
王といわれたこの男、何とかするとは言っているが―――やれ、その目線の奥から、仲間であるはずの自らの身を守る人間を助けようとする意志が一切伝わってこない。
これは悲惨な結末となりそうだが、さて。
「はああああ!!!」
「邪魔だ」
単調に振るわれた敵の武器、サーベルをナイフで滑らせ、地面に突き落とす。
それを踏みつけて、腕を切り落とすと、腕の付いたサーベルをつかみ取り別の敵へと投擲。
身体能力の上がった相手はサーベルこそ弾き飛ばせたが、直後に剣を抜いて一刀両断を行った兵士の攻撃によって絶叫を上げて沈む。
ふむ、王の行動を一々待ってやる義理はない、何事か面倒を為す前に殺すとしよう。
「やらせる、かああ!!!」
「俺たちの国を、作るんだ……迫害されない、俺達の国を」
「ち……必至だな」
迫害されない国だと?目を細めて、道を阻む敵の姿を見る。
俺はまだこのセカイの歴史などを事細かに理解しているわけではないが、元の世界にも国を欲しがった民族というのはいたな―――あれらと同類ということか?
いや、違うな。首魁、黒幕……即ち王がそういった人間を取り込み、利用しているのが正しい。
本人は本人が王という身になれればそれでいい、臣民など歯牙にもかけない人間だが、手が欲しいからうまいこと口を使い人を集め、そしてこの組織が生まれた。
これが正解。ここまで肥大した、フェアガーゼン・キングズが構成できたその理由。
口八丁で人間を操る指導者は歴史上幾人か存在したが、王もまたその一人か―――は、成程。
それはそれは、しっかりと殺さなければいけないな。
より多くの仕事をしなくて済むように、しかとこの人間を殺さなければいけない。
誰を殺し、何を殺し、その結果誰を殺さずに済むのか―――これが。これこそが、誰を何を以って殺すのかを定めし暗殺者の法、裁定。
お前はだれを殺すのか。暗殺者は、皆それを自身に問いかけながら殺すべき相手を定めなければいけないのか。
……理解しているつもりではあった。
誰かを殺すという事実、それを背負うという責任を。
だが、暗殺者に求められる責はそれ以上なのか。死をもたらす悪魔なればこそ、相手を間違えればより多くの死を振りまかねばならない。ああ、それは何とも―――。
「難儀なことだ」
だが、ここで今、俺は貴様らを殺すことに決めた。
国を持ちたいと思う気持ちに貴賎はなかろうが、その手段を間違えた者に待つのは自業自得という節理のみ。
……悔め、その安易な手段と欲望を共に侍らせたやり方を。それらが招いた末路を。
さらに首が落ちる。
今日だけで幾つ首を落としたか。―――五十はくだらないか。
全てを覚えていることは出来ない。
俺は人間だ、怪物でも神ですらないのだから、記憶の限界はある。
それでも、殺したという事実だけは覚えておこう。どれだけお前たちのやり方が間違っていたとしても、殺しという手段を取った俺もまた、正しくはないのだから。
……いずれ俺もまた、裁かれるのだろうな。
「む」
「目覚めよ、怪物たち……我が子、我が芸術よ!」
遅かったか。
いや、既に起動準備状態だったのだ、一瞬でも邪魔をされた時点で王の行動を。
―――投薬兵の始動を、食い止められる道理はなかった。
「ああああ……あぁAAAAAAAAA!!?!!」
「GAGYAGYAGAAAAAOOOOOOO!!?!?!?!」
「ぐ、うる……さいな!」
「同感だ」
掠れたうめき声はやがてくぐもった絶叫へと。
枯れ木のような手足は、ブチブチと筋繊維を吹き飛ばしながらもすぐさま再生し、さらに増大。
十秒も経てばなんと―――丸太の如き太さへと変容を齎した。
首回りも同じように増大し、胸筋や足も巨大化していく。
……ああ、うむ。性器もまた悍ましく巨大になっていたが、あれについては口を噤もう。
俺の精神は十全に男のままであるため、あれを見ても特に何かを思うことはないが、声に出すのは流石に下品が過ぎる。いや、だが普通に気持ち悪いな、あれ。
自分にはもう付いていないため見る機会もあまりなくなっていたが、あんな形だったか?
まあいいか。
「お、おお……は、はは!これでお前たちも終わり――――ッ??!?!?!」
……声を上げた敵の頭が吹き飛んだ。
理性を失った投薬兵は薬品棚を吹き飛ばし、坑道を怪力で抉りながら手当たり次第に破壊を繰り返す……。
あれは、失敗か?
かなりシビアな調整が必要であるらしい投薬兵だ、アプリスの街での投薬兵はアッタカッラが調整をしていたからこそ活動を行えたが、今回はそうもいかないようである。
「王、王!?」
「……ふむ、鎮静剤の分量を攻めすぎましたか」
「たす、助けてくださ―――ァ」
「ですがまあ、使い捨ての爆弾程度にはなりますかね。ええ、これでレシピは完成しました。盾将軍の破滅をこの目で見れないのは残念ですが、私はここで去るとしましょう」
小瓶を蓋を開け、口に流し込む王。
その隙を狙おうと思ったが、縦横無尽に動き回る投薬兵が邪魔だ。
「それではさよならです、諸君。次は私が国を作った時にお会いしましょう―――それまで、生きていればの話ですがね」
「―――死ね」
一瞬の間、王へと繋がる道ができた。
ガラス針を取り出すと、投擲。いや、駄目か。
視力も随分と強化されていたらしく、腕によって防がれてしまった。
「玻璃の棘、ですか……これは珍しいものを見た」
「待っていろ。すぐに殺しに行く」
「はは。―――無理ですよ」
口を歪ませると、若干血の滴る腕を払い、部屋の奥へと逃げる。
ふん、また井戸か。王は随分と井戸を逃げ道とするのが好きなようだな。
足に力を籠め、跳躍するとすぐさま俺たちの視界の外へ消える王。
それを兵士が追いかけようとするが……。
「無駄だ。崩れるぞ」
「―――っ!!?っとと……糞、崩落させたか!」
万物融解剤だろう、井戸の構成物質を溶かし、道を塞いでしまった。
危ないな、兵士よ。生き埋めになるところだったぞ。
まあ、今はそれよりもだ。
「さっさと逃げるぞ。……敵もほとんど死に絶えた、次の標的は」
「私たちか!!って、もうすでにこちらを向いているぞ……!!」
「走れ。死にたくなければな」
血塗れになった部屋の中、投薬兵の攻撃を掻い潜り王の座っていた付近に寄るといくつかの物品を回収し、背中の袋へと詰め込む。
ついでに万物融解剤をひったくり、蓋を開けて投薬兵に振りかけた。
「OOOOOOOOOOOOAAAA??!?!?!?!」
悲鳴こそ上げたが、傷はすぐに塞がっていく。駄目か。
やはりここは、逃げる一択しかないな……ッ!
―――無数の瓦礫となり果てたこの場を、二人で全力で逃走したのだった。