拷問無惨
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「う、あ、おおおおおお!!!??!?!?!」
「……あまり、いい気分のものではないな」
「やるといったのはお前だろう」
「まあ、流石に共闘関係にあるというのに、まかせっきりも悪いと思ってな。だがこれは……少しばかり、後悔をしているところだ」
二つの扉が双方ともきっちりと閉められ音の漏れなくなった実質的な拷問部屋の中で、鎖に拘束された男の悲鳴が響く。
まあ歯を無理やりに引き抜かれたのならばそれほどの声を上げるというのも理解ができない話ではないがな。
健全な歯というものは抜けかけのものと比べてかなり深くまで根が張っている訳で、それを強制的に引っこ抜けばそれだけ痛みが襲う。
かつては歯医者という職業は、街中に於いて無理矢理に歯を引き抜き、その痛みによって悶えるものをそれを取り巻く観衆たちに見せ、まるで芸のようにする……実質的な見世物小屋の調教主のような存在だったというが、成程。
これほど暴れるのであれば、当時の娯楽のない人間にとってはよほど愉快に映ったことだろう。
尤も、今現在俺が生きているこのセカイこそはそういった環境のはずなのだが。
「さて。話す気になったか」
「くた……ばれ!!!」
「強情だな。結末は変わらないだろうに」
歯を抜く拷問というのはいい考えかと思ったが、まだまだ口を割る気はないか。
あまり時間をかけるわけにもいかないしな。このままではすべての歯を抜ききってしまうだろうし、男の方はそれに対しての覚悟を決めている眼だ。
つまり、完全に歯を抜ききってもこいつは話さないとみていいだろう。
不毛だな。
歯を抜こうとする兵士を手で制し、ゆっくりとナイフを引き抜く。
「ふぁ、は……!しゃべると、思うな!」
「そうか。まああれだ。最後に口だけ残っていればいい」
どうやら傷をつける―――鞭打ちなどと同じようなものをされようとしている、と勝手に勘違いしているようだが、時間があるならともかくそんな面倒な拷問法、俺はとることはない。
そもそもとして鞭打ちは痛みによって意識を冴えさせ、苦痛のみを強く与えるための方法だ。
どちらかといえば情報を引き出すための拷問というよりは、拷問を楽しむものが悲鳴を聞いて愉悦と快感に浸るために存在するものだろう。
となれば、拷問をするという行為には別段特に何も思っていない俺がそんな手法を取るわけがないのだが、まあこの男はこの場で出会ってだけの関係だ。
俺のことなど理解しているわけもなく、ある意味このナイフを鞭と同列に扱うのも仕方のないことである。
ああ、そうだ。
このナイフを何のために使うかといえば―――。
「ぎ……ああああああああああああああ!!!!!!!!!」
男の顔から二つの球体が転がり落ちた。
眼球だ。抉られた後にさらにつながる神経を切り落とされ、ただの柔らかいボールとなった眼球が床にぼとりと転がっていったのだ。
「眼、眼が、見えない……見えねぇえええ!!!????」
「ああ。切り落とした。次は指だな」
「まッ?!?ああぎゃぎゃああああああ??!!?!?!!」
指は多くの神経が通っているため、痛みを感じやすいだったか?人差し指の第一関節を切り落としながら久しぶりの日本に居た頃の過去を明確に思い出す。
確か昔のアニメか何かで、指の関節一本一本に釘を差し込むというものがあった。確かに一度に指を詰めさせては与える苦痛の量が減ってしまう、そうしていく方が効率はいいだろう。
最も強烈で鮮烈な痛みを与え、そしてそれを上回る痛みか、同等の痛みを複数個残しておく―――そうすれば大体の場合、その精神は沈むものだ。
「話す気になったか」
「死ね、死ねええええッッッああああああ!!!?!!?」
「う……ちょっと気持ちが悪くなってきた、私は後ろを向いている……。終わったら言ってくれ」
「ああ」
次は中指。そして薬指。
いい忠誠心だ。そこまで忠誠する相手かどうかは別として、これほど口が堅いというのはある意味利点だろう。
まあ、ただ痛みを受け続けることに反抗したくなっただけという可能性もあるが。
こいつはどちらだろうな。……まあ、どちらでもいいか。
「話す気に、なったか?」
「―――あ、――――ッ……ぅあ……」
「ずっと指もつまらないか。足とその随分と湿った股間の粗末なもの、どちらがいい?」
「……?!は、話す。話す!!!!」
「それでいい」
返り血を口で舐め取り、男に小さく笑いかける。
……はて、悲鳴を上げられた。少しばかりいじめが過ぎたか。
でも性に関するもの―――凌辱や、性器を切り落とすという手段を最後に持ってきただけまだ人間味のある拷問だったとは思うのだがな。
どちらも結局のところ非道ではあるのだが。
「おい。……話を聞いておいてやれ。俺では威圧を与えすぎる」
「分かった。……さて、酷い有様だな」
「悪魔……悪魔だ……」
「どちらかといえば吸血鬼な気もするが」
「……」
好き勝手いわれているな。俺だって好んでこのような手段を取ったわけではないのだが。
自白剤を持っていればもっと簡単だったのだが、生憎とまだ調合手段を知らない。
……ハーサには毒物への耐性訓練で媚薬とともに自白剤を打たれた記憶がある。
ということはあいつならばそれらをレシピを持っているということだろう。業腹だが知っていた方がなにかとやりやすい、教えを乞うとするか。
「―――と、投薬兵の、資材は、お前たちの言う通りこの先だ……」
「先の構造と残りの人数を教えてくれ」
「人数は、分からない……幹部の人数と、その部下の人数は、俺達みたいなのには知らされてねぇんだ……」
「なるほど」
「構造は、一本道だ……見張りも、たくさんいる……」
「厄介だな……回り道や別の入り口はないのか?」
「あるかもしれない、けどよ……」
「知らされていないということだろうな。まあ半ばそうだろうとは思っていたが」
キャラバンサライの中の商人たちを、パライアス王国軍よりも先に買収していたという事実から、おそらくこの地下の道の方が先にあり、そちらからキャラバンサライの中に侵入したとみるのが妥当なところだ。
ならば最奥にあるのは、この場に詰めている人間には知りようもない、正真正銘の幹部たち―――此度の黒幕に当たる人間たちが通るための秘密の通路があってもおかしくはないわけだ。
―――まあ、俺が知りたいのはそんなことではなく。
「一つ聞こう。あの牢屋の中に年端も行かない少女の死体があった。……何をしたかは一目瞭然だが、あれは何のためにやったのか聞かせてもらおうか」
「あれは……ひ、人質だ。医療知識を欲しがった、王が、ある人間を仲間にするために、その……娘を……」
「王か。この組織を率いている人間だな。ここにはよく来るということか」
「ああ……そ、そうだな。王は、このキャラバンサライを、よく利用してた……それで、あれだ。ここの、商人たちに命令して、あの娘を……。―――坑道を作るための、薬とか……強化剤とか……、父親に作らせるために、捕らえて……それで」
―――眼の無い男の顔が、ほんの少しだけにやけた。
「お、犯したんだ………俺はやってない!そこで、し、死んでる奴らが!どうせもう帰ることはないんだからって、本当だ!」
「そうか。元から帰す気はなく、そして―――」
首を小さく傾げて、男の顔を無表情な視線で射貫く。
「だからどうなってもいいと、己の欲望をぶつけたか」
「俺じゃない、俺じゃないからな!?」
「ああ。分かっているさ」
男の肩そっと手を置き、宥める。
ああ、分かっている。……その言葉が嘘であるということを。
「行くぞ」
「……そいつは?」
「うん?……ああ……」
指は鎖につながれたままの男を差していた。
終わったんだから解放しろと騒いでいるが、当然―――小さな娘を凌辱し殺した貴様を俺が許すはずなどない。
そっと指に絡ませた糸を引く。
「こッ……ぁ??!!!?」
最も苦しくなる力加減で首が絞まり、騒いでいた男の声が途切れた。
「な……ん……で」
「自分の胸に聞いてみたらどうだ。懺悔する時間くらいは残っている」
糸の先を適当に辺りに括り付けてから、先の扉へと向かう。
死を迎える方法の中でも最も残酷で辛いとされている窒息死。
それを存分に味わえるのだ、最後の晩餐としてはいい趣向といえるだろう。
精々、あの父親と―――なによりも無為に殺された娘に詫びるがいい。それだけの誠意がまだ、残っているのであれば、な。