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脱出奴隷

「……せいぜいヒィヒィ鳴いて居ろ、玩具が……!」


思わずそう吐き捨て、自室へと戻る。

主は、夜伽の際に男が同伴することを許さない。

安全のためには、多少なりとも警備を配置しておきたいのが本心なのだが、どうしても嫌がるのでは、私では何もできない。

それに、最悪の結果として、無理を押し通そうとした結果、私がこの役職から遠ざけられてしまうということもあり得るのだ。

残念だが、どうしようもない。

自室に戻り、書類の整理をしよう。


「―――誰だ?」


足音――規則的な足音ではあるが、音の反響具合と、音源の近づき方から推測して、女。


「私ですわ、フロル様」

「アルディか。この時間にこの館に来るのは珍しいな」

「ええ。ちょっとばかり、フロル様に用事があったものですから」

「用事?話してみろ」

「―――いえ。もう終わっていますわ」

「なに?―――っな?!」


黒い手袋に覆われた腕が、私の首元にナイフを突きつけていた。

何処から?!

反射的に腰の銃を抜き放とうとするも、瞬時に接近したアルディにストックを抑えられ、抜くことができなかった。

動揺していたとはいえ、この私の動きについてくるほどに速い…!


「貴様は……」

「”暗殺教団”、長老たち(エルダー)が一人、”無芸”のハーサ」

「そして、私は”百面”と、お覚えください」


―――”暗殺教団”

この周辺一帯に存在する、暗殺者たちの元締め。

数人程度の暗殺の達人たちがリーダーとして君臨しており、その規模は軽く軍隊のレベルにまで達するという。

無論、暗殺者は軍人などと違い、基本群れることはしないために、規模は軍隊クラスであっても、統率などは烏合の衆に過ぎない。

だが―――その暗殺の技術は、脅威に値する。


「……何故私を拘束する」

「まぁ、私としちゃあ誰でもよかったんだ。本来の仕事は、この砦の主を殺せ、だしな」

「マキシム様をか?」

「ああ。まあ、基本的に厳重な警備下にいるあいつを暗殺するのは、並の暗殺者じゃ厳しい。ならばと私が出てきたわけだが、なんとまぁ面白い小娘を奴隷にしているじゃないか」

「奴隷だと……まさか!」


マキシム様が危ない。

早く助けに行かなければ……しかし、そのためにはこの者たちが厄介だ。

アルディ……いや、”百面”は私を拘束することだけに注力しており、抜けそうにない。

かといって、”無芸”から抜けようにも、怪しい動きをすれば、今にも喉に突き刺さりそうなナイフがさらに喉に近づき、血管にまで達するのは自明の理。

……私は、権力を得なければならないのだ、この場所でそのための足掛かりを喪うわけには―――。


「フロル様、最後まで話をお聞きになさってください」

「そうだぜ?これはきっとお前さんにとってもいい話になる」


気配だけだが、後ろの”無芸”がにやりと笑った感じがした。

―――もしかしたら、私は悪魔の取引をしたのかもしれない。


「だからさ……取引と行こうじゃないか?」


だが。

悪魔とでもなんとでも取引してやるとも。

妹の敵のためなのだから。


「いいだろう。聞かせろ」

「まず、依頼主から話すよ。依頼主はねぇ、なんとこの国のとある大貴族様だ」

「……細かくは自分で調べろということか?」

「ご名答。懇切丁寧に教えてやったら、甘やかしすぎだろ?さて、次だが、君には―――この砦の後釜になってもらいたい」

「城主だと?この私が?」

「ああ。貴族様は、国費を食い荒らすマキシムが邪魔で邪魔で仕方がなかったらしい。真に国を想ってる貴族様みたいさね」

「故に、私がこの目で見た中で、最も信頼できるあなたにこの砦を託します。取引の内容はこれだけですが……どうしますか?」


―――どうもこうもない。

絶好のチャンスだ。

……だが、暗殺者の言葉ゆえに、信頼を置きづらい。

まずは、交換条件とやらでも聞いてみるか……。


「それで、交換条件はなんだ?」

「っふ、なに、簡単なことさね。それは――――」





***



話が終わった瞬間には、後ろの気配は消え去っていた。

最初から最後まで、姿すら見せることなく、この私を圧倒した―――暗殺者の恐ろしさというものが身に染みるというものだ。


「それで、アルディ。見方がいなくなってもそのまま姿をさらしているとは、ずいぶんと自信家のようだな」

「いえ、まさか。私は暗殺者、臆病こそ美徳と思う人種です。ただ、殺されることがないと確信しているから、ここにいるだけです」


……食えない女だ。

あの奴隷の娘も知ったような口を叩いたが、こいつの底知れなさはそれ以上だな。

もちろん、後ろにいた謎の女暗殺者もだ。

”暗殺教団”の長老たちは、みなああなのだというか…?

だとすれば、厄介極まりない。


「一つ、聞いていいか?」

「内容によりますが、どうぞ」

「アルディは、貴様の本名か?」


”百面”と、こいつはそうなのったのだ。

ならば、アルディという人物は――。


「まさか。私は”百面”。潜入(スリップ)の達人たる、無数の顔と身分を持つ暗殺者ですよ?アルディという人物は―――この世には存在しません」


もちろん、元はいますがね――と付け加えながら。

潜入の達人、”百面”の暗殺者。

今まで以上に暗殺者に気を配ろうと、そう誓った。




***




「私の弟子一号にして、忠実な奴隷君。まあ、がんばっていくことだ」


師匠となる暗殺者の声を背にし、服を着た俺は奴隷部屋へと向かった。

ハーサがどうやって豚を回収するかは知らないが、あの凄腕の暗殺者ならどうにかするだろう。

それよりも、俺は早くリナたちのところに向かわなければいけない。


「………な」


奴隷部屋前。

あそこに立っているのは―――フロル?

まさか、マキシムの暗殺がばれたのか?

……このままいけば、射殺される可能性もある。

なぜなら、まだこの時間であれば夜伽の時間のはずだからだ。

夜伽が始まり、マキシムを気絶させるまでの時間は、およそ十数分。

どう考えてもあの豚の性質的には一時間以上はこもっているはずだ。

そして、その時間外に出歩いている俺を目にすれば……どうなるのかは想像に難くない。

引き返すか?

いや、それで警備兵に見つかっても厄介だ。


「奴隷。何をしている」


……見つかったか。

当然だ、この周りには隠れるところなどない。

あらかじめ死角に居れば、前同様天井に逃げることもできただろうが―――。

今ではただ目線を回しただけで俺は見つかってしまう。

……だが、妙だ。

何故、こいつは攻撃してこない…?


「奴隷を助けるのだろう。一度だけ、貴様の師匠とやらに免じて助けてやる。一度だけだがな」


なるほど、ハーサが手回ししたということか。

……つまり、今回の暗殺は本当ならハーサがするはずのものだったんだな?

それを、面倒だからと俺に丸投げしたのか。

育てるのは面倒だが、面倒さは命と比べればたいしたことはない。

成功すれば役得程度の、爆弾的扱いをされたわけだ。

まあ、だから何をという話だが。

そのおかげで、俺はマキシムの奴隷という立場から脱却できたのだから、むしろ感謝するべきだろう。

――手回しもしっかりしてくれていることだしな。


「じゃあ、ありがたく見逃してもらうこととしよう」

「………」

「……ふむ。まぁ、せいぜいうまくやれよ。俺はお前のその道を祝福する」


ひらひらと手を振り、奴隷部屋に入っていく。

後ろは見ずに。





***



「リナ、起きろ」

「……うう……え?」

「喜んでいいぞ、脱出の時だ」


マキシムの部屋から拝借してきた上着をリナに手渡し、鍵で手錠を外す。

おそらく、数か月ぶりに外されたであろう手錠は、重苦しい音を立てて地面に落ちた。


「……あなたたちもだ。早く逃げよう」


フロルは見逃してくれているとはいえ、さすがに警備兵にまで俺たちを逃がすということを言ってはいないはず。

良く見積もっても、せいぜい門の見回り兵に休暇を言い渡すくらいか。

どちらにせよ、早く出ることに越したことはない。

……まあ、脱出した後に何か当てがあるわけではないのだが。

ハーサとの連絡手段もないわけだしな。だが、ここにいるよりはましだ。

俺とリナ以外のあと二人を逃がそうとするも―――なぜか、二人は弱々しく首を振るばかりだった。


「……ここに居たいわけではないだろうに。何故だ?」

「私たちは、あきらめたのです」


喉をやられているのか、しゃべることができない一人に代わり、もう一人が二人の心の内を代弁した。


「傷か?外に出れば、もしかしたら―――」

「いいえ。私たちがあきらめたことは、生きること。もう―――」


”生きていたく無い”

……そう、言った。

そうか、これが、奴隷の末期なのか。

確かに、そう思うのも不思議ではない。

慰み者にされた挙句、四肢すら奪われ、ぼろぼろにされて―――生きようという明るい希望を持つことが不可能なのだろう。


「えと……ハシンちゃん…?」


髪の中に手を突っ込み、針を取り出す。

(それ)を取り出した俺を見て、リナが目を見開き、問いかけるが……今は無視する。


「介錯は」

「……お願い……します。二人とも……」

「ああ」

「は、ハシン……ちゃん?」

「………リナは俺のことを冷たいと思うか。だが―――」

「ううん……ここにいたから、フィーラさんと、ナリアさんの気持ちはわかる……ただ、辛そうだよ、ハシンちゃん………」


……そうだな、つらい。

同じ境遇の、生きれるかもしれない人間に手を下すことが。

そしてもう一つ。

介錯とはいえ、人殺しになるはずの俺が、それを間違っていないと判断できていることに。

無意識ではわからない、でも、表層の俺はこの殺しを、当たり前だと思っている。


「おね……がい」

「あぁ。今楽にする―――お休み」


寸分たがわず、眉間に針は振り落され。

マキシムの時とは違い、少々の痙攣の後に――呼吸が緩やかに、止まった。


「あり……がとう……ござ」

「………ぁ……」


残されたのは、二つの死体と二人の奴隷。


「大丈夫……かな?えと……見てるだけの、私じゃ……」

「心配することはない。さぁ、速く行こう」


そうはいってもこちらを心配そうな瞳で見つめるリナの右手を取り、石造りの扉を開けた。


「………さよなら。フロル、手厚く弔ってやってくれよ。奴隷とはいえ、死人は尊ぶべきだ」

「―――ふん」


一言、後ろの部屋に別れを告げて。

目線を合わせないまま、入った時と変わらずに扉の前に佇むフロルに、そう頼んで。

俺たちは屋敷を後にした。

人影に気を配りながら外へ出て、空を見上げると、満月が上空に悠々と浮かんでいる。

――満月には特別な力があるといわれているしな。

まあ、マキシムの奴隷から開放されたときに一番に見るものとしては、間違ってはいないだろう。


「―――ああ、ようやくの自由だ」


握る手に、少しだけ力を込めて。

俺たちは街へと向かった。


「なぁ……かなり歩くがいいか?」

「う、うん………頑張る……」


荒野を歩いて、街へ。

この後に、またハーサの奴隷のような物になるとしても、その束の間の自由をかみしめよう。

これは、手助けされたとしても、確かに自分でつかんだ自由なのだから。




***




「………で、これはどういうことだろうな」

「はわわわわわ」


街へ向かう最中に、俺とリナの前に姿を現したのは、一台の馬車。

そこから顔を覗かしたのは、のっぺりした仮面に、腰あたりまである、前留めのマントを着たハーサと、いまいち信用しづらい作り笑いを浮かべたアルディだった。


「いよう」


とにたにた笑いながら俺たちを馬車の中に引き入れたハーサを前にして、まず俺はこの状況に対する疑問を投げかける。


「これっていうと、服を脱がして縛り上げてることかい?」

「それ以外に何がある……。俺はマキシム玩具でもないし、お前の玩具でもないぞ」

「おや、縛られているというのに存外冷静ですね。確かに暗殺者向きでしょうか」

「だろ?いい拾い物したねえ」


ああ、こいつらには何言っても無駄か。

言葉から察するに、アルディもまた暗殺者。

言葉こそ敬語だが、行動的にハーサに対して敬意を払っていないことから、おそらく上司ではなく対等な存在。

……ハーサと同等レベルということだ。


「とりあえずリナの前だ。変な話も、変な格好もやめてくれないか」

「だめさね。この後お前は私たちのアジトに連れ込まなきゃいけない。逃げられても私たちが困るさね」

「言葉だけでは信用に値しないのだろうな」


腐っても暗殺者か。

これ見よがしにため息を吐き、あきらめることにした。

掌の上というやつだ、俺にはどうしようもない。


「というかだが、まさかリナまで暗殺者に引き入れたりしないな?」

「まあ、素質ないしねぇ。私たちのことをべらべらしゃべったりしなければ、何もしないさ」


ハーサの仮面越しの視線をうけて、リナが可哀想なほどぶんぶんと首を振る。

表情こそ怖い表情を作っているが、愉快そうな気配がダダ漏れだぞ。

……いや、わざとダダ漏れにしてるのか、いやがらせか。


「さて、リナといったね、君」

「は、はい!」

「ということで、私たちはこいつを回収しに来たわけだ。それで、君をどうするかという話になるんだが――――どうしたい?」

「ど、どう……ですか?」

「そう。どこまで行きたいとか、そのレベルだったら叶えようじゃないか。まあ、脱出祝いというものだよ」


随分と小さい脱出祝いだな。

それならば俺にもその祝いをくれと思うが。

……ふむ、ならば少々意趣返しと行くか。

意趣返しになるかも不明だが―――やってみるか。


「リナ、夢があったな?」

「うん……でも」

「夢?いいねぇ、いってみな」


ほら、性質的に面白いことが好きそうなハーサが反応したぞ。


「その……パン屋さん………やってみたいなって………」

「お?パン屋か!……ほほう、いいじゃないか?」

「ハーサさん?」


……む。

アルディの作り笑いが少々歪んだ。


「パン屋ね……必要なのはなんだ?」

「まず、竈です!それで、棒とか、ふるいとか……あ、すいません………」

「いやいや、いいじゃないか。もしできたら、私たちにもふるまってくれるかい?」

「もちろんです!」


夢を語る表情はやはりいいものだ。

リナの顔にもずいぶん生気が戻ってきた。

やはり奴隷部屋は実際の環境的にも、精神衛生的にもよくない。

彼女のような娘は、外に出て自由な時にこそ、その魅力を最大限発揮する。


「つまり、店舗と道具、そして上質な小麦か………売れたら、その売り上げの一部を還元してくれるなら、元手を出そうじゃないか」

「……え?」

「ハ、ハーサさん……?!そんなお金は―――」

「もちろん、私たちのポケットマネーから出すさね。非合法なんかじゃないから、安心してくれていい。………なぁ、ミリィ?」

「……………言っても、聞かないのでしょうね」


ミリィ……それがアルディの本名なのか。

暗殺者、それも屋敷に潜入しているものが本名など使うはずもないから、アルディが本来の名ではないことはわかってはいたが。


「これで今月もカツカツです……潜入は実入りが少ない割に仕事にお金がかかりすぎです……」

「まあ、飯ならうちのアジトの方で食わせてやるから、気にするなよ」

「一宿一飯の恩義とかいう、そのせいでお金にならない案件が増えているのですけど……!?」


……アルディ――いや、ミリィもまた、ハーサに振り回されるタイプだったか……。

苦労性なのかもしれない。

ご愁傷様である。


「というわけだ―――いろいろとよろしく頼むよ。私たちも、そして――――ハシンも」

「………?」


一瞬だけ。

ハーサがどこか遠いところを見ている気がした。

だとすれば……いったいどんな場所を見ていたのだろうか。

――――それを特定する術を、今の俺は持っていなかった。


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