奴隷襲撃
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使えるかどうかは分からないが、いざという時に精々、囮くらいにはなる。
傍らを共に走るその兵士を、俺はそのように定義した。
剣を持つ手は慣れこそあれど、熟達したという風にはとても見えない。ということは達人と呼べるほどの力量はないという事であるが、それ以下もなかなかに練度というものには差があるのだ。
今の俺ではまだ、人間を見ただけでどれほどまでの力量が備わっているのか、事細かに理解することは出来ないのである。
俺よりも強い、弱い、あるいは初心者か熟達者か……程度か。
ハーサならば、ミリィならば簡単に看破するのだろうがな。ハーサの場合、見て力量に気を引くものがなければ即座に興味を失いそうだが。
「どこまで続くんだ、この地下の道は……」
「奥にさらに扉があるようだ。その先に恐らく資材が放置されているのだろう」
「何故扉があると?」
「反響音」
手短に告げる。
訓練していなければ分からない、返ってくる音を使っての判別法など難しく説明したところで理解は不可能だ。
兵士もまた、分からないということを理解したのか、適当に頷くと視線を前に戻す。
ふむ、そういえばこいつの名前を知らないな。……まあいいか。
所詮この時この場所のみでの共闘関係。それ以上に踏み込むべきではない。
敵となりうる可能性の方が高いのだからな。いざ殺すときに鈍る―――などということはあり得ないが、こいつの側が勝手に気を許してきても面倒だ。
「それにしても臭いな、死体の臭気……どうにかならないものか」
鼻をつまみ始めた兵士。
その気持ちは分からないでもない。流石に俺もまだ腐り始めた死体と寝食を共にしたことはないので、完全にこの臭気に慣れているわけではない。が、嗅覚は敵を判別するのによくつかわれる器官であるために塞ぐという選択肢はなかった。
異臭の中でも匂いの判別程度は可能だ。掻き消されていても、誤魔化されていても紛れるものには気が向く。……だが、まだまだ修行が必要か。やれやれ、これほどの腐った臭いの中では勘が鈍る。
「―――見えた」
「扉か!……見るに鋼鉄製、鍵付きか?」
「問題ない。鍵は先ほどの兵士たちから盗んでいる」
「……手癖が悪いな」
「目端が利くといってもらいたいが」
尤も、実態は首を刈り取るついでに浮き上がった紐付きの鍵を捕らえただけなのだが。
首に鍵となれば重要なものだろうと思い、そのまま密かにしまっておいたのである。
鍵穴と鍵の形を見比べ、あの扉のものだと確信が持てたところで扉に耳を当てる。
部屋の大きさは一軒家のリビング程度か。恐らくは休憩所、あるいは宿舎だろう。
……中に人がいるな。話し声も微かに聞こえてくる。
数は一、二……八人程度か。
何事かを質問しようとした兵士に対し、唇に人差し指を当てるジェスチャーを取ることで静かにさせる。
兎に角情報が欲しい。雑談かもしれないが、何事かを話すということはその分だけ口を滑らせる可能性が増えているということ。
聞き洩らすわけにはいかない。
「……パライアス……将……奪……」
「だが……相手は」
「盾……死ねば、その……ああ、なすり……」
「……王も…。何れ……俺たちの、国を……」
駄目か、流石に途切れ途切れになる。
断片情報から推測するのは探偵の仕事、暗殺者である俺には向かないことだが―――さて。
目を細め算段を付ける。やれやれ、全くもって面倒だな。
腐っても鋼鉄製の扉、音もある程度は遮断してしまう、か。ここで耳を澄ませていても意味がないのは理解した。では次の手段だ。
―――まあ、一人残っていればそれでいい。
後で横の兵士に一つ質問をしなければな。……拷問は得意か、と。
「下がれ」
「……あ、ああ」
小声で命令をすると、兵士を扉の影、死角へと下がらせる。
ついでに俺の姿も見えないように、な。
そうして、武器……それも暗器の類いだけを隠し、服を脱ぎ捨てた。
未成熟な身体の全てが晒され、普段は隠している奴隷印が露わになる。
―――何度でもいうが、使えるものは何でも使う。それが俺の信条だ。
それには当然、このセカイにおいて俺を縛り付ける最も大きな障害である、この奴隷印もまた、含まれている。これもまあ、何度も言う話になるがな。
ああ、そうだ。隠れている兵士に対しこれだけは告げておかねば。
「―――俺の今の姿を見たら殺す。首だけが地面と接吻したくなければ、全てが終わるまで目を閉じている事だ」
一切視線を向けず、小さく伝える。
微かに首を振る音が聞こえ、肯定の意を受け取ったところで、俺は首元の鍵を外し、そっと扉に差し入れた。
さて、では演技の時間だ。
目を閉じで思い浮かべるは意味も分からないままにここに連れて来られた、言葉の通じぬ新たなる生贄。
身体は男共の肉欲の捌け口に、精神は屈服させ、優越感を得るための道具に。
そのためだけに連れてきた、どうとでも扱えるひ弱な奴隷―――。
再び目を開ける。
昏い瞳、光も希望も失った奴隷。
……ただ奪われるだけの存在であると思われるであろう、恐怖以外の感情を知らない玩具。
小さな音を立てて扉が開き、よたよたと奴隷が中へと入る。
「―――お?」
「新しい玩具か。誰が連れてきたんだ?今は上で戦ってる途中だろう」
「侵入者が出たって言ってたな。そいつだったんじゃないか?」
「商人どもも奴隷を扱ってたなあ。そいつが逃げて入り込んだか。はは、死んでも俺たちにいい思いさせてくれるってか?」
軽く部屋の中で笑い声が上がった。
意志の弱い瞳のまま、周囲を見渡す。やはりというべきか、黒いローブを着こんだ人影は八個あった。
その中でテーブルを囲んでいた三人が立ち上がり、部屋の中ほどまで侵入した俺を取り囲む。
視線は局部や胸を手で押さえているだけの俺を不躾に眺めていた。
「あ、の。ここ。どこ?」
遠く離れた異国の言葉を交えつつ、パライアス王国の言語を片言で話す。
「言葉が通じねぇ、外国の人間か……まあいいか。なかなかの美人だしなあ!」
「行け、言われた。死ぬ。やだ……」
「成程、そういうことか。はは、安心しろよ。殺しはしないぜ―――まだ、な」
「材料って今は必要だったか?」
「いや、何も言われてねぇぞ」
「じゃああれか……好きに使って、いいんだな?」
奥のベッドの上で刃物を研いでいた、残りの男たちもそっと立ち上がる。
……手には鋸が握られていた。
「な、に?なに。する?」
「ちょっと痛いが気にしなくていいぜ?なあに……手足が無くなるだけだから、な」
―――ふむ、度し難い外道だな、お前たちは。
さて、今の状況……俺を取り囲む三人と、そのすぐ後ろに武器にもなる鋸や、体を押さえるための刺又、鞭を持った男が三人。
それをベッドの上で傍観するのが二人か。
……見た感じ、それほどまでに訓練されている様子はなかった。つまらない色塗れの笑みを浮かべた男達に、わざわざ俺の身体を晒す必要はなかったようだ。
もし。扉の影に潜ませてるあいつのような兵士であれば、俺が扉から侵入した時点でそれぞれの役割ごとに足止め、伝令、支援と連携した行動をとるだろう。
そうなれば今ここにいる人間は殺せてもこれからの道が厄介になると踏んでこの手段を―――身体を利用した暗殺を取ったわけだが、無用の長物だったな。
こいつらはただの膿だ。連携も取らず自身の欲を満たそうとするばかり。
脅威にはなり得なかった。無駄な行動をしてしまったな……やはり、敵の力量を測る”眼”の修行は重要と見た。
鑑識能力があればこのような不必要な行動はとらなくて済む。結果、その分効率がいいわけだ。
無駄を減らせれば他に取れる行動が増える。それは自身の選択肢の増加につながる。
全てが終わったらミリィに相談をしてみよう。的確に演技を、顔を使い分けるあの暗殺者ならば最も信頼できる。
「ほら、膝をつけ……しゃがめ!!」
「…………」
冷たく、地面を指さす男を眺めると俺は静かに行動を起こした。
手を頭の上に置く―――それはまるで、怯えて蹲ろうとするかのように見えた事だろう。
その行動の中で指だけを動かし、髪の中からいつも使っているものよりも小さなナイフを取り出すと、腕の柔軟さを活かしぐるりと、回すように抜刀した。
男達は皆、背丈は殆ど変わらない。居合の要領を使い、一太刀で切り裂くのは簡単だった。
調整が不用だからな。
「最後の手土産だ、存分に見るがいい」
血が噴き出た仲間たち見て、眼を見開き硬直する背後の残り五人。
その視線が俺を向いているのを見て、冗談交じりにそう言った。
ああ、一人は今のところは最後ではないがな。
「な」
と、言おうとした男の首が落ちる。
突飛な現象が発生したとき、普通の人間はどうしても硬直してしまうもの。
……暗殺者の感覚からすれば、あまりにその時間は長く、簡単に殺すことのできる時間となるのである。
鋸が地面に落下し、それと同時に刺又をようやく構えた男の首もまた転がり落ちた。
最後に、ずっと硬直したままだった鞭を持った男の口に手を突っ込む。
唾液の生暖かい感触が腕を包み、そして溢れた血液による熱がその感触を流していった。
絶命したのを確認して腕を引き抜くと、血まみれのナイフをベッドから立ち上がろうとしている男の首元目がけて投げつける。
こひゅ。そんな息の抜ける音を立てて再びベッドに帰り着く。これで永遠の二度寝か、羨ましい限りだな。
さて。最後に残ったのは俺の身体を見て下半身を興奮させていた男だ。
手からすり抜けた男の鞭を空中で奪うと、走り出す。
何か言葉を発する前に、鞭を腕に巻き付け俺の方へ引っ張ると、喉元に肘鉄をお見舞いした。
当然加減はしている。死なれては困るからな。
「精々後で喚くがいい、変態が」
気絶した男を二度寝している男の傍に放り投げると、再び返り血に塗れた我が身を見る。
……折角拭いたのだがな。もう使える布もない、残念ながらべた付いたまま行動するしかないだろう。
手に着いた血を舐め取ると、目を閉じたままの兵士のもとに行き、服を全て身に纏うと、
「もういい。さっさと来い」
そう呟いた。
本当にずっと目を閉じているとはな。律儀な限りだ。
まあ、仕事に一生懸命な人間は信頼できる。敵であれ、味方であれ。
そうだ、一つ質問をしなければいけないのだった。
部屋に入り、死体の山に愕然としている兵士を振り返ると、ベッドの上で気絶したままの敵の男を指さして問う。
「お前。拷問は得意か?」




