無芸戦闘 ”対盾将軍”
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小石が跳ねる。
いや、それは正確には石ではなく、建物を構成する床であったものだ。
それをナイフの腹で弾き飛ばしながら、笑う。
「は、やっぱり猛者との戦いは心が踊るさね!」
「猛者か、名を轟かせる暗殺者にそのように言われるのはなんとも嬉しいものだ―――な!!」
小石は正確にサヴァールの瞳へと。
目を狙うことは大凡の相手にとって行動を束縛し、制限し、そしてより自身が攻撃しやすくするための布石となる。
だが、当然その戦闘能力によって将軍にまで上り詰めた者にはそのような攻撃は利くはずもない。
巨大な盾の重さを一切感じさせず滑らかに移動をすると、床を削りながらの盾による範囲面攻撃。
攻撃時にはきちんと自身の身体の重要部分を盾の中に収めるという慎重さも見て取れ、この男が攻守ともに優れた実力を持つものであるという事実を窺わせる。
「潰させてもらうぞ!」
「はっは、私の身体を見て力がないと思ったら……大間違いさ」
右手のナイフを空中に放り投げる。
軽く息を吸い、肘を盾の方へ突き出すと、吼える。
「لضرب!!」
とある”長老たち”の秘術を模倣した自己流の技によって肉体を頑健にする。
そして体重全てを肘へと籠め、ただ単純明快に殴りつけた。
「なん、と!!?」
ニヤリと笑う。
膨大な力の邂逅により、地面が軋み、足を置いた場所周辺が砕け散る。
予想外の力を受けたサヴァールの身体は少しだけ仰け反ったほどだ。
さて、どうだ。私の殴りは、お前の力と拮抗できるぞ?
となればどう動く。私という脅威に対し、どのように対応して見せる。
……見せてみろ、もっと私を愉しませてみろ!!
「なるほど、リスクなしには倒せんな!!」
「当たり前さね、暗殺者を楽に殺せるとは思わんことだ」
「なん、とも……耳が痛いな!!」
互いに笑う。
ああ、堪らんなぁ―――やはり命の交錯程、興奮のできる遊戯もあるまい!
では。次はこちらから攻める番だ。
一度手放し、空中を回るナイフを掴み取り、床を力強く蹴る。
直後に盾の打撃がその場を粉砕した。
横っ跳びのまま投擲剣を数本投げ、さらに掌を床に叩きつける。
「ええい、邪魔な―――ッ!!?」
腕だけの力によって、さらなる大跳躍。
壁を蹴り、柱を蹴り、そして天井を蹴る。
手を使い、足を使い、ナイフを突き刺し、この広間を自由自在に飛び回った後に、
「こっちだッ」
「ぐうう……!!」
その威力、高さを利用した突撃を行うが……残念、いい一撃ではあるが、盾によって阻まれたか。
良い盾だ、私の攻撃を喰らって歪む所か傷つきもしないとは。
―――盾の下部が跳ね上がる。
下から掬い上げるようにして蹴り上げたか!
「面白い!!」
攻撃を阻まれたからと言って無防備だと思うなよ!
身体を空中で回転させる。
半分握った拳をまず、一打。次いで流れるように完全に握った拳を打ちつける。
二度にわたって重厚な金属同士がぶつかるような音が響いた。
衝撃というものは、その形は波のようなもの。しかし、水のような波とは違い、物質の内部においてぶつかり合うことで増幅するという性質を持つ……つまり、間入れずに衝撃を加えた攻撃は通常の全力に於いての殴りつけよりもずっと強力に成り得るということだ。
人相手だとまだまだ実用段階ではないのだが。
とはいえ、流石は盾将軍か―――増幅した爆発のような衝撃の拳を受けてもたじろぐ所か、なおも盾の動きを進めてくるとは!
「ぐッ!!」
まるで破城槌だな、この重さは。
弾き飛ばされるのは防ぎようがないようだ。
ハ、地面に足を付けていればまだ如何様にもできたが、空中では分が悪い……か?
全くもって大した力さね。
勢いに抗わず、素直に弾かれると空中で態勢を整え、着地する。
「大砲の弾に比べれば温いな!」
「そりゃ失礼したさね。次はもっと鋭い一撃を喰らわせよう」
あの鉄の塊を正面から受け止めたのか―――馬鹿さね。
馬鹿力だ。つまり、ああ全く以って最高だッ!
サヴァールが盾を両手で構えなおす。
……次は何を見せてくれるのか。
「やれ、俺が盾での打撃一辺倒だと思われては困るからな……一応将軍らしく、知的な戦い方という物もやってみようじゃないか!!」
盾を、床へと振り下ろす。
いや、若干ではあるが斜めに差し込み、突き刺したそれは振り下ろしたのではなく。
「ふぅぅんぬぅ!!!」
削り出したのだ。自身の遠距離武器を。
これのどこが知的な戦い方さね、筋肉馬鹿が―――素晴らしい!!
浮き上がった床の残骸、先ほどの小石とは比べるべくもない巨大な岩石を片手で力づくで押し出す。
大砲、或いはバリスタ。筋肉のみでそれらと同等の速度を生み出し、砲弾と化した岩石が迫る。
熱を上げよう。場が盛り上がってきたのだから。
「―――さあ、愉しもう。ここが我らの戦地さね!!」
ナイフをもう一本抜き放つ。
迫る砲弾を両断し道を切り開き、なお進む。
まどろっこしい回避も視線の誘導もなしだ、こいつとは力比べこそがふさわしい。
……空に浮かべばこちらの敗北。こちらが絶技、秘術を使用しても鍛え上げられた筋肉と生まれ持った近接戦闘センスによってその上を行かれるのだから、私自身が不利となる空の舞台に立った時点で今度は決定的な一撃を喰らわせてくるだろう。
互いに力量は半分ほどではあるが見定めた。
生半な一撃が通用する相手ではないが、どのような攻撃ならば致命傷へと至る可能性があるかまでの判別は済んでいる。
サヴァールは私を空へ飛ばせば。
私はこいつの盾の内側へと潜り込めば。
それぞれその目標を達成したとき、決定的な勝利を掴み取ることができる。
さあ、さあ!!
生きるか死ぬか、愉快なものだ!!
「神に祈りを……信仰術起動、我が肉体は鋼の如く!!」
「パライアスの魔術さね?なぁに、問題なんぞあるわけもなし!!大して変わらんだろ、お前!!」
「ハッハハハハァ!!よく言った、その通りだ!!」
全身が鋼鉄のように固くなった……それだけだ。
今と状況に大きな変動はない。
視界を影が覆う。盾という壁が落ちてくるが、それを床、身体の動き、力の流動によって押し返し、足元を狙う。
「ぬ!!」
サヴァールの足に切り傷が刻まれた。
……瞬時に十弱の傷。驚嘆によってサヴァールの眉がつり上がる。
驚くべきことではない。はるか極東では、燕返しという、重さもある長剣によって瞬時に数発の斬撃をして見せる秘術があるという。
ならばそれよりも軽く、早く取りまわせる短剣でそれができるのも道理さね。
だが切り傷といっても腱や太い血管を切り裂くほどには斬りこめていないのが実情だった。
即座に身体の向きを変えるサヴァール。
盾を持ち、回転……背中が丸出しになる。
当然罠だ。この背を狙った瞬間に手痛いカウンターが待っているのだろうが―――。
「だから乗らないなんぞ……つまらんさね!!」
それは”誘い”だ。
我が弟子はそれに乗り、勝機を生み出して見せた。
弟子にできて師匠にできない道理は無かろう?
第一に、だ。どう考えても乗った方が面白いし、盾の内側に潜り込むには手っ取り早い!!
「……ッ!!それは、ある意味予想外だ!!」
サヴァール自身の見え見えの罠にあえて乗ってくるとは思っていなかったようだ。
あまいなぁおい。暗殺者っていうのはそういうものだぜ?
皆が皆、狂っているのさ……最高にな!!
関節を外し撓らせた腕で右側面部から首元を狙う。
盾は回転しているために現在左側にある……こちらならば対応は難しいが、さて!
―――ギリ、と。盾の内側から金属が擦れる音がした。
「盾ではあるが、実はこれ……投擲武具でもあってな!!」
「―――ハハ、そりゃいい!!」
牙を隠すか、成るほど成るほど。
私の腕が届くよりも先に、すさまじい膂力によって投げつけられた鎖付きの盾が、ギロチンとなって私の足元を襲う。
これ程の速さだ、鎖の方に触れても相当の擦過傷を負うのは間違いない。
回避するには飛び上がるのみと来たか!
よし、乗ろう。それがいい!!
床を蹴り、空へと飛ぶ。即死威力の盾はガリガリと床や柱、壁を削りつつ後ろへと吹っ飛んでいった。
「貰ったぞ、暗殺者!!」
鎖が引かれ、後方へと外れた筈の盾が再び私を狙う。
投げ捨てと引き戻し、二段階の追尾。見事さね。
そして盾を持っていない左手では、私の胸元を貫くために、太い丸太の様な拳が握られていた。
対し私は空中をサヴァールに近づく形で滑空している。今から態勢を整えようとしても、その前に盾か拳どちらかに貫かれるだろう。
……さて、では。
そろそろ仕掛けを使うとするさね。
右手のナイフを、手首のスナップだけで投げつける。
「その程度では止まらん!!」
「ああ、だろうなァ」
関節が外れていてもこの程度の投擲など百発百中にすることなど容易く、ナイフはサヴァールの左肩へと突き刺さる。
しかし、盾将軍と呼ばれるほどの頑強さを持つ男だ。その意志の硬さや痛みへの耐性は非常に高く、また鍛え上げた肉体によって多少の傷ならば損傷とすら見做さない
ナイフ一本が肩に刺さったくらいではとてもじゃないが足止めなどにはならない。
……だが、このナイフは単純に邪魔だったから投げただけさね。
関節が外れたままの右手を、上へと伸ばす。
「はあああああ!!!!!」
サヴァールの左手が動く。
狙いは私の胸元―――全く持っていいタイミングさね!
……右手が、強い抵抗を持つそれを掴んだ。
その瞬間、肩を嵌め直して右手を支点にさらなる跳躍を行う!!
「―――な、に!??糸、糸か……あの時、あの飛び回った時に糸を張り巡らせていたのか!!?」
「ご名答さね!!」
その通り……あの時点であの高度に、糸を付けて回っていたのだ。そして今、この瞬間にその糸を掴み、一度の跳躍では届かない距離にまで上昇して見せたのである。
結果、サヴァールの左手も、鎖に曳かれる盾も私を捕らえることは無く。
本来男が想定していた空よりも、さらに空へと飛び上がった私を、サヴァールは驚きの表情で見上げていた。
攻撃後であるが故に完全に崩れた態勢を俯瞰し、そして左手のナイフを煌めかせる。
止めだ、じゃあな……盾将軍!!!
糸を蹴り、加速して笑う。ああ、何とも楽しいひと時だったぞ、サヴァール!!
―――その決着の瞬間……広間の床が弾け飛んだ。