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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
61/146

陽動部隊

***




時刻は根の二刻と半分程度。

街の中でも、寝静まり始めた場所と未だ酒場等の喧騒鳴りやまぬ場所が混在する、奇妙な時間帯。

逢魔が時はとっくに過ぎ去ったが、日本では午後二時でも丑三つ時と言い、妖共が跋扈すると言われていたのだ。

奇妙奇特。そんな時間帯が複数あっても何らおかしくはない。

どちらにしても、闇夜はすべからく俺たちの味方なのだから。


「準備はいいな、ハシン。おまえの最初の仕事は陽動だ」

「ああ」

「終わったら私たちと合流さね。キャラバンサライの入り口は”毒蛇”が封鎖してあるが、抗体を作ってあるものなら通れる」


虚無的な表情の仮面を付け、道具の入った荷物袋を手にする。そうして全ての用意を済ませて隠し部屋の専用出口へと向かう。

ハーサから作戦説明を受けながらだが。

陽動か。ふむ、ここに来る前に陽動隊の行うことは聞いていたので問題はないが、さて。


「好きにやっていいのだな?」

「もちろんさね」


陽動隊の仕事は火や光、煙や暴動などを起こし、街に在る兵士や警備隊の機能を削ぐこと。

だが、先ほど聞いたものだとその機能を削ぐという点においてはやや劣る。

いや、劣るというのは少々違うか。用意した道具などは文句ないものだが、その運用方法に甘さがある。

もっと効率よく使えば、もっと効果的に事を運べるだろう、と言うだけのことだ。

当然好きにやるとは言っているが、スタンドプレーをする気はない。協調性は大事なのである。

そもそも俺は基本的な肉体性能では多くの相手に劣るのだ。寧ろこの身を他者に守ってもらうくらいでなければな。


「まあ、この街に詰めている警備隊や兵士には悪いことをするがな」


互いに仕事なので仕方があるまい。

戦が起きれば兵士は必ず傷を負うのが常なのだ。利権や土地争い、理由は様々あれど、双方譲れないのであればどちらかが折れるまでそれらは続く。

此度もまた、それと同じというだけの話。


「ある程度陽動の成果を出したらそちらに向かう。自己判断だがいいな」

「当然。私らは皆自己判断で動く暗殺者さね」

「……ふん。そういう意味ではお前は特に暗殺者らしいというわけだな」


究極のエゴイスト足る事が暗殺者としての素質であるとすれば、このハーサよりも優れたものは俺は知らない。

俺も大概である自覚はあるが、それでもこいつには負けるのだ。

まあ、ただエゴを突き通すだけでは暗殺者足りえないのが現実であり、それだけが素質や才能の全てではないのだがな。


「ところで、ミリィはどうした」


最後の詰めの作戦説明の時にはいたはずだが。


「もう潜入を開始しているさね。あいつが本気を出せば、誰にも見つけることはできない」

「それは恐ろしいな」


暗殺者にとって誰にも見つけられないというのは、圧倒的な優位性を齎す。

追われる心配も看破される心配もないというのは、暗殺時の心理にも大きな安心感を与えるものだからな。

潜入開始、ということはもう既にキャラバンサライの中に入っているのだろう。

その手順や秘儀には実に興味があるが―――先ずは自分の仕事を片付けるとしよう。

何せ、一つだけではないのだからな。

通路の終わりが見えてきた。この部屋にある隠し通路は数個あり、それぞれが厳選された出口として機能している。

人に見つからず、子供たちの興味範囲内から逸脱しており、いざとなれば放棄することができるという物。

それらを探すのは相当に苦労しただろう。中には相当に奇妙な作りをした通路もあった。

家の煙突を通路として使う光景には関心とともに呆れも生じたほどだ。

だが、錯視や先入観も同時に使用しているこれらの隠し通路。実にその構造は面白いと、素直に思う。

そんな通路を人数を分けてそれぞれ進んでいるわけだが、何故かハーサと俺は一緒に、そして二人だけで行くことになっていた。おそらく他の暗殺者がこいつと一緒に居たくなかったのだろうと推測している。

……まあいい。そんなことはどうでもよかったな。

この後の手順は、出口から細心の注意を払って街へと戻った後に陽動隊と合流、そして陽動開始だ。

隣ののっぺらぼうとこれ以上話をする必要はない。


「死なんように気を付けることだな、ハシン」

「ほざけ。お前こそ足元を掬われるなよ」


俺達が歩いている隠し通路は、大通りへと繋がっているものだ。

大通りに隠し通路など、意外に思うかもしれないがこれが見つからないものなのである。

街にはなぜか人目に付きにくい場所という物が必ず存在している。視線や思考の空白地帯と言えるもの。

そこに店を構えれば長く続くことはあり得ず、そもそも店自体ができることもほとんどない。

何処の街にもある、そんな場所。よくもまあ見つけたものだと思うがな。

当然、探す気で探せば見つかる物なので、道中には隠し通路を無かったことにする設備も多量に設置されていた。原始的な仕組みではあったが。

―――喧騒が近くなってきた。

さあ、仕事の時間だ。仮面に手をやり、少しだけ上にずらす。さらにその上からそっとフードを被る。

俺とハーサは、人間の色の中にそっと溶け込んだ。




***





「”(うつろ)”、手順を変えたいとはどういうことか」

「全てを変えるわけではない。もっと効果的に使えるのだからそうするべきだと言っている」


ポイントへと向かいながら他の暗殺者たちと小さく会話をする。いや、会話というよりは口論に近いが。

陽動方法は至って単純だ。

ようは目と人手をそこに縛り付けることができればいいのだから、寧ろ方法が面倒過ぎては無駄になる。

―――だからといって、結果までをも単純にする必要はない。

俺がいっているのはそういうことだ。


「爆発物と火による陽動。それ自体は異論はない」


この時代、火事は最も恐ろしいものの一つに数えられる。

何せ、一度起きてしまえば消す手段が余りにも乏しいからだ。

消防士など、居たとしても水を放出する手法がない以上、消す時間がかかり結果壊すという手段が取られることが多くなる。

このルーヴェルの街は城郭都市。

石造りの家が多いが、当然すべてがそのような材質でできているわけではないのだ。

石を切り出し接合し家を作るのはあまりに手間がかかる。手間がかかれば、金がかかる。

この気候帯であれば木材は容易に手に入る。なれば、木材の方が安くなるのは当然であり、社会という共同体の中で必ず現れる低所得層は、安い物を手に入れるのが常なのだから。

かつてのローマなどでは、火災を防ぐために完全に木材の使用を禁止したが、話に聞くパライアス王国では、王にそこまでの権利は無いように見える。

……仮にあったとしても、要衝とはいえ外国に程近い、戦争拠点の街に対して、火災の防備システムを取り入れるというのはあまりできるものではない。

そこにもまた金が絡むのだから。ローマはあくまでも都市単体に対してであったからこそできたのだ。


「ならば何故変えようとする?」

「一度に使う火薬の量が多すぎる。油もだ。もっと散逸的に使った方が人を縛れる。爆発物も警備隊を仕留めるためではなく、怪我をさせるために使うべきだ」

「怪我……?」


ようは地雷と同じ使用法を取るだけの話。

かつて様々な大国がばら撒き、撤去されていない地雷。あれの何が恐ろしいかと言えば、あれは怪我をするだけさせて人を殺さないという点だ。

死ねば飯を食わなくなる。手当も必要がない。なにせ死体なのだからな。

……だが、怪我をすれば傷を手当てするために薬を消費し、兵站を圧迫。繰り返していけばやがて軍だけではなくそれらを支えている国家全体を疲弊させる。

戦争の基本的手法、どれだけ人間と国力を消耗させられるかという考え方。

個人的に戦争は糞喰らえ、という考えだがな。残念ながらこのセカイに来た時点で俺に余裕などない。利用するものは利用させてもらう。


「兵を下がらせ、手当させるのと単純に殺すのと。どちらがより多くの人手を使うと思う」

「……成るほど。理解した」


流石に物分かりがいい。

まあ、大規模消費戦争になるのは近代兵器が生み出された第一次世界大戦以降。

それまでとそれ以降のドクトリンには多くの、いっそ断絶的ともいえるほどの差がある。

銃があるにしても、まだそこまで普及ができていないこのセカイでその基本戦術が定まっていないのは当然のことと言える。

……少しズルをしたか。まあいい。どうせ時代が進めば万人が理解することだ。


「手か足を捥ぐことに注力することだな。だが殺してはいけない。あとは点在する木造住宅に火を放てば二刻は足止めができるだろう」

「あの”無芸”の弟子というべきか。……化物じみたことを考える」

「おい、聞こえるぞ」


既に聞こえているぞ、暗殺者共。

まあいい。ハーサと精神構成が似ている、などと言われている気分だが、仕事仲間だ。

ある程度はいい関係でいた方がいいのでな。


「では、陽動に入る。火をつけたら再度合流でいいな」

「ああ」


この場に集った数人の暗殺者たちが、その牙を見せる為に街を暗躍する。


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