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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
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突入前時

***




座席に腰かけてすぐさま眠りについたハシンを眺め、その姿を見る。

肉体的には大した成長は無い。当然だ、長い時間をかけて熟成させるように生み出す暗殺者の身体は、どのような才能が在ろうとも一瞬で作り出すことはほぼ不可能。

人間の範疇内に収まっているハシンでは特に。

―――だが、その戦闘意識や判断能力は随分と進化したようだ。

打ち合った瞬間の刃の重みも変わっていたし、針の仕込み方も工夫がみられる。

知識や経験というものは意外なほどに応用が利くものだ。どこか一つでも大きな経験を得たのであれば、人間は全体的に一歩前のステージへと進むことができる。

大体は、という言葉がつくがね。


「なあ?間に合っただろ、ミリィ」

「ええ。ところで……唾を掛けられた気分はどうでした?」

「…………」


分かっていて聞いてくるあたり、こいつも意地が悪い。

こう見えてミリィも辛辣だ。気を許す相手にはそれなりに毒を吐く。

まあ、それでも私とミリィは”長老たち”という立場が齎す一線があるのだが。


「それにしても……あの服」

「踊り子服だったな。大方ここに来るために使ったんだろうさ。どこぞで技術を盗んでな」

「驚くべきは学習能力ですか。―――成るほど」


片方の眉を吊り上げつつ、頷く動作を繰り返しているミリィを見る。

あの顔は暗殺者の顔だ。

暗殺者として、一人の人間の能力を選別している顔だ。

私は他の”長老たち”と基本的に仲が悪い。

それにはとある理由があるからなのだが、その中で唯一ミリィだけは一緒にいる。

当然それにもわけがある。

……”百面”。

ミリィの二つ名にして暗殺術そのものを指すといっても過言ではない、その名前。

名前の通り、ミリィは百程度の人間など簡単に、そして一瞬で演じ分けることが可能だ。天性の演技力に加え自身で編み出したという特異な変装術が、その技術にさらに拍車をかけており、この世のすべての暗殺者を動員したとしても、逃げに徹したこの暗殺者を捉えることは不可能だとも言われている。

だが、真に恐ろしいのは私にすらも法不可能だったその技術でも演技力でもなく、他人の心情を把握し、関係性を見抜き、一切の違和感を与えることなく人と人の間に溶け込むことができるという点だ。

潜入を行うものにとって、感覚的、知識的双方で関係性や感情、心情を把握することは必須能力ではあるのだが、ミリィのそれは暗殺者の中でも群を抜いているのだ。

ミリィならば、他人の妻の皮を被り、一切の違和感を持たせることなく夫婦生活を送る、という事もできる。

かつて、そうして殺したことがある。

とある貴族の忠臣の姿を奪い、戦争を道具として使用することで間接的に始末したこともある。

それらの技術は、私ですら習得ができなかったものだ。

そう、簡単な話なのだ―――私は、ミリィという暗殺者を、一目置いている。それだけである。

スイッチの入ったこいつを相手取るのは、私をして死を覚悟せねばなるまい。


「師匠の目さね、ミリィ」


誰にも聞こえず、そして口を動かすこともしないで言葉を形作る。

本格的にハシンに興味を持った、ということだ。いや、本当の弟子としてというべきか。

存外気に入っているのは分かっていたが、あれを見るに意外にもミリィはハシンに自身の変装術まで伝授するかもしれないな。

まあ、それならそれで面白い、か。

笑みを隠すようにして、のっぺらぼうの仮面を被る。

作戦地図が置かれた机の上に手を突き、もう一度仕事内容を確認する。


「さて、ハシンをどう動かすべきか」


”風炉”は作戦人員こそ指定はするが、相当なことがない限りは細かい人間の使い方までを指定することはない。

用は各々で適当にやれ、というわけだ。

だからこそ、ミリィが参加した作戦会議があったわけだが。

ハシンは有用だ。それ故にどこに使用するかは少々迷う。

……さあて、そうだな。


「ミリィ。一度陽動にハシンを回す。いいな?」

「陽動ですか。ええ、確かに」


反論はない。

陽動もまた作戦には重要な物であり、必須になりうる以上は経験を積ませた方がいいだろう。

今回は複数人によるものだが、場合によっては一人で陽動と実働を兼ねなければならない時もある。

つうか、あいつが陽動した方が大事になりそうで楽しそうだしな。

本音を言えば、それだけだ。


「一刻後―――夜闇に乗じてってやつさね」


人の多いところでは暗殺はできない?

そんなことはない。寧ろ人中こそ我等暗殺者の腹の中。

さあ、準備を始めよう。殺すための、生きるための準備を始めよう。

楽しみさね、強敵と戦うという事は自身の命を実感させる。

はてさて、今回はどれほどの相手か―――。




***




ルーヴェルの街の盆地にあるキャラバンサライ。

外門も内門も閉じられ、完全防備の耐性をとったその砦の中で、一人の男が胡坐をかいて地面へと直接座り込んでいた。

盾将軍サヴァール。

パライアス王国の軍の中枢を為す三将軍の一人は、防御態勢の整えられたそのキャラバンサライの中で嫌な予感を感じていた。


「閣下……?」

「―――サイルか。どうした?」

「いえ。随分と苦悩為されておいででしたので……何事かあったのかと」

「いや、なに。この街に嫌な気配を感じていてな。この感覚には覚えがある……戦場で数多の小細工を持って兵を始末する、乱波透波によく似ておるわ」

「極東の言葉で、ニンジャでしたか」


自身の国から遠く離れた文化圏の事柄までよく調べていると、自分の部下に感心しながら、サイルの言葉にうなずいた。


「そうだ。だが、似ているだけで別物だ。おそらくこれは―――平時の死神、暗殺者の気配だろうな」


盾将軍サヴァールはパライアス王国の中でも最も多く戦争に参加し、戦場にいることの方が多い人間だ。

その研ぎ澄まされた感覚は、敵軍の仕掛けた罠なども見抜き、裏切りの気配すら察知して見せる。

盾将軍とは自身の得物から来たものではなく、この男がいればいかなる戦場でもパライアス王国の盾となるであろう、という称賛から来たものなのだ。

そんな男を持ってして、嫌な気配が来ると顔を顰める事態。

そう気が付いた瞬間にサイルの表情は険しくなった。


「兵の増員を申請すべきでしょうか」

「無駄だろうな。相当な怪物が居ると見た」


盾を握りしめるサヴァールの腕が力を増す。


「戦争になるぞ、サイル。覚悟をしておけ」

「―――はっ!!」


敬礼で答えた部下の肩を軽く叩くと、盾将軍は自身に与えられた寝室へと向かう。

ここは一時的に貸し与えられた、パライアス軍は関係の薄い場所。

故にこの建物の詳しい地図などは教えられてはおらず、一代貴族とはいえ軍の中枢を為す将軍の地位であるサヴァールの部屋ですら、他の兵士たちとそこまで変わらない有様であった。

本人はそれを特に気にはしていないのだが―――それは別に、暗殺者以外の不穏な気配を感じているのも事実であった。


「バシューン……お前」


ここにはいない、将軍の一人へと語り掛ける。

此度に関して、あいつが絡んでいるのかいないのか、そこまでは分からないが―――。

何にせよ、一筋縄では行かない、という事だけは否応なしに理解できた。

だとしても、我が国の盾であるこの身が揺るぐことだけは許されない。

その全てを跳ね返してこその、盾将軍だ。

……通常とは違う戦争の気配を感じつつも、今は身体を休めたのだった。


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