絡繰屋敷
観衆の視線は奪えた。
まあ、俺が今欲しいのは観衆の俺を見る、踊り子という印象を通した視線ではなく、その他、ごく一部から向けられている正体を見抜こうとする真理の視線だ。
……そうだ、もっと俺の正体を見ろ。
それでいい。いや?それが、いい。
「~~~♪~~~♪」
詠い、踊り、そして謳う。
旅の情緒、引き離された恋人の詩、戦の無常。
短編となっているそれらを、謳や場面が変わるたびに謳い替え、踊りの調子を変え……さて、十五分はそうして踊り続けただろうか。
軽く回り、一礼。
踊りをそうして締めくくると、フードとしていた布を軽く編み変えて器のようにする。
そのまま客の中を笑顔を振りまきながら歩いて、チップを頂戴していく。
「いよ、姉ちゃんいい踊りだったぜ!」
「ありがとうございます~」
「ちょっと胸の大きさ足りねーけどなぁ!がっはっは!!」
「あら、守備範囲が狭いのですね。狭量な男は嫌われますわよ?」
「おっと一本取られたか……ちょっと多めに払うから噂流すのは勘弁してくれよ?」
「はい♪」
愛想笑いも役には立つ。
演技には必須のものであるが故に、な。
―――さて。一般客からのチップは集め終えた。
ここからが重要だ。
後、チップを集め終わっていないのは酒場の窓際席に座る二人組だけ。
最後に残したのは当然意味がある。
「気に入っていただけたのであればチップを頂戴してもよろしいかしら?」
「ああ、もちろん。情熱的な踊りだった」
「よく鍛えられているな。無駄のない美しい身体だ」
「ええ、踊りは全身を使いますからね。ですけれど、鍛え過ぎては美しさも半減してしまいますから……何事も丁度良く、というやつですわ」
二人からの賛辞にごく普通の踊り子の感想を返す。
……そして、少しだけ声のトーンを下げて、目の前の二人だけに聞こえるように言葉を発する。
「ところで私、人を探していますの。……二人組で、性別は不明なのですけれどね」
「へえ?俺達が知っていればいいけどね。お前さん、心当たりは?」
「流石に人相分からないとどうも言えないな」
はぐらかされたが、確実に二人の間に緊張が走った。
とはいえ、この二人は周りからその緊張感が悟られるような間抜けではない。
暗殺者同士でしかわからない独特のもの。いや、常日頃からハーサと殺気を向け合っているからこそ、間近にあってようやく悟れたものというべきか。
相手に訊ねるときも、ただ周りで聞いているだけでも印象という物を与えてしまう名前を発さずに、二人称代名詞を用いている用心具合。
良い腕だ。
「いえ、恐らく存じていると思われますわ。だって――――ですもの」
「……」「……」
酒場が盛り上がったその瞬間に、音を消して口だけで言葉を形作る。
出した言葉は”長老たち”。
それを聞いた瞬間に一瞬のことではあるが、見張りの暗殺者たちは黙り込み、酒場の店主に目くばせをした。
……ああ、この二人は読唇術を使ったわけであるため、聞いたのではなく見たの方が正しいのだが、今はそんなことはどうでもいいか。
「なるほどね。どういう関係で?」
「師弟なのです♪」
「……嘘じゃあ、なさそうだ」
「マスターなら知っているかもな。……聞いてみろ」
「ええ、ありがとう」
ここまで踏み込んでいるのに先手を打たない。
その時点で俺が敵対しているという考慮は外れている。
故に、二人の暗殺者は俺を口封じするのではなく、情報を信じたのだ。
敵と味方の正確な判別。それができる者また、一流暗殺者の証といえるからな。
あらゆるミステリーでもいわれているとおり、暗殺者と内通者はセットに扱われるものだ。
そして、内通者を見初めるのは基本的に暗殺者だ。……例外も当然あるが。
では、見張りの暗殺者たちに、酒場の店主に話を聞けと遠回しに言われたので、その通りに動くとしよう。
「人を探しているのです」
「ああ。……見覚えがあるよ。今頃は別の街ではないかな」
「あら、それは残念ですわ」
「そうだな。だが折角だ。骨折り損で済ませるのは勿体なかろう―――この酒場には、奥の間がある」
「奥の間ですか?」
これは俺の普通の質問だ。
……酒場に奥の間、か。
まあ暗殺者が見張っているような場所、当然の発想としてその奥の間が普通の物とは思えないが。
店主はその質問にうなずくと、
「奥の間にも客がいてな。お前の舞、いい踊りだった―――仲介しよう、見せてくるといい」
「はい、是非♪」
手で促された先へと進む。
なるほど、やはりいるというわけか。
……暗殺者の隠れ家だな、ここは。
セーフハウスと言い換えてもいいが、兎も角暗殺時の拠点となる場所だ。
伝説に名高い暗殺教団ともなれば、当然そう言ったものもあるだろう。暗殺は平時の戦ともとれる以上、陣は必ず入用となるからな。
「道は分かるかな?」
「いいえ」
「……小鹿の首に従うといい」
最後は読唇術でやり取りした。
店主の問いには頷き、しかし口ではいいえと答える。
……店主もきちんと答え、読唇術で俺に案内をして見せた。
まあ、謎掛けのようなものだが、な。
どういうことかと考えつつ、酒場の喧騒に溶け込みながら―――奥の間へと消えた。
***
「小鹿の首か」
通路を進むと、通常の個室が何部屋かあった。
清掃も行き届いているが、よく見ると使用された形跡がほとんどないことから、あれらの部屋はすべてダミーだと理解できる。
……歩きながら軽く見てみたが、なるほど。
間取りが少しばかりおかしいな。
いや、間取りというよりは部屋の間隔、構成と言った方が正しい。
奥に行けば行くほど、あるべき部屋がないのだ。
この風景、忍者屋敷を思い出す。
―――という事は、だ。
「幾つか並んだ小鹿の首の剥製……だが、二番目に目立たないのは―――これだ」
一番分かり難い者は、その筋の者から見れば最も分かりやすいものと成る。
それらの意表を突くために、二番目に目立たない箇所に置いてある剥製の喉奥へと手を差し入れた。
当然周りの気配を確認してからだがな。
その成果はまさにビンゴ、というわけだ。
剥製の喉奥に、注意しなければ見逃してしまうような突起を見つけた。
「押し込む。いや違うな。上げる、か」
小さな突起を上へ持ち上げ、耳を澄ませる。
……かちり。
小さなものではあるが、歯車の音がした。
問題は何処から聞こえたか、だが―――小鹿の首に従え、か。
「間取りと鹿の首の微妙な隙間。そこから見れば、入り口は一か所に絞られる」
狙いを定めた柱に直行し、静かに押す。
……一切の音を出さずに、滑らかに壁が開いた。
回転扉ではない。通常の内扉だ。
だが、滑らかに施工されたこの扉は閉まった時には一切の違和感を与えない。
柱や木の壁の装飾に溶け込んでいるため、見る者が見ても入り口と看破することは不可能だろう。
それこそ、酒場の店主の合言葉がなければ、鹿の剥製のスイッチを見つけたとしても、侵入することはできないほどに。
建築者はとんでもない腕の持ち主だな。
そう感心しながら、手早く扉を通り抜けて閉める。
直後に歯車によって横に移動していた石の壁が扉の前に戻り、完全な壁となった。
あの鹿の剥製のスイッチが重力によって定位置に戻ったことにより、歯車仕掛けが停止したのだ。
絡繰り屋敷……なるほど、面白い。
俺に建築センスなどないが、こういったものは見ているだけでも楽しいものだな。
「まあ、見学もこの程度にしておくか」
踊り子の仮面を剥ぎ取り、暗殺者の貌に戻って隠し部屋の小さな通路を歩いた。
―――直ぐにいるであろうハーサに、どんな意趣返しをしてやろうかと算段を巡らせつつ。