隊商再出
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「あらあら~!いろんな服があるのね!」
「そう、ですね」
イーリアと二人、売り物の収まった荷車の中に入る。
二人分の体重で荷車の床がギシ、と歪む音がした。
それも当然か。この荷車には無数の服飾品が詰まっているのだから。
……服とはいえ、この時代、このセカイだ。服の中には鎧やその鎧の手入れ用品なども混ざっており、重量は相当のものだろう。
これで服を詰め込まれた荷車の極一部だというのだから隊商という物は恐ろしい。
まあ、それだけのリスクがあるのだから当然ではあるか。野盗などに襲われる可能性が常に付きまとう以上は、複数回に分けて少数の荷を運ぶよりも、一度に大量に運んだ方がリスクが少ない。特に人命に関することは、な。
結局は荷物よりも人の方が重要である。野盗に襲われれば命も確実に奪われる。
「まあ、荷物、おおければ、狙われる、リスク、も、高まります、が」
今回のようにな。結局はどっちもどっちだ。ならば、回数の少ない方を選ぶのが人間なのだろう。
移動損失も減少するしな。ラクダたちも何度も砂漠を横断できるわけではないのだ。
「なにかいったかしらー?」
「いえ、なにも」
着せ替え人形になるのは確定している。イーリアは既にいくつかの服を取り出し、荷車の床に放り出しているからな。
ならば、俺はそれまでの間に服に関しての知識、考察を高めるとしよう。罰ゲームに等しいこの苦行、その程度のリターンがなければやっていられない。
「……修道、服。質素、なもの、ですが」
他にもダルマティカと呼ばれる高位の修道士が着ることを許されるものなどもある。
羊飼いの服であるシトラスや、フルグヘム辺りではあまり見られないタイプの市民服。
変わり物ではメイド服などもあるな。いや、この時代ではメイドは普通に存在するものであった。
ミリィだって最初はメイドに扮していたのだ。あの変装の達人が選ぶ程度には現実的な職業なのだろう。
ちなみに、此処に在るものは一般的なクラシックメイド服。豚が特注していたのであろう露出の高いメイド服は当然ながら取り扱っていない。
寧ろ、あいつはあのメイド服をどこから取り寄せたのかが謎である。今となっては、だがな。
「―――ん。」
一つ、目についたものがあった。暗殺に関してという物ではないが。
……これは、千早か?巫女の着る服の原形だ。今でも神楽の際に使われているが。
その近くのものも見てみる。今度は半臂に高牆履……遠い唐の国で用いられた服と靴だ。
俗に東洋系、或いは極東と呼ばれる―――アジア系の服飾品の数々。
このセカイにも、やはり日本に近い国はあるのか。服や茶などの文化はかなり脆く危うい物の上に成り立つものだが、同じ文化が成立しないというわけではない筈。それは人間の感受性、つまりは美しいと思う感覚が同一であればいつかやがてそこに辿り着くからだ。
精々が、現代芸術と古典主義美術の順番が入れ替わる程度であろう。
……果ての東洋諸国、か。今の、ハシンという名の俺とは一切関係がないのだろう。だが、興味がわいた。
「う~ん!いいのが見つかったわ!」
「……はぁ」
ああ、とうとうこの時間が来てしまったか。まあ、二、三着程度の着せ替えだろう。おとなしく耐えるとするか。
……それにしては随分と時間がかかったような気がするが。ふつりと嫌な予感が過ってきたが、戦場でもないこの場所でそんなものがあるわけもなし。
気のせいと割り切ってイーリアの方を振り返った。
「え、う」
「どしたの?早くこっち来て♪」
―――絶句。
二十着はあるだろうか……床に服が山積みされていて、ただでさえ狭い荷車内をさらに圧迫していた。
思考が止まった。いや、放棄した。ハーサとの命がけの訓練の時ですら考えることを拒否しなかったこの頭が。
「ほら脱いで~」
「――――」
「ばんざーい」
「――――」
「あら、抵抗しないのね。なら今のうちに―――えい!」
抱きつかれた。もはやどうでもいい。
「って、下着穿いていないの?!」
「――――」
「んー?反応がないわね。ま、いっか!」
「――――。よく、ありま、せん。離れて、ください」
ようやく思考が復帰した。まさにフリーズというべきか……コンピュータの気持ちをこんなところで味わうことになろうとは。
「ハシンちゃんに似合いそうな服、たくさん見つけたわよ!」
「いりません。もどして、ください」
「そんなこと言わないでいいのよ?許可はもらってるし、それに女の子で服を選ぶのが嫌いな子なんていないんだから!」
「偏見、です」
「まずはこれね」
「話、きいて、ます、か?」
「次はこれ!その次はこれね~。いやーサクルさんすごいわ。いろんな国の服があるんだもの。さすが隊商よね」
「話を、聞いて、ください。……きけ、おい、きけ」
聞く耳持たずとは正に此の事。
これの対処は無理だな。脅威にして投薬兵二体に相当するだろうか。俺にはもはやどうしようもない。
「どう、にでも、なれ」
諦めの言葉を吐いて、再び……今度は自分から思考を手放した。
ああ、暗殺稼業よりも過酷だ。全く、女性とは恐ろしいな―――。
***
「お、嬢ちゃん随分可愛らしい見た目になったじゃねぇか!」
「半笑い、です、よね」
荷車からようやく出ると、俺を見たサクル老人が堪えきれないといった体で笑いながら褒めてきた。
字面は褒めているが、実際は褒められている気はしない。
周囲の隊商メンバーからも視線が集まっている。正直に言えば不愉快である。何が不愉快かといえば今着ている服こそが不愉快の象徴だ。
――白を大胆に使用した踊り子服。
普通に想像する踊り子の服にすれば質素ではあるが、太ももまでしかない短めのハーレムパンツにブラトップの上衣。腹などが大きく露出しているこの服は、ラクス・シャルキと呼ばれる東洋で発祥した踊りで着られる服だ。
奴隷印を隠すために広範囲を覆うチョーカーまでついている。ああ、確かに踊りは教わった。
だが、踊り子になるつもりなど毛頭ない。そもそもこれは女性の個性と美しさを象徴するものだ。
女の身体ではあるが女性ではない俺が着ること自体がお門違いである。寧ろ女性たちに失礼だろう。
「ん~最高だと思いません?!」
「随分粧し込んだね、お嬢ちゃん。良く似合ってるよ」
ハバルまで合流した。
「でしょ?褐色肌に白色の服はやっぱり似合うわよね~」
「……似合い、ません」
「似合うのよー」
……この問答は永遠に続くな。諦めよう。
「あ、そうそう。前の奴隷服だけど……ちょっと破れすぎててどうしようもないから、新しい奴あげるよ」
「助かり、ます。そして、そちらを、今、から、着ます」
「そりゃもったいねえなぁ。もうしばらくはその恰好で過ごしてみりゃあいいんじゃねぇか?」
「サクル、さん……」
ハバルから受け取った奴隷服を胸元で抱えた状態で固まる。
……最初からこちらを渡して貰えればこのような服を着る必要はなかった気がするのだが。
仕方なし、か。サクル老人からこのままでいろ、という言葉が出たのでは、逆らえない。
どちらにしても少しだけだ。そう考えれば気持ちも何とかなろう。
「さて―――親爺、準備終わったぜ」
「山賊はどうだ」
「捕らえて縛って放り込んである」
「よし、見張りを欠かすなよ。イーリアさんや、芸人の夫さんのところに行きな。―――もうすぐ、出発だからよ」
「あら、もうそんな時間?結構長い間荷車の中にいたのね……」
……時間にして一刻。一時間丸々中にいたわけだ。
それだけの時間経過していれば、大規模な隊商の野営地といえど片付けは終わる。人数も多いからな。
「ハシンちゃんの姿をもっと見ていられないのはちょっと残念だけど……抱きしめられたし満足だわ!」
「そー、です、か」
「―――じゃあね。また、会いましょ?」
「……ええ」
手を振って荷車数台分の距離を駆けていくイーリア。彼女と言葉を交わすのはおそらくこれで最後だろう。
ここから少しだけ進めば、俺はこの隊商から離れるのだから。言ってはいないが、旅慣れしているイーリアも分かっている。だから、じゃあねという言葉だったのだから。
……やれやれ、嵐のような女性であった。あそこまで露骨な好意と女性扱いはそうは受けるものではない。
―――まあ、いい経験になったと、そう思うことにしよう。
さあ、再出立だ。まもなく、仕事の時間が始まる。
この服を着るような踊り子ではないが、戦場では精々美しく踊るような殺しをするとしよう。
それが暗殺者の役割だから、な。




