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TS転生奴隷の異世界暗殺者生活  作者: 黒姫双葉
第一章 Who are kill……?
53/146

退治翌日

***




「放せ、放しやがれ!」

「……無理、です、ね」


隊商の野営地、そこに適当に打ちつけられた木製の杭に身体を縛られている盗賊達のリーダーが、近くの焚火にいる俺に向かってそんなことを叫んでいる。これはさっきから何度目だろうか。

あんまり声を出し過ぎると隊商メンバーの迷惑になる。今は寝ている時間だからな。まあ見回りは増員されているのだが。

盗賊団を蹴散らした後とはいえ、攻められた後余力があるのに警備体制を疎かにするのは馬鹿のやる事だ。見回り体制を強化するのは当たり前のことだろう。

とまあ、碗の半分の半分程度の飯をちびちびと食べつつ、隣の怒鳴り声をBGMにしていたのだが。


「さて。こいつどうするかなぁ」

「ハバル、さん」


サクル老人がいる荷車から出てきて、俺の横に座り込んだハバルが、同じように碗に飯をよそりつつ困ったように呟いた。

いや、実際に困っているのだろう。隊商は余分な人間が増えることも考慮して、ある程度余裕をもって食料を持ってきているとサクル老人が言っていたが、それはあくまでも隊商に必要な人間に限る。

隊商の人間を傷づけた盗賊団の、その頭目ともなれば、もはや必要な人間どころか罰を与えるべき対象の筈だ。食料を与えることなどあり得ないが―――されとて、殺すわけにもいかない。

彼らは商人であって、殺し屋でも暗殺者でも気の触れた殺人鬼でも無いからだ。

だがここに放置しておけば万に一の可能性で逃げられ、再びこの街道沿いで山賊行為を行うかもしれない。それは危険を振り撒く行為であり、最も避けなければいけないことだ。

いやはや、何ともやりにくいものだな。


「……あ、お嬢ちゃんもそろそろ寝た方がいい。親爺の荷車なら空いているからね」

「はい、そろそろ、寝ます」


お言葉に甘えて、というやつだ。

……まあ数日程度眠らなくても問題ないような身体にはなっているのだが、逆に眠らなかったら不審だろう。直前に戦闘をしているのだから尚更に。

それに、安心して休息が取れるのだから断る理由もない。……付近に殺気も感じず、見回りも強化された以上俺がここに居なくても問題ない。

そもそも、俺にはこういった場合盗賊をどう処理すればいいのかという答えを知らないからな。

有用な仕事ができない以上、さっさと引き下がるのが吉というものだ。


「おやすみ、なさい、です」

「うん、おやすみ」


碗を戻し、立ち上がる。ハバルに声をかけてから荷車の中に戻った。

中ではまだ地図やアバカスを手にして考え事をしているサクル老人がいた。


「お?嬢ちゃん、眠るのかい。……すまんな、ちっと明かり使ってるが」

「気に、しないで、ください。問題、ありません」

「あんがとよ。―――盗賊の件もな。おかげで怪我人が数人だけで済んだ」

「はい、怪我人も少ない、死者、いない。よかった、です」


捕らえた盗賊たちを脅し、見回りを担当していた他の隊商メンバーも救出したが、怪我はしているが命の方に別状はなかった。弟子になってからまだ期間が短いため、医療技術は最低限しか叩き込まれていないがそれでも死ぬ傷かどうかくらいならば分かる。今回は死なない傷だった。

全く持って、無駄な死人が出なくて何よりである。


「礼はさせてもらうぜ、嬢ちゃん。……ま、今はお休みだな」

「おやすみ、です」


頷き、就寝のあいさつを返した。さて、さっさと寝るとしよう。

背中を壁につけて手と足を折りたたんだ後、身体全体に毛布をかけて包まるように眠りにつく。

ああ、やはり横になれるのはありがたい。座ったままでも別段体力的な問題は起こりえないが、気分的には眠るときは横になりたいものだからな。

安全を確認し、意識が微睡む前に思考する。……さて、もう一日が終わりか。

初期の予定では移動に掛ける時間は一日と半分だったが、実際はもっとかかる。故にハーサは先に出た。

俺は経験の不足からその事実を知れず、遅れて出た。だからこの場所で山賊どもと戦うような結果になったのだ。いや、得られたものがないでもないが。まあそれはいい。

―――俺が考慮すべき一番大きな問題は、辿り着けるかどうか…だ。

だがそればかりは俺にはどうにもできない事。隊商に身を預けた時点でその手段は失われたのである。

それでも俺はこの隊商に身を任せたことを後悔はしないが。いい経験が得られたからな。

山賊どもだって、そうは戦う機会がないのだ。一度交戦しておき、学習するのも大事なこと。せっかく時間がかかるのだ。存分に経験を積んでから行くとしよう。

……ということで、一番の問題に対しては祈りつつ最善を尽くす、といういかにも曖昧で政治家が使いそうな言葉で片付けるのが良い、という結論になった。また明日に状況を見て再思考するとしよう。

では、眠るかな。意識し、意識を手放し、そして微睡みに沈んでいく。さあ、お休みなさい、だ。




***




「ん……」


基本、俺は夢を見ない。

寝れば次に目が覚めた時には既に朝だ。前の身体ではそれでも月に一度程度は夢も見ていたが……この身体ではどうだろうな。今のところは夢は見ていないが。


「片付け、です、か」


既にサクル老人の姿は荷車の外にあり、野営地の片づけを指揮していた。とはいえ欠伸なども漏れており、起きてからまだそうは経っていないようである。

俺も手伝いに行かねばならないだろう。惰眠を貪ることは無駄であるからな。

体を起こし、ある程度伸ばしたところで立ち上がり、荷車から降りる。


「手伝い、ます」

「おお、嬢ちゃん。……いや、ありがてぇけど、飯の準備のほう頼めるかい?」

「いい、です……けど」


……またか。

まあいいが。乞われたのならば答えるのが俺の役割である。少なくとも今は、な。

この指に刺さった棘の様な感覚は、若干の女性扱いがまだ慣れないだけである。いや、恐らく一生慣れることはないだろうな。どこまで行っても俺は俺であり、それ以外の何物でもないのだから。

では、また好評を得られるような飯を作るとしよう。ミリィから教わった料理スキルをフル活用してな。



***




「うおぉッ!前よりさらに旨いじゃねぇか!」

「あら、おいしいわね~」


右隣にサクル老人。そして左隣に人ひとり分の隙間を空けてイーリア。二人に挟まれて自分で作った飯をつつく。出来栄えは普通だろう。持ち運んでいる食材は塩漬けしたものや干物などが多く、既に味がついているものが多い。また、その過程で臭みなども取れていることがほとんどなので、活用しようと思えばいくらでも具材として使えるのだ。ちなみに、ハバルの話だと適当に料理をすると隊商の後半の方では食材を丸かじりするだけの、もはや料理とすら呼べないものになり、隊商のメンバーたちの間で不穏な空気が流れ始めるそうだ。一度ハバルはそれをやらかして、サクル老人にぶん殴られたらしい。

……結局は通り道付近の街で食材を買い足したが、大部分はハバルの懐から支払われたそうだ。

旅の計画の重要性が分かる話である。いい経験になった。


「ていうかね、ハシンちゃん……その血塗れの服でずっといるのはどうかと思うのよ!」

「そ、です、ね。……サクル、さん。山賊、頭目、どうするの、ですか?」

「あー、一応連れて行く。寄る予定は無かった街が近くにあるからな、そこでつきだせば一件落着っつうことだわな」

「なる、ほど」

「もしかしたら手配書付きかもしれないしな。それならむしろ金が貰えて得をする……ま、見返りには見合うだろうって魂胆だ」


転んでもただでは起きない……根っからの商人というものなのだろう。

逆境の中に金の匂いを見つけ出し、的確に辿っていく。商魂逞しいとはまさにこれだ。


「ちょっと、無視しないで?!」

「まぁまぁ、イーリア。その話なら後ででもいいんじゃないかな」


イーリアの更に隣から、アレドロの声が聞こえる。夫婦なだけあり、基本は一緒に行動しているため当たり前のことだが。まあ飯を作っているときは別だったが、あれは俺と同じ理由だ。

それにしても、イーリアのその話は先ほどから何度も適当に流しているというのに、何度も同じことを続けて話し続けるあたり、この女性もなかなかに心が強いな。


「駄目よ、今を逃したら……逃したら、ハシンちゃんの裸を見るチャンスがなくなるわ!」

「さよう、なら、永遠に」


速攻で距離を取って坐りなおした。欲望を直球で表現しすぎではないだろうか。オブラートに包むという事を知らないのか?寧ろ清々しいな。

……だが、服に関しては実は一理あるのだ。理由は単純、この隊商と別れた後、血塗れの服で出歩くわけにはいかないという事である。

奴隷が血塗れで歩いている、などどこから見ても事件だ。悪目立ちがしすぎる。

なのでどこかで服を調達したいのも事実なのだ。最悪奴隷身分を活用して全裸で歩き回ればいいとしても、それはそれで目立つ。そも、それでは奴隷娼婦だ。御免被るのが本音である。


「ま~それは半分くらい冗談だけど?……サクルさん、なんとかならない?」


半分か……思わず呆れた。


「あ?服か。いいぜ、好きな(モン)持ってけ」

「流石話が分かる!」

「礼はしないといけねぇからな。つか、昨日ハバルともそんな話してたんだろ、嬢ちゃん?」

「そう、いえば」


その途中で山賊が襲ってきて撃退作業に移行したのだった。


「それに、ハバルが気付いてりゃ嬢ちゃんが血塗れになる必要なかったわけだしな」

「用心棒、の仕事、ですので。気に、なさらず」

「それでも、ハバルが着替えてて嬢ちゃんがそのままっつうのもな。だからまあ―――吟遊詩人の姉さんや、嬢ちゃんに服を見繕ってやってくれ。儂にはそういうのよくわかんねぇからな」

「りょ~かいです!……むふふ、さあ行きましょうか!」

「いえ、ひとりで、十分、です。十分、ですって。はなし、て、ください」


抵抗虚しく、イーリアに抱きかかえられながら、大分片付けの済んだ野営地の中を荷車の場所目指して運ばれる。俺に害はない。それは事実だが……結局この女性に抱きかかえられてしまったな。

どうでもいいことではあるのだが、ほんの少しだけしてやられたという感覚だ。

まあ、泡の如く消え去る感覚なので気にすることはないが。

―――問題はここからだ。心を無にして、着せ替え人形になるとしよう。誤ってナイフを抜かないようにしないとな。



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