山賊退治
なるほど。
……さて、どうするか。
「まず武器を棄てろ」
「ふ、む」
「早くしろやおい!!」
リーダーの男の持つ武器が、人質の首元へと近づく。そんな中でも人質は男を睨みつけているのだから、何とも気が強いことだ。
サクル老人の隊商メンバーは皆こんな奴らばかりなのか?兵士よりも兵士らしいものばかりではないか。
とはいえ、護衛対象だ。殺されても困るので、手にしたクファンジャルを後方へ投げ捨てる。
「ッチ……」
後ろへ投げ捨てたことに若干イラついたらしい、舌打ちが聞こえた。
何を好き好んで武器を相手に渡すと思うのか。相手に差し出すくらいならば溶岩の中にでも落とすに決まっている。
それにしても、だ。暗殺者……つまり、場合にもよるが、基本人質を取る側であるはずの俺が人質を取られるとは、大きな仕事前に何とも難儀なことになったな。
「…………」
兎も角まずは時間を稼がないといけないだろう。
雑談でもするとしよう。話に乗ってくれば上々だ。
「この、あたり。根城に、している、ようです、ね」
両手を挙げて降参の姿勢を見せつつ、リーダーの男に話しかける。
こうしておけば相手の気を大きくさせられる。即ち油断を誘うことができるのだ。
自身が優位に立ったことによる気分の錯覚というものの恐ろしいところは、無自覚であることが多いという点だ。自分でも気が付かないうちに油断をしてしまう、これこそが強力な毒となる。
「―――は。手前らみたいなのがよく通るからなァ」
ほら、乗ってきた。
心理戦も含めた戦闘を何度も行っているものならば、相手と会話を重ねないという事は必然の手段となり得るという。
言葉は刃。ペンは剣よりも強しとはよく言うが、一側面から見ればそれは間違いない事実だ。
今回の場合、筆記ではなく会話だが。
なんであれ、刃を交わさずに相手を揺さぶらせることができる言刃は、強力な武器になるのである。
「にしてもよぉ……よくもまあ、俺の団員を殺してくれやがったなぁ?」
「仕事、です、ので」
「ハン、冷淡な女だ。だがまあいい。お前を売れればいい金にはなるだろうよ」
目を細める。
奴隷商との取引か。こういった山賊行為を行う者達は、捉えた女や子供を拘束、監禁後に奴隷として売りつけることも多々あるという。
俺自身に記憶はないのだが、俺が売られ、そして豚に買われたときの奴隷商人の会話から察すると、どうやらこの身体はそういった山賊からの流し売りであるらしいしな。
気がついたらこの身体の中だったため、実際はどういう経緯だったのかは不明、さらに言えば俺のこのセカイでの出身地や親なども分からないのだが。まあ、興味もないので、どうだっていいのだが。
「それなら、残念、です。私、既に、奴隷、なので」
服の胸元をさらけ出し、奴隷印を見せる。
本来ならばこれを見せるなどありえないが……今だけはこれでいい。
なるべく時間を稼ぐためには相手に優位だと錯覚させ続けられる状況を与え、ついでに話題も提供してやらなければならないからだ。
相手が奴隷であるというだけで心情的な感情は大きく優位に傾く。このセカイのカースト制度ならば特に。唯一の問題といえば、この男ではなく人質の男に見られていることだが……仕方ないだろう。
まあ、最初から隊商メンバーは俺が奴隷であるとは知っている。危険値は変わっていないと判断すれば……良くはないが、放っておいてもいいレベル、か。
「ああ?!糞が、一回奴隷になったやつは売れねえっつうの」
「そういう、もの、ですか」
奴隷同士の取引などもあると聞いたことがあるが、それは奴隷商同士で行われるもののため、横流しを行う山賊からの取引は受け付けない、ということだろうか。
確かに一度奴隷になった物を再度奴隷商買い付ける場合、奴隷商が売った奴隷のいる場所を山賊が襲撃、それをもう一度買い取らされる……などという事になれば損をするからな。
奴隷……特に男の劣情の対象となる奴隷の場合は、若く美しく……未通の娘が好まれる。
一度奴隷になったものは、多くの場合未通ではないので、高くは売れない。
高価な買い手がつかないのであれば、奴隷商は損をする。……こう考えれば山賊から奴隷に落ちたものを買い取らないのも理解ができるか。
吐き気がする話ではあるがな。あの豆腐のような四角い監獄の中を思い出す。―――嫌な記憶だ。
「あの積み荷を掻っ攫えれば元は取れるか……?ああ、問題ないか」
男の全身に、完全に油断という毒が回った。
戦闘状態を解き、皮算用まで始める始末だ。
こいつの頭の速さは分からないため、どのあたりまで皮算用を進めているのかはわからないが……いい感じに時間を無駄にしている。
それでいい。そのまま愚かな思考を重ねていればいい。
「ああ、なら売る必要なんてねェな……ハハハ!ならお前は俺たちの奴隷だ!どうせ処女じゃないんだろうが、どうせすぐに使い古しになるんだ、気にするやつはいねぇ!!」
一歩。男が俺に近づいた。
「なに、可愛がってやるからよォ……すぐに善がるようになるぜ?俺たちはそういうの慣れっこだからよ!」
更に一歩。人質をその場に残し、歩を進める。
「キモチヨクなるためのお薬だってある。さっきまで、夫をよくも―――って言いながら俺様を睨みつけていた女が、媚びて尻を振るようになるのはいい気持ちだ!」
三歩目。おおよそ半分程の位置に到達した。
「だがお前の手足は邪魔だなァ。なにせお前は強い……いや?強かった!!だから手足は捥ぐとしようかなぁおいおいおい!!」
「―――ふ」
男が好き勝手御託を並べたところで、時間稼ぎの結果が相成った。
存分に冷えた思考を表情として浮かべ、最期の一歩を踏んだ男に対して嘲笑をプレゼントしてやる。
俺の足でも二歩程度の距離……俺の嘲りに男は違和感を覚えたようだった。
だが、もう遅い。お前は詰んでいる。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?!」
「ええ、もんだい、ありま、せん」
「は…はあ?!おいおいおいおいおいおい!!!なんで手前ら此処に居やがる!」
隊商の駄馬としても使われている馬に乗って、十数人の屈強な男たちが完全武装で俺たちの元へとやってきた。先頭を行くのはハバルだ。
リーダーの男の動揺は、男にとっては自然なものなのだろう。
だが、この状況を画策した俺からすればなんとも間抜けであるとしか言いようがない。
……何のために糸を斬ったのか。それはこのためだ。
男は山賊たちを野営地に向かわせて制圧するつもりだったのだろうが、それは根本的に不可能なのだ。
将のいない―――即ち個が多数いるだけの暴徒など、サクル老人やハバルに率いられた、準備を完全に済ませたあの隊商にとっては雑魚同然。即座に返りうちにして、援軍すらこうして寄越せる。
馬から降り、隊商の男たちが槍をリーダーの男に向けた。
「糞共が、こっちには人質がッ―――?!」
人質は、確かにいる。……お前から数歩分、離れたところにな。
たかが数歩……だが、槍をついて命を終わらせるには十分すぎる距離。
長剣を前に突き出し、威嚇をしているが無駄なことだ。
さて、人質の使えなくなった男であるが……奴にとってはもう一人、人質に相当する人間がいる。
もちろん俺のことだ。
「ハッハァ!!」
長剣をハバルたちに放り投げ隙を無理やり作りだし、胸元から小さなナイフを取り出して俺へと迫るリーダーの男。
格好の得物として見ているところ、非常に残念だが、長剣を捨てた時点でお前から勝ちの目は消えてしまったのだ。
男の突進と同じタイミングで俺も少しの距離の助走をつけ―――飛び上がる。
目指すのは男の顔面。とはいえ、今武器を持っていない以上即座に殺すのは少々面倒だ。
暗殺術を使えばもちろん話は別だが、これだけ目がある場所では不用意には使えない。
なので、絞め技に頼ることとした。
「―――グ、ゴ?!!」
さすがの大男。相手の勢いに合わせて飛びついたというのに、倒れはしなかった。
下腹部を男の顔に押し当て、そのまま足を頭の後ろへ回し、ロックする。
変則的なフェイスロック形式の絞め技だ。下腹部で鼻と口を押え、息をさせなくするもの。
いきなりの絞め技によって、男の手からナイフが取り落とされる。反射的に息をするための行為……即ち、俺を引き剥がすという手段を取ろうとしたためである。常人であればこうなるのが普通だ。
「ほら……おまえ、が望んだ、私、の身体、だ」
より密着させ、速く落とすために胸までも男の顔に押し付け、腕も使いながら張り付く。
その際に、好き勝手言っていたことに対しての意趣返しを行う。
―――さあ、今どんな気持ちだ?お前が凌辱しようとした女の姿を見ながら気絶するのは。
何度がもがき、脚を掴んで引き剥がそうとしていた男だったが……。
「う、ん……?」
押し付けた下腹部に湿った感覚……どうやら泡を吹いたらしい。
そのまま膝を折り倒れようとした。
その前に絞め技を外し、離れる。曝け出したままの胸元を仕舞い、下腹部の泡も血塗れの奴隷服……のあまり血が付いていない場所で乱雑に拭き取っておいた。
「片付き、ました」
「あ、うん……。俺たちは要らなかったかな?」
「いえ、助かり、ました」
長剣を持っていたままでは傷を負っていたかもしれないからな。
ハバルたちの援軍のおかげで安全にことを進められた。感謝である。
「さて――盗賊、これで、おしまい、ですね?」
「ああ、助かったよ……任務、ご苦労さん」
握り拳を掲げたハバル。俺も同じく拳を作って、コツン……と軽くぶつけた。
これにて山賊退治、終わりということだ。
……少し腹が減った。戻って飯を頂いき、眠るとしようか。
手早く山賊リーダーを縛りあげながら、そんな風に思った。