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暗殺相対

噛みついた林檎は、アルディからもらった林檎――ではなく、”誰か”からの贈り物。

今は根の刻の半刻だ。

アルディを信じるならば、今から半刻――三十分後には警備も含めて誰もいなくなるはずなのだ。

サクサクと食べること数分。

歯が何か固いものに当たった。

ぷっと吐き出すと、その硬いものは、L字に折れ曲がった金属だった。

L字の先端は非常に鋭くなっている。


「なるほど。……ということは」


リンゴは半分ほど食べてある。

もう半分を食べて――そしてもう一度堅いものに当たった。

それを取り出して、俺はやはりと思った。

それ(・・)は、細長い針金。L字金属と、針金でやることといえば――――ピッキングだ。

―――抜け出してみろ……”誰か”のその言葉が聞こえた気がした。


「枷が簡単な形状でよかった。難しい鍵だったらとてもじゃないが外せなかったからな」


もしかしたらこのセカイでは最も頑丈な鍵なのかもしれないが、実際は南京錠あたりと変わらない。

南京錠であれば、俺のセカイでは安全ピンですら開けられる。

むしろ鎖でぐるぐる巻きにされていた方が厄介だったくらいだ。

あの”誰か”は、この道具を使って鍵を開けることができなかったら話にならないとでも思っていたのだろうか。

まあ、その通りであるだろうけどな。

印象を消すという技能を習得している人間が、鍵開けすらできない人間をほしがるなんてことはあり得ない。


「まあ、手枷は外せなかったが……移動する分には問題ない」


手枷の鍵は、手首の内側についている。どんなに頑張っても関節はそこまで曲がらないので、開けることはかなわなかった。

しかし、ここを脱出するうえで最も厄介なのは、このうるさい音を出し続ける愛の鉄球と、警備兵だ。

そのうち、足の鉄球を外した今、残っている脅威は警備兵のみ。

それも、今から十分後にはいなくなるだろう。

周りの、俺と同じ奴隷に目を向ける。

拘束具の設置位置の関係上、互いが互いを見れないようになっているため顔は見れないが、不規則な寝息が聞こえるため、睡眠に入っているのは確かなようだ。


―――十分経過した後、俺はこの部屋を抜け出した。


***


「本当に、戦争に備えているとは思えない警備のずさんさだ……」


小声で、愚痴りながらマキシムの屋敷の通路を走り抜ける。

マキシムの寝室は奴隷部屋から結構近くにあり、ニアミスしてしまわないか心配だったが、大きないびきの音が聞こえてきたためにその心配はないと考え直した。

それよりも、問題はフロルだろう。

領主であるマキシムよりも働いているあいつなら、この通路をわたっている可能性も少なくはない。


「ああ、警備の増強だ。早馬を使え」

「ハッ!」


……まったく、噂をすれば影だ。

扉がある方の壁際を歩いていてよかったと思う。

おかげで人が来るのを察知できる。


「……私も行かなくては……」


………これはまずいな。

フロルと鉢合わせたら確実に殺される。

周りを見渡す。

通路には効果そうな壺や、絵画などがあるが、どれも利用することは難しいだろう。

かといって、このままここにいても隠れることはできない。

夜だからそれなりに暗いといっても、蝋燭は設置されているし、おそらくフロルや命令を受けた早馬自体も蝋燭を持っているはず。

絶対に見つかるだろう。

何か―――――あった。

カーテンだ。

閉まった窓から垂れるカーテン。

あれを利用しよう。

俺は扉と反対方向の窓を静かに、しかし素早く開け放つ。

窓には奴隷(俺たち)への対策か、鉄条網のようなギザギザの網が張ってあった。

まあ、さして問題はない。さて、次だ。


「――っふ!」


カーテンをまとめると、それを縄に見立てて素早く昇る。

天井にまで到達すると、俺はその木目に手を突っ込み、足を壁ギリギリについたて、支えた。

用済みになり、放したカーテンが元に戻り、まるで風に揺れているかのように動いた。

そして、その瞬間に扉が開き、まず坊主頭の男が。そのあとにフロルが顔を出した。


「……誰だ、窓を開けっぱなしにしておいた奴は」

「いや、私じゃないですよ」

「……わかっている。早く行け」

「へぇ、了解です」


二人の手元には、金色の金属――おそらく真鍮であろう――で作られた手持ちの蝋燭立てがあった。

案の定、蝋燭を持っていたようである。

松明じゃなかっただけましだろうな。あの明かりの強さだったら、天井に潜んだ俺の姿が見えていたかもしれない。


「まったく、メイドがいないというのも面倒だ……」


誰も見ていないというのに仏頂面でそう言いながら、フロルは窓を閉めた。

そのとき、何かを感じたのか上を見た。


「……ん…?」

「―――?!」


気づかれたか?

いや………ここはおとなしくしていよう……。

少しの間天井を睨みつけていたあと、目線をもとに戻すと、


「疲れすぎか……。まったく、ここ最近は視力が悪くなるばかりだ……」


さらに愚痴を言いながら、マキシムの寝室方向へと去っていった。

……危なかった。

もし、あの時動いていたら俺の存在がばれていただろう。

また、俺の身体がもう少し大きかったらこの影の中に隠れていることもできなかった。

偶然に助けられたな。


「……よっと」


するすると地面におり、最低限人に気を付けながら屋敷を去る。

一番厄介なフロルがいなくなったのはいいが、先ほどのやり取りで五分ほど無駄にした。

兵士がいないのはあと二十分ほどのはずだが、もしかしたら十分前には元の場所に戻るやる気のある兵士もいるかもしれない。

急がなければ。

人に気を付けながら見つからないように急ぐという面倒極まりない移動を行って、ようやく砦の入り口についた。

普段ならば入り口の前には最低でも二人の衛兵がいるのだが、いまは飯時ということでいない。

アルディの言葉は信じるに値したということか。

それにしても、走りづらいな……。

本来人間の体は腕を自由に振ることでバランスと保つ。

歩いたり、走ったりするときも同様だ。

それが前で拘束されているということは、バランスをとるということが難しくなるということである。

結果的に、無駄な体力を使う羽目になる――悪循環だ。

まあ、足枷が外れているだけましと思うことにしよう。


「道は……こっちか」


今日の昼間に連れ出されたときに通過した道をたどる。

脱出などできるはずもないと考えていたのか、馬車には暗幕などはかかっておらず、俺自身にも目隠しなどがされることもなかった。

そのため、窓は空いており、外の風景が丸見えだった。

街に行くための道筋はその時に覚えている。

ここから走っていけば……一時間ほどで着くだろうか。

考えていても意味はない。

俺は街へと走り出した。




***




「……ふぅ……ふぅ………」


さすがに疲れてきた……。

走ることおよそ一時間弱。

夜の砂漠を抜けてやがて見えてきたのは、大きな街。

俺が昼間につれてこられた街である。

砂漠にあるということで、やはり真ん中には大きな湖がある。

オアシスに沿って作られた街なのだろう。


「あいつがいたのは、市場の方……道はこちらだな」


忍んでいる今の状態では厄介なことだが、夜だというのに人通りは多く、街は明るかった。


「――ん?」


その人通りをよく見ると、俺と同じような格好をしている少女たちに姿がちらほら見えた。

中には全裸で歩かされている者もいるし、鎖に繋がれ、性行為を強要されているものまでいた。

……この時間帯、奴隷も普通に活動しているのか。

いや、むしろ娼館に買われていったものたちならば、この時間こそがもっとも働かされる時間なのだろう。

同じ身分の、俺よりもひどい境遇のものたちを見ていると、胸に湧き上がってくるものがあるが―――それに身を任せても待っているのは破滅だけだ。

なるべく気にしないようにして……俺は人の流れに紛れた。

人を隠すならば、人の中、だ。

市場で俺の顔を見たものもいるかもしれないが、それも人込みや、同じような奴隷に紛れていればごまかすことができる。

―――人通りのおおさは、結果的に利用できたな。

今まで客引きが大量にいた、娼館通りを抜けて、市場のエリアに到達。

夜は娼館に客を取られるのか、昼間よりずっと少なくなった市場を通り、”誰か”のいた露店に移動する。


「………誰もいないじゃないか」


露店があったところには、ただ何もない赤茶けた地面が広がるばかり。

人がいた痕跡など影も形もない。

所持しているわけにはいかない林檎の芯を投げ捨ててから、引き返すか――そう思った瞬間、後ろに気配を感じた。


「―――ッ?!」

「おっと、動くなよ」


恐るべき手際だ。

気配を感じた瞬間に振りむこうとした俺よりも早く、首筋にナイフを当ててきた。

俺が素人であることを除外しても、あまりにも巧すぎる。


「うーん、勘がいい……。私が殺気を出した瞬間に気付くとはねぇ…?」


にやにやと面白そうに笑っている雰囲気が伝わってくる。

雰囲気なのは、こいつの姿が見えないからだ。

恐ろしく柔らかい関節を駆使した体捌きは、俺の完全な死角から一方的に攻撃することを可能としている。

―――敵わないな。

昼間と同じく、だ。


「で、主を変えてみるってどういうことだ?」

「なに、そのままさね。あのマキシムから離れて、私の下につかないかってことさ」

「勧誘か。うれしいな……ナイフを当てられているなんて状況じゃなければ」

「暗殺者が容易に姿をさらすもんじゃないよ。”話し合いはナイフと突きつけてから”さ」


物騒な言葉もあったもんだ。


「で?答えは」

「……もちろん、イエスだ」


そんな物騒な言葉を使う”暗殺者”であっても、あのクソ豚の慰めものになって死ぬよりははるかにマシだ。


「そうか。じゃ、契約成立だね」

「―――ッかは?!」


トン――軽く首に手刀を落とされて、景色が暗転した。



***



「………俺を部下にしてくれるんじゃなかったか?」

「念には念を入れてだ。暗殺の基本中の基本だよ」


意識が回復した後にまず見えたのは、口以外を覆う、のっぺりした仮面をつけた女だった。

肌の色は俺と同じく褐色。身長は高めだな。

その手には、俺がこのセカイで目を覚ます前に所持していた短剣があった。

周りを見てみる。

石造りの建物であるということ以外読み取れそうにはない。

下を見てみると、どうやら縛られているようである。

手枷の上からさらに拘束されるとは――俺に拘束趣味などないのだが。


「その短剣……」

「ああ、これかい?”世界渡り”……高名な魔女が作った、セカイをわたるための短剣なんだとさ」

「……そんな眉唾な」

「おや?お前は実感したんじゃないか?」


―――こいつ、俺がどこから来ているのか、知ってるということか?

いや、今の言葉が本当だとしたら………俺はいま異世界にいるということだ。


「クソッ垂れな魔女に盗まれて、使われたんだが……お前さんがこちらに返してくれた。先代曰く、これはセカイをわたるたびに、最も所有するにふさわしいものの手に渡る特性があるらしい………私は使ったことないから知らないけどね」

「そんな、魔法みたいな話あるものか」

「いやいや、ちゃんとこの世には魔法があるからね。そんな不可思議な話も起こり得る」


魔法、あるのか。

……めちゃくちゃなセカイだな、ここは。


「ま、魔法というよりは呪いといった方が正しいけどね。不可思議なことは起こせるが……時間もコストもかかりすぎる。そんな遠回りなことするよりもスパッとヤちまった方が楽さね」


なるほど……だいたいは、俺たちの世界で昔信じられていた魔法と同じ感じなわけか。

それが”信じられていた”ではなく、現実だったというだけで。

それはそれとして、こいつ、魔女を嫌っているのか?

言葉の端々から、嫌みがこぼれている。


「―――戻れるのか?元のセカイに」

「さあな。私は魔女じゃない」


俺の疑問を容赦なく切り捨てると、”暗殺者”は俺に近寄った。


「さて―――そろそろ本題と行こうか?」




***



「……あの野郎、覚えておけよ………」


猛烈に痛む肩や手首など押さえながら、また、触りたくはないがむずむずしてしょうがない股間のあたりを抑えながら、俺は砦へと戻っていた。


”「さて―――そろそろ本題と行こうか?」”


あの言葉の後、”暗殺者”は俺に条件を提示してきた。

それは俺を部下にする条件で――――内容は、あのマキシムを自らの手で仕留めること。

生死は問わないが、”暗殺者”――そういえば、ハーサと名乗っていた――が回収できる状態にすること。

つまりは、気絶及び殺害を、俺一人でやるということだ。

……あいつのそばには基本的にフロルがいるし、フロルが仕事で抜けるときも必ず数人の兵士がつく。

難しすぎるだろう………そう反論したら、ハーサは、


「安心しろ、暗殺ができるように半人前にしてやるからな」


そんな風に言った。

俺はそれに、「礼で助けてくれるのではなかったのか?」と尋ねたが……。


「もう助けただろ?部下になるといったのはお前さんで、私はそれの背中を押しているだけだ」


などとニタニタ笑いながら抜かしたのである。

残念ながら、一枚も二枚もハーサの方が上手な用だ。

精神戦でも、肉弾戦でも負けている。

―――まあ、一番この野郎と思ったのは、そのあとのことなのだが。

半人前にしてやる………その言葉は、決して嘘でも誇張でもない。

実際に、あいつは俺に教育をして見せたのだ。


………関節を柔らかくするといって無理やり手首や肩を外したり。

薬に耐性を付けるなどといって、媚薬――――酪絡草を乾燥させ、燃やしたものであった。やはり用途はろくでもないな――――を焚き、ひたすら愛撫と我慢を繰り返させたり……。

壁のぼりの練習だといいながら、何の取っ手もない壁を無理やり上らされたり。


そのせいで俺の身体はいまひどい状況だ。

……しかし、我慢するしかない。

むしろ、ちゃんと…ちゃんと?技術を授けてくれているだけ幸運だろう。

さて、俺はマキシムを暗殺できるように半人前――この状況で、一人前になれるほどの訓練は詰めない。半人前が世いっぱいだ――になりつつ、怪しまれないように日々を過ごす、それを達成しなければな……。

まずは、見つかる前に砦に戻ろう。


――朝日が昇り始め、肌寒い空気が体を撫でる中を、俺は走り抜けていった。

奴隷生活は、三日目を迎える。


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