作戦説明
「まず、隊は四つに分割されます。ハーサの言った通りの陽動隊に、内部構造などを調べる斥候部隊。そして、攻略隊と、攻略本隊です」
「なぜ二つに攻略隊がわかれている?まさか失敗したときの予備というわけではないだろう」
「いい質問です。……まず、第一にいくら歴戦ぞろいの暗殺者たちでも、屈強な兵士をずっと相手取り続ければ疲労がたまり、失敗に繋がりますからね」
「その二、今回は速度が命の奇襲戦さね。必要なのは、攻撃力と圧倒的な速度。隊をまとめれば攻撃力と対応防御力は上昇するが、速さが致命的に足りなくなっちまうのさ」
「……ましてや敵の本拠地。ちまちましていては戦力を増援され、勝ち目が見えなくなる、か」
「そういうことです」
隊を二つに分け、臨機応変に対応しつつ、一気呵成に敵の陣地深くまで攻め立てるということか。
確かに二つの隊があれば自由は効く。まして、闇に潜むのが得意な暗殺者たちともなれば、機動力はまさにお墨付きといったわけだ。
「だが、連携はどうする」
「そのための情報隊さね」
「斥候部隊を戦闘開始時にも残しておくのか?」
普通は情報処理を担当するような部隊は退かせるのもではないだろうか。
……まあ、軍隊にも軍略にも詳しくはないので、あまり踏み込んだことは言えないが。
「そこは暗殺者ですからね」
「戦闘が始まろうがなんだろうが、その場に潜み必要に応じて情報を収集、そして処理することなんて朝飯前さね。というか、これができない暗殺者は今回の任務、役に立たたん」
「ふむ、理解した」
暗殺者と普通の戦争の違い、といったところか?
軍という一つの生き物として戦う兵士たちと、極限まで能力を極めた個を運用する暗殺者たち。
なるほど、ドクトリンが全く違うのもうなずけるというものだ。
「まあ、攻略隊は情報処理も担当しますが。此度はこの隊は”毒蛇”とその弟子、及び”毒蛇”が選んだ暗殺者数人で編成されます」
「ということは、本隊が私たちか」
「はい。私とハーサ、そしてハシンの三人です」
「……本隊が三人とはまた」
突拍子もないことだ。
まさか、たった三人だけで敵の本拠地に乗り込み、目標物の奪取或いは破壊を行え、とは。
―――面白い。
「ま、”毒蛇”の爺もいい加減歳さね。あまり無理な動きもできなくなってきただろうしな」
「また古い時からいる暗殺者が少なくなりますね……」
「いや死ぬわけじゃないだろ」
「そろそろ引退するという話ではないのですか?」
「………爺は生涯現役じゃねえかね?」
「確かに……」
「”毒蛇”の暗殺者殿はそんなに高齢なのか?」
「八十超えてるぜ」
「なに……?」
八十を超えて当然のように現役を務めている、とは。
「ま、詳しくは知らんけどな。最低でも八十は超えている、って話さね」
「毒の調合能力では右に出るものがほとんどいない御方です。”長老たち”の中でも、”風炉”様、”獣奏”様達に次いで旧くより生きております」
「ほとんど最古参ではないか」
ふむ。本格的に一度会ってみたくなったな。
……まあ、今回は無理そうだが。
機会と縁があれば出会うだろう。それまで待つとするか。
「さて。話を戻しますが―――斥候部隊はすでにルーヴェルにある一時倉庫……スークの近場にある巨大なキャラバンサライに潜入済みです。さすがにまだ情報を伝えるまでには至っていませんが、当日までには十分なものが集まっているでしょう」
スーク、とは巨大な市場の事である。
正確にいうなれば、キャラバンの通り道に立つ商業地区のことだ。
多数の娯楽、商品が溢れる人の坩堝。日本風にいえば祭りにも近いか。
……大都市ともなればそれはもう巨大な催しとなるだろう。
そして、キャラバンサライとは、そういったスークの傍に立つ、キャラバンの荷物を引き取り、隊員の宿泊場にもなる施設である。
即ち――今回攻める場所は、ここになるということだ。
「そして、陽動隊は当日、目立つ行動を行い敵兵たちの目を奪います。その隙に私たち攻略二隊は内部へ侵入、任務を遂行します」
「具体的にはどうするつもりさね」
「キャラバンサライに詰めている兵士たちは、皆パライアス王国兵……つまり、選りすぐりの精鋭たちです。正面から全員を打ち倒すのは面倒が過ぎるので」
「そうか?」
「―――皆が皆、ハーサのように正面から騎士と殴り合えるような性能はしていませんっ!」
戦争の精鋭中の精鋭、騎士と殴り合いとは……。
「阿呆か……」
息を整えると、ミリィは続きを話し始める。
「正面から全員を打ち倒すのは面倒が過ぎるので、攻略隊、”毒蛇”の調合した薬品を使用します」
ガスグレネードのようなものか。
煙や匂いは空気を伝播するため、非常に伝わりやすい。
ましてや風向きに影響されづらい室内だ。
本領が発揮できよう。
「毒の抗体はここに」
胸元から取り出したのは三つの錠剤。
抗体をあらかじめ作らせておくとは、準備がいいな。
一つ取り、匂いを嗅いでみる。
「夾竹桃……か」
「当たりだ。さっさと飲んどけよ、ハシン。お前じゃまだ抗体の生成に時間がかかるさね」
「分かっている」
適当に口に放り込んでおく。
……抗体は微弱に薄めた毒だ。
抗体がつくれるように、そして死んでしまわないように……そんな絶妙なバランスの上になるように巧く天秤を調整する。
毒の調合はもはや芸術と言っても過言ではないのだ。
「…………」
しばらくしてから襲ってきた、頭に響く鈍痛に耐えながら話を聞く。
「しかし、毒を散布しても全体の無力化には至らないでしょう。というか、その可能性が高いです。その場合、入り口を攻略隊が封鎖し、本隊―――我々が任務を引き継ぎます」
退路の確保。基本中の基本か。
攻めることに大事だが、それ以上に生きて帰るための退路を確保することに力を入れる。
”個”である暗殺者は、この思想が強いのだ。だから攻略本隊よりも退路維持を務める攻略隊の方が人数が多くなるのだろう。
閉鎖、という意味ならば毒を操るらしい”毒蛇”殿も、その本領を発揮することができるだろうしな。
「まだ屋内の間取り図、目標物資の場所などがわからないため、最終的には行き当たりばったりになりますが……」
「基本私たちなんてそんなもんだろ?完璧で完全な作戦なんて存在しないさね」
「それよりもある程度の自由を設定して置き、臨機応変に対応できた方が効率がいい」
「……あの、ハシン。基本的には暗殺者というものは非常に緻密な作戦を立てて、作戦外の行動はほとんど行わないようにして対象を殺すのですよ?ハーサがいろいろとおかしいだけです」
「私だって必要なときは作戦たてるぜ?立てようのない時は身体を先に動かすだけだ。……それに、ハシンは作戦立てるの結構好きな質だ、ミリィの心配は必要ないさね」
「ならいいのですが……」
まあ、嫌いではない。
対象をどう制御し、どこから攻め立て、どのような奇想天外な一手を打って―――。
そんな風に戦略を立てていくのは心が躍るものだ。
それが常に確実に成功するものではなく、場合によっては作戦そのものを破棄することになったとしても……その行為は無駄にはならないし、楽しいという気持ちに偽りはない。
「……ほんと、似た師弟ですね」
「……あん?」「……?」
はぁ、とため息をついたミリィの零した独り言は、聞こえなかった。