作戦会議
「今回の作戦は単純明快です。書簡情報から得られた数々の危険物資を、首都に到着し、戦争に発展する前に奪い、壊す。それだけです」
「簡単にいうが、難しいだろう。そもそも今荷物がどこにあるのはすらわからなくないか?」
「ええ、その通りです。……が、既に荷物の存在している場所は、”長老たち”の協力を得て判明済みです」
俺の想定していた懸念事項程度は、すでに解決済みであったらしい。
”長老たち”はミリィなどを筆頭として、一流の中の一流が集まっているのだし、当たり前か。
……ああ、うちの師匠は除くがな。
実力はともかく、人間性はド三流だ。
「これだけの物資だ。必ず一時的にどこかへ保存しておく必要が出てくるさね」
「はい。ということで、今フリーとなっている暗殺者たちに指令を出し、このあたりの地域を行き交ったすべての物流を追いかけました」
「……」
さらっと言っているが……とんでもないことを平然としているな。
この時代、ほとんどの荷運び手段が馬車などとはいえ、それでも膨大な積み荷を全て追いかけるなど、並の組織力では不可能だ。
”暗殺教団”というものは、俺が思っているよりもさらに巨大な組織だということか。
ミリィは地図を取り出し、ペンとインクを用意した。
「ハシンは驚いているようだが、この程度ならたいした苦じゃないさね。時間さえあれば個人でもできる程度の物だ」
「その通りです。やっていることは単純ですからね。まずは、この地域を拠点としている、運送関連を取り扱う商人の動きを追いかけ、その中でもこの地域から離脱していく流れを全て切り捨てます。今回海運もあり得ないものとしていいでしょう」
「パライラスの首都が海から遠いからか」
「はい。隠密性を高くする必要のある荷物を運ぶ……即ち、露呈してはいけないという仕様上、目立つ上に波によって時間も変動し、沈没の可能性すらある海運を、陸地の繋がっている今回の場合に利用するのは、失策になりますから」
地図を見る。
ミリィの羽ペンによって海の輸送を表わす線には、×が付けられていた。
「結果、残ったのはパライアスの首都、ファーラリムに直接向かうルート、ファーラリムから遠く離れた辺境に向かうルート、パライラスの中でも比較的栄えた、首都以外の都市へ向かうルート。大まかに分けるとこの三つになります」
首都直行か、辺境か、首都以外の大都市か。
……海運を切り捨てたということで、その三つ以外の場所へ向かう小さなルートは切り捨てていいと考えられる。
本来ほとんど行くことのないルートを進むということは、それだけで目立つからな。
人の眼というのは何処にでもあり、完全に移動の痕跡をなくすということは難しい。
それが、大規模なものであるというのならなおさら。
となると、だ。
同じ理由で辺境へと向かうルートは切り捨てていいだろう。
そもそも、この辺境へ向かうルートのほとんどは行商人のはずである。
その行商人に混ざって、行商とは関係のない荷物を運んでいる一団があればすぐに目につくからな。
「……そして首都へ向かうというのもあり得ない、か」
城は争いごとのために存在する。それは確かだが――誰も、特に国を治める王が、自らのお膝元で争いを行おうとするか……答えは否である。
城は権威の象徴。戦争のための設備を、城の性能を表わすために必ず付けざるを得ないというだけだ。
戦う時も、最終戦線としての扱いでしかない。
王の城であるのなら尚更にな。そも、首都にせめこまれた時点で敗北は決定付けられているようなものである。
何のための砦だという話でもあるしな。
第一に―――首都で資材を受け取ってしまったのでは、構築してから戦争をするまでに、あまりに距離と時間がかかりすぎる。
戦争には速度も必要だ。
折角運送と情報において、敵国であるリマーハリシアより優位にあるというのに、戦争までの準備の遅さはそのアドバンテージを全て投げ打つに等しい行為。
……首都、ファーラリムも選択肢からはずれた。
「ということは、大都市へ向かうルートが正解か」
「大当たりさね♪」
「ま、そこ以外では拠点となる倉庫を秘密裏に築くというのも難しいだろうしな」
人を隠すなら人の中という。
建物を建築するというのは目立つ行為だが、都市圏ではおかしい行為ではない。
奇異の目線に晒されないのであれば、隠密性は保たれていると言えるだろう。
だが――と眉を顰める。
「どこの大都市だ?」
そう……大都市と言っても、いくつかある。
当たり前だ。国に巨大な都市が一つだけ、などということがあるものか。
「……候補としては最も近いこの、メービスが一番可能性が高いが」
「外れさね。私が考えるに、こっちのルーヴェルが本命だ」
「…ハーサのあたりです。なんで作戦会議に出席していないのにわかるんですか」
「はっはっは、経験さね」
「嫌みな奴だ」
知っていたが。
……さて、何故ルーヴェルなのか。
これが問題だな……速度を求めるならば予め戦場に近い都市に陣地を構えるというのは、おかしい話ではないが……。
「む。そういうことか」
地図をなぞる。
……メービスは、あまりにリマーハリシア辺境から、近すぎるのだ。
リマーハリシアは、パライラスに面しているこのフルグヘムに広く、長く戦列を引いている。
前線基地、というものが無数に展開されているのだ。
これだけ近くては、例えパライラスが戦線を切り開いても、長さに勝るリマーハリシアがメービスを全方位から取り囲み、潰してしまえる。
これでは、たとえ巨大な戦力があっても意味がない。
地形が平坦なのも良くないな。
「逆にルーヴェルは、渓谷の上にあるのか」
巨大な渓谷という天然要塞。
……この時代の都市は基本的に城郭都市と呼ばれる、都市に身を守る機能が追加されたものがほとんどだ。
基本的には都市の外周に塹壕や城壁が張り巡らされているのがほとんどだが、中には天然の地形を利用した都市などもある。
ルーヴェルはその典型だな。
高低差はそれだけで争いに際して優位に働く。
攻め難く、守りに易いのだ。渓谷などは、囲まれるという事態を予め防ぐこともできるしな。
なるほど、これから本格的に戦争を行うというのなら、攻められても守り切れるルーヴェルの方が得、ということか。
「ま、投薬兵に大量の大軍、大城の兵器の数々……リマーハリシアも首都を完全に攻め落とされることはないだろうが、領土の大部分……特に、このフルグヘムは壊滅するさね」
「アプリスの街も、か」
「そりゃあ当然」
「そうか」
ならば、よりやらなければいけない理由が増えたな。
「……”長老たち”の一人、”風炉”のサーベトによって、作戦と人員が定められました」
「図書館の王女様が、ねぇ。本当に今回は重要な任務っつうことかね」
「……図書館の王女?」
「ハーサ。我らが暗殺教団の、最も古き暗殺者にその口調はさすがに失礼なのでは」
「知らんさね。基本的に”秘密の園”に引きこもってるだけだろうが」
「待て。誰だその……サーベトというのは」
知らない名前がいきなり出てきたぞ。
「あー、前に仕事を斡旋する……暗殺を管理する暗殺者がいるっていう話したろ」
「ああ」
ハローワークか、というツッコミを入れた覚えがある。
その人か。
「私らの暗殺教団には、ちと魔法的な聖地があってな。それを、”秘密の園”っていうんだが」
「サーベト様は、我ら暗殺者の中でも、唯一その聖地に出入りすることが可能な御方なのです。曰く、”次いで旧き暗殺者”」
「図書館というのは?」
「”秘密の園”には膨大な数の図書が収められているらしくてな。王女様は基本的にはそこに引きこもって読書にいそしんでるのさね。必要な時だけ地上に降りて来て、仕事だけ渡したらまた帰っていく……ま、半分以上人間じゃなくなってんな、あれ」
「ハーサですら殺せるか分からん、といった相手ですしね?」
「余計なこと言うな、ミリィ」
……暗殺教団というのは、地域に根付く信仰なども一緒くたになったものだったか。
その中でも、最も目を引く伝承が、秘密の園伝説。
山中に楽園を作り上げた老人が、若者を引き込み、自らの操り人形とする――そんな逸話。
あくまでも俺のセカイに伝わっているものでは、であるが。
そういうことだと――そのサーベトという人は、神などと同レベルの可能性もある、か。
魔術だの魔法だのも存在するというこのセカイ。そんなのがいてもおかしくはないか。
それよりも大事なことは、この局面をどう乗り切るか。
これからどうやって生きていくのか―――すなわち、今回のミッションをどうするのかが、大事ということだ。
正体不明の王女様の事は置いておく。
「さて、ミリィ。作戦概要を教えてもらえるか?」